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三。説明してください幼女様

 幼女がこちらににこりと。

 それはかわいい、花の零れるような笑みを向けて。


「―――十種とくさの神憑り(かんがかり)分神括わけみくくり


 ―――容赦なく引き金を引かれた。過たず、俺の眉間に狙いを定めて。


 撃たれた箇所に熱が広がる。熱く燃えるような、けれど不快感を伴わない、純粋な熱。

 眉間撃たれたらふつう死ぬようなもんだと思うが、その割に意識は依然はっきりとしたまま。

 むしろより鮮明に、よりくっきりと、眉間の熱を自覚する。

 それは、意識するうちにもその範囲を広げ、顔と言わず脳と言わず、頭部全体へと広がり、さらには背骨を通って次第に全身へと。


 火照るような熱を振り払おうにも、全身に絡みつくぶにぶにとした感触がひどくうっとうしい。

 ―――うっとうしいなら、払ってしまおう。

 熱に浮かされたような頭がそう結論を出し、強引に手を、足をふるって振り払う。

 多少の抵抗を受け、それが余計に不快感を募らせたので、さらに力を込めたら、ぶちぶちと引きちぎれるようにして離れていった。

 ふぅ。ようやくすっきり。

 ついでに、不快感を払うのに多少暴れられたおかげもあってか、頭からつま先まで、カッカと内側から吹き出そうなほどの熱さも程よく引いていた。


 ぐいーっと伸びをしてどことなく体のバランスがおかしいような気がして、不思議に思いかけたけど、すっきりとしたところで大事なことを思い出した。


 ……こんなのんきにしてる場合じゃねぇ!モンゴリやべぇ!

 なんでか今はあんにゃろう暴れてる様子もねぇけど、いったいどこに…っつうかどうなっ…て……


 ……うん?

 慌ててモンゴリの姿を探して視線を巡らせると、目の前すぐのところに、何やらキモイ・肉塊がぶつ切りになって転がっていて。

 その肉塊の中の一つに、見覚えのあるような気がする、あのにっくきモンゴリの顔がくっついていて。


 つまりはそこに、モンゴリが死体になって転がっていた。 ……Oh


「…あのー…」


 状況が掴めなくて、たぶんすべてを見ていただろう端境様に声をかけようとして声を上げようと。したんだが。

 なぜか俺の声が聞こえず、代わりにやけに高い声が聞こえた気がする。

 …いやちょっと待て。端境様って誰だよ。そりゃ、目の前の御方だよ。

 …何言ってんだ俺は。


「これ、どういうことかお聞きしても? 端境様?」 


「う…む…これはー…そのー…」


 これを傍から見てる第三者がいたらさっぱりわけがわからねーと思うが、俺だって訳が分からねぇんだから勘弁してほしい。


 化け物みたいな蛇のような何かと取っ組み合いしてたら見知らぬ幼女に眉間を撃たれたと思ったら全身アツくなって、気が付いたら蛇は死んでて俺は幼女を端境様と名乗られもしてないのに敬っていた。


 要約するとこうなる。うん。ガチで分からん。

 加えて言うなら、俺自身の体にも何かしら異変があったようだが、なんとなく察しがついてきたけど察したくないのでなかったことにしてください。

 

 っつかその辺含めて早く説明しろください端境様。

 さっきまでと打って変わって冷や汗だらだらで挙動不審なんだから何かしでかしたってバレバレなんでございますよ端境様。


「……おぬし、普段から山や森に分け入ったりなどは…」

「してますが、何か」


 職業は果樹農園作業員。趣味は山歩きです。


「この社を訪ねる前に、身を清めたり?」

「しましたが、何か」


 昨夜酒飲んだせいで風呂に入れず、今朝、出かける前になってからシャワー浴びたな、うん。


「……童貞?」

「……なんすか、悪いんすか」


 ……今時珍しくもないでしょうがよぉ!? 


「否!悪くなんてないのじゃ! ただ、そのぅー…その、じゃな。

 おぬしの身が、わしの力を受け入れるに相性よすぎたというか、そのぅー…」

「……くわしく」


 それから、バツ悪げに語られたところをまとめると、こうだ。

 目の前の熊耳幼女こと、端境括媛神命はざかいくくるひめのみことさまは、この社に祀られてた神様…のようなもので。

 俺のお祈りがきっかけで目が覚めて、そんで、取っ組み合いをしてる俺が端境様の直接の手助けを断り、下がってるように言ったもんだから、「この場を何とかする」っていう願い事を聞き届けつつ、「下がってろ」っていうのまで叶えようとした結果、神様の力を、分神霊わけみたまとして俺に宿らせて…よくは分からんけど、神降ろしとか憑依とかなんかそういうのらしい…ってのをやろうとして。

 分神霊わけみたまを神器である拳銃に弾丸として込めて、撃つところまでは良かったらしいんだが。

 なんか、思いのほか場に漂う神気?が濃すぎて?勢い余ったうえに、俺自身が分神霊を受け入れるのに適しすぎてたせいで、もっと神降ろししにくい前提で込めてた力が、〝宿りすぎて”。

 結果として、端境サマに関する情報が精神に流れ込んだし、肉体にまで変異を及ぼしてしまった、とか、なんかそんな話だそうだ。


 ちなみに、もっとほどほどに強化するつもりで分け与えられた力が思いのほか宿りすぎちゃったせいで、モンゴリは鎧袖一触にぶっちぶちに引きちぎられてしまったそうな。南無。

 お前もまた、強敵ともだったよ、モンゴリアンデスワーム(仮)…


 と、以上が端境様から語られたことのあらましだ。

 うん。頼むからそういうのは、そういうのを夢見る幼気な青少年にしてやってくれ。

 20台も最終盤の29歳おっさんを巻き込まないでくれ。

 正直信じられない話ではある。

 ではあるが、信じないでおくには信じられないような異常事態が立て続けに起こりすぎた。畳みかけるってレベルじゃねぇぞ。


 だから、まぁ、端境様の言葉の一つ一つを咀嚼して吟味するのは今はよしとしよう。

 まるっと飲み込んで、信じておくことにしよう。

 それはいい。この際だ。だがしかし。


「俺のこの体について詳しく」


 これは後回しにできない。大問題だ。


「……じゃからの?言うたじゃろ? おぬしに宿したるはわしの分神霊わけみたまでの?

 其が宿りすぎて起こった変異じゃからの?

 おぬしの今の体はわしに近いものになっておるわけでの?

 じゃからー…そのぅー…」


 叱られる幼女よろしく、見た目相応に縮こまりながら視線を泳がせながらの端境様の言葉は歯切れが悪い。

 くそぅ。理屈では端境様がこんなんなってるのはある種自業自得だと分かってるのに可哀想なような畏れ多いような感じで胸がざわつく。

 だがっ!


「だからって、熊て!」


 俺の体がクマになったのを見過ごす理由になんか、ならねぇんだからなぁーっ!

 ……と。心象風景の夕陽に向かって叫んでおく。


 そんな今の体を見下ろせば、こげ茶色のごわっとした獣毛に、厚みのある体、短めながらも太くてたくましい腕に足。首元に走る三日月形の白い模様が我ながらカッコイイ。いつも通りの俺の体…ではなく。ツキノワグマだどう見ても。


 うん。せめて人でありたかったわ。

 だって端境様、熊耳あるけど幼女じゃん。

 熊耳生えるだけとか、せめて年が下がって若返るとか。そこまで都合いいこと言わんから百歩譲って女。いやいや万歩譲って端境様と似た感じの幼女でもいいよこの際。


 熊て!人ですらない!


「……すまぬ」


 ……ぐぬぅ。端境様曰くの『分神霊わけみたまを宿した影響』とやらで、精神に端境様への敬意を直接ねじ込まれたような現状、その端境様にこんな風に平伏せんばかりの謝罪を見せられたら追及できん。

 そうでなくても幼女が素直に頭下げてたら怒りにくい。

 なんだこれ。俺が悪いのか。

 違う!俺は悪くぬぇ!悪く…ないはずなんだけどなぁ。なんだろうなぁこのあふれ出る罪悪感。


「…っぬーっ……だーっもうっ!いいっすよもうっ!

 悪気があったわけじゃないんでしょうがっ!

 頭上げるっ!この話終わりっ!」

「むぅ……しかしのぅ……」


 端境様、まだ納得しておられぬご様子。

 そもそも端境様自身に悪気があったわけでもなければ、ほかにやりようがあったわけでも無かろうに、律義な。

 と。思うんだが。

 理由がどうあれこうも端境様にしょげたまんまでいられると俺の方が居心地悪い。くそぅくそぅ。


「じゃあ。戻る方法は?」

「……分神霊が宿ってそうなっておるわけじゃから、おぬしに流れ込んだ分の神気を、おぬし自身が放出し尽くせば、おそらく。

 あるいは神気を己がものとし操作して、元の姿に変化するという手もあるのじゃ。

 ただ、いずれにせよ、おぬし自身が神気の扱いを覚えることが前提じゃ」

「その口ぶりからして、一朝一夕にってわけには―…?」

「ゆかぬ。すまぬのじゃ」


 いかん。また謝られるやつだこれ。だから精神衛生に優しくないんだって!

 けどなー。っつーことは、だ。


「しばらく帰れねぇのは確定か……」


 さすがに熊のまんま家に帰るってのはなぁ。『田舎の町にクマ出没!』って新聞記事になるくらいならまだしも、『地元猟友会お手柄! 熊退治大成功!』なんて記事になったらなぁ。

 ある意味主役だけども。 すんません、その熊俺なんすよ。死んでるけど。

 うん。ムリダナ。


 なんて考えごとしてたもんだから、しばらく気づかなかった。

 端境様がきょとんとして、それから、気の毒そうな眼をこっちに向けてることに。


「……帰ることはできぬのじゃ。おそらく、二度と」

「あっはい」


 いやー、そんな気はしてたんすよねー。

 はっはっは。

 ……まじかよ。


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