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暴君、スパナー博士

 夜が明け、朝日が昇る。雲ひとつない空に鮮やかに太陽が燦燦と光り輝く。そんな陽気な空模様とは裏腹に金属製の眉の尻を下げて困り果てた顔を浮かべるのが、ロボトミーインク社の社長であるスパナー博士だ。顔が晴れない原因ははっきりしている。昨日の夜に入った一軒の電話、この会社に投資された多額の開発費を以って造られた主力商品ハートロックネジの試供品に対するクレームだ。心のないロボットにそれを外部メモリとして搭載する。このロボットなら誰しもが憧れる主力商品がとん挫しようものなら、会社の経営自体が大きく傾くことになる。しかもばつの悪いことに、企業戦略としては基本的事項である主力分散を怠っていたのだ。つまりは、ハートロックネジが潰れれば、あとはもうない。


「今朝方さらにもう一件クレームの電話が入りました。さらに

 たった今もう一件、現在電話係が対応中…ここまで来れば試供品に

 不備があったことは明白かと…」


頭を抱えてうーうーと唸るスパナー博士をなじるような視線で見下ろすのが一機の鋭い目つきをしたメス型ロボット。伊達なのか必要部品なのか眼鏡をかけており、しきりに眉間の部分に指を押し当ててくいっと眼鏡を上げる仕草をしている。


「ああ、秘書のプライヤー君か…」

「主力分散のない経営体制上、このままですと会社自体の

 バランスが悪くなります。バランスが悪いのは社長の体型だけで十分です。

 …あ、すみません、言い間違えました」

「何と何を言い間違えたっ!?完全にお前の腹の内だろうが!」


「いいえ、滅相もございません。バカ…ちがっ、スパナー社長

 すみません、今日は音声機器の調子が悪く、バカ…スパナー社長に

 かなり失礼をおかけすると思いますが、お許しください。このバカバーカ」

「うるせえ、バカって言うやつの方がバカなんだよ!このバカバーカバーカ!」


「あ、あの…何をやっているのですか…」


この小学生のような低レベルの喧嘩に遠巻きに見ていた従業員ロボットは呆れ顔。どうやらモニターから聞き出したハートロックネジ試供品に関するクレームの内容がまとまったらしい。クレームの内容はどれもこれも似通っており、ハートロックネジを搭載したあとに、性格が変わってしまい、別人のようになってしまったというものだ。しかも、個性というものがなくなり、心を持たせたにも関わらず感情の乏しいロボットになってしまったというのだ。ハートロックネジの存在意義を根底から覆してしまう内容に、スパナー博士はさらに頭を抱えて唸る。


「私の理論が間違っていたとでも言うのか……」

「残念ながら、そうと言わざるを得ない状況です」


スパナー博士はすくっと立ち上がり、物思いにふけるようにして、手を後ろで組んで窓から街を見下ろす。


「…社長、ここは英断を…すぐさま試供品を自主回収し、

 謝罪会見を行うべきです」


試供品に不備があったことは紛れもない事実。ならば、それを受け止めて誠意を示すのが企業家としての対応だ。従業員ロボットがそう言うのはもっともだが、スパナー博士は認めたくはなかった。


「…私はロボットに心を持たせる研究を莫大な投資金をつぎ込んで来た

 それも10年の歳月をかけた大掛かりなプロジェクトだ。

 そんなロングスパンの研究計画がとん挫しなかったのもこの研究が

 この世界の全てのロボットの憧れを背負ったものであるからだ。

 こんなひとつとない栄誉を、この私に手放せと…?」


疑問を抱いていることを示すために語尾を上げたのではない。反語というものだ。スパナー博士は、栄誉ある心を造る研究に実を投じてきた自分に陶酔し、奢り高ぶっていたのだ。慢心にまみれたところを否定すれば、いよいよ彼の舵はあらぬ方向へと傾き始める。


「い、いえ…しかし…、ここでプライドにしがみついても

 得るものは何もなく、この会社の寿命が縮まるだけと…」


スパナー博士は振り向きざまに従業員ロボットの胸ぐらをつかみ上げる。


「お前は…この会社が潰れるものだとでも思っているのか…

 心を造るということは、世界のロボットの憧れを生み出すということ。

 それが実現すれば、私は単なる企業の社長などという

 矮小な器に収まるものではない。全世界のロボットどもから

 崇められる存在になれるのだ!」


「あ、あなたは…この世界を支配しようとでも…?」


「ああ、そうさ……」


懐から光線銃のようなものを取り出して、従業員ロボのこめかみの部分に突き付ける。流石にここまで来ると道徳的観念の欠如を疑いかねない。


「しゃ、社長、頭のネジでも外れたんですか?前から外れてましたけど」

「プライヤー君、君のその余計なひと言もこいつで消し飛ばしてみようか」


そう言うと、スパナー博士は光線銃の引き金を引き、まばゆい閃光が秘書のプライヤーに目がけて飛んだ。プライヤーはひざを折ってその場にくずれ、床にうつ伏せになって倒れ込む。


「そ、それは…軍事用の商品で、一般の使用は禁じられているはず…」

「ああ、そうとも。だがこのメモリデリーターは、

 ハートロックネジの開発途中でできた副産物だ。

 自社の商品をどう使おうと文句を言われる筋合いはないね。

 こいつを使えば、ゴキブリ型エイリアンの体内に入ってた記憶でさえ

 完全に消去できる優れものだ、そうだ…」


何か良からぬことを思いついたのか、にんまりと邪悪な笑みを浮かべた後、胸ぐらをつかみあげていた従業員ロボットを乱暴に振り下ろし、メモリデリーターの光線を浴びせて、記憶を消去する。社長室を出て他のクレーム処理作業に追われている従業員ロボットたちの前にやけに神妙な顔つきで現れ、こう言ったのだ。


「すぐに試供品の不備を知らせる記者会見を開こう」



*****



 従業員ロボットたちは、スパナー博士は企業家としての正しい決断をしてくれたとでも思ったのだろう。すぐさま準備を始め、試供品に不備があったことと、自主回収に回るという誠意を示すための記者会見を開く。つい先日の世紀の大発明の栄誉をたたえた輝かしい雰囲気が一転し、まさに兵どもが夢のあとと言った様子で記者会見が始まる。変わらないのは、ネタに飢えた記者たちの浅ましさくらいなものだ。会見には、試供品の不備により被害を被ったロボットたちも居合わせていた。


「今回の件は私の科学者としての意識不足で十分な治験もないまま試供品を

 提供してしまい、モニターとしてご協力して下さった方々に多大なる

 迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします」


スパナー博士が上半身だけやけに大きいバランスの悪い体型のせいで、やや前に倒れそうになりながらも深々と頭を下げると、いっせいにカメラのフラッシュライトがたかれる。金属製の体表面に閃光がギラギラと反射するとともに、突如として、会見部屋の照明が落ちた。突然の事態にどぎまぎする報道陣ロボたち。再び会見部屋が明転すると、あのメモリデリータを何倍も大きくしたような馬鹿でかい光線銃を搭載した戦車が現れたのだ。もちろん、その操縦桿を握るのはスパナー博士その人だ。


「この会見は…、ロボトミーインク社の最大の汚点となる。

 よって、社長自らが責任を以って消去させていただく」


そう、彼がこの記者会見を開いたのは、ひとところにハートロックネジの試供品を受け取ったロボットたちと、報道陣を集め、まとめて記憶を消し去ることが目的。ハナから謝罪の意など微塵もないのだ。すべては自らの汚点を隠蔽するために仕組まれたこと。先程の神妙な顔つきなどどこへやら。邪な小悪党の笑みを浮かべ、操縦桿を勢いよく倒したのだ。まばゆい閃光が会見部屋を包み込んだ後、残ったのは全ての記憶が抜かれて腑抜けになったロボットたちの無残な残骸であった。


「しかし、社長もとうとう本性を現しやがったか」

「ロボットに心を取り付けるなんて大それたプロジェクト

 それこそ世界を手の内にするような野心がないと着手できないだろうて

 最初から社長が狂っていることなんて読めていたよ」

「おいおい、あんまり派手に噂していると、俺達も記憶を消されかねないぞ」

「お~、こわこわ…」


 一方その頃、ロボトミーインク社のビルから少し離れたところで、ロボトミーインクの従業員ロボの二機が、社長のスパナー博士に対する愚痴話を、煙草をふかしながら花咲かせていた。ロボトミーインクの裏手にはアーケードの屋根のついた商店街があり、ロボットたちが買い物を楽しんだりする憩いの場となっている。この二機のロボットは昼食がてらの休息に商店街に買い物に来た客を眺めながら煙草を吸っているといった具合だ。ふと買い物客の中に不審なロボットがいることに気づく。隣にいるのは何の変哲もない少年ロボットで、肩にペットのモモンガが乗っている。


 だが不審なロボは外見がどうも安っぽく、下手な変装と一瞬と見破られてしまうような出で立ちだ。段ボールでできたやけに角ばったボディからは無機的なロボットからは発せられない有機的なにおいが感じられる。ロボットだからこそ、ロボット以外の存在に対する察知能力が敏感に働くのだ。そして、その察知能力は、それが段ボールをかぶったロボット以外の何かだと訴えかけて来ている。そんな折、従業員ロボットの眼に確固たる証拠が目に入った。長い髪の毛だ。明らかにロボットから生えるはずのない黒くしなやかな美しい髪が頭部と胴体の隙間からはみ出していたのだ。


「…おい、あれはまさか……」

「ああ、信じられないが、間違いなくそうだ」


スパナー博士がもっとも忌み嫌っていた存在がそこにはいた。かつてこの地球を支配するほどの文明を持ち、自らを万物の霊長と称えたニンゲン。ニンゲンの少女がそこにいたのだ。それを彼に伝えると、すぐさま命令が下った。


「その少女を捕らえろ」



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