四。いらっしゃいませ訪問者ども
「……帰ることはできぬのじゃ。おそらく、二度と」
「あっはい」
「……思うたよりも驚いておらぬのぅ?」
怪訝そうに眉をひそめながらも首をこてりと傾ける端境様。うんあざとい。
「そりゃぁまぁ。こうもいろいろ続けばいい加減、実感もわかないってもんでして。
現実味がないっつぅかなんつうか、ね」
言ってはみるが、まぁ嘘だ。
実際のとこ、覚悟ができてただけだ。
山道のないとこばっかり好き好んで山歩きしてりゃ、そりゃそのうち帰れないようなことにもなる。
そのくらいのことは俺だって分かってるし、俺の周りの連中だって分かってたはずだ。
…っていう、これもまぁ、建前なんだが。
本音なんぞさておき、趣味が趣味だけに、いずれ帰るに帰れなくなることだってありえるのは分かってた。
だから、今さら二度と帰れなくなったところでさして驚きやしない。これは事実だ。
その辺分かってんだかどうなんだか、端境様はジト目で見つめてくるけど、これ以上明かせるようなもんは持ち合わせちゃいないぞっとな。
しばらくそんな無言のせめぎあいのような何かが続いたものの、そのうち端境様が、はぁっとため息をついて膠着状態は終わった。
「まぁよいわい。 おぬしを返すための手段も、おいおい探してゆくでの」
「……んん?端境様? さっきと言ってることが噛み合わねぇんですが?」
「言うたじゃろ、おそらくじゃ、おそらく。
我が社を取り巻く気脈がまるごと見知らぬ、しかも全く異質なものに入れ替わっておるような異常事態じゃ。
意味するところは、世界か、星か、そういう大きなものが、元いたあの場所と違うておるということ。
ゆえに、帰る手段があるか否か分からぬし、どちらといえば分からぬ公算の方が高いと見たでの。
期待させるだけ期待させて見つからぬよりは、最初に悲観的なことを言うておいてのち、こっそりと帰る手段を探して見つかればよし、見つからぬならば黙っておればよいと思うておった。
じゃというのに、おぬしと来たら……」
まるで悲観せぬのじゃから、と、不満げにこぼす。
それを明かしてくれたってのは、つまり、隠す理由がなくなったってことなんだろうな。
帰れないことを悲観しないなら、帰る手段を探すにしても期待しすぎることがない。そういう心算なんだろう。
に、しても。世界か、星か、か。またえらく規模のでかい話だ。そういうの大好きそうな奴は世の中いくらでもいるだろうに、なんで俺なんだかなー。
「まぁ、疑いだしたらキリねぇンでひとまず信じますけど。
世界だか星だかって、いったい何がどうなりゃそうなるんで?」
思い返せば社に踏み込んだ瞬間周囲の景色が切り替わってたわけで、それが世界だか星だかがどうにかなった瞬間なのかもしれんけど。
さっきの口ぶりからして、どうにも端境様の仕業ってわけでもなさそうだ。
それにしたって、『帰る方法がわからない公算が高い』って程度には公算を立てられるくらいには、端境様は何か知ってるんじゃねぇか。
「それは、其処な客人たちが教えてくれるじゃろ。
―――と、ちょうどよい時機じゃ。入ってよいぞ?」
そう言って端境様は、俺が乱暴に閉じた社の扉に目を向ける。
呼応して開く扉。現れる三つの人影。
おお。神様っぽい神様っぽい。
「お招きいただき感謝する。
併せて、ご挨拶が遅れたこと、会話の邪魔にならないようにと控えたことで意図せず立ち聞きする格好になったこと、並びに先の土蟲の襲撃時に救援が間に合わなかったことにお詫びを。
すまなかったね。
私はこの星で案内人を務めさせてもらっている、Nという。
このたびは、貴殿ら異界異星の神と民をその意によらず召喚…ありていに言ってしまえば拉致だね。
そうした格好でこの星に招いてしまったことに関する説明と、その下手人に対する沙汰の決定に立ち会わせていただきたく罷り越した。
こちらがその下手人の二名となる。 まずは名乗りを」
先頭に立った、深緑フードのマントを目深にかぶった奴が一度に喋る。
これだけの長台詞一度も噛まなかったぞ。すげぇ。…内容? 小難しい言い回しのせいで頭に入ってねぇよ。端境様はうなずいて、分かってるみてぇだから俺が理解してなくても大丈夫だろ。うん。
それから、深緑フードの…Nとか言ったか。そいつに促される格好で、後ろに控えてた二人が、一人ずつ進み出た。
まずは一人目。
背ぃ高幽霊メイド。…いや、だってほかに表現のしようがねぇんだもんよ。
身長は、180㎝の後半行ってる俺から見てもそこまで目線が下がらないから175㎝くらいか。
文字通りに青白い肌、赤黒くよどんだ眼の下にくっきり浮かんだ隈、乾かした藁みたいにぱさっとした感じの髪は頭のてっぺんでまとめられて、ドアノブカバーみたいな布に包まれてる。
服はザ・クラシックメイド!な感じの、装飾も最低限にまとめられた、シンプルなメイド服。スカートは当然のごとくロング。
で、極めつけに特徴的なことに、こげ茶の編み上げブーツに包まれた足元が半透明に透けていらっしゃる。
な?背ぃ高幽霊メイドだろ?
「ご紹介にあずかりまして、僭越ながら名乗らせていただきます。
私、こちら無名高原の地下にて迷宮主をさせていただいております、シクリエ・ブランクと申します。
このたびは私の召喚の儀にお応えいただきまして、誠に感謝しております。それが、アナタ方の意に反したものであったことは遺憾の極みにございますわ。
深く謝罪いたしますとともに、事情の説明をお聞き届けくださいますよう、お願い申し上げる次第にございます」
おう。ダンジョンマスターとか気になる単語もあったけど、また長文だ。慇懃だ。すげぇ。
なんだこれ。俺の場違い感が半端ねぇ。
……と、思ったけど、入ってきた三人目も「なんだこいつら」って目で先に自己紹介済ませた二人を胡散臭げに眺めてた。同類のニオイがする。見た目は全然同類じゃないが。
背ぃ高幽霊メイドのシクリエが、ふわりと優雅なお辞儀とともに下がったことで、『あ、次、自分の番か』って慌てた感じで前に出てきたそいつは、頭のてっぺんが俺の腰くらい、高めに見て身長120cmとかそのくらいか。
服らしい服といえば土汚れの目立つ、ポケットがたっぷりついたベストくらい。
頭のてっぺんからはぴょこりとまっすぐ立ち上がった二本の長い耳。
その耳も体も黄金色のすべすべしてそうな毛皮に包まれたそいつは、いかにもやんちゃそうな丸い目がよく動く、見たまんまのイメージで言えば、ウサギ獣人。
腕は短く小さく、足は大きく発達してつま先立ちに近い恰好で立ち上がる獣脚。この辺もウサギっぽい。
シクリエとかいう幽霊メイドも大概だったけど、俺がここにきてあった中で一番人間とかけ離れた容姿じゃあるまいか。
端境様も熊耳だけど、耳以外は人間の幼女だしな。
「えぅあー。ご紹介たまわるまして?せんえ…えーと…すまね。
こういう言葉遣いはできねんだ。おらっちは穴掘りウサギのペッカリー・ポックっていう。
ここの地下で穴掘り稼業やってんだけども、どうにものっぴきならねーことになったもんで、そこのシクリエと協力して、助けを呼ばせてもらってよ。
それで、あんたらを呼びつけちまったんだけど、Nが言うにゃあ、どうにもそのせいであんたらに迷惑かけちまったってぇ話だ。
ホント申し訳ねぇことしたと思うけど、話だけでも聞いてほしい。お願いだ」
ふむふむ。ペッカリーだかポックだか言うウサギくんの話は一番わかりやすいな。
耳をへんにょり垂らして頭を下げる様子も、いかにも悪いことしたって謝ってる様子が伝わってきて好感度高し。
「よし、許した!」
俺宣言。Nはびくっと体を震わせ、シクリエは微動だにしないまま目だけをぎょっと見開き、ペッカリーはぱぁっと目を輝かせた。