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I'll be see you  作者: Diverくん
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4話 ~出発の準備~

 「おじさん、昨日はよく眠れましたか。私はぐっすり眠れましたよ」

 「そうかい、そりゃ良かった……」

 「むむ……その塩対応……、さては昨晩何かありましたね?」

 「ねぇよ」


 翌日の早朝、結局リカルドは眠る事が出来なかった。あの吟遊詩人の言葉が忘れられないのか、それともそもそも眠る必要の無い身体になってしまったのかは見当がつかないが。

 いずれにせよ精神的にも休息が取れなかったのは言うまでも無い。

 昨日から成り行きでシャルロッタと行動を共にしているが、そもそもお互いにこの街にいる理由や、これからどうするかなど、具体的な事を話していない。

 リカルドはこの少女が何故路頭に迷ってしまうような事態になったのかを訪ねた。

 

 「実はですね、一昨日から旅をしようと計画を立てていたんですよ」

 「旅?一人でか?家族はいないのか?」

 「いました。お祖父さんと一緒に住んでたんですけど、お祖父さん、去年亡くなって」

 「そうか……」

 「でもそんなに深刻な話じゃないんですよ。お祖父さんは宛も無く旅をするのが好きな人でしたから、私も旅に出てみようかと思って」

 「それで何で昨日みたいな事に?」

 「ただ純粋にお金が無いんです。私自身はこの近くの小屋に住んでますけど、まだ働くのなんて無理だし……。実は私のお祖父さんは飛空艇乗りでして、私への遺産としてとても立派な飛空艇を残してくれたんですけど……壊れて動かなくて。そしたら、この街にとても素晴らしい飛空艇技師さんがいるという話を聞きまして」

 「探しに来たってわけか……だが、無計画すぎる……」

 「まぁそんな感じです。でもその人を見つけたところで飛空艇を直す為のお金も無いし……どうしよっかなーって。おじさんに会えたのは凄く運が良かったです」

 「これからどうするんだ?」

 「あんまり考えてません。お家に帰っても一人だし。おじさんはどうするんですか?」

 「俺は……」


 リカルドはシャルロッタの話を聞き、自分が本来旅をしている理由を思い出した。

 彼に親はいない。まだ赤子の頃に捨てられたのだ。しかしその事実を知ったのは物心がついてからだった。

 当時まだ赤子だったリカルドを拾ったのは、山奥で木こりをしている老夫婦だった。季節はまだ身を切るような冷たい風が吹く冬。その時のリカルドは泣きもせず、黙してただ一点を見つめる静かな子だった。

 その後リカルドと名付けられた赤子はすくすくと丈夫に育ち、老父の仕事を手伝ったり、老婆が山のふもとに木材を売りに出かけるのを助けたりもしていた。

 しかし、可愛がられていたという訳ではなかった。仕事が遅いと罵声を浴びせられ、口答えをすると叩かれた。きっとこの老夫婦が死ぬまで、自分はこの山小屋に縛り付けられるのだろうとリカルドは思った。

 それから何年か経ったある日、初夏の暖かい雨が降る朝だった。

 リカルドはいつものように老父と一緒に木を伐りに外に出た。老父は「この先に伐れる木があるか見てくるから、お前はそこを動くな」と言って斜面を下りて行った。だがいくら待っても老父が帰ってくる事は無かった。リカルドが様子を見に行くと、斜面の下には激しく増水した川が流れている。そこに老父の姿は無く、いつもの仕事道具だけが残されているだけだった。 

 雨によって緩んだ地盤で足を滑らせ、そのまま轟々と流れる川に浚われてしまったのだろう。

 「あぁ、もう帰ってこないんだな」

 リカルドはそう思った。

 山小屋に戻って老婆にそれを伝えると、ただ溜息を吐いて「売り出しに行くよ」と言って支度を始めた。

 その次の日である。物音でリカルドが目を覚ますと、老婆は何やら身支度をしていた。リカルドがどこかへ行くのかと尋ねると、老婆は何も言わずに山小屋から出ていった。

 数日経っても老婆が帰ってくることは無く、リカルドはとうとう自分が独りになった事を確信した。

 老婆の行方はさほど気にはならなかった。それよりも、初めて自由を手に入れた事を喜ばしく思ったのだ。

 それから、リカルドは度に出ようと心に決めた。今まで見た事の無いもの、聞いた事の無いもの、知らなかったこと、これから知りたいと思える事を探すための旅だ。

 リカルドが15歳の時だった。

 旅に出てから20年以上が経ってからの事。世界中が邪悪な炎に包まれたのは。

 その時の火の熱さや、受けた傷の痛みをリカルドにとっては、まさに昨日の事のように覚えている。

 今こうして生き返ったのは、きっと神様か何かが、また旅をする機会を都合よく与えてくれたのだろう。 

 昨日出会ったばかりのこの少女には、自分と境遇は違えど少なからずの親近感を感じた。


 「俺は、旅の途中だからな。お前も行く宛が無いって言うなら一緒に来るか」

 「い、いいんですか」

 「約束しただろ。お前が腹を空かせて野垂れ死なないように俺が何とかしてやるって」

 「それまだ有効だったんですか……?!」

 「嫌なのか?嫌なら俺は今日にでも街を出る。金ならまだあるしな」

 「と、とんでもない!とんでもないです!一緒に行きますぅ!」

  

 こうして少女シャルロッタとの旅の第一歩を踏み出す事になった。

 リカルドは、なぜ自身が生き返ったのかは分からない。分かるはずもない。しかしそれでも良いのだ。

 またこうして旅ができるのだから。

 宿を出て街を歩いている途中、リカルドは尋ねた。


 「なぁ、その飛空艇ってのは何なんだ」

 「あれ、知らないんですか?ここに来る途中でも結構小さな飛空艇だったら飛んでますよ」

 「そ、そうなのか……」


 リカルドが飛空艇を知らないのも無理はない。

 この技術は丁度100年ほど前に、ドワーフが魔術師達と協力して編み出した技術なのだ。

 できるだけ軽い木の素材と丈夫な皮の素材を組み合わせて建造し、魔法を動力として空を飛ぶ……。

 そんな夢のような技術が一般的に普及したのはごく最近の事だ。そういった乗り物を操る事ができるのが飛空艇操縦士という国家から認められた資格を持つ者達である。

 シャルロッタの祖父は飛空艇の中でも最大サイズである「ドラグーンシップ」を所有する一級操縦士だったそうだ。

 しかし今では誰も乗る事も無く、シャルロッタへの遺産として受け継がれたものの、いくつかの部品の故障により動かなくなってしまっている。

 それを動かす為には飛空艇の操縦ではなく、建造やメンテナンス、修理を主とする専門職、飛空艇技師の力を借りなければならない。

 前述の通り、シャルロッタはこの街にいるという飛空艇技師を探しているのだ。


 「そう言うけどよ、お前さんはその飛空艇ってヤツを動かせんのかよ」

 「操縦の仕方はお祖父さんに教わりました。小さなものでしたらなんとか……」


 それから二人は街中をそこらじゅう、手あたり次第に聴き込みをして回った。

 しかし大して得られる情報は無く、日は既に空の一番高いところまで来ていた。

 もうそろそろ疲れたと弱音を吐きそうになったところ、偶然立ち寄った露店でアンドレと出会う。


 「よう、アンタら。昨日ぶりだなぁ」

 「あ、えーっと」

 「アンドレだよ。忘れんじゃねぇ」


 アンドレはまだ昼間だと言うのに酒瓶を片手に、フラフラと歩いていた。

 どうやら今日も賭博の帰りらしく、多少は儲けたのか機嫌のよさそうな顔をしている。

 リカルドたちはこの飲んだくれ対してそこまでの期待はしていなかったが、ここで再び出会ったのも何かの縁だと思い、彼にも飛空艇技師の事を尋ねてみることにした。


 「何だぁ?そんなアブネーもんに興味あんのか?」

 「知ってんのか?」

 「知ってるも何も、それって街はずれにある造艇所の連中の事だろ。いっつも馬鹿みてえにでっかい艇作っててよ」

 「あぁー!きっとそこですよ!おじさん、早く行きましょう!」

 

 シャルロッタはアンドレの口からその情報が出た瞬間、歓喜の顔に変わる。変わるや否や、リカルドの手を引いて街はずれの造艇所の方へとグイグイと引っ張って行く。

 その勢いと言えば、戦場の兵士を物ともせずに進撃する戦馬車のようだ。

 アンドレは唐突に横を通り過ぎていく少女に一体何があったのか、どこへ行くのかと尋ねた。 


 「おぉい、お嬢ちゃん、何だよ、どこいくんだよ」

 「旅に出ます!」

 「はぁ?!どこへだよ?」


 少女の応えにアンドレは素っ頓狂な声を上げた。

 彼にとっては、昨日の今日で旅に出ると言い出したように見えるのだから無理も無い。昨日の賭博も旅の資金集めにしてはあまりにも低額すぎる。

 たった11万ゴールドでは、大した場所にも行けるはずがない。今は魔物たちの活発になる時期。魔物を退けるための護衛や旅支度の資金も必要なはずだ。

 

 「分かりません!」

 「……そ、そうか。じゃあ、気を付けていけよ!甲冑の兄ちゃんもな!」

 「気を付けていきます!」

 

 しかし、天真爛漫に応えるその少女の笑顔を見たアンドレは、何か新たな希望のようなものが胸の中に芽生えるのを感じた。自分の中で過去に諦めた事への新しい希望。

 昨日会ったばかりのこの少女は、出会った時からアンドレに何か思い出させてくれた存在だった。今だってそうだ。

 少女は理由はさておき、眼前の目標に向かって誰かを巻き添えにしながら全力疾走している。

 そんな彼女を見ていたら、アンドレは自分の若いころを思い出したのだった。

 とにかく夢に向かって我武者羅だったあの頃を。いつどこで諦めてしまったのだろうか。

 アンドレはただ見送っていた。彼は何となくだがシャルロッタとはこれが最後になると思ったのだ。

 そして今後彼女の行く先々で何が起こるのかは分からない。知る事もできないのだ。

 彼には、彼らの旅の安寧を祈る事しか今はできない。

 シャルロッタ達の背を見送った後、アンドレは誰にも聞こえないようなほどに小さな声で「また会おうな」とぼそりと呟いた。

  

また会おうね

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