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救いの声

朝になり明るくなったことで、ルーアはそれを見付けた。


地面に刻まれた、戦闘の跡である。


おそらくは二、三人。

多くても五人だろう。


小さな荷物も転がっていた。

子供の服に、日常品、本などが散らばっている。


ティアを助けなければならない。

だから、ゆっくりと争いの跡を観察する暇はない。

それでも、ルーアは足を止めた。


急ぎすぎたか、一人になっている。


ユファレートとシーパルは、四百歩は後方である。


移動のために、魔力消耗が激しい飛行の魔法をいつまでも使うことはできず、自分の足で駆けなければならない。


身体能力の差が如実に出た結果だった。


連携できる状況で、味方を置き去りにするのは愚かすぎるだろう。


わかってはいるが、速度を落とすということができなかった。


焦っているということを認める。

少し冷静になった方がいいだろう。


戦闘の痕跡を眺める。

なにかを引きずっている跡を見付けた。

それが、ずっと続いている。


乾いた地面に、微かに血が付いていた。


ルーアたちが目指す方向に、跡は残っている。


ユファレートとシーパルが追い付けるよう、ゆっくりと跡を辿っていく。


何百メートルと続いているようだ。


丘を一つ越えた。

そしてルーアは、地面に倒れている男を発見した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


テイルータは、地面を這っていた。


朝になったようだ。

明るくなったような気がする。


だが、急激に気温が上昇するはずもなく、冷たい空気は容赦なく、血を失ったテイルータの体から体温を奪っていった。

それでも、這う。


マーシャと、二人の旅だった。

テイルータ以外に、マーシャの力となる者はいない。

助けられる者はいない。


土を掴むように指を突き立て、体を前に進める。


地面に擦られ、衣服が所々破れているようだ。

皮膚も破れているだろう。

指先も、血塗れになっていた。


それだけ苦労して、何時間も掛けて、まだ何百メートルしか進めていない。


諦められない。

味方はいないのだ。

テイルータが諦めたら、マーシャを助ける者はいなくなってしまう。


眼が霞む。

体の震えが止まらない。


マーシャ以外の他人は、全て敵だった。


利用するだけ利用し、騙し、裏切ってきた。


だから、力になってくれる者はいない。

誰も助けてはくれない。


家族に捨てられ国の裏側に放り込まれたテイルータに、他の生き方はできなかった。


絶望的な状況で、霞む視界で、テイルータは誰かの足を見た。

頑丈そうなブーツ、爪先、足首。


足首から先は、顔を上げる体力も残っておらず、確認することができない。


必死で手を伸ばし、テイルータはその足首を掴んだ。


「助けてくれ……」


それが何者か、わからない。

無力な村人かもしれない。

『コミュニティ』の者かもしれない。


だが、頼んだ。


「マーシャが……連れが……攫われた……。女の……子供だ……男の格好を、させて……」


他人は、全て敵。

助けてくれる者などいない。

自分の力だけで、生きてきた。


「捕まった……『コミュニティ』……組織に……」


力を貸してくれる訳がない。

汚れたテイルータに、手を差し伸ばしてくれる訳がない。


「頼む……助けてやってくれ……」


それでも、懇願した。

無駄だとわかっていても。

もう他には、なにもできなかった。


「……俺も、あいつらから取り返さないといけないものがある。だから、そのついでだ……」


声が降ってきた。

多分、まだ若い。男の声。


「任されてやる。一生感謝しろよ、ロリコンチンピラ」


助けてくれる者などいない。

救いなど、ある訳がない。


だがその声は、助けてやると言っているように、テイルータには聞こえた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


テイルータにくっついていた少女の存在を、ルーアはもちろん覚えていた。

マーシャという名前らしい。


少女の救出を頼み、テイルータは気を失った。


脇腹に穴が空いている。

足も折れている。

他にも、あちこちを負傷しているようだ。


その側に座り、すでにシーパルは治療を始めていた。


「助けられそうか?」


「……相当衰弱していますね。出血も、かなりしているようです。僕だけでは難しい。だけど……」


すかさずユファレートが、テイルータを挟みシーパルと向かい合う位置に座る。


長距離を駆けたためか、息は弾み汗びっしょりになっていた。


「……ちなみに、ユファレート」


ちょっと意地の悪いことを思い付き、ルーアは軽く笑った。


「そいつな、少し前にドラウの爺さんのこと、役立たずって言ってたぞ」


「……」


「ルーア……!」


シーパルが咎めてくる。

余計なことを言うな、と思っただろう。


テイルータの傷口に伸ばし掛けたユファレートの手が、一瞬止まる。

ほんの一瞬だけ。


そしてユファレートは、テイルータの治療に加わった。


「……この人、自分のことを助けてくれとは、一言も言わなかった。女の子のことばかり心配して……」


ユファレートの横顔に、迷いはない。


「助けるよ。御祖父様のことを悪く言ったとしても、それは助けない理由にはならないわ」


ユファレートとシーパル。

世界でもトップクラスであろう二人の魔法使いによる癒しの光が、倒れたテイルータを包む。


「ルーアこそ、助けてくれるんでしょうね? 『任されてやる』って言ったんだから。マーシャって子のことも、もちろんティアのことも」


「余裕」


この二人ならば、集中すれば必ずテイルータを助けられる。


治療に専念させるために、虚勢だろうと張る。

それを、有言実行にする。


「彼を治療した後、必ず僕らも向かいます」


「おう」


『コミュニティ』のアジトを印した地図は、シーパルに持たせてある。

ルーアは、道を覚えている。


それ以上は言葉を交わさず、三人を置いてルーアは進んだ。


「ったく……」


ティアよりもテイルータが大事な訳がない。


ユファレートにとってもシーパルにとってもそうだろう。


だが、眼の前で死にかけている。

それを見捨てられる二人ではない。


責めるようなことではなかった。

ティアもマーシャも、こちらで救い出せばいい。


(……にしても、とんだ戦力低下だ!)


シーパルは後から向かうと言っていたが、おそらくは無理だろう。


テイルータは、死ぬ寸前だった。

それを助けるということは、蘇生させることと大差ないと言っても過言ではない。

かなりの魔力を消耗するはずだ。


これまでの戦闘もある。

テイルータの治療を終えた後、二人に戦線に復帰する力は残っていないだろう。


シーパルという盾とユファレートという飛び道具を欠いた状態で、敵に挑まなくてはならない。


デリフィスが先行しているため、一人で戦う羽目にはならないだろうが。


(いい迷惑だよ、ほんとに)


そう思うが、テイルータを恨む気持ちにはなぜかならなかった。


好感など一切持っていないというのに。


あれは、夜のことだ。

敵に見付かるように蹴り出された。


忘れてはいない。


最初に会った時から、どこか好きになれないと感じたのだ。


眼付きが悪い。

交わした言葉はわずかだが、断言できる。口も悪い。

そして、態度も悪い。

チンピラ臭がする。


(……そういうことかよ)


走りながら、ルーアは舌打ちした。


今上げたテイルータの欠点は、全てルーアが普段ティアに指摘されていることではないか。


テイルータという男のことを、よく知る訳ではない。

だが、なんとなく確信してしまう。


ルーアは、周りの者に、出会いに恵まれた。


ザイアムがいて、『ティア』がいた。


二人のことは失ってしまったが、ストラームとランディに拾われた。


そこには、レジィナとミシェル、一応ライアがいた。


一人で旅に出た。

孤独なのは、半年間だけだった。


ティアとユファレート、テラントにデリフィスにシーパル、六人で旅をしている。


旅の途中で、様々な人々と出会えた。


彼らの存在が、生き様が、確かにルーアに影響を与えている。

ルーアを、成長させてくれている。


テイルータという男にはきっと、その出会いが一回しかなかったのだ。


つまりあれは、マーシャとしか出会えなかった場合のルーアなのではないのか。


同族嫌悪というやつかもしれない。


無性に堪らない気分になり、意味もなくルーアは、天に向かって短く吠えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


闇の中に、クロイツはいた。

一切の光がない、無明の闇。


「……いいのか、眼を離して?」


聞こえてきた声に、クロイツは微笑を浮かべた。


「問題ない。ウェインがいる。彼が上手く、ノエルの手綱を握ってくれるだろう」


「違うな」


姿なき声が、断ずる。


「手綱を握っているんじゃない。ウェインは、懸命にノエルという暴れ馬のために、道を開いているのさ」


そうかもしれない、とクロイツは思った。


ウェインの気苦労は絶えないだろうが、ノエルに好かれたのである。


苦労することがあの男の宿命なのだろう。


当人に面と向かって言うことはできないが。


「第一の目的は、達成した」


ノエルは、裏切らない。

少なくとも、ザイアムとウェインが『コミュニティ』に所属している間は。


「それに、アズスライは遠い。エスに力を封じられている状態では、私とてそう干渉はできない」


「それで、こんな所でサボりか?」


からかうように、声が言う。

若さと、若さ故の気の荒さが感じられる声である。


「そう言うな」


「……俺はな、もっと注意した方がいいと言いたいんだよ。ここは、俺の世界だ。ここでは、俺が絶対だ。如何にあんたでも、ここでは俺に敵わない」


「それで?」


「俺がおかしな気を起こしたら、どうする?」


「パサラ、君のことは信用している。心からね」


「……まあ、あんたには恩があるからな」


闇の奥、声の主パサラの揺らめく姿が見えたような気がした。

気のせいだろうが。


「さて、パサラ。いつものように、頼むよ。私を、彼女の所へ」


「もう、着いているぞ」


「……さすがに」


ここは、『ルインクロード』の内側。

パサラが支配する空間。

なにもかもが、パサラの思うがままだった。


「終わったら、呼べ」


それだけ言って、パサラの気配のようなものが遠ざかっていく。

気を遣っているのだろう。


クロイツの背後に、彼女がいた。

この世界の、もう一人の支配者。


振り返り、見上げる。


宙に浮いた、美しい女の姿。

長い緑色の髪。青白い肌。


溜息をついて、クロイツは彼女を見つめた。

あの時から変わりない、その姿。


女の薄い唇が、微かに開く。


「……わたしは……ヨゥロ……」


「……知っているさ、もちろん」


忘れることなどない。


「……わたしは……『ルインクロード』の……『天使』……」


「……そうだね。お前は、『ルインクロード』の『天使』になってしまった」


あの日から。あの時から。


「……わたし……は……」


「……」


「……伝えて……欲しい……」


いつも通りだった。

それだけを、彼女はずっと願っている。


「……彼に……」


彼。


「……もう……いいのだと……」


「……」


「……あなたの想いだけで……わたしは、もう……満足だから……」


「満足しているのは、お前だけだよ……」


彼も、満足することはないだろう。


「……伝えて……」


「伝わらない」


ずっと、伝わることはなかった。


「お前の言葉は、きっとまた、彼には届かない」


「……わたしは……ヨゥロ……」


「知っているよ」


繰り返す。まるで、熱にうなされているかのように。


クロイツも、語り掛ける。


「すまない」


声が届くことはないが。


「お前からのプレゼントを、私は失ってしまった。誤って、燃やしてしまったのだ」


「……わたしは……」


「忘れるものか。何百年が過ぎようとも、忘れはしない」


「……ヨゥロ……」


「そう。ヨゥロ。それがお前の名前」


噛み合わない会話が流れていく。


虚ろな眼差し。

ずっと、変わらない。


「……伝えて……彼に……」


不意に眩暈を感じた。


(限界か……)


いつまでもは、ここにいられない。


この世界においては、クロイツは異物のようなものだった。


世界が、クロイツを受け入れようとしない。


クロイツの体も、世界を拒絶する。


「……わたしは……」


「また来るよ、ヨゥロ」


ヨゥロは、変わらない。ずっと、ずっと。


きっと、世界が終わってしまうまで、変われない。


一方的に、残酷といってもいいほどに、淡々と繰り返す。


それはクロイツにとって、なによりも痛烈だった。


「……また来る。我が娘、ヨゥロよ」


世界が終わる、その前に。


そしてクロイツは、パサラを呼んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


遠くを、馬車の列が進んでいる。


積み荷は、ここアズスライで製造された武器や防具である。


大半は政府が買い取るが、個人の売買も許可されている。


買い付けにきた商人もいれば、王都ヘザトカロスで個人相手に売り捌こうという職人もいるだろう。


間道が一応はあるが、アズスライとヘザトカロスを結ぶ街道は大体一本道である。


よって、護衛なしの商人などは、狙われやすい。


紛失を防ぐため、アズスライから武具を運び出す者たちは、ヘザトカロスまで軍と行動することを強いられていた。


途中には関所もあり、密輸出はできない。


ヘザトカロスに武具が送られるのは、二ヶ月に一度。


どうやら、今日がその日のようだ。


マックスは髭を撫でながら、家の窓から行列を眺めた。


警護された行列。

軍の役割は行列の警護であり、ぽつりと建つ一軒家に興味を持つことはないだろう。


だが、なにかの弾みでこちらに向かうことが、絶対にないとは言いきれない。


この家には、捕らえたマーシャがいる。


地下には、戻ってきた武装している兵士が十一人。


軍に見られたら、言い訳などできないだろう。


結局、行列はそのまま何事もなく通り過ぎ、マックスの心配は杞憂に終わった。


「それで、キース殿は奴らに捕らえられたと?」


部屋の暗がりで椅子に座り、細剣と、峰が櫛状になった短剣の手入れをしているダンが、顔を上げた。


「はい。キース殿とマーシャの身柄の交換を望んでいるようです」


マックスは、鼻を鳴らした。


キースは、死にかけのデリフィス・デュラムを仕留めようとして、逆に捕まった。


迷惑な年寄りである。


「……見殺しには、同意できません」


嫌悪感が顔に出てしまったか、控え目にダンが言う。


「……わかっている」


一応は上司であるキースを見捨てることは、ダンにはできないだろう。


ウェイン・ローシュの心証も悪くなる。


キースとしては、取り返しのつかない失態である。


恩を売るというのも、一つの選択か。


これを機会に、顎で扱える存在になるかもしれないのだ。


それにしても、デリフィス・デュラムやテラント・エセンツが、なぜマーシャの身柄を求めるのかが不明だった。


テイルータ・オズドから託されたということなのか。


テイルータ・オズドと六人の旅人たちとの関係についてはなにも報告がないが、単に見落としがあったという話なのだろう。


六人の旅人たちは、厄介だった。

特に、デリフィス・デュラムとテラント・エセンツである。


優先順位を、間違えない。

そして、自分たちの命を最優先にするだろう。

つまり、人質の効果は余りない。


武器を捨てるように要求しても、応えることはまずないはずだ。


キースなどどうでもいいが、一旦人質交換をするのも手かもしれない。


マーシャは、また奪い返せばいいのだ。


子供を抱えていては、さぞかし戦いにくいだろう。


見張りの兵士の報告により、マックスは外に出た。

一軒家であり、見晴らしは良い。


血塗れのデリフィス・デュラムがいた。


そして、キースを担いだテラント・エセンツ。


たった二人。

しかも、デリフィス・デュラムは死にかけだった。


死にかけと聞いていたが、本当に死にかけである。


軽く押すだけで、倒れてしまうだろう。

剣など、振れるはずもない。


こちらには、ダンもいる。

兵士も十一人いる。

負けるはずがない。


普段なら、戦闘となり騒ぎとなれば軍が動く危険性があった。


だが現在、軍はウェイン・ローシュの攻撃を受けている。

こちらまで手を回せないだろう。


ウェイン・ローシュの目的は知らないが、状況は利用できる。


マーシャを捕らえたという一報は、とうにクロイツに入っている。


今日中にも、使いの者がマーシャを引き取りに来るはずだ。


デリフィス・デュラムとテラント・エセンツを殺し、その到着を待てばいい。


早くも勝利を確信し、マックスは笑って髭を撫でた。

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