彼らの旅を紡ぐ者
人の気配を感じたような気がして、ルーアは寝台から身を起こした。
まともな気配ではない。
殺そうとして殺しきれなかった気配である。
安物のカーテンの隙間から、外を覗く。
「おいおい……」
宿の敷地の出入り口にいる者たちの姿が見えた。
統率のとれた陣形。
玄関も固められている。
おそらく、宿の裏にも回っているだろう。
彼らが共通して着衣しているのは、残念ながら軍服だった。
宿が、軍人たちに包囲されている。
見えるだけでも、二十人近くいるか。
誰か犯罪者やテロリストでも宿泊しているのだろうか。
この宿に泊まり数日、廊下で擦れ違った者や食堂で見掛けた顔を思い出していく。
ルーアは嘆息した。
贔屓目無しで見て、最も曰くがありそうなのは自分たちだ。
タイミングも悪い。
ウェイン・ローシュを撃退したのは、数時間前。
ルーアの妨害がなければ、ウェインは村へ到着し、この地にいる他の『コミュニティ』の構成員たちと合流し、なんらかの計画を実行に移していたところではないのか。
ドラウの遺体回収が目的だと言っていたが、それだけではないとルーアは感じていた。
『コミュニティ』はいつも、複数の計画を同時進行する。
例えば、組織の敵対者であるルーアたちへの攻撃。
充分有り得る。
アズスライの軍に潜り込み、操り、利用する。
これも有り得る。
分不相応な魔法の使い方をした付けか、体が重い。
気怠さがあり、関節の節々が痛む。
呻きながらルーアは、まだ焦げ臭いジャケットを着込み、剣を背負った。
ティアを追って、シーパルとデリフィスは宿を出ていった。
ユファレートとテラントは、宿の中にいるのだろうか。
廊下から、ノックの代わりかテラントの呼び掛けてくる声がした。
ティアがこじ開けたまま、鍵は掛けられていない。
表情を固くしたテラントと、さすがにまだドラウの死から立ち直れていないのだろう、心ここに非ずという様子のユファレートが入室してくる。
気付いているかどうかの確認など必要ない。
「厄介だな……」
「……ああ」
苦々しく言うテラントに、ルーアは同意した。
ただの敵ならいい。
『コミュニティ』の構成員ならば、容赦はしない。
おそらく、包囲しているのは、ただ軍務に忠実なだけの軍人たちだろう。
上の命令に従っているだけに過ぎない。
できるだけ、傷付けたくない。
力尽くの突破は可能だろうが、訓練が行き届いた部隊であるようだ。
手加減は、余りできないだろう。
こちらが傷付く可能性も高い。
「……仕方ねえよな」
『コミュニティ』の手が入っているのならば、大人しく捕まる訳にもいかない。
テラントは、剣の柄の位置を確認していた。
頼りは、この男だけである。
調子が悪い。
ユファレートは、ルーアの体以上に心が不調だろう。
「どこから突破するかだが……」
テラントが、眼を細める。
意識を研ぎ澄まし、周囲を探っているのかもしれない。
包囲が最も薄いところは、狙うべきではない。
遠目でもわかるくらい、敵を誘い込み罠に掛けるくらいはすぐに実行できそうな雰囲気が、軍人たちにはある。
「抵抗しないでくれたら、ありがたいんだがなあ」
しわがれた声は、廊下からした。
訓練を受けた経験があるとわかる、規則正しい足音も。
複数のものではなく、それは敵意がないことを示すようであった。
足音も、敢えて立てているのだろう。
傷んだ床の廊下であるが、鍛冶場から響く鎚を付く音に紛れ込ますことは難しくない。
廊下にいるのは、軍服を着ている小柄な老人だった。
高齢の者の年齢の判別はなかなかに難しいが、七十前後だろう。
この国は、何歳で退役だったか。
まずルーアは、そんなことを考えた。
軍服にはいくつかの勲章が掛けられており、それなりの地位ではないかと想定できる。
「アズスライには警察というものがなくての」
老人が言った。
「儂ら軍人が、彼らの仕事も熟さなくてはならん。少し、基地まで来てもらえんか?」
「……なぜ?」
「君らの旅の連れである、シーパル・ヨゥロ、デリフィス・デュラム、ティア・オースターに、軍人殺しの嫌疑が掛けられておる」
「……」
絶句した。
やはり背後に、『コミュニティ』がいるのだろう。
アスハレムで使ってきた手法と似ていた。
捕まる訳にはいかない。
この老人を倒し、進む。
人質にしてもいいかもしれない。
だが、ルーアは躊躇った。
横目で見ると、テラントも同様であるようだ。
老人に、犯罪者の仲間へ向けるような敵意や警戒心が、まったく感じられないのだ。
「言うことを聞いた方が、互いのためになると思うがの」
「……」
テラントと、眼を合わせた。
包囲を突破し、ティアたちと合流し、村を脱出する。
泥沼の戦いになるだろう。
アスハレムの時は、テラントの元部下であるキュイや、デリフィスの友人であるダネットがいた。
彼らが味方としていたから、無実を証明できた。
アズスライに、知人はいない。
泥沼の戦いに勝ったとしても、犯罪者としてホルン政府に追われる。
老軍人を見つめた。
静かな眼差しでこちらの決断を待っている。
少なくとも今は、害を加えてくることはなさそうだ。
ここは、大人しくした方がいいのかもしれない。
テラントも、同じ判断をしたようだ。
「……いざって時は、頼むぞ」
老人にも聞こえただろうが、小声で呟く。
武器を取り上げることはできても、魔法を取り上げることはできない。
いざという時がどんな場合か、考えるまでもない。
ただ、現在の体調でどこまで魔法が使えるか、疑問ではあった。
そうなると、今度はユファレートの力が頼りになる。
肩越しに、沈んだ様子のユファレートを見遣った。
非常事態にも、一言も発しようとしない。
老人がティアの名前を口にした時だけ、あるか無きかの反応をしたような気がする。
その瞳は、虚ろに輝いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『コミュニティ』の大部隊が待ち構えている所へ連れていかれるのではないか。
そんな懸念もあったが、連行されたのは軍の基地だった。
通されたのは、取調室のような部屋ではなく、会議室らしい広々とした場所だった。
ルーアたちは、老人の向かいに座らされた。
入り口に、一応若い軍人が立っているが、遠い。
ルーアたち三人と向かい合うのは、老人一人だけである。
武器も奪われていない。
ニック・ハラルドと名乗ったこの老人が、アズスライの軍の最高責任者であるらしい。
警察や他の政府機関がないこの村において、最大の権力者であるといえるのかもしれない。
そんな人物が、犯罪者かもしれない者たちと単身で向かい合うものだろうか。
どうにも、まやかしの中にいる気分だった。
「まずは、君たちの名前を聞こうかな」
ニックが言った。
記録を取るためだろう、紙とペンがある。
空いてる左手を机上に置き、忙しなく指を動かしている。
声や表情からして、苛立っているのではないだろう。
神経質なのではなく、ただの癖であるようだ。
ニックを観察しながら、ルーアは少し困った。
リーザイ王国の特殊部隊『バーダ』に、ルーアは過去所属していた。
他国の軍の調書に名前が残るのは、まずいのではないか。
犯罪者として扱われるのかもしれないのである。
偽名を口にするのも、まずいような気がする。
ばれてしまった時、やましいことがあると言っているようなものではないのか。
それに、宿の帳簿を調べれば、すぐに偽名だと発覚してしまう。
ずっとだんまりという訳にもいかないだろう。
なにかないか。
本名ではないが、偽名でもない。
それでいて、確かに名乗っている。
そんな、言葉遊びのようなものが。
はっと閃いた。
天才か、と思ってしまうような、素晴らしい着想。
ルーアは、ニックの皺だらけの顔を見つめた。
「テラント・エセンツです。愛称は『坊ちゃま』」
すかさず、テラントも口を開く。
「ルーアです。性癖は、曲がったものを女性に見せること」
同時に立ち上がり、互いの胸倉を掴み合う。
「てんめえぇぇ、テラント! せっかくの俺の素ん晴らしいアイディアをぉぉ!」
「あ!? なんか文句あんのか糞ガキャ! やんのか、おぉう!?」
主語を抜いて紹介することで、まるで名乗っているかのように見せ掛けられたのに。
テラントのせいで、台無しである。
「あー……君たち、喧嘩しないようにね……」
ニックは懐に手をやりごそごそと取り出したのは、宿の台帳だった。
(……おい)
考えてみれば、ニックはティアたちの名前を知っていた。
ルーアたちのことを調べていない、もしくは、調べる手段を持っていないということが、あるはずなかった。
「えーっと、ユファレート・パーターにテラント・エセンツ、ルーア。ドラウ・パーターの孫娘に、ラグマの若き常勝将軍、リーザイ王国特殊部隊『バーダ』の隊員、ストラーム・レイルの弟子さんね」
祖父の名に、ユファレートが顔を上げる。
ルーアも、内心で身構えていた。
名前はともかく、宿の台帳に、血筋や過去の名声、所属などが書かれているはずがない。
テラントならばまだ理解できるが、ルーアの名前は世間に知れ渡っていないだろう。
これまでにいくつかの事件に関わり、あるいは解決の立役者になったことがあるかもしれない。
だがそれは記録の裏側でのことであり、片田舎の老軍人が知ることではない。
警戒を強めるが、ニックからは変わらず、悪意や敵意を感じなかった。
ぼんやりと天井を見つめている。
なんだか、花畑で蝶を追い掛けそうな眼に見えた。
口が、もごもごと動いていた。
『どうするかなぁ……』と聞こえたような気がする。
会話のない時間が、しばらく流れた。
とっぷりと日が暮れ、外は暗い。
静寂とは程遠い、この村特有の金属を打つ音が響き続けている。
ルーアが居心地の悪さを感じるようになった頃、別の軍人が入室してきた。
ニックに、なにやら耳打ちする。
うんうんと声に出し頷く老軍人。
(なんだ……?)
訝しく感じていると、ニックはぼんやりとした視線を向けてきた。
ルーアたち三人の顔を眺め、言う。
「君たちの無実は証明された。いいよ、もう帰って」
「……へ?」
唖然とする。
「……どういうことでしょうか? 可能ならば、説明をしていただきたい」
片手を机に付き、身を乗り出させテラントが尋ねる。
ニックは、面倒そうに頬杖を付いている。
「君たちの友人が、我々軍の者を殺めたと報告があったのは、夕刻のことだ。ところが、この報告がどこから上がってきたか、いまいち不明瞭でねぇ」
「……」
「たった今、アズスライの軍に所属する全員の所在と安否が確認された」
「……ということは」
「陰謀だねえ」
「……」
飄々とした様子のニックを、テラントは睨むような勢いで見つめている。
「……あなたは、どこまで知っているのです?」
その疑問は、ルーアも持った。
ニックの行動は、素早かった。
事件が起きたのは、夕刻のことだという。
発生後即座に、宿を包囲したことになる。
隊員全員の所在確認も、その時からやっていたのだろう。
まるで、ルーアたちの事情を全て知った上での行動に思えた。
「……儂からなにか聞き出すつもりなら、やめた方がいい」
「……なぜです?」
「のらりくらりとかわすだけで、時間の無駄だからかな」
「……」
「行こう」
テラントの肩を、ルーアは叩いた。
この老人は、本当になにも話してくれないだろう。
「君たちがこの村で多少騒動を起こしても、眼をつぶろう」
退室の際、ニックの言葉が耳に滑り込んできた。
「ただし、村人を傷付けないように。そうなれば、儂は軍を動かさざるをえない」
声には威圧するようなものが込められていた。
ニックが軍人としての顔を初めて見せたと、ルーアには感じられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんなもんでいいかの?」
部下たちを遠ざけ、会議室に一人となって呟いたニック・ハラルドの前に、エスは姿を現した。
「ああ、協力感謝するよ、ハラルド将軍殿」
取り引きを持ち掛けた。
手駒たちが、アズスライにいる『コミュニティ』の構成員たちを駆逐する。
だから、彼らの妨害をしないで欲しいと。
「物分かりが良くて助かるよ」
「なぁに。まともに『コミュニティ』に当たれば、相応の犠牲を覚悟しなければならない。彼らに押し付けられるなら、願ってもない」
「なかなか、軍人らしからぬ台詞だな」
「戦地でもないのに部下に死者が出ると、どれだけ報告の義務が生じるか、君は知っているか、エス?」
ニック・ハラルドは、優秀な将軍だった。
勇猛なのではない。
陣の敷き方や用兵などに優れている、知略の将軍である。
軍の指揮官に、先頭で武器を振るうような能力は、必ずしも必要ではない。
王族が相手でも臆せず諌言するところがあり、前国王イルクルに疎まれこんな僻地へ左遷されたが、将軍としての能力はホルン王国一だとエスは評価していた。
老いた今であってもだ。
「君は、中央へ戻る気はないのかね? ムーディンは、賢明な王だと思うが」
現在のホルン王国国王ムーディンは、この老いた将軍を王都へ呼び戻そうとしている。
だが、ニック・ハラルドは断り続け、アズスライを動こうとしない。
「……陛下は、亡きイルクル様によく似ておられる。やがて、儂のことがうるさくなるであろうよ」
「それで、こんな田舎で枯れたふりかね」
「彼らのことは、放置しよう。だが全てが終わったら、儂は陛下に事の次第を報告するぞ」
ニック・ハラルドは話を変えた。
続けたくない話題であったからだろう。
「構わない。事細かに報告してくれたまえ」
「ふぅむ」
唸りながら、ニック・ハラルドは椅子の背もたれに体重を掛けた。
造りがしっかりしているのか、小柄な老人のためか、椅子は軋まない。
「なにを企んでおる、エスよ」
「ホルン政府には、『コミュニティ』の力が強く浸透している」
ヴァトムの領主が、『コミュニティ』の構成員リトイ・ハーリペットであることからしても、それは明白だった。
「その現状を、陛下は快く思われてはおらんな」
隣国のドニックで、『コミュニティ』が大きな事件を起こしたばかりである。
「彼ら六人のことを、ムーディンは知っている」
ヴァトムでの件については、リトイ・ハーリペットから報告を受けているはずだ。
オースター孤児院での攻防についても、『ヒロンの霊薬』製造工場を占拠した『コミュニティ』の構成員たちを追い払ったという形で聞いている。
『コミュニティ』と戦う者として、六人のことをムーディンは記憶しているはずだ。
このアズスライで彼らが『コミュニティ』と戦闘を行い勝利したと聞かされたら、印象は更に良くなるだろう。
「……あの若者たちを、ストラーム・レイルやドラウ・パーターたちに続く、英雄に仕立て上げるつもりか、エス?」
「彼らには、英雄としての資質がある。だが、野心がない。誰かが、彼らの功績をつまびらかにしなければならない」
「それは、君の役割だろう?」
「私では、駄目だな」
「……なぜ?」
「英雄を讃え唄うのは、いつだって平凡な人間だからさ」
凡人の言葉であるからこそ、世界の人々には素直に響く。
自分たちに関わることとして聞く。
「……では、誰が?」
エスは、東の方に顔を向けた。
王都ヘザトカロスがあり、王ムーディンがいる。
「いずれ、ズターエ王国からの使者がこの国を訪れ、ムーディンと会見するだろう。公式か非公式か、まだわからないがね」
「その使者のことを、もっと詳しく聞きたいところだの」
「彼は、異例の早さで外交官にまで出世した。だがそれは、彼が有能だからではない。血筋のためだ。彼がズターエ王国国王サバラ・ブルエスに仕えているという事実は、ズターエ政府にとって重要な意味がある」
生まれと育ちが、やや特殊かもしれない。
だがそれだけの、どこにでもいる変哲もない若者だった。
「そして彼は、六人に恩がある。その恩を、返せていない」
「名は?」
「サン・アラエル。もしくは、サン・オースター」
「……オースター? オースター孤児院? ……サン・アラエルだと? 『魔王』の息子か……?」
「そう。暴君魔王と民に恐れられた、前ズターエ王国国王ミド・アラエルの遺児だよ」
「……先年、アスハレムで起きたクーデターに関わっているな。彼ら六人も」
「さすがはニック・ハラルド。こんな僻地にいながら、他国で起きた事件についても、詳細を知るか」
「他国の出来事と言っておれん事件だったからな。我が国の使者も、巻き込まれておる」
「やはり君は、中央に戻るべきだと思う」
皺だらけの表情の中に、苦笑が浮かんだ。
「……儂はな、エス。王宮での暗闘に嫌気が差し、疲れたのだよ。老いた今、たいした野心もない。ただ、この世界の行く末にだけは興味があるかな。儂が死ぬまでは、存続して欲しいものだ」
「世界は続く。私が存在している限りはな」
ニック・ハラルドは、息をついた。
「……それで、そのサン・アラエルが、彼らを英雄に仕立て上げる者だと?」
「サン・アラエルは、彼らの旅の足跡を追う。功績を繋ぎ、一つの物語とし、世間に知らしめ、流れを作る。彼らに届く流れを」
「流れか……」
それが不思議な言葉であるかのように、呟く。
「彼は、世界を一つにする。まるで、ズターエ王国の英雄、世界を一つにし七年の平和をもたらした、フォンロッド・テスターのようにね」
彼は、凡人だった。
だがもしそれを成せば、凡人でありながら英雄に並ぶ。
彼の働き次第で、『コミュニティ』との戦況は変わるだろう。
エスは、それを予見していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
軍の基地を出る前に、ルーアはトイレを借りた。
目配せに気付いてくれたのか、テラントも付いてくる。
トイレの中には、他に誰もいなかった。
男性用トイレのため、当然ユファレートは外である。
「どうする?」
用を足したかったのではない。
今後どう行動するか、ユファレート抜きで話し合うために、トイレに来たのだ。
ドラウを失い傷心のユファレートに、戦えというのは少し酷だろう。
今回は、共に戦う存在ではなく、守る対象として扱わなければならない。
嫌な言い方になるが、今のユファレートは足手纏いになる可能性が高い。
それでも、ティアが危機に陥ると、ユファレートは無理をしてしまうだろう。
「ユファレートには、できるだけ安全な所にいてもらいたい」
「この村で一番安全なのは、ここだ」
テラントが、足下を指す。
軍が敵に回っていないのが、大きかった。
ニック・ハラルドの言葉に嘘偽りがなければ、ルーアたちが村人を傷付けない限りは、最悪でも中立の存在である。
「ユファレートは、ここに残ってもらうか。あの爺さんが、許してくれればだけど」
ルーアは、ニック・ハラルドの皺だらけの顔を思い出した。
嫌な感じはしなかった。
そして、軍人だ。
匿ってくれと旅人たちに助けを求められたら、そう無下にもできないだろう。
ついでに、魔法を使っていない時のユファレートは、か弱い女性である。
交渉次第で基地の隅を借りるのは、難しいことではないかもしれない。
「オースターたちは、どうしていると思う?」
「ありがたいことに、俺たちのことを心配してくれているだろうな。なんとか合流できないかと、考える」
「一度は、宿に戻ろうとするな」
「多分な」
「どっちかがオースターたちを捜し、どっちかがここに残る必要があるが……」
ルーアは、腕を組んだ。
「ユファレートの方、任せていいか、テラント? 正直、どう接すればいいのかわからん」
ユファレートを一人で基地に残すのは、まずいだろう。
誰かが、ある程度近くにいた方がいい。
ニック・ハラルドと交渉する必要もある。
「俺だって、わからん」
「でも、俺よりは女の扱いは慣れてるだろ。バツイチだし」
「バツイチではない。まあ、接しないのが一番正しいとは思うが」
そっとしておく。
そして、時間の経過を待つ。
それが、一番いいのかもしれない。
「いやぁ……でもなぁ……」
困り顔のテラントの肩を、ルーアはぽんぽんと叩いた。
「仲間を気遣うのは、年長者の役割だと思う」
「……お前な、普段舐めくさってるくせに、こういう時だけ年長者とか言うな」
「舐めてるなんてとんでもないっす。テラントさんのこと、マジ尊敬してるっす」
「……殴りてえ」
「あと、ぶっちゃけ、今すごく調子が悪い」
ルーアは、首を回した。
防寒着を重ね着しているかのように、肩が重い。
「なんかあった時に、ユファレートを守れる自信がない」
ティアの方は、そこまで危険ではないだろう。
なにしろ、デリフィスとシーパルが付いている。
「はい、という訳で、決定。健闘を祈るってことで」
テラントはまだ渋い顔をしていたが、ルーアは強引に話を締め括った。
テラントの背中を押し、トイレを出る。
廊下では、ユファレートが三人の若い軍人に声を掛けられていた。
どうにも軽薄な雰囲気であり、この基地にいる全員が、軍人としての心構えを叩き込まれている訳ではないというのが窺える。
テラントが、頭を掻き溜息をつきながら、ユファレートの元へと向かう。
それを横目に、ルーアは基地の出口を目指した。
ティアは宿を飛び出し、ルーアたちは別行動となった。
責任は自分にあるのだろうとルーアは思っていた。
不必要に怒らせてしまったのだ。
多分、顔を合わせたら、また口論になるような気がする。
謝るというのも、少々抵抗がある。
それでも、なぜか顔を合わせるべきだと思った。
冷たい夜気を吸い込み、ルーアは駆け出した。