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理想の姿

赤毛の男の左手の前に、投擲した短剣は砕け散る。


そのまま翳した掌から発生した炎が、テイルータを襲った。

舌打ちしつつかわす。


接近しなければならない。

離れていては、魔法の餌食になる。


しかし、近付くのも危険だった。

左手になにもかも破壊される。


赤毛の男は、右肩を負傷している。


だからテイルータは、左から回り込もうとした。


赤毛の男からすれば、見え透いているだろう。


ここで右から回れば意表を衝けるかもしれないが、逆に読まれるような気もした。


赤毛の男が、眼でテイルータを追う。


左手の届かない足下を狙って、テイルータは短剣を投げ付けた。


軽く後ろに跳んでかわす赤毛の男。


負傷のためか、着地の際によろけている。


地面を強く蹴り、テイルータは近接した。


剣は、赤毛の男から遠い左手に持っている。


左に回り込んでからの突きは、赤毛の男にとっては背中から斬り付けられるようなものであるはずだ。


赤毛の男は、重心の軸を後ろ足に置き、体を回転させた。


テイルータの剣をかわしつつ、裏拳の要領で左腕を振る。


指先が眼前を通り、冷や汗が吹き出した。

後退して距離を取る。


赤毛の男は、静かに構えていた。

集中はしているが、まだ全力ではないだろう。

けち臭い魔法しか使ってこない。


「……必死だな、テイルータ・オズド」


「……あ?」


「お前が、あの子のためにそこまで戦う理由が、よくわからん」


「……」


耳を貸す必要はない。

揺さ振りにきているとテイルータは判断した。


「たまたま知り合った、赤の他人だろ? 正義の味方ならいざ知らず、なんでお前みたいな奴が守ろうとする? 父親に捨てられ、兄たちに拒まれ、世に入ることもできないお前が?」


「……今更」


テイルータは、鼻で笑った。


何度も思った。何度も迷った。

なんで俺が、こんな苦労をしなければならないのか。


見捨ててしまえばいい。

国に暗殺者として育てられたテイルータ・オズドならば、それができるはずだ。


どんな残虐なことも、眉一つ動かすことなく実行できる。


(……けど、懐かれちまったんだよなぁ)


なぜか、マーシャはテイルータから離れようとしない。

何度も鬱陶しいと思った。


だが、二人で旅をするうちに、情のようなものが湧いた。


この鬱陶しい手を、小さな手を、今更振り解けない。


「……理解されようなんて、思わねえよ」


「……そうか。いや、本気ならいいんだ」


「あ?」


「俺は、お前のことを嫌っている訳じゃない。だから、おとなしくマーシャを渡してくれるなら、お前のことは見逃してもいいと思っていた。けど、お前が本気でマーシャを守りたいっていうなら……」


赤毛の男が、息を吸い込む。

警戒が、テイルータの体を走った。


「躊躇わず、殺せるってもんだ」


言葉と同時に、気配のようなものが膨れ上がった。


地面が破裂する音。

赤毛の男が蹴り付けたのだ。


テイルータは後退したが、赤毛の男の前進の勢いには敵わず、あっさりと接近された。


振り上げられる左手。

剣が砕け散る。


横に跳び、テイルータは地面を転がった。


転がりながら、右手の短剣を投げ付ける。


その動きに紛れ込ませ、テイルータは左手で、懐から黒塗りの短剣を取り出した。

続けて投擲する。


闇の中、他の攻撃に混ぜてやれば、普通は防げるものではない。


赤毛の男は、最初の短剣は半身を引いてかわし、腹を狙った黒塗りの短剣は左手で払い落とした。


(マジかよ、この糞野郎!)


舌を巻きながら、跳ね起きる。

この赤毛の男は、どれだけ戦闘と殺し合いに慣れているのか。


また、眼でテイルータを追っている。


足を止めたら、仕掛けられるような気がした。


だが、背後からマーシャの悲鳴。

足が止まる。


マーシャの全身に、なにかが大量に巻き付いていた。


月の光を弾くそれは、鋼線のように見える。


マーシャの側に、男が立っていた。


寒空の下、剥き出しになっている両腕を見る限りでは、細身のようであって実はかなりの筋肉質だろう。


使い手だと思わせる佇まいだった。


鋼線を扱っているのは、その男ではない。


マーシャの全身を搦め捕る鋼線が伸びる先にいるのは。


(……なんだ、あれは?)


獅子の鬣を思わせる、頭髪と髭が繋がった男。


がっしりとした体つきだが左手はなく、袖口から無数の鋼線が伸び、マーシャを捕らえていた。


(あと二人、いた?)


「子供の悲鳴に、背中を見せるかよ」


声が、背後から。


衝撃を感じ、テイルータは地面に叩き付けられた。


赤毛の男に、魔法をぶつけられたのだろう。


砂を踏み締める足音がする。


「甘いなぁ。お前、殺し屋として育てられたんじゃなかったか? ん? 暗殺者? ……どっちでもいいか」


「てめえ……」


体が痺れている。

首だけを回して、赤毛の男を捜した。


「……一人じゃ……なかったのかよ……」


足音が止まる。


「……まさか、敵の言葉を信じたのか?」


赤毛の男の言葉に、驚きが含まれる。


テイルータは、奥歯を噛み締めた。

羞恥心で赤面しているかもしれない。


赤毛の男の驚きも、もっともだった。

敵の言葉を鵜呑みにするとは、なんと愚かなのか。


赤毛の男が、歩みを再開する。


そして。


「がぁぁっ!?」


テイルータは悲鳴を上げた。

左膝を踏み砕かれたのだ。


「やめて!」


マーシャの叫び。


「テイルータを虐めないで!」


振り下ろされた足が、テイルータの眼前を踏み抜く。


顎を砕くつもりだったのだろうが、直前で外した。


「虐めるな、か……」


角度のため見にくいが、赤毛の男は苦笑しているようだ。


テイルータをそのままに、マーシャの方へ数歩足を向ける。


「待て……!」


手を伸ばすが、這いつくばった状態ではなにもできない。


「さて、マーシャ。君には、組織に戻ってもらう」


「待てよ……!」


左足は、膝から折れているようだ。

動けない。


「マーシャ。それに、テイルータ・オズド。お前らにとっては、今生の別れだ。互いに、なにか言い残すことはないか?」


「待てって言ってんだよ!」


身を起こした。

その瞬間、顎を蹴り上げられた。


腹を踏み付けられる。

顎を蹴られ、意識が朦朧とする。


鋼線に搦め捕られたマーシャ。

涙を眼に溜め、テイルータを見ている。


なんとか、逃がすことができないか。


マーシャが、視線を動かした。

テイルータから、赤毛の男へ。


「なんで、わたしのことを連れていこうとするんですか?」


「君が、能力者だからだ」


「……能力者だから、なんですね?」


「そうだ。特に、君の能力は稀少だからな」


「だったら、わたしを捕まえても意味はないです。放してください。テイルータを、もう許してください」


「……意味がないってのは、どういう意味かな?」


赤毛の男が、聞く。


テイルータも、マーシャを見つめた。

幼い子供とは思えないほどに、凜とした顔をしている。


「わたしは、あなたたちの知っているマーシャではありません。もう、能力者ではないんです」


「……」


どういうことなのか。


マーシャと出会った日、テイルータは力が奮われるところを見た。


マーシャが入れられていた容器は砕け、手足や腹部が再生し、変形していた体の部分は元に戻り、なにもない空間から衣服を創造し、屋根を吹き飛ばした。


あれは、マーシャの能力ではないのか。


「テイルータと出会った日に、わたしは能力を使いました。そして、自分の体を作り直しました。能力を使えない、なんの能力もない体に」


「……つまり?」


赤毛の男が、どこか据わった眼で先を促す。


「わたしは、能力者じゃありません。ただの、子供です」


赤毛の男の溜息が、妙に生々しく聞こえた。


それに、嫌な予感をテイルータは覚えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


あの日のことを、マーシャは鮮明に記憶していた。

テイルータと出会った日。

マーシャにとって、特別な日。


能力を使用した。

周囲の物を消失させ、分解後別のものとして構成し、無から有を生み出し、失われた体の部分さえ再生させた。


それだけではない。


マーシャは、自分の体を、細胞一つ一つの情報から作り替えた。


特別な力などない、普通の人の普通の細胞に。


それが、マーシャの望み。


能力のない、能力者ではない、普通の人の肉体。普通の子供の体。普通の女の体。


それが、能力者でも魔法使いでもないテイルータ・オズドと共にあるために、幼いマーシャが求めた、理想の姿だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「まあ、なあ……」


赤毛の男が、左手で頭を掻く。


鋼さえも砕く破壊の手だ。

能力の制御をしているのだろうが、脳が吹き飛ばないのがテイルータには理不尽に思えた。


「上の人間から、その可能性は示唆されていた。だから驚かんが。そうか。参ったな……」


頭を掻いていた手を、少しずつ下げていく。


「だが」


マーシャが、表情を強張らせた。


指の隙間から、赤毛の男はマーシャを見ている。


「本当に?」


「本当です! わたしにはもう、なんの力も……」


「……」


赤毛の男が、テイルータを見下ろす。


「……子供の言葉だ。お前なら信じるか、テイルータ・オズド?」


踏み付けるのをやめ、足を振り上げる。


腹を蹴り付けられた。


とてつもない衝撃である。

並外れた脚力によるものではなく、人の蹴り方を知っているのだろう。


テイルータは地面を転がった。

俯せになったところで、また衝撃。


テイルータの体を仰向けに蹴り戻し、赤毛の男は指先を向けてきた。


光。細い線となり、テイルータの脇腹を貫く。


「!?」


声も上げられないような激痛だった。


マーシャが悲鳴を上げる。

何度も何度もテイルータの名前を呼んでいる。


側に、赤毛の男はしゃがみ込んだ。


「怪我をしたのは、右の脇腹だ。光と熱で穴を空けた。その意味はわかるな?」


「……」


熱い脇腹に触れた。

滲み出た血が、掌に付着する。


右の脇腹。それは、負傷したら取り返しのつかない臓器は外したということだった。


熱と光で灼き切られた状態のため、派手な出血はない。


だが、腹の負傷は止血が難しい。


つまり、即死はしない。だが、徐々に死へと向かうということだった。


「放してやれ、マックス」


マーシャを捕らえる鋼線が解かれる。


鋼線は、マックスと呼ばれた男の元へと集い、左手となった。


まともな人間ではない。

能力者とも違うような気がする。


『悪魔憑き』というやつかもしれない。


地へと投げ出され、だがすぐにマーシャは立ち上がり、駆け寄ってきた。


「……テイルータ! テイルータ!」


泣きながら、テイルータの体を揺さ振る。


「このままだと、この男は死ぬ」


赤毛の男は立ち上がり、テイルータとマーシャを見下ろしながら告げた。


「救いたければ、使え、君の能力を。この男の体を、怪我をしていない状態に作り替えろ」


「……!」


マーシャの表情が変わる。


「……よせ」


テイルータは、腹の傷に喘ぎながら、なんとか声を出した。


マーシャが、テイルータの脇腹に触れる。


「使うな……! 余計なことするんじゃねえ……!」


思い出す。

あの日のマーシャを。


容器の中、人から外れたその姿を。


感情を殺した、死んだような眼差しを。


人でいられなくなる能力など、使わなくていい。

心が壊れる力など、必要ない。


「使うな……!」


マーシャが、体を震わせている。

力み、なにかを引き出そうとしている。


だが、俯く。

弱々しい声が、口から漏れ出る。


「……使えない」


「……」


安堵から、テイルータは溜息をついた。


「わたし、使えたはずなのに……思い出せない……」


ぽろぽろと、涙を零している。


「テイルータを……助けないといけないのに……」


「……いいんだ」


テイルータ・オズドに、優しく微笑むなどという行為はできない。


だからせめて、表情を歪ませるな。

どれだけの痛みがあろうとも。


「こんなの、なんでもねえ……だから、泣くな……糞ガキ……」


頭を撫でてやろうかと手を上げかけたが、やめた。

血が付いてしまう。


「マックス」


赤毛の男が、獅子のような髪と髭の男を呼ぶ。


左手が無数の鋼線となり、マーシャに巻き付いた。


「待て! そいつにはもう……なんの力も……」


「そうかもしれん。だが、連れて帰って検査くらいするさ」


「てめえ……!」


もがいても、立ち上がれない。

声を出すしかできない。


「行きます」


泣きながら言ったのは、マーシャだった。


「あなたたちに逆らいません……。なんでも言うことを聞きます……。だから……テイルータを助けてください。あなたの魔法なら……」


「悪いが、それは無理ってもんだ」


テイルータからしてみたら、赤毛の男の言葉は当然のことだった。


だがマーシャは、叫び声を上げる。


「なんでっ!?」


「……子供に説明しても仕方ないかもしれんが。『コミュニティ』は、世間で言うところの、いわゆる悪の組織だ。そして俺は、悪の組織の一員。テイルータ・オズドは、俺たちの敵だ。そいつが死に掛けている。助ける? 傷を治す? それはねえよ。有り得ない」


「……」


呻きながら、テイルータは赤毛の男を見上げた。


眼差しは、冷たいものではない。

哀れみさえ含まれているようにテイルータには思えた。


テイルータのことを嫌いではないと言っていたが、本気の言葉かもしれない。


「さて、テイルータ・オズド。すぐにとどめを刺してもらいたいか? それとも、苦しみ抜いてから死にたいか?」


テイルータは、中指を立てた。


「……くたばれ……糞野郎……」


「……そっか。苦しみ抜いてから死にたいか」


悲鳴を上げそうになった。

腹の傷を、踏みにじられている。


意識が飛びそうになる。

視界で光が弾ける。


テイルータが意識をはっきりさせた時、側に赤毛の男はいなかった。


マックスとかいう者と細身の男を率いて、去っていく姿が見えた。


マーシャを連れて、遠ざかっていく。


「……おい……待てよ……!」


動けない。

腹に穴が空いている。

足が折れている。

何度か蹴られた。

魔法も浴びた。


「……待て……!」


這って進んだ。

マーシャが、連れていかれる。


這う。

捨てられたマーシャの荷物の所まで、辿り着いた。


漁る。血を止めなければ。なにかないか。止血剤でも包帯でもいい。


入っているのは、着替えや安物の日常品など。

役に立ちそうな物はない。


「くそっ……!」


荷物の底にあった本を捨てて、テイルータは呻いた。


と、視線を止める。


放り出した本は、二冊だった。

マーシャは、一冊しか本を持っていないのではなかったか。


捨てた拍子に、開かれている。


日記のようだった。


テイルータとの、旅の記憶が綴られている。


『楽しい』という単語が眼に入った。


風で、頁がめくれていく。

『嬉しい』と書いてあった。

次の頁にも、『楽しい』、『嬉しい』という単語が。


「……なんだよ……そりゃ……」


辛く、厳しい旅だったはずだ。

日々『コミュニティ』に怯え、逃げ回り。


なにもかもが不足していた。

少女らしい格好もさせられない旅だった。


良いことなど、一つもなかった。


「……馬鹿な……ガキだ……」


この日記帳にある『楽しい』も『嬉しい』も、勘違いだ。


マーシャは、本当に『楽しい』ことも『嬉しい』ことも知らない。


それなのに、また『コミュニティ』という組織の中に、容器の中に捕らえられようとしている。


「ふざけんなっ……!」


そんなことに、なってたまるか。

絶対に助け出す。


血が止まらない。

這って進む。


父親に捨てられた。

兄には疎まれた。


周囲の者を、騙し、裏切って生きてきた。


他人は、自分とマーシャのために利用するだけのものだった。

だから、頼れる仲間などいない。


テイルータにあるのは、テイルータ・オズドの力のみ。


自分自身の力だけが全て。

これだけで、マーシャを守ってきた。


意識が何度も途切れる。

それでもテイルータは、這うことをやめなかった。

進むことを、やめなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


夜の叫びは響く。

静寂を知らない、『火の村』アズスライであってもだ。


泣き喚くマーシャを、マックスは失神させた。


左肩で担ぐ。

幼い少女であり、重荷にはならない。


ウェイン・ローシュは、まだ痛むのか右肩の調子を気にしていた。


腕を上げることができないようだ。


ダンは、この寒さにも拘わらず袖がない服を着ている。


細剣を遣い直線的に攻めるのを好む、一対一を得意とする剣士である。


繊細なところであり、衣服によるわずかな腕の動きの制限も嫌う。


「お前たちは、マーシャを連れてアジトに戻れ」


適当にアジトの方を指し示して、ウェインが言った。


アジトは村の南西にあり、ここからそれほど離れていない。


「そのうち、マーシャを回収にクロイツの使いが来るだろ」


眼を、微かに光らせる。


「これは、キースも含めたお前たち三人の手柄だ。……いいな?」


「……はい」


仲良くやれ、と言いたいようだ。


対立しているキースの貧相な顔が思い浮かぶ。


「あなたは、どうするのですか?」


ダンに聞かれると、ウェインは左肩を回した。


「もう一仕事してくる」


「もう一仕事?」


「ニック・ハラルドに、喧嘩を売ってくるのさ」


「……」


事もなげに言うウェインに、マックスはダン共々言葉を失った。


ニック・ハラルドは狡猾な老人であり、従えるアズスライの軍は精強である。


マックスもダンもキースも、事を構えるのは避けてきた。


「一人でですか?」


「そのつもりだ。その方が、動きやすい。……ああ、勘違いするなよ、ダン? お前らが邪魔という訳じゃない。独りがいいってのは、俺の性分だ」


ウェインは、『コミュニティ』最強の部隊である『百人部隊』の隊長である。


部隊を率いる者としてその性分はどうなのかと思ったが、マックスは口を挟まなかった。


「んじゃ、マーシャの方は任せたぞ」


あっさり言って、ウェインは軍の基地がある方向に去っていった。


本気で、ニック・ハラルドやその部隊と戦うつもりなのだろうか。


立ち尽くし考えていると、ダンに促された。


マーシャを攫うという目的は達した。

アジトに早目に帰還した方が、安全ではある。


歩きながら考える。


ウェイン・ローシュ。

剣も魔法も能力も、絶対のものはない。

だが、安定している。


まだ、二十代であったはずだ。

それは、『コミュニティ』最高の剣士であるノエルも変わらない。


二人とも、マックスからしてみれば若造と言っていい年齢の者たちである。


だが、逆らえない。

立場も実力も、マックスより上である。


忌ま忌ましく思いながら、マーシャを抱え直す。


「テイルータ・オズドは死んだだろうが、気は抜くなよ、ダン」


ダンが気を抜くことなど滅多にないが、苛立ち紛れに告げる。

律儀にも、ダンは頷いた。


マックスに歯向かうことはない。

マックスとキース、どちらを立てればいいのか迷っているところはある。


本来ならキースの方が立場が上だった。


並べて比べてしまうのは、それだけキースが頼りないということだろう。


マックスは、南のラグマ王国出身だった。


こんな北国に飛ばされ、キースなどの下に付くことになるとは。


全て、ダンテ・タクトロスという者のせいだった。


ダンテ・タクトロスはラグマ王国王都ロデンゼラー近辺の部隊指揮官だったが、『ヒロンの霊薬』を回収する作戦に失敗、多くの部下を失い自身も死亡した。


そして、『ヒロンの霊薬』が『メスティニ病』患者に投与されたため、作戦は白紙となり、ロデンゼラーの実戦部隊は大幅に縮小されることになった。


再編成の際に、マックスは弾き出された形でホルン王国北部へと送られたのだ。


戦闘能力には、自信がある。

マックス以上に戦える者は、そうはいないはずだ。


以前の指揮官であるダンテ・タクトロスのことも、怖いと思うことはなかった。


ホルン王国北部の部隊は、戦力が不足している。君の実力を、存分に発揮してくれたまえ。

クロイツには、そう言われたというのに。


キースのような男の指揮下に入ることになった。


この国に来てから、ろくなことがない。


しかし、それも間もなく終わりそうだ。


『コミュニティ』の事実上の支配者であるクロイツが求めていた、マーシャ。

ついに捕らえた。

紛れも無い手柄である。


それを主張すれば、ラグマ王国に戻ることもできるだろう。

あの国の蒸し暑さが懐かしい。


ホルン王国は、寒い。

寒すぎて、毎日が憂鬱である。


冬に外を出歩くと、自慢の髭が凍ることもあった。


マーシャが微かに呻く。

目覚めるかとも思ったが、眼は閉じられたままだった。


「急ぎましょう」


神経質なところがあるダンが、マーシャの様子を気にした。


確かに、目覚められては面倒ではある。


「そうだな」


同意し、一度髭を撫でてから、マックスは足を速めた。


田舎であるアズスライの夜は暗く、寒い。

朝は、まだまだ遠かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


宿に侵入していた初老の魔法使いを近くの民家まで追い込んだのは、五時間くらい前のことだっただろう。


ルーアは、その現場まで戻ってきていた。


状況が、随分と変わってしまっている。


何軒かの民家が焼け崩れ、あの魔法使いの姿はない。


人質になっていた女性だろう、軍に保護されている者がいた。


将軍であるニック・ハラルド自身が部隊の指揮を執っている。


怪我をしている村人たちを、シーパルとユファレートが治療していた。


ユファレートは基地にいたはずだが、ルーアがウェイン・ローシュに足止めをされている間に移動したのだろう。


一緒にいたはずのテラントの姿はない。


ティアやデリフィスの姿も見当たらなかった。


「おい!」


シーパルやユファレートの元へ駆け寄る。


三人が横にされていた。

一人は酷い火傷を負っているようだが、命に別状はないだろう。


シーパルもユファレートも、額に汗の玉を付けて怪我人を看ていた。


「なにがあった?」


「ルーア! ……すみません。あの魔法使いに、逃げられました……」


「そんなことよりも!」


ルーアと謝るシーパルの間に割り込むように、ユファレートが声を上げる。


「ティアが、捕まって……」


「……なに?」


「凄腕の剣士でした……あっという間に、ティアを攫って……。デリフィスが追っています」


「『ブラウン家の盾』を装着していたわ」


シーパルとユファレートが交互に口にする。


『ブラウン家の盾』とは、また懐かしい。


装着した者の周囲に準絶対魔法防御壁を展開させる魔法道具であるため、それを身に付けた剣士は、純粋な魔法使いであるシーパルやユファレートにとっては天敵となるだろう。


「……まあ、デリフィスなら任せて大丈夫だろ」


ティアを攫ったのは、剣士であるという。


剣だけでデリフィスに勝てるとしたら、ルーアの知る限りではストラームとザイアムくらいのものだった。


それに、あの男には安定感がある。


六人の旅になって一年以上になるが、最も負傷していないのがデリフィスだろう。


そして唯一、負けらしい負けを経験していない。


だからといって、放ったらかしにはできないが。


どうせ、その剣士も『コミュニティ』からの刺客だろう。


兵士を何人連れているか、わからない。


「それで、テラントは?」


これは、ユファレートに聞いた。


テラントは、傷心のユファレートに付いているはずだった。


「テラントは、軍の訓練を見学に外に出てて。わたしは、魔力を感知して戻ってきたの」


なにをしているのかと思ってしまうが、軍の指揮をしていた者として、訓練の様子を見たかったのだろう。


少なくとも基地にいる間は、テラントが側にいなくともユファレートは安全だったはずだ。


一人で戻ってきたユファレートに、どうこう言うつもりはない。


ハウザードに続き、ドラウも失った。


それでもユファレートは、ここにいる。


皆のことを心配したのだろう。

そして自分の意志で、宿まで戻った。


「……テラントのことは、あっちに聞いた方が良さそうだな」


ニック・ハラルドを観察する。

ぼんやりとした眼差しでありながら、出している指示は的確であるようだ。


瓦礫の撤去をする部隊、村人を遠ざける部隊、周囲を見張る部隊、全てがきびきび動いている。


ルーアの視線に気付いたか、向こうから寄ってきた。


「やあ、みなさん。村人の治療、感謝致します」


「……これは、事件ですよね?」


言葉に、いくらか皮肉を込める。


この老人は、『コミュニティ』に当たりたくないのではないか。

なんとなく、その雰囲気が感じられる。


『コミュニティ』という組織は、世界のどの政府にも潜り込んでいる。


国の上層部から、牽制されているのかもしれない。


下手に関わり、部下を失いたくないと考えている可能性もある。


だが、今回村人たちを傷付けたのは、当然『コミュニティ』だろう。


軍が重たい腰を上げるには、充分な理由である。


「事件ですなあ。まあ、犯人の目星は付いております。居場所も」


地図を取り出し、なぜかルーアに手渡してきた。


シーパルが造り出した魔法の明かりに照らさせる。


村の全体図だった。

村の南西の端に、赤い印が付けられている。


「その地図は、あなた方に差し上げましょう」


「……どういうことですか?」


地図をシーパルに押し付け、ルーアはニック・ハラルドを睨み付けた。


「ああ、そう言えば。あなた方の連れのテラント・エセンツ殿にも、同様の地図を渡しましたな」


「……」


事件を起こしたのは、『コミュニティ』だと考えて間違いないだろう。


となると、おそらく地図の印は、アズスライにある『コミュニティ』のアジトを示している。


テラントはそこへ向かったと、ニック・ハラルドは言いたいようだ。


(……この爺さん)


部下の損耗を減らしたいのか、ルーアたちと『コミュニティ』をぶつけたがっているように思える。


そして、ティアが捕らえられた以上、向かわない訳にはいかない。


まさか、そのことまで計算していたとは思えないが。


全て計画通りなのではなく、状況を利用しているだけか。


「ハラルドさん、あんた……」


「部下に指示を出さなければなりませんので、これで失礼させてもらいますよ」


愚痴でも言ってやろうかと思ったが、ニック・ハラルドはあっさりと背中を向けた。


入れ替わりにやってきた軍人たちが、村人たちの怪我の具合を確認し始める。


彼らが邪魔で、老人の背中に文句の一つも言えない。


「ルーア」


軍人たちに怪我人を任せ、シーパルは地図に眼を落とした。


「ああ。オースターを助けに行こう。デリフィスなら、なんとかしてくれるような気がするけど」


月と星で、方角を確認する。


「……ティアが攫われた方向です」


見付けた南西の方角に向かって、シーパルが囁く。


やはり、アジトへと連れていかれたのだろう。


「『ブラウン家の盾』を持ってるってことだったが」


魔法は、通用しない。


「でも、露払いくらいはできます。村人の治療も一段落付きましたし」


「当然、行くわ。ティアを助けないと」


「ああ。行こう」


シーパルとユファレートに頷く。

そして、三人で走り出した。


移動には、余り魔法を使えない。

飛行の魔法などは、魔力の消耗が激しいのだ。


走りながら考える。

なぜ、ティアを攫ったのか。


捕らえるだけの余裕があったのならば、殺すのは容易かったはずだ。


殺さずに、わざわざ捕らえた。

人質として、ルーアたちをアジトまでおびき寄せようとしている。


可能性としては、それが最もありそうだ。

だが、なにかすっきりとしない。


ティアを捕らえなくても、例えば誰か村人を人質にするだけで、こちらの動きはある程度制御できるはずだ。


テラントやデリフィスはともかく、お人好しのティアやシーパルならば、見知らぬ村人だろうと助けるために行動する。


絶対にティアを捕らえなければならない理由が、見付からない。


(……にしても、なんだこれ……?)


妙に気持ちが落ち着かない。

胸がざわざわする。


女は捕まるな。いつだったか、そのようなことをティアには言ったはずだが。


(……助けてやるよ。だから、無事でいろよ。んで、ちゃんと助けられろ!)


口の中だけで呟いて、ルーアは足の動きを速めた。

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