お見合いとはいかなるものか
俺の妻がマンティコアな件
カポォン、とししおどしの音が鳴る。
その音が響き渡るほど、室内は静けさに満ちていた。
「じゃあ、後は若い人達に任せましょう」
そう言って双方の後見人が退出して、五分が経った。お互いに、まだ一言も言葉を発していない。
カポォン、と再びししおどしの音が鳴る。
「あの……少しお聞きしても良いでしょうか」
沈黙に耐えきれず、俺は何か場を繋がなくてはと思い発言する。
「どうして、お見合いなんかに……?」
言ってしまって、失礼な発言だったと慌てる。
いきなり相手の事情を探るような発言はよろしくない。「なんでお見合いに来たの」とか相手が怒り出しても仕方がない聞き方だ。
だけど、そんな発言をした自分を責められない程、彼女は美しかった。美しすぎた。
絹のような光沢としっとりとした質感を持つ黒髪。人形のように完璧なシルエットを持つ顔立ち。切れ長の瞳とアクセントの泣きぼくろ。控えめだがふっくらとした唇。そして純白と言って良いほど白い肌。
純和風の料亭で、これまた純和風の着物に身を包んだ彼女は、まるで一枚の絵の様に、完璧だった。完全だった。
格が違う。
最初に俺の頭に浮かんだのは、それだった。
そう、格が違う。俺なんかとは到底釣り合わない。見合いの写真を見て、うをー美人だーとか喜んでいた二週間前の自分を張っ倒してやりたい。
レベルの違いを考えろ馬鹿。過去の自分にそう言ってやりたい。お前みたいなただのしがないサラリーマンが望める様なレベルじゃない。高嶺の花にも程がある。身の程をわきまえろ馬鹿、と。
もうこの時点で、俺はこのお見合いが上手くいくなんて欠片も思っていなかった。上手く行く行かない以前に、このお見合いが成立した事自体が不思議だった。だから「どうして?」と言ってしまったのだ。
「中々御縁が無かったので……」
こちらの失礼な発言に、彼女は怒りもせずにサラリと受け流す様にそう言った。
その声すらも艶やかで、美しい。彼女の姿によく合っていた。
俺は赤面しながら言う。
「あ、すいませんいきなり失礼な事を聞いてしまって……」
「いえ、よく言われますので」
よく言われる?「なぜお見合いに」と言う質問をよく言われる程、彼女はお見合い経験があるのだろうか?
こんなにまで美しい彼女が、そんなにもお見合いで「売れ残って」いるのだろうか?
俺は強く疑問に思ったけど、流石にそれを口に出すのは失礼が過ぎると思って口には出せなかった。
そして再び場が静寂に包まれる。
余りにも美しい彼女に、俺は完全にビビっていた。元々口が上手い方では無いけど、もう何を言っても馬鹿な事を言ってしまいそうで怖かった。
カポォン、とししおどしがまた鳴り響いた。
「「あの……」」
二人同時に、言葉を発した。
勇気を振り絞って口を開いた俺はそれだけでまた完全に腰が引けてしまった。
あーともうーともつかない言葉を唸ってる俺に、彼女はクスッと笑った。「すいません、そちらからどうぞ」と彼女が促してくれる。
「あー、えーとすいません。今日は天気が良いですし、外に出てみませんか?この料亭は庭が自慢だそうでして」
さっきからビビりまくってる俺の、渾身の策だ。
対面してるから悪いのだ。こんなに美しい人と机を挟んで向き合ってるから、緊張してろくに喋れもしないんだ。庭に出て、真正面から向き合わなければ、少しはまともに喋れるかもしれない。
「あぁ、それは良いですね。そうしましょう」
彼女もその提案を気に入ってくれたようで、俺たちは室内から外に出る事になった。
立ち上がる時に脚が痺れてまた無様な姿を晒してしまったけど、彼女はスルーしてくれた。
☆★☆★☆★☆★☆★
料亭の庭はなるほど立派なものだった。
それ程広くは無いけれど、庭石の一つ一つが選び抜かれて配置されているように、そこにあるべくしてある、そんな風に思える見事な庭だった。調和が取れている。と言うのだろうか。
そして、そこに彼女が立つとまるで一幅の日本絵画の様であった。
この庭の中で自分だけが異物である、そんな感覚に陥る。
いや、感覚ではなく実際にそうなのだろう。
もはやここまで来ると自分の事がどうでもよくなって来る。
「綺麗な庭ですね」
と、彼女が言った。
「そうですね……とても……綺麗です」
思わず、あなたの方がよっぽど綺麗です。と言ってしまいそうになる。そんなキザなセリフが出て来るほどイケメンな人生は送ってない。
俺は至って普通の人生を送って来た唯のサラリーマンに過ぎない。ドラマの主人公なんかじゃ無いんだ。
とはいえ、ようやく少しは緊張が解けてきた。
流石にさっきの様にしどろもどろにはならないだろう。普通の話位なら出来るはずだ。
「あの……、先程言いかけた事なのですが……」
不意に、彼女がそう切り出した。
そう言えばさっき何かを言おうとしてたっけ。
「ああ、はいそう言えばそうでしたね。どうされたんですか?」
彼女は少し言いにくそうな雰囲気だった。
もしかしたらもう俺に見切りをつけて、さっさとこのお見合いを終わらせたいのかもしれない、と思う。
そもそも最初から釣り合ってないお見合いだ。彼女が言いにくそうなのももうこのお見合いを切り上げて帰ってしまいたいと言う事かもしれない。まぁ、しょうがないだろう。
「その……私の事を後見人から伺って無いのでしょうか?」
私の事?一体何のことだ?
「はぁ……、後見人と言うと、後藤さんの事でしょうか?いえ、何も伺ってはいませんけど……」
後藤さんは会社の上司で、俺がよくお世話になっている人だ。今回のお見合いの後見人も努めてくれた人で、ちょっとお節介な所もあるけど基本的にとても良い人だ。彼女みたいに美人な人とお知り合いだったとはついぞ知らなかったが。
今回のお見合いの件で何か事前のすり合わせに不備があったりしたのだろうか?
「その……私、後藤さんから伺ってるとばかり思ってたんです……。それで、あの、その……」
なんだろう、とても言いにくい事みたいだ。
俺は女性が言いにくいであろう事について考える。大きな病気だとか傷跡があるとか、もしかしたら、子供が産めないみたいにとても言いにくい事かもしれない。
その言いにくいであろう事を彼女の口から言わせる事に、俺はとても罪悪感を覚える。はっきり言って、男として情けない。
それでも、俺は彼女がどんな秘密を抱えているのかを知りたかった。
彼女のさっきからの発言を聞く限り、彼女が何度もお見合いを経験しているというのもそこら辺の事情によるものなのだろう。
正直言って、気になった。
これだけ美しい彼女が、少し悪い言い方だが「売れ残ってる」理由はどんなものなのだろうと。
「ええと、すいません。俺は何もお伺いしてないです。それでその、もし良かったら、今お伺いしても良いですか?言いにくい事であったら無理に仰らなくても良いので……」
「その、どうしてもこれだけは言っておかないとダメなのです。ですから、今言ってしまいます」
彼女が決意に満ちた様に言う。
「あ……はい、分かりました。お聞きします」
俺は一体どんな事情を聞かされるのだろうかと、緊張する。ゴクリ、と唾を飲み込んで彼女の次の言葉に備えた。
「私は……人間ではありません。マンティコアです」
へ?と、思考が途切れる。
まんてぃこあ?
いや、それより人間じゃない?
チョットナニイッテルカワカンナイ。
「それで、日向さんはその事をお知りにならないのでしたら、あんまりなんじゃないかと思いまして」
彼女が言葉を続けるが、正直頭に入ってこない。
予想していたいくつかの「彼女にとって言いにくい事」から今の事態が外れすぎていて、全く頭がついていけていない。
「その……人間ではない、マンティコアであるというのは、どういった事なのでしょうか?」
とりあえず、自分の頭を整理するためにも、一度聞き直す。
「その通りの意味です。私は人間じゃなくてマンティコア、いわゆる幻獣種になります」
幻獣……。幻の獣?
そこで俺は気付く。あぁ、この人はちょっと頭のネジが飛んでいる人なのかもしれない。
続くか分かりません
売り男子の方がいいですか?