3話~祭りの後~
コロシアムでの試合の後、約束通り賞金10万ゴールドがリカルドたちの手に渡った。
シャルロッタが賭けた100ゴールドは、1万ゴールドになって戻ってきていた。
一緒に観ていたあの勝負師の男も相当儲けたらしく、シャルロッタと一緒になって喜んでいた。
そして今、その勝負師の男も交えて、町中にある宿屋兼酒場にて3人でお祝いと洒落込んでいた。
「にしても中々やるじゃねぇかよアンタ」
「今回は相手の頭が悪かったから勝てたようなもんだよ。正直無理かと思った」
「謙遜すんじゃねぇよ。自信満々って感じだったぞ」
「そんなことねぇよ」
お祝いとは言いながら、ぼそぼそと男二人で会話をしているだけだった。一方シャルロッタは、余程お腹が減っていたのか、手あたり次第に料理を注文し、ズラリと並べられた皿から手あたり次第に掻き込んでいる。
勝負師の男はそれを横目に酒を飲んでいたが、ふとリカルドの方を見て不思議に思った。
この男は酒場だというのに甲冑の兜も脱がず、酒にも料理にも手を付けない。
「なぁアンタ、飲まないのか」
「あ?あぁ」
「だったら何か食えばいいじゃねぇか」
「腹も減ってないんだ」
「変な奴だぜ。あんだけ闘ったんだから腹も減るだろ」
「い、いや……」
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
しかしこの男は実に物わかりの良い男であった。
「ま、いいぜ。そういうときもあるわな。じゃあ俺はこの辺で失礼するよ」
「帰るんですか?」
今までひたすら食べ物を貪っていたシャルロッタが顔を上げる。
彼女にとってこの男とは、客席で築いた友情的な何かがあるという事もある。別れを惜しむのは当然のことだろう。
男もそうだった。ちょっとした大金を稼ぐことができたのも、シャルロッタのおかげだ。
「そうだな。じゃあ名前だけでも教えておくか。俺はアンドレってんだ。俺は多分この町から死ぬまで離れねぇからよ、機会があったらまた会おうぜ」
アンドレと名乗った男は「よっこらせ」と席を立つと、自分の分のみを支払って店の外に出ていった。
それからしばらく、リカルドはシャルロッタが食べる姿を眺めていた。この食べようを見ているだけで何故か腹が膨れた気分になるからだ。
食べてからすぐシャルロッタは宿のベッドで寝息を立て始めた。
しかしリカルドは寝付く事が出来ない。せめて夜風に当たろうと思い、シャルロッタを起こさぬように宿を抜け出す。
街道ではまだ祭りの夜店や大道芸でにぎわっていた。
街を照らす灯のおかげで、とっくに夜だというのに外は昼のように明るい。
人混みを裂け、静かな細い街路に入り込むと、誰も通らないような場所で吟遊詩人がリュートを弾いていた。
誰に聞かせる訳でもないといった感じでリュートを弾く指は、けだるい音色を奏でる。
リカルドはその音に導かれるままに吟遊詩人へと歩み寄った。
すると彼は近づいてくるリカルドに気付いたのか、リュートを弾く手を止め、軽く会釈をした。
「今晩は。こんな遅くに、眠れないのですか?」
「あ、あぁ」
「奇遇ですね。私もなんです」
吟遊詩人はリカルドに対しにこやかに話しかける。飾り羽のついた鍔広の帽子で目元が隠れてよく見えないが、彼の柔和な雰囲気からは好青年といった印象を受けた。
長く美しい銀色の髪を後ろで緩く纏めている長身の男性だ。怪我をしているのか、右手は細い布で巻かれていた。
「あんた、吟遊詩人だろ。どっちかっていうと祭りの場で弾き語りでもした方がいいんじゃないのか」
「こんなお祭り騒ぎなんです。私のリュートの音など、人々の声で掻き消されてしまうでしょう」
吟遊詩人は祭りで浮かれた街の方を見る。
リカルドにはまだわかっていない事があった。それは今この街で行われている祭りの事だ。
この吟遊詩人ならば知っているだろうか。リカルドは彼に尋ねた。
「旅のお方ですか。それならご存じなくても無理はありません。今行われている祭事は、この国を救った英雄を称えるお祭りなのです。今年は国が救われてからちょうど500年目……その記念という事もあって、特別なお祭りなんです」
「そうなのか。その英雄ってのは、何からこの国を救ったんだ」
「龍ですよ。突如世界を襲った漆黒の龍。人々は彼の龍をヴィクトリカと名付け、世界一丸となって戦いました。しかし鋼鉄よりも固い鱗には剣も矢も通用しません。それどころか彼女の鱗は魔法も通さなかったのです。しかし資源も尽き果て諦めかけた矢先、一人の旅人が現れたのです。彼は名乗らず、誰に助
けを求める事も無く、たった一人でヴィクトリカに立ち向かいました」
「それで?どうなったんだよ」
「旅人は見事にヴィクトリカを打ち倒しました。剣も魔法も通用しない相手に。いったい彼がどうやって対抗したのかは知られていません。瀕死の魔術師が最期に放った光の魔法が龍の邪悪な目を潰した事によって、魔法の鎧がくだけたとか、それとも女神が力をお与えになったとか。色々と仮説を提示する者達は
いますが、結局は仮説にすぎません。真実を知る者などいないのです」
リカルドはこの一連の話を聞いているうちは平静を保っていた。
彼はこの話と全く同じ体験を、つい昨日の事のように覚えている。もしこの話に出てくる「旅人」が自分の事ならば、出来事から既に500年経過しているという事だ。
「あぁ、そうそう。この国にくる途中、大きな石碑があったでしょう」
「そう……だな。確かにあった」
「あれが、貴方の墓なんですよ。リカルド・ヴァレンシア」
いつの間にかリカルドの背後に立っていた吟遊詩人がにやりと妖しく口元を歪める。
異様な瘴気にただならぬ雰囲気を感じ取ったリカルドは、吟遊詩人を蹴り飛ばし素早く剣を引き抜く。
しかし振り返った先に、既に吟遊詩人の姿は無かった。
狭い街路で一人唖然とたたずむリカルド。彼の耳に残るのはあの吟遊詩人が最後に言った言葉だ。
今だ自分の置かれた状況が理解できず、頭の中は一瞬の出来事で空虚に支配される。
遠くで聞こえる祭りの喧騒が、ただぼんやりと聞こえていた。
ぬわぁあああんちかれたもぉおおおおん
(特に書くことは)無いです