5話 ~進む先は~(後編)
「そういえば、変わり者が一人でとか言ってたが」
「そりゃもう変わってる。何たってそいつはエルフなんだからな。連中は俗世になんぞ興味を持たないかと思ってたんだがな」
この世界でのエルフは俗世から離れ、森と動物達と生活を共にし、生涯を自然の中のみで終える、そういった慎ましやかな種族である。
そのほとんどは人間とは違い細身で長身、端正で美しい顔立ちと、長く尖った耳が特徴的な見た目をしている。
独自の文化を尊重し、時代に染まらないのが彼らだ。
そんなエルフが他種族の文明に興味を持ち、自ら探求するのはとても稀で奇特な事だ。どうやら造艇所の主はこの地域では有名な人物なのだそうだ。
「ほれ、着いたぞ」
他愛のない話をしているうちにロージーの家についた。
シャルロッタは目覚めると、開口一番に「お腹が空いた」と言った。
その晩、ロージーの家では些細ながらも夕食がふるまわれた。しかしリカルドは相変わらず空腹も乾きも感じず、せっかくだからと執拗に食事を勧めてくるロージーに「腹は減っていない」と口八丁に断った。
一方シャルロッタは遠慮など知らぬといった顔でリカルドの分もすべて平らげた。
夜も更け、あれだけ寝ていたというのにシャルロッタはベッドですやすやと寝息を立てている。
それを横目にリカルドとロージーはまた会話をしていた。
「ここから先にある川を遡って行けば、造艇所に辿り着けるはずだ。変人とはいえやっぱエルフだな。自然からは離れられないんだ」
「人里に来る事はあるのか?」
「月に一度か二度はな。でも悪い奴じゃない。たまにわしの所に面白いものは無いかと聞きに来るよ。物が無ければ人里の話を聞きたがる。人間が嫌いという訳でもなさそうだな」
「名前は分かるか」
「ふむ、初めて会った時に聞いたがなんだったかな。確か……テオドールとかいったかな」
明け方、眠たげなシャルロッタに出発の準備を促す。
ここからは再び徒歩での移動だ。ロージーから聞いたテオドールと言う名のエルフが営む造艇所を目指す。
「あんたら遠くへ行くのか」
「まだ行先は決まってないけどな。遠くへは行くだろうよ」
「そうかい、気を付けて行くんだぞ。帰ってきたら旅の土産話でも聞かせてくれよ」
「あぁ、世話になったな」
ロージーと何気ない会話を最後に二人は出発する。
シャルロッタはいつの間にかロージーからお腹が空いたら食べるようにとパンをいくつか頂戴していた為、嬉しそうな顔をしていた。
昨晩聞いた通りに川を遡っていくと、鬱蒼とした森へ続いていた。森に道らしい道は無く、あまり人の出入りは少ないかのように思われた。
時刻が昼を回った頃、森の奥から何やら金属を削るような音が幽かに聞こえてくる。
きっとこの先に目指した造艇所があるに違いない。
それから幾何もしない内に造艇所らしき建物が見え始めた。シャルロッタは悪路などお構いなしにその建物に駆け寄ると、備え付けられた重厚な扉をやかましく叩く。
「すいませーーん。誰かいませんかぁーーー」
「おいおい……それはいくら何でも……」
しかしシャルロッタがいくら呼びかけても中から人が出てくる気配はなかった。
扉を叩くのをやめると、再び森特有の静寂が辺りを包む。
「お留守でしょうか……?もう一回叩いて……」
「止めてくれるかな」
シャルロッタが再び扉を叩こうと手を振り上げた瞬間、静寂を破るかのように何者かの声がした。
二人が驚いて振り返ると、そこには腕組みをして顔をしかめるエルフが立っていた。
森の木々に日光が遮られ、あまり日には当たらない為に肌の色は白く、少し伸びがちな真っ白な髪もエルフらしい神秘的な印象を与えた。
「ここは飛空艇を作ってるところだって聞いたんだが」
「そうだが」
「じゃあ、あんたがテオドールか」
「そうだが。君たちは?」
彼が造艇所の主、テオドールだ。シャルロッタは飛空艇技師に初めて出会った事が余程嬉しかったのかテオドールに対して輝かしいばかりの視線を送っている。
リカルドがシャルロッタの無礼を詫び、ここに至るまでの経緯を話すと、テオドールは多少なりとも興味を示した様子だった。
「なるほどね。それで私に飛空艇を直してほしいと」
「まぁ、そうなるな」
「それは構わないが、どんなもんか見てみない事には分からないな」
リカルド達はテオドールを件の飛空艇まで案内すべく、苦労して歩いてきた道を戻る。そしてまたあの長い道のりを経て飛空艇まで辿り着くまでにゆうに3日はかかった。
しかしその間のシャルロッタといえば、テオドールに対して嵐の様に質問を投げかけていた。
彼女の亡くなった祖父は飛空艇乗りだと言っていた。きっとその影響で飛空艇に対する思いは人一倍にあるのだろう。シャルロッタから次々と投げかけられる質問を、テオドールはさほど苦でもない様子で受け応えていた。
一方リカルドは、特に二人の会話の邪魔をする理由も無いので二人の後を歩きながらこれからどうするかを考えていた。
突然生き返ってからというもの、全く喉の渇きや空腹を感じないのもそうだが、このミイラのような体はどうすることもできないのだろうか。いつまでも甲冑を着ているわけにもいかない。いずれは誰かに顔を見せなければならない時は来るはずだ。
その晩、途中の小さな宿舎での事だった。
シャルロッタが眠ったあと、リカルドは相変わらず寝付けないので、宿舎の外で夜風に当たっていた時。
二日以上自宅を空けての遠出は久々で疲れたと言っていたテオドールだが、いつまでも眠る様子のないリカルドを気にかけてか、彼も宿舎の外に出て来た。
「目的の場所まであとどれくらいかかるか分かるかい?」
「そうだな……。明日中には着くはずだ。多分」
「多分?」
「シャルロッタ次第だろ。あの娘は気まぐれで人を振り回すのが得意だからな」
「……ところで、君と彼女はどういった関係なんだい?親子ではなさそうだが」
「…………。何ていうか、志が同じっていうか。やりたい事が一緒だから……みたいな」
「なるほどね。そういえば、君の事について全然話を聞いて無かったな。聞いても?」
テオドールはにこやかにリカルドに問いかけた。
彼はきっと純粋な興味の下に問いかけているのだろう。リカルドはそう思った。
しかし何故だか素直に自身について話す気にはなれないのだ。リカルドの過去はそう輝かしいものでも、人に誇るべきものでもないからだ。ほんの少し苦労をした半生で、突然の脅威により不幸にも命を落とした。
そしてある日突然墓場から蘇り、理由も分からず当てもなくただフラフラと歩いている。
テオドールには一体何を話せば良いのだ。
「少し気になるんだ。君のその……甲冑が」
「何が?顔を隠してるからか?」
「まぁ、己の外見を嫌う人間も少なくはないから、その辺はあまり気にはしないが……。単刀直入に言うと、君からは呪いの臭いがする」
「呪い?」
「私だっていくら異端児と言われようとエルフだからね。術や魔法には少しばかり覚えがある。君から感じ取れるのは呪術の類だ……それも高度な。並の呪術師が扱えるような術ではないという事しか分からないけどね」
呪術。
魔法やそういったものには疎いリカルドにとっては聞きなれぬ物だった。
テオドールによると、数百年前までは大抵の魔術師は呪術を扱う事ができたが、ある事件をきっかけに呪術やそれに準ずる法術の使用が一切禁じられてしまったのだ。契約によって精霊や魔物を呼び出す召喚術や交霊術も基本的には呪術の応用であると定められていたため、世界のほとんどの魔術師達が術を使う
事ができなくなってしまったのだと言う。
中にはその規定に反し、抗議をした者もいたそうだが、大半が粛清された。
その禁じられてしまった術が、なぜリカルドにかけられているのかはここにいる誰にも知る由はない。
「テオドール、あんたは呪術にかかった人間を見た事があるのか?」
「故郷にいた頃に何度か。でも君が呪術にかかっているかどうかはまだ分からないことだし……」
「いいや。いいんだ。なぁ、あんたはこれを信じるか?」
リカルドはヘルムのバイザーを上げると、テオドールに己の顔を見せた。
皮膚は干からび、ボロボロに崩れた表面からは筋組織と骨が見えている部分もある。ゾンビとミイラの相の子のようなその姿は、言わなければ魔物と見紛うソレであった。
その顔を見たテオドールは、しばし硬直した。それも仕方ないだろう。
しかし彼はその後、何か考える素振りを見せると、思い付いたかのように口を開いた。
「もし君がアンデットでないのなら、私に当てがある」
「おい、ちょっとは何か言えよ」
「ウロマルドから南に進んだトリエンナという国に、そういったことに知恵を貸してくれる魔女がいると聞いた。彼女に訊ねれば君の事が何かわかるかもしれない」
「無視すんなって」
「とにかく君も今日は休みたまえ。乾きも空腹も無いとはいえ、体力は無限ではあるまい」
テオドールは一人で何か理解したようにべらべらと喋るだけ喋ると、リカルドを置いて宿舎の中に戻って行った。
彼が言うにはトリエンナという国がどうのこうの。
そこにいる魔女が呪術に対しての知識が明るいだのなんだの。
リカルドは結局何が何だか分からぬまま、宿舎に戻るテオドールの後を追った。
飛空艇の目途が立った後の行き先ができた。
まず目指すはトリエンナ。
(遅くなって)いやぁすいませーん♂