狩りの始まり
子供は寝る時間といったところであり、マーシャは寝息を立てていたが、テイルータの眼はまだまだ冴えていた。
と、予感めいたものがあり、テイルータは宿の寝台から跳ね起きた。
(……なんだ?)
不審な足音がした訳ではない。
自分たち以外の息遣いは聞こえない。
だが、なにかが来る。
テイルータは、隣の寝台を蹴り付けた。
マーシャが、眼を擦りながら身を起こす。
「逃げる準備をしろ……」
低く言って、テイルータは部屋の扉へと近付いた。
気配はない。
それでも、勘が告げる。
来る。
「……見付けたっと」
声。
ぶち破られた。
扉ではなく、扉の横の壁が。
侵入してくる、赤毛の男。
ヘザトカロスで見掛けた、黒ずくめの剣士と一緒にいた、『コミュニティ』の構成員。
赤毛の男の手に、武器らしい物はない。
壁を破ったのだ。
魔法を使った直後だろう。
次の魔法を使用するには、多少の時間を要するはずだ。
テイルータは、赤毛の男へ踏み出した。
廊下からのわずかな明かりだけで、赤毛の男の衣服の右肩辺りが血で染まっているのを見て取り、左へと回る。
「フレン・フィールド」
赤毛の男が口を動かすと、見えない壁のようなものを感じた。
押し返される。
(なにっ……!?)
魔法を使ったばかりではないのか。
懐から二本の短剣を取り出し、投げ付ける。
赤毛の男が、左手を振った。
短剣の一本は砕け、一本の刃は折れ曲がる。
「!?」
あの左手。なにかおかしい。
赤毛の男が、わずかに身を沈める。
飛び込んでくる気配を察して、テイルータは赤毛の男へ足下の椅子を蹴り飛ばした。
危険な相手とは戦いたくない。
百人の雑魚よりも一人の使い手の方を、テイルータは恐れる。
身を翻し、突然の乱入者に、寝台の上で荷物を抱き締めて小さくなっているマーシャを掴む。
窓へ向かった。
「ここは三階……」
百も承知だった。
赤毛の男の御丁寧な忠告を無視して、テイルータは窓を蹴り破り外へ飛び出した。
足首、膝、股関節を柔らかく使い着地する。
肩から転がり、衝撃を流した。
足腰に痛みがあるが、すぐに身を起こし宿を見上げる。
窓から身を乗り出し、赤毛の男は左手を向けていた。
だが、魔法は放ってこない。
マーシャを殺めてしまう可能性を考慮してのことだろう。
『コミュニティ』は、実験体として生きているマーシャが欲しいのだ。
短剣を抜き、睨み付ける。
赤毛の男は、動かない。
飛行の魔法は、難度の高い魔法であるはずだ。
使用中は、他の魔法を使えない。
魔法を使って飛び降りたら、短剣を投げ付けさせてもらう。
使わずに飛び降りた時は、着地の瞬間を狙う。
三階からの着地の前後は、防御も回避もそうできるものではない。
全身に、短剣を壊した左手のような力があるかもしれないとは、考えないようにした。
眼を回している様子のマーシャを抱え、じりじりと後方へ移動する。
赤毛の男は、まだ動けないでいるようだ。
テイルータは、宿の敷地を囲む柵を越えて駆けた。
赤毛の男が外に出るまでに、どこまで引き離せるか。
赤毛の男は、一人なのか。
自分が敵の立場で、そして何人か部下がいるなら、どうするか。
宿の出入り口、村の出入り口、逃げ道を封鎖する。
テイルータは、夜の村を西へと向かった。
それが、追い込まれる行為だと理解しながら。
他にどうすればいいのか、わからなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
デリフィス・デュラム、シーパル・ヨゥロ、ティア・オースターの三人に、軍人殺しの罪を着せることに成功。
その報告を受けたキースは、青白い顔をやや紅潮させていた。
果たして本当に成功したのだろうか。
マックスは、自慢の髭を撫でて考える。
アズスライの軍の頂点にいるのは、ニック・ハラルドである。
したたかな老人だった。
こうも容易くこちらの思惑の片棒を担いでくれるものだろうか。
軍が宿を包囲し、残る三人を捕らえ基地へ連行していったという報告もきた。
キースは、自分の策が当たったと信じて疑わないようだ。
村のどこかに隠れているであろう三人を見付けるために、兵士たちの出撃を命じた。
マックスやダンは、留守番である。
手柄を全て自分のものにしたいというキースの思惑は見え見えだったが、文句は言わなかった。
どうにも、上手くいきすぎているような気がする。
村中に兵士を放ち、キース自身は数人の兵士を連れて、宿の様子を見てくるつもりのようだ。
三人は宿を出たところで襲われ逃げ出し、三人は宿にいるところを軍に捕らえられた。
戻ってくる可能性は極めて低い、という考え方らしい。
前線に出て兵士の指揮を執ったという事実は欲しいが、できるだけ安全な所にいたいという思考が、よく見える。
だが、宿は安全といえるのだろうか、とマックスは考える。
六人が数日過ごした所であり、集合場所として選択肢に上がらない訳がない。
思ったが、忠告はしなかった。
意気揚々と出発するキースを、無言でマックスは見送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
どうにもおかしく感じて、シーパルは立ち止まった。
軍人を殺したと誤解されたのではないのか。
それにしては、追っ手の姿がない。
単純に撒いた可能性もあるが、人口密度の低い村である。
ヨゥロ族である自分の外見が目立つことは自覚しているし、軍人がそこまで甘くないのも知っている。
宿から、東へ移動した。
そろそろ、村にあるもう一軒の宿に到着するはずである。
この辺りになると鍛冶場で鎚が叩かれる音も聞こえず、村は静まり返っている。
捕物のために軍が動いている状態とは思えない。
デリフィスも立ち止まっていた。
釣られたように、ティアも。
「……デリフィス」
「ああ、おかしいな。静かすぎる」
「え?」
会話により気付いたか、ティアが辺りをきょろきょろと見渡す。
日が暮れて、随分経つ。
外を出歩く者の姿はなかった。
状況に変化があったのだろうか。
だとしたら、行動を変えるべきなのかもしれない。
「村を脱出するにしても、六人でですよね……?」
デリフィスの表情を窺いながら、言った。
こういう時、デリフィスは考えなしな意見は出さない。
「……一旦、宿に戻ろう」
しばらく考える様子を見せた後、デリフィスは言った。
ユファレートのことが気になっていたであろうティアは、何度も頷いている。
決定だった。
決まったからには、速やかに行動するのみである。
迅速に、ただし周囲への注意を怠らずに道を引き返していく。
軍が動いている様子はない。
宿に戻るまで、『コミュニティ』の襲撃などもなかった。
鍛冶場からの金属的な音の他に、食器がかちゃかちゃなる音が響いている。
奥で、宿主が皿を洗っているようだ。
カウンターに人の姿はない。
不用心な気もするが、それだけこの村が、普段平穏であるということかもしれない。
デリフィスが、鋭く上の階へ視線を向ける。
シーパルも気付いた。
複数の人間が、歩き回っている。
単純に他の客かもしれないが、動き回る気配は、自分たちが宿泊している部屋から伝わってくる。
デリフィスを先頭に、階段を駆け上がる。
音を聞き付けたか、四人が部屋から廊下に出てくる。
(『コミュニティ』……!)
黒装束を着た三人は、兵士だろう。
その背後に、ローブを纏う白い肌をした初老の男。
宿に上がり込むとは、なかなか大胆な者たちである。
外から宿を見張れば良さそうなものだが、部屋に侵入したのはなにか理由があるのか、単に考えが足りないのか。
兵士三人を残し、初老の男は慌てた様子で部屋に駆け戻った。
デリフィスが、剣を抜き兵士たちと向き合う。
長大な剣は廊下では振り回しにくいだろうが、ティアもいる。
兵士三人くらい、相手ではないだろう。
デリフィスが振るう剣に、兵士たちが体勢を崩す。
その脇を、シーパルは走り抜けた。
ここは、二人に任せていい。
初老の男を追い、防御の魔法を思い浮かべながら部屋に飛び込む。
シーパルが寝泊まりしている部屋だった。
窓際に、初老の男が立っている。
掌を向けてきた。
「ガン・ウェイブ!」
「ルーン・シールド!」
想定内の魔法攻撃を、魔力障壁で防ぐ。
魔法の余波でベッドのシーツやカーテンがぼろぼろになっていくのは面白くないが、後で直せばいいだろう。
シーパル個人の荷物も、たいした物はない。
初老の魔法使いは、窓から外へ飛び出した。
飛行の魔法が発動している波動が伝わってくる。
窓から身を乗り出すが、すでに宿の裏へ回ろうとしているところだった。
狙撃すれば、宿を更に壊すことになる。
宿泊客を巻き込むことになるかもしれない。
「くっ!」
呻いて、シーパルは踵を返した。
窓から飛び降りると、逆に狙撃される恐れがある。
できれば、逃がしたくない。
魔法使いならば、敵の主力の一人といえるだろう。
ここで倒しておきたい。
囮の可能性もあるが、初老の魔法使いの慌てぶりは、本物であるように思えた。
廊下に戻ると、ティアが兵士を倒したところだった。
他の兵士は、デリフィスの剣ですでに斬り捨てられているようだ。
「窓から外へ……裏の方に!」
そう言っただけで、すぐさまデリフィスが廊下の奥へ駆け出す。
それで、シーパルは思い出した。
廊下の先にも階段があり、それは裏口に続く。
宿の中を駆け抜け、裏口から外へ飛び出した。
遠くに、逃げる魔法使いの姿が見える。
シーパルは、腕を上げた。
魔法で攻撃しても簡単に防がれてしまう距離になるが、足止めにはなる。
何度か繰り返せば、デリフィスやティアが追い付いてくれるだろう。
だがシーパルが魔法を放つよりも前に、初老の男の体は地面を転がった。
横手から、魔法で狙撃されたのだ。
「ルーアだ!」
目敏く赤毛のルーアを見付けたティアが、声を上げる。
初老の男はすぐに立ち上がり、逃亡を続けた。
だが、防御の魔法が間に合わなかったか、走り方が少しおかしい。
負傷したようだ。
おそらく、右腕。
シーパルたちの方を一瞥だけして、男を追うルーア。
当然シーパルたちも、追跡を続けた。
逃げきれないと悟ったか、魔法使いは扉を破り民家に侵入した。
悲鳴や罵声が響き渡る。
小さな男の子が、民家から転がり出てきた。
ルーアが破られた玄関に辿り着くが、踏み込めないでいる。
ティアが、泣きながら駆ける子供を受け止める。
シーパルとデリフィスも、民家に辿り着いた。
「近付くな!」
中に、中年の女性の首に左腕を回した魔法使い。
手には小振りのナイフ。
女性の頬に突き付けている。
右腕は、灼け爛れていた。
「武器を捨てて、そこから離れろ!」
「……わかったよ」
抜いていた剣を鞘に収め、ルーアが両手を上げる。
「捨てろと言っただろう!」
「わかってるって」
ルーアの後退する背中に押され、シーパルとデリフィスも下がった。
民家から、後ろ歩きで離れていく。
「……武器は捨てなくて、大丈夫ですか?」
たっぷり離れた所で、シーパルは聞いた。
民家からは、魔法使いの喚き声と女性の悲鳴が聞こえてくる。
「必要ない。眼を見た限りじゃ、興奮しているけど、自暴自棄にはなっていない」
ルーアは、リーザイ王国特殊部隊『バーダ』に所属していた。
半軍隊半警察というような部隊だったという。
多少は、こういう状況に慣れているはずだ。
「人質は一人だけ。あいつは、負傷している。絶対に人質は必要なはずだ。刺激しない限り、しばらくは手出ししない。……多分」
最後にやや自信なさ気に付け加えて、ルーアはシーパルたちに眼をやった。
怪我などしていないか、確認しているようだ。
ルーアと、子供をあやすティアの眼が合う。
ティアは、そっぽを向いた。
ルーアが、苦々しい顔をする。
(この二人は……)
まったく、こんな時にまで。
「シーパル。遠距離からの狙撃、できるか?」
「……」
聞かれて、民家の様子をシーパルは窺った。
「ちなみに、人質を傷付けたらアウトだ。軍と話をしてきた。今のところ、軍は敵じゃない」
「……そうなんですか?」
軍が追ってこないのは、話を付けたからだったのか。
「ただし、村人に怪我をさせたら、容赦しないとよ」
「……」
唸り、シーパルは民家を見つめた。
魔法使いは、片腕でも女性を拘束できるくらいの腕力はあるようだ。
密着している。
人質の安全のためには、精密で、尚且つ確実に一撃で敵を倒せるだけの威力が必要となる。
敵は、魔法使いである。
当然、こちらの魔法は察知される。
そして、最も警戒しているのは、魔法で狙撃されることだろう。
「……どうだ?」
「……難しいです。成功率、二割以下というところでしょうか」
正直にシーパルは言った。
ドラウが生きていればと思ったが、口にはしなかった。
「軍は、敵ではないと言ったな?」
ぼそっと、デリフィスが言葉を発する。
「ああ。今のところはな」
「思ったが、これは軍や警察の仕事だろう?」
「……」
沈黙した。
シーパルも、ルーアも、ティアも。
民間人を人質に、民家に立て篭っている者がいる。
当然、軍や警察が解決のために動くべきことだろう。
デリフィスの意見は、至極もっともなことだった。
その発想が欠けていたのは、『コミュニティ』は自分たちの敵だという認識が染み込んでいるからか。
軍ならば、少なくともシーパルやティアよりは、的確に対処してくれるはず。
人数も揃っている。
周囲が騒がしくなってきた。
野次馬が集まりつつある。
「……素直に通報して、押し付けるか。プロに任せた方が、人質も安全だ」
ルーアは、辺りを見回した。
「誰か軍に連絡をしに行ってくれたらありがたいが、危ないかな……」
放っておいても村人の誰かが軍に知らせに行ってくれるだろうが、それだと『コミュニティ』に妨害される恐れがある。
「……僕は、残った方がいいですね」
あの魔法使いが不用意に人質から離れる可能性もある。
そうなれば狙撃のチャンスであり、シーパルの出番だった。
精密な制御が必要となり、ルーアよりもシーパルの方が上手くできる。
ルーアは、頭頂部の辺りを掻いて言った。
「いいよ、俺が行ってくる。道がわかるし、向こうのお偉方と顔見知りになったし。またマラソンってのが、面倒だけど」
「一人では、危険だろう」
「まあな。けどデリフィス、あんたは残ってくれ」
「いいだろう」
シーパルとしては、デリフィスが残ってくれるのはありがたい。
彼が前衛になってくれれば、魔法を存分に使える。
「じゃあ、ティアを……」
シーパルが言うと、二人はまた眼を合わせた。
ルーアが、舌打ちする。
聞こえたのか、ティアは頬を膨らませた。
「邪魔だからいらね」
「なっ……!?」
「……」
溜息を付きながら、シーパルは二人の間に割って入った。
(喧嘩している場合じゃないでしょうに……)
デリフィスは、我関せずと明後日を向いている。
「んじゃ、ここは任せるわ。くれぐれも、村の奴らに怪我させるなよ」
なんとか和解させたいところだったが、言い捨ててルーアはさっさと駆け去ってしまった。
人質となった女性の知り合いらしい村人に男の子を預けたティアは、足下の石を蹴っ飛ばしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ウェインは、テイルータ・オズドとマーシャの追跡を諦め、アズスライにある『コミュニティ』のアジトへ足を向けた。
これまでの行動を解析した限りでは、テイルータ・オズドは最も安易な逃走経路である村の出入り口には、向かわないであろうと思われた。
しばらくは、村の中で様子を窺うはずだ。
戦闘能力もなかなかだが、テイルータ・オズドはそれ以上に逃げるのが上手い。
達人といってもいい。
宿を襲撃した時、捕らえられるとウェインは思っていた。
だが、逃げられた。
ノエルの剣を避けたこともある。
マーシャという足手纏いがいながら『コミュニティ』の追跡をかわし続けてきたのは、伊達ではない。
乱暴なだけの男に見せて、実は慎重な思考の持ち主だった。
無謀な戦いを仕掛けてきたりはしない。
殺せる距離に殺せる可能性がある相手が踏み込んできた時だけ、噛み付く。
勝てない相手や人数の時は、すぐに逃亡する。
その見切りが、驚くほど上手い。
無理に追い掛け回すよりも、逃げ場を狭めていった方が良いのかもしれない。
村という大きな袋には、閉じ込めているのだ。
少しずつ空気を抜いていけばいい。
アジトには、マックスとダンがいるだけだった。
キースは、外で兵士たちの指揮を執っているということだ。
兵士たちを何組かに分け、村の中を動き回らせているらしい。
テイルータ・オズドとマーシャのことを考えると、都合が良いかもしれない。
兵士の集団相手に、戦うことを選択はしないだろう。
逃げ回れば、疲労する。
精神的に追い込まれていく。
状況報告に、兵士の一団が戻ってきた。
キースは負傷し、村人を人質にして民家に立て篭もっているらしい。
マックスの表情に変化はないが、しめた、とくらいは思っているだろう。
死んでしまえと考えていても、おかしくない。
マックスにもダンにもキースにも問題があった。
マックスとキースは反目しているし、ダンはなかなか切れる男だが、二人に遠慮して余り意見を口にしない。
兵士たちに続いて、アジトに現れた者がいる。
ノエルである。
どこをほっつき回っていたのか、いつアズスライに来たのか。
ウェインの右肩を見て、にやりとする。
「どうしちゃったんだよ、ウェイン?」
「ちっとばかし、間抜けをした」
右肩を負傷した。
数日は、まともに右腕を使えないだろう。
ルーアと戦い、負傷した。
一対一で戦い、負傷して退散したのだ。
文句なしに敗北だろう。
だが次に戦う時は、別の結果にできる自信がウェインにはあった。
右肩は、魔法により撃ち抜かれた。
あそこまでルーアが魔法使いらしい魔法使いであるとは、データになかった。
剣を失っていない限りは、剣と魔法を併用して戦うというのが、ルーアの戦闘スタイルであったはずだ。
あの時、ルーアは剣を捨てた。
それで逆に、余計なことを考えさせられた。
なにか策や罠があるのではないか、他の武器を隠し持っているのではないか、と。
そして、真っ正面からの魔法に不意を衝かれることになった。
相手がシーパル・ヨゥロやユファレート・パーターならば、喰らうことはなかっただろう。
剣士としても優秀なルーアが相手だったからこそ、不意を衝かれたのだ。
それでも、急所は避けられた。
次は、完全にかわしてみせる。
ルーアは、キースが立て篭もる民家の近くにいるようだ。
デリフィス・デュラムとシーパル・ヨゥロ、ティア・オースターもそこにいる。
テラント・エセンツとユファレート・パーターは、軍の基地にいるらしい。
軍は、今は激しい動きを見せていない。
ルーアたち六人に軍人殺しの罪を着せるというキースの策は、見事に外れたようだ。
キースは、一応仲間だった。
見殺しにする訳にはいかない。
兵士の一団を救出に向けることにした。
それで危機を脱することができるかどうかは、キースの力量と運次第となる。
ウェインは、他の兵士を使いテイルータ・オズドを追う。
これまでのデータで、どのように逃げるか大体見当が付く。
テイルータ・オズドは、二番目に安全な道を選ぶ男だった。
一番安全な道は、それだけ罠を仕掛けられやすいと考えているのだろう。
それだけわかれば、人海戦術である程度逃げ道をコントロールできる。
マックスとダンにも、それぞれ配置を告げた。
「僕は、キースの所に行こうかな」
珍しく、ノエルが自分から作戦に加わりにきた。
「……」
ノエルの表情を観察する。
読み取りたいのは、考えではなく感情である。
キースの所へ行くと言った。
キースの救出に行くとは言っていない。
「お前の目的はなんだ、ノエル?」
多分、今のノエルはかなり機嫌がいい。
だから、思いきって聞いた。
「ティア・オースター」
笑みを浮かべる。
抜き身の剣を思い浮かばせるような、危険な笑みだった。