ライオンの夢
ゆらゆら、ゆらゆら、視界の端で揺れるそれを見て、私の体もゆらゆらと左右に揺れる。
両手で包み込もうとしたマグカップは思いの外熱くて、ゴトリと音を立ててテーブルの上に戻った。
中身が小さく跳ねて、テーブルを汚す。
「……何やってんだ」
ふわりと立ち昇る白濁の煙が目の前に現れて、嗅ぎ慣れた煙草の匂いに鼻を鳴らす。
こちらを訝しむように見つめる彼は、薄い唇の隙間から白濁の煙を吐き出した。
目の前の灰皿には、既に吸殻が五本近く。
箱ティッシュへと手を伸ばしながら、ちょっとね、と言葉を濁す。
白いティッシュが液体を吸い込んで重くなる。
茶色に染まったそれを、もう一枚新しいティッシュで包んで転がした。
彼は何も言わずに私を見ている。
一向に冷める気配を見せないマグカップの中身に、溜息が溢れた。
沸騰させ過ぎた気がする。
指先でマグカップを押しやって、煙を吐き出す彼を見た。
ゆらゆら、やはり視界の端で揺れるそれが気になる。
細身のそれは、多分、ライオンの尻尾。
細くてシュッとした美しいラインを描く猫の尻尾でもなければ、もふもふと柔らかそうな撫で付けたくなるような犬の尻尾でもない。
細身で毛先だけが膨らんだように毛束になっている、そんな尻尾。
何でだろうなぁ、とそれから目を逸らして彼を見る。
半分位になった煙草を指の間に挟んで、唇に含む姿は妙な色香を漂わせて心臓に悪い。
ただ、やはりと言うかなんと言うか、私はライオンの尻尾と同じくらいに興味を引かれるものを見つける。
「……何だ」
「ううん。何も」
ジッと自分を見つめる私を変に思ったのか、彼は眉を寄せて煙草を噛む。
私の視線の先には、普段あるはずのつるんとしたカーブを描く耳がなくて、その代わりに猫や犬とは違う丸みの帯びた、もふもふとした耳がある。
ライオンの耳……と心の中で呟き手を伸ばす。
緩く持ち上げた手を彼の方に伸ばして、指先でその髪に触れて耳に触れようとした時、彼の手がそれを遮る。
手首がしっかりと包み込まれ、またしても「……何だ」と問い掛けられた。
特に何も無いのだけれど、強いて言うならばただ好奇心を満たそうとしただけである。
「誘ってんのか」
前歯で軽く挟んだ状態の煙草が上下に揺れる。
煙も同じように揺れて、消えていく。
そういうつもりじゃないんだけどなぁ、なんて目を細めて笑えば、彼は私の腕を掴んでいるのとは逆の手で煙草を掴む。
長くなった灰の部分が落ちそうだ。
それでも彼は器用に、廃を落とすことなく灰皿に押し付けて他の吸殻と混ぜてしまう。
か細く立ち昇る煙が私を責めているような気がして、眉が下がるのを感じた。
そんな私の心中を知ってか知らずか、彼は掴んだ腕を押して私の体を倒す。
「食べたいの?ライオンさん」
喉を震わせてははっ、と笑いながら彼の髪を撫で付ける。
擽ったいようなそれが愛おしくて、ライオンのたてがみを撫でるのってこんな感じかな、なんて。
私の言葉に「ライオンってなんだよ」なんて言いながら、答えを聞かずに口を塞ぐ彼。
手の熱よりも大分低い唇の温度を感じながら、その柔らかさを堪能する。
ばっくり、食べられちゃうんじゃないかな、なんて想像するだけで笑えてくるのだ。
喉が震えるのを感じ、目を閉じる。
彼には似合わない、可愛らしいリップ音が響いて、その唇が離れていく。
私はリップクリームの薄まった、自分の唇を舌先で舐める。
「知らないの?百獣の王様だよ」
笑いながら、今度は私が噛み付いてやる。
今度は彼が喉を震わせて笑った。