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2/17

逃亡の日々

少女と出会ったその時から、テイルータの逃亡と裏切りの日々は始まった。


少女を連れて、ホルン王国のあちこちを流れ歩く。


南のラグマ王国や西の島国ヘリクに行くこともあった。


どこにでも、反政府組織やマフィアといったものはある。


そういう団体や組織に、名前を変えて潜り込んだ。


テイルータがこれまでの人生で習得してきたのは、人の殺し方や、自分の拳を痛めないような殴り方といったことばかりである。


まともな職につき少女を養うことなどできない。


どの組織であろうと、実力を見せてやれば、それなりの待遇で迎えられる。


ただし、捨て駒として歓迎されているのだろう。


素性を知られると、おそらく『コミュニティ』に売られる。


捨て駒にされる前、売られる前にこちらから裏切った。


現在は、『闇の眼』という組織に所属していた。


ホルン王国王都ヘザトカロスを拠点に、麻薬の密売や人身売買をおこなっている組織である。


まず、『闇の眼』という組織名をテイルータは気に入った。


まるで子供が考え出したかのようなセンスであり、そんな組織に所属する構成員は頭の弱い奴らばかりだろうと思った。


実際はそうでもなかったが、今のところ大きな不満はない。


所属して三ヶ月は経つ。

これは、テイルータとしてはかなり長い。


組織が本拠としている建物の裏口を、通行人を装いさりげに警備するといった退屈な仕事だが、払いはなかなか良い。


そして三ヶ月の間、他の組織からの襲撃や警官隊の突入などもなく、実に平和的に日々は過ぎていった。


楽して稼げるのならば、文句はない。


ある日の夕刻のことだった。


いつものように、近くの公園のベンチから本拠の裏口を見ていると、寄ってくる者がいた。


立場上テイルータの上司となる、下顎と下腹の肉が弛んだ男である。


「オズワルド、お前に客だ」


テイルータが使用している偽名を口に、背後の本拠を親指で示す。


「客? 俺にですか? どんな?」


「『コミュニティ』という組織を知ってるか? そこから来たという二人組だ」


返答は、予想通りだった。


ここにも、『コミュニティ』の追っ手が来たか。

だが、たった二人だ。


逃げるにしても、潰してからの方がいいかもしれない。


『闇の眼』の本拠を訪れたということは、まだ家のように利用している宿のことまでは突き止められていないということだろう。


知られているなら、そちらに襲撃を掛けてくるはず。


「赤毛の奴と、黒ずくめの奴だったな」


「はぁ……」


曖昧に、テイルータは頷いた。


黒ずくめというのは、髪を染めて黒い服を着れば誰でもそうなるので当てにはならないが、赤毛は世界でも少数だった。


そして、知っている者の中にはいない。


「知らない奴なのか? どうする?」


「……会うにしても、その前に様子を見たいですね」


「客室に通してある。窓から覗けるだろう」


少数で乗り込んできたということは、相当腕に自信があるのだろう。

だが、二人だ。


今なら、『闇の眼』の構成員と協力もできる。


やはり、潰しておくか。

その後の逃亡が、多少は楽になるだろう。


暗くなってきた公園で、テイルータは決断した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


『闇の眼』という組織名を聞いて、ノエルは鼻で嗤った。


ウェインは、特になにも感じなかった。


『コミュニティ』の実験体マーシャを連れて逃亡しているテイルータ・オズド、今はオズワルドと名乗っている男を引き渡してくれれば、それでいい。


テイルータ・オズドはなかなか逃げるのも隠れるのも上手く、住み処を掴むことはできなかった。


だから、所属している『闇の眼』の本拠を訪れた。


多少危険かもしれないが、ノエルもいるし平気だろう。


『コミュニティ』の者だと告げると、客室らしき所へ案内された。

武器は取り上げられていない。


無用心な気がするが、二人だからと侮られているのか、媚びを売りたいのか。


『コミュニティ』を巨大な組織だと知っていれば、覚えを良くしたいという気持ちは理解できる。


ソファーに腰掛け待っていると、剃髪した男が入室してきた。


配下らしき者たちを何人も引き連れているということは、『闇の眼』でもかなり上の地位にいるか、あるいはボスだろう。


「オズワルドに会いたいということだが」


慇懃無礼な口ぶりで言うと、ウェインたちの向かいに腰掛けた。


「奴に、なんの用だ?」


「少し、話がありましてね」


「話ってのは?」


「それは、直接彼に話します」


「……」


部下に火を点けさせた葉巻をくわえ、値踏みするような視線をウェインたちに向ける剃髪した男。


これはどうやら、二人だと舐められているようだ。


葉巻の煙を、ノエルに吹き掛ける。


ノエルの表情に、変わりはない。

態度にも、雰囲気にも。


だが、ある程度の付き合いがある者にはわかる。


なにかが変わった。

上手く表現できないが、表情に隠されている裏側の部分。


(あー……)


ウェインは、額を押さえた。

せめて、俺は巻き込まれませんように。


ノエルが、剣を抜く。

凄まじい剣士だが、意外とそこまでは見れる。

緩慢といってもいい。


だが振るところは見えず、剃髪した男の頭部が、ごろりと床を転がる。


血が溢れ出す首のない体を、しばらく『闇の眼』の構成員たちは見つめていた。


状況に頭が付いていけてないのだろう。


誰かが、声を上げた。

次々に武器を手にする。


ノエルが立ち上がった。

少なくともウェインには、立ち上がっただけに見えた。


それだけで、男たちの四肢が千切れ飛ぶ。


(やれやれ……)


ウェインは、深くソファーに身を沈めた。


頭上を走り抜ける物がある。


「さすが。ウェインはこの程度かわすね」


剣を振り切った姿勢で、ノエルはそんなことを言った。


「……まあ、付き合いが長いからな」


どうしたって顔は引き攣る。

どさくさに紛れて、なにを試しているのか、この異常者は。


呼び声に応えて、武装した者たちが次々と客室に踏み込んでくる。


「……全部任せるからなー」


一人では危険だといっても、やはりノエルは置いていくべきだったと後悔しながら。


投げ遣りな気分で、ウェインは更に身をソファーに沈めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


窓から見えたのは、血生臭い光景だった。

血が、頭が、手足が飛ぶ。


そんな状況下にあって、赤毛の男は達観したような、あるいはなにかを諦めたかのような表情をしていた。


ソファーに座りながら、俯瞰しているようでもある。


(なんだ、あいつは……?)


赤毛の男よりもテイルータが気にしたのは、全身黒ずくめの男だった。


剣を振っているのだが、それがよく見えない。


速いというよりも、意表を衝くような斬撃で、観察するという意識が付いていけない。


人が斬られるという結果だけが残る、という感じだった。


なんとなく寒気を感じ、テイルータは身を翻した。


なにかが窓を突き破り、なにかが頬を裂く。


そして、テイルータの背後にいた上司の首を貫いた。


それは、剣だった。

死体となった上司の喉に、剣が刺さっている。

それを、上手く理解できない。


投擲に向いているような剣には見えなかったし、黒ずくめの男はテイルータたちに背中を向けていた。


体を捩った訳ではなく、筋肉を伸縮させた訳でもない。


ほとんど挙動なく、剣を投げ付けてきた。


窓を突き破り、人体を貫くような勢いで。


しかも、唯一の武器を。


無手となった黒ずくめの男に、『闇の眼』の構成員が斬り掛かる。

その腕が、飛んだ。


黒ずくめの男は、突っ立ったままだった。

その手に、剣がある。


剣を奪い、逆に斬った。

結果からしてそうなのだろうが、過程が全く見えない。


神業、超人的技術。陳腐な表現が頭を過ぎ去る。


理解しようとは思わなかった。


この感覚には、覚えがある。

マーシャと出会った日。学者のような雰囲気の男。


迷うことなく、テイルータは背中を向けて駆け出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


向かってくる者を全て斬り伏せると、ノエルは奪った剣を捨てた。


「あー……」


頭痛がするような気がして、ウェインはこめかみを揉んだ。


ノエルが、窓から外に出る。

仕方なく、ウェインも続いた。


肥満した男が倒れている。

これも、『闇の眼』の一員だろう。


喉に刺さった剣を、ノエルが引き抜く。


「……テイルータ・オズドを捜している訳だが」


呻く。


「いたよ」


剣に付着した血を切りながら、ノエルが言った。


「いたのかよ」


「多分、外にいた奴。殺すつもりだったけど、かわされた。結構やるみたいだね」


「……えーっと、だな」


頭を抱え座り込みたくなったが、我慢した。


「マーシャって娘に用があってだな、テイルータ・オズドには、案内してもらわなければならんのだが」


「死ななかったんだから、いいだろ」


「……えーっと……どっちに逃げたか、わかるか?」


「そこまでは」


「……まあ……取り敢えず、移動しようか……」


野次馬の気配を感じた。

放っておくと、彼らの殲滅をノエルは始めるかもしれない。


「テイルータとかいうのは? 捜さないの?」


「……一旦移動してから、どう捜すか考えよう」


「大変だなあ」


お前のせいでな。

他人事のように言うノエルに、胸中でウェインは毒づいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


二人で利用している宿の部屋にテイルータが駆け込むと、寝台に腰掛け本を読んでいたマーシャが、咎める視線を送ってきた。


「ちょっと、テイルータ。今この部屋にはわたししかいなかったから、ここはレディの部屋のようなものであって、それをノックもしないのは……」


「うるせえ! だったら鍵くらいしとけ!」


怒鳴って黙らせる。


テイルータは二十五歳だった。


マーシャは自身の生年月日を知らなかったので明確ではないが、現在は十歳くらいだろう。

女を主張するのは、十年早い。


カーテンもない窓に駆け寄り、外の様子を窺う。


路上を歩く通行人の姿がぽつぽつあるが、赤毛の男と黒ずくめの男は見当たらない。


(……撒けたか?)


尾行はされていなかったように思える。


だが、いずれは突き止められてしまう予感があった。


戦闘は回避したい。

黒ずくめの手並みはまともなものではなかったし、相手は二人だ。


こちらには、マーシャという足手纏いがいる。


「……移動する」


「え?」


「宿を出るって言ったんだ! さっさと荷物纏めろ!」


声量を上げると、マーシャは慌てて読んでいた本を閉じた。


読書が趣味であり、この娘は暇があれば本をめくっている。


聖剣を手にした勇者が、悪い竜や魔王を倒す、という類いの物語である。


嵩張り荷物になると理解しているのか、持っているのは一冊だけだった。


それを何度も読み返し、飽きたら古本屋に売却し、新しい本を買うということを繰り返している。


物を欲しがることは余りなく、ねだってくるとしたらそれくらいのものだった。


テイルータも、余分な物は持ち歩かない。


総じて、荷物は少ない。


荷物を纏めるのはマーシャに任せ、テイルータは外を見張った。


あの二人組。

いつ来るだろうか。


長年、世間の裏側で生きてきた。

喧嘩や殺し合いなど、日常茶飯事だった。


向かい合うべきではない相手は、感覚的にわかる。


あの二人は、飛び切り危険だ。


動悸が早くなっていた。

静めようと意識すると、また焦る。


(落ち着けよ……まだ大丈夫なはずだ……)


二人組は、『闇の眼』の本拠を訪ねてきた。


目的の人物が所属する非合法組織にいきなり踏み込むなど、まともな人捜しの手段ではない。


つまり、他に手掛かりがなかったということだ。


しばらくは、安全なはず。


「テイルータ……」


衣服を鞄に詰め込みながら、マーシャが呼び掛けてくる。


「……なんだ?」


「今度の人たちって、すごく危ないの?」


「……なんでそう思う?」


「テイルータ、怖い顔してるから」


「……」


「……わたし、力使ってもいいよ」


舌打ちして、テイルータは寝台に歩を寄せた。

マーシャの頭を平手で叩く。


「いった!? なんでいきなり殴るのー!?」


「余計なこと言ってんな、糞ガキ。さっさと準備しろ」


「準備終わったけどー……」


不満気に唇を尖らせながら、両手で頭を押さえる。


今のマーシャには、叩かれた頭を摩る手がある。


失った左腕と左足が、そこにあるのだ。

腹に穴は空いていない。

右腕もまともだ。


もう、能力を使用する必要などない。


「……よし、出るぞ」


安い宿だった。


食事などは出ない。

他の客と共用ではあるが台所があるため、一応自炊はできる。


テイルータは、先に一月分の宿代を支払っていた。


宿主からすれば、払いのいい良客である。


情報を売られたりはしていないだろう。


マーシャを連れて、廊下を歩く。

安普請の建物に、床が軋む音が響く。


加減を間違えたか、まだマーシャは頭を摩っていた。

短く切らせた髪が乱れている。


伸ばしたがっているが、テイルータは許さなかった。


着ている服も、男物である。

遠目ならば、少年に見えるだろう。

少女よりは、危険が少ない。


部屋は、二階にあった。


階段を降りると、マーシャが呻いて今度は鼻と口を押さえた。


「……臭い」


テイルータの鼻も、悪臭を嗅ぎ取っていた。


鼻腔に棒切れを突っ込まれ、掻き回されているのではないかというくらいの刺激がある。


(……毒か!?)


『コミュニティ』は宿まで突き止めていて、逃げられないよう毒ガスでも撒いたのか。


マーシャの方が先に気付いたということは、空気よりも重いガスだろう。


テイルータは、マーシャを背負った。


床に溜まったガスから逃れられたマーシャは、咳き込んでいる。


不利な体勢ながらも、テイルータは身構えた。


単純に宿を飛び出すのは、危険だった。


毒を撒くことができるのだ。

待ち伏せがあると考えた方がいい。


(……どうする?)


少なくとも、即死するような毒ではない。


だが、いつまでも吸い込んでいいものとは限らない。


わずかな物音や気配も逃さぬよう、意識を研ぎ澄ます。


声が、聞こえた。

すぐ側の扉の向こう、台所の方からだ。


「なんで逃げるのよ!?」


「食べたくないからだ!」


「そんな! せっかく作ったのに! 母さん悲しいわ!」


「誰が母さんだ、誰が!」


それは男女の声であり、言い争いにも痴話喧嘩にも聞こえた。

気が緩むのを感じる。


扉が乱暴に開かれ、逃げるように飛び出したのは、赤毛の男だった。


その勢いに、マーシャが小さく声を上げる。


テイルータは、髪の色に反応して構え直していた。

だが、違う。


赤毛だが、かなり長い。

腰くらいまでありそうだ。


黒ずくめといた赤毛は、二十代半ばくらいに見えたが、この男はそれよりも若い。


少年とも青年とも形容できるくらいの年頃に見えた。


眼付きが鋭い。というよりも、やや悪いと表現するべきかもしれない。


テイルータとマーシャに気付くと、その男は拗ねたような顔付きに、精一杯であろう愛想笑いを浮かべた。


「……あ、ああ、すみません。なんかばたばた騒がしくして。迷惑掛けました」


笑顔が苦手なのは、なんとなくわかった。


一般人に因縁を付けるチンピラや、取調室で容疑者に詰め寄る刑事の笑顔に似てなくもない。


男の視線が、テイルータからマーシャに移る。


微かに怪訝そうな表情をするのを感じ、テイルータは警戒した。


この距離ならば、マーシャが少年ではなく少女だと気付いたはずだ。


赤毛の男の後ろにいた茶髪の少女が、ぽつりと呟いた。


「……ロリコン」


「ぅおいっ!?」


思わずといった感じで、赤毛の男が声を上げる。


長い赤毛の男は、一旦テイルータたちに下手糞な愛想笑いを向けると、台所に引っ込んだ。

扉の向こうで、声が響いている。


「なんでだよ!?」


「だって……なんかあの子に見惚れてたし」


「見惚れてねえよ!」


「どうかなぁ? これまでも前科あるし。リィルとかー、ユリマとかー、マーレにペペにキャリーに……」


「前科なんかねえよ! 誤解を招くおかしな言い掛かりはやめろ!」


つまりは、痴話喧嘩であるようだ。


異臭は、台所からした。

これについても、深く考えるのはやめた。


おかしな臭いがする宿を、脱出する。


(さて、これからどうするか……)


街に留まるのは、良い選択ではないかもしれない。


だが、マーシャを連れて歩くのは、やや目立つ。


ホルン王国王都ヘザトカロスの貧民街である。


路地の隅には、何人かのホームレスがいた。


その中でも最も身なりがまともな者を選び、三日は飢えを凌げるだけの金を渡した。


街を出るまで、同道させる。

二人よりは三人の方が、少しは敵の眼を欺けるだろう。


ヘザトカロスを出たら口封じのために殺すべきだが、マーシャがいるためそれはできない。

追加の金を渡すことになる。


ヘザトカロス周辺の地図を、テイルータは思い浮かべた。


東は山岳地帯で、小さな村がいくつかあるはずだ。

更にその東は、ドニック王国との国境である。


西には、『火の村』と呼ばれるアズスライ。


南には平野が広がり、北は海だった。


次に向かう先を、テイルータは考え始めていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


情報屋を回り、テイルータ・オズドとマーシャが利用している宿をウェインたちが突き止めたのは、夜中だった。


「もういない、だろうなあ……」


赤毛を掻きながら、古臭い宿を見上げる。


『闇の眼』の本拠でテイルータ・オズドに逃げられてから、何時間も経過している。


余程ののろまでもない限り、とっくに宿を立ち去っているはずだ。


付近にいたホームレスを掴まえ聞いたところ、子供を連れた男が宿を出たという証言を得られた。


もう戻ってくることはないだろう。


すでに、街の外かもしれない。


(……まあ、いいか。……それにしても……)


ホルン王国王都ヘザトカロスには、立ち寄る旅行者が多い。


周辺にあるのは、村や集落、軍の駐屯地などばかりで、他には都市らしい都市がないのだ。


この国は、拓けた中央部に街が多く、栄えている。


それを、北は王都ヘザトカロス、南はヴァトムやジロといった軍事色の強い都市で、ドニック王国やラグマ王国から守っている。


元々は、北の小国だった。

それが、徐々に南へと勢力を伸ばし、今の国の形になっている。


中央部へ遷都する計画があるようだが、まだ実行されていない。


とにかく、ホルン王国北部にある都市は、ヘザトカロスくらいなものである。


各地へ通ずる道も整備されている。


よって、ホルン北部を旅する者や行商人の大半は、ヘザトカロスに寄る。


街は、慢性的に宿泊施設が不足し、古く小さな宿が乱立していた。


中には、馬小屋と大差ないような宿もある。


テイルータ・オズドたちが利用していた所も、無数にある小さな安宿の一つだった。


今この宿は、ドラウ・パーターたちの一行も利用している。


ただの偶然だろうが、少し嫌な感じがした。


「ウェイン」


ノエルは、テイルータ・オズドとマーシャの人相が描かれた手配書で、手遊びをしていた。


「目的は、なに?」


「そりゃあ、テイルータ・オズドとマーシャを捕らえ……」


「じゃなくて、クロイツやソフィアの真似みたいなことしてるだろ?」


「……」


大きな目的のために、他の者に別の目的を見せる。


わざと派手な騒ぎを起こし、その間に真の目的を遂行する。


クロイツやソフィアが好むやり方だった。


今、ウェインが持つ目的は二つ。

確かに、多少二人のやり方に似ているかもしれない。


「なんでわかった?」


ノエルの口調が確信を持ったものだったので、ウェインは認めた。


「不自然だよ」


「不自然?」


「人を捜すのは、結構大変だろ? 殺人犯一人のために、何百人の警官が動員されたりするもんだし。ウェインは、『百人部隊』の隊長。部下を使わないのは、不自然だ」


「……あいつらには、別の仕事があるからな」


直属の部下の大半は、ラグマ王国にいた。


指揮は、副隊長である者に任せてある。


ウェインよりも余程、人を纏めるのが上手い。


「でも他にも、別の部隊の奴らも動かせるはずだ。ウェインには、その権限がある」


「……まあな」


直属の部下以外にも指示を出せる権限がある者が、『コミュニティ』には十二人いた。


死亡したボス。


現在のトップであるクロイツとソフィアとザイアム。


クロイツの下にいたハウザードと、表に出ようとしないパサラという男。


ソフィアの側近である二人。


ザイアムの弟子であるこのノエル。


一応はザイアムの部下であり、実質クロイツの私的なエージェントだったズィニア・スティマ。


『百人部隊』隊長であるウェインと、副隊長。


十二人のうち、ボスとハウザードとズィニア、ソフィアの側近たちの、合わせて五人はすでに死亡していた。


ウェインは、何万人いるか誰も把握していないだろう『コミュニティ』という組織の、かなりの部分を自由に扱える、七人のうちの一人といえる。


わかってはいるのだが、ピンとこない。


何万人という部下がいても、どう指示を出せばいいのか困惑するだけだろう。


単独や少人数で動くほうが、性に合っている。


それでも、ノエルの指摘通り使うべきなのだろう。

テイルータ・オズドやマーシャへの、追っ手として出すのが自然だった。


ホルン王国北部にいる『コミュニティ』の構成員たちを集めたことが、一応はある。


これは駄目だろう、とすぐに思った。


彼らの能力的な問題ではなく、ウェインが纏められそうにない、という問題である。


オースター孤児院を攻略するための長い戦いで、ホルン王国北部に配置された構成員の大半が、リンダ・オースターに敗れ死亡した。


すると、新たに赴任してきた者たちと、元からいた者たちで、派閥のようなものができてしまったのである。


両者は反目し合い、下手をすれば武器を手にしての争いにまで発展しそうだった。


それでも、両方の派閥、それにどちらも支持しない集団から、代表格の者をそれぞれ一人ずつ出させ、『火の村』アズスライに送った。


この三人には、兵士五十ほどを付けてある。


おそらくアズスライで、事は起きる。


ウェインが到着した時に纏まっていなければ、彼らには勝手にやらせるつもりだった。


いざとなれば、単独で動けばいい。


ウェインが持つ二つの目的は、『コミュニティ』からすれば些細なものだった。


失敗しても、別にクロイツから愚痴られることもないだろう。


「俺のもう一つの目的はな、ノエル……」


曇っているのか、空は暗い。

月も星も見えない。


夜の貧民街に建つ安宿は、不気味といえば不気味だった。


「ドラウ・パーターにある」


そして、あの老人を捕捉していた。


時間の関係で、ドラウ・パーターの件を優先させるつもりだった。


だから、しばらくはテイルータ・オズドたちを放っておいてもいい。


「彼が死ぬのを、俺は待ってるのさ」


「良かったね、ウェイン」


「ん?」


「僕の目的も、彼らにある。もうしばらくは、一緒に行動できるよ」


ザイアムの娘のような存在と、ザイアムの弟子か息子であるような存在。


用があるのはそのどちらか、あるいは他の誰かなのか。


ノエルと共に行動できるのは、心強い。


だが、彼の人格には大いに不安がある。


良かったねと言うノエルに、同意することができなかった。


ノエルには、愛想笑いに見えるだろう。

苦い笑みを、ウェインは浮かべた。

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