二。幼女、起きる。
さて。社の中に逃げ込んだはいいものの、どうしたものか。
籠城してる間に、あのキモイ・イキモノが諦めてどっか行ってくれたらそれが一番なんだが。
ドゴォッ!
まぁ、そんなうまい話はねぇっすよねー。知ってた。
今のは、聞こえた場所や大きさからしてあのモンゴリアンデスワーム(仮)が社に体当たりでもしたんだろう。
隙間から体ねじ込んでくるような柔軟性や、扉をうまいこと開けようとするような知性がないらしい分だけ運は良かったのかもしれんけど、社の古び具合からしていつかはぶち壊されてもおかしくない。
ってことは、いずれは俺があいつをどうにかせんことにはしょうがないわけでー…
…どうしろと。
山歩きの道具があるっつっても山刀より殺傷力のあるもんもないしなぁ……くそぅ。
せめてガスボンベでもあれば爆弾でも作って……いや、まぁ、せいぜい自爆するのが関の山だな。
そんなゲームやマンガじゃあるまいし、ありものの材料でンな簡単に強力な武器なんて作れてたまるか。
仮にあってもやめといたほうがよさそうだ。
ドゴォッ! ミシィッ
そんなこと考えてる間にも、モンゴリ(略)のアツい壁ドンが止まらない。
っつうか今ぶつかったとこが軋みやがりましたかこんにゃろう。
まずいまずいまずい時間がないぞ考えろ考えろ考えろ。多少ましな勝ち筋がありそうなのはー……
…外のあいつが、壁なり扉なりをぶち破ってくるとしよう。たぶん最初は、頭だけぶち破った穴から突き出した格好になる。
そこを、手持ちのロープでからめとって首を絞める。締め落とせないにしても、奴は首輪が付いた状態になる。
そこからさらにロープでなんかこう、うまい具合に巻き付けて絡みつかせて身動きを取れなくさせる。
あとは奴がぎゃふんというまで山刀なりピッケルなりでフルボッコにする。
これだな。
なんか途中かなり適当になった感は否めないが、これよりマシな策をすぐに思いつける気がしねぇ。
あとはうまく行くことを神様仏様に祈るだけだ。
ん?ああ、そういやここはお誂え向きに鳥居付きの社だったか。
ってことは社の中だったら、どこかに、ここに祭られてる神様の名前でも…
ああ、あったあった。一段高いところにしつらえられた神棚みたいなとこに。
ぱんぱんっ
「神様仏様 括さま。無礼は大目に見て、何とかこの場を切り抜けさせてくれ。頼む」
前後は小難しいうえにやたら達筆な書体で読めなかったが、かろうじて読めた画数少なめのとこだけでも声に上げて願う。
ホントだったら、もっといろいろ手順やら作法やらあるんだろうけどな。
あいにく詳しくは知らんし多少なり思い出すにも余裕がないのだ。許せ。
「……んむ…?んん…くぁふ……なにごとじゃぁー…?」
もぞりと衣擦れの音が聞こえて目を向けたら、あれだけ騒々しくしても一向に起きなかった幼女が、寝ぼけ眼をこすっていた。
タイミングがいいんだか悪いんだかわからん。せめてパニック起こして邪魔したりはしないでくれよと願うばかりだ。
ドゴォッ!ビキィッ
「なんじゃ!? 本当に何事じゃ!」
再びの壁ドン。いよいよ保たなくなってきたんだろう。
音がした辺りに目をやると、古びた木目に沿ってひびが入っているのが見て取れる。
それに気が付いたのだろう幼女が、一層声を上げている。が、すまん、あんま相手もしてられねぇんだ。
「おはよう幼女。 なんかよく分からんがよく分からんイキモノに襲われてるんだ。騒いでもいいから、頼むから暴れたり邪魔したりしねぇでくれ。頼む。な」
「なっ…!」
背負ってたバックパックからロープを取り出しながらの、俺のスゲー・ワカリヤスイ・説明に、幼女が目を丸くした。
「誰が幼女じゃ!」
違う。そうじゃない。
ドゴォッ!バキィッ!!
「だから間が悪いんだよお前はよぉっ!」
幼女にツッコミを入れる間もなく、とうとう壁に穴をあけやがったモンゴリ(略)がずるりとその頭を覗かせる
「なんじゃ、化生の類かや。 今時分珍しいのぅ」
俺が必死こいてロープをひっかけようとしている背中の方から、幼女の拍子抜けたような声が響く。
いや、今襲われそうになってるのお前だからな!?
「うぉぉぉお!?」
何とかロープ巻き付けた。と思った端から、モンゴリがぬるるっと体を滑らせるようにして抜け出していく。
ぬるって!ぬるって!きめぇ!
っつうかそりゃそうだよな!こいつもともと首だの肩だのねぇもんな!
ロープ巻き付けたって引っかかるところがないよなそうだよな!くそぅちきしょう!
「……ぉぉぉおおおっ!」
だったらもう、俺のこの手と言わず腕と言わず、全身で掴んで絡めて食い止めるしかねぇじゃねぇか!
くそぅ!ブニッとしてぬるっとしてキモいんじゃくそぅ!
「ああ、おぬし、そこの、えー…名前は知らぬが。男」
幼女が声をかけてくる。なんだよ今それどこじゃねぇんだよ見てわかれよ!
「おぬしの手には負えぬじゃろ。よいから下がっておるのじゃ」
この期に及んで何言ってんだこの幼女。
「バカお前!お前危ねぇだろお前! 下がるのはお前だお前!バカ!」
ぐるぐるグネグネと身もだえして抜け出ようとするモンゴリを逃すまいと、かといって俺自身が締め付けられまいと、そっちでいっぱいいっぱいだから、多少言ってることがとっ散らかるのは致し方あるまい。
「なんじゃー、聞いておればバカバカと、失敬な輩じゃのぅ」
なんかゴソゴソとやりながら背中の方から返ってくる声はどこかしら笑いをこらえるような…いっそ嬉しさを滲ませているような気がしたんだが気のせいか。
………うごごごご……そんな場合じゃねぇんだって…!
こいつッ……今度はこっちに噛みついて来ようと…!!おどりゃぁぁ負けるかゴラァァっ……!!
俺に絡みついてんのをいいことに、ぐいぐい迫ってこようとするキモイ・ヘッドを渾身の力で押し返しつつ……
……どうすべ。押し返すのだってジリ貧だし、かといってこっから逆転の一手が何か思いつくかってぇと…
うおお、思いつかなくても何とかしろ!俺!俺が諦めたら俺が死ぬぞぉっ!あとついでにたぶん幼女も死ぬ!
っつうかさっきからのんきに声かけてないで逃げろよ幼女!
「ひぃふぅみぃよぉいつむぅななやぁここのたりと……」
当の幼女からなんか聞こえた。いいから。今は歌とかそういう時じゃねぇから。
「……ふるべゆらゆら ゆらゆらと。
とくさふりよりわけみふりしむ。
わけのみたまもてやたまなさむと」
「……だーもうっ!幼女!いいからさっさとどっか…行き…や…がれ?」
長々と悠長な歌の調子にいかな心の広い俺と言えど堪忍袋の緒がズッタズタだよもう!
……と思って、モンゴリとの揉み合いの末、ごろんと転がった拍子に幼女にらみつけてやったんだが。
思いのほか近い。
いや、それはまだいい。幼女がこっちに黒い筒めいたもの突き付けてる。それが問題だ。
……あれれー?見間違いじゃなければ。そうであってほしい願いを振り切って見間違いでないとするなら!
拳 銃 に し か 見 え ね ぇ ん だ が !?
おいバカやめろ。こんだけ揉みあい絡み合ってるとこにこの近距離でそんなんぶっ放してみろ。
誤射じゃなくても貫通弾が俺のどっかに刺さるわバカ!
そんな俺の無言の抗議が届いたんだかどうなんだか。
幼女がこちらににこりと。
それはかわいい、花の零れるような笑みを向けて。
「―――十種神憑り分神括」
―――容赦なく引き金を引かれた。過たず、俺の眉間に狙いを定めて。