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交戦

林を出たルーアを待っていたのは、赤毛の男だった。


「……兵士の指揮を執っているもんだと思ったけどな」


「指示は出した。あとは、その通りに動いてくれればいい」


待ち構えていたウェインが、左肩を上げる。

肩を竦めようとしたのかもしれない。


暗くてよく見えないが、右肩は血で赤く染まっているのだろう。


「……目的は、あのテイルータとかいう奴か?」


聞くまでもないことかもしれないが、聞いた。


口を動かしながら、意識は周囲にも向ける。


木の陰、岩の後ろ。他にも、敵が潜んでいるかもしれない。


「大体そんなとこだ」


「兵士だけで大丈夫か? 結構やるぞ、あいつ」


兵士全員を倒すのは無理としても、包囲を突破するくらいはやってのけそうな雰囲気があった。


「問題ない。あの二人だけならな。不確定要素は、俺が潰すし」


「……」


ルーアは、剣を抜いて構えた。


こちらはこちらで忙しい。

よって、不確定要素になるつもりはなかった。


だが、ウェインが強力な敵であることは事実。


今後戦うことになることも、周りの誰かが殺されることも有り得る。


他に、敵の気配はない。

負傷したウェインが、一人で立っているのだ。

好機ではある。


「昨日は、逃げて悪かったな。続きだ」


ウェインが、左拳を上げる。

軍の基地に用があるのだが、簡単に行かせてくれる様子ではない。


ルーアは、剣に魔力を込めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


遠くで炎が燃え盛っている。

民家が数軒、炎上していた。


キースの魔法だろう。

ルーアやシーパル・ヨゥロは、村人に害を与えるような魔法の使い方は控えるはずだ。


「追い込まれているみたいだねえ」


喉を鳴らし笑いながら、ノエルは炎を眺めた。


背後には、途中で会い合流することになった兵士が七人いる。


正直必要ではないが、わざわざ捨て駒になりたいというのならば、止めるつもりはない。


一軒の民家から響く喚き声が、ここまで聞こえる。

キースだろう。


民家から少し離れた所に、三人いる。

ティア・オースターもいた。


村人たちが、それを遠巻きに囲んでいる。


炎の勢いが増し、何人かの村人が悲鳴を上げた。


(余りのんびりしてられないかな)


ぐずぐずしていると、そのうち軍が到着する。


ニック・ハラルド以下、軍の者全員を斬るのは不可能ではないが、面倒臭い。


「行きなよ」


キースを追い込んだ三人を示して、兵士たちに告げる。


「君たちの上司が、大ピンチだ。頑張って助けるんだね」


兵士たちが、死体のくせに戸惑う気配を見せる。


やがて一人二人と進み出し、他の兵士たちも続いて駆け出した。


「さてと……」


相手は、ティア・オースター、デリフィス・デュラム、シーパル・ヨゥロ。


ルーアはどこかに行ってしまったのか、いない。


果たして兵士たちは、彼ら相手に何秒戦えるだろうか。


注意を逸らしてくれるだけで、充分な仕事といえる。


べつに、なにもできずに散ってくれてもいい。


デリフィス・デュラムにもシーパル・ヨゥロにも、村人たちにも軍人たちにも用事はない。


ティア・オースターだけを、ノエルは見つめた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


人質を取り民家に立て篭もっていた魔法使いが、窓から外へ巨大な火球を放った。


それは、デリフィスたちを狙ったものではなかった。


シーパルがいるから、どうせ通用しないと考えたのだろうか。


距離があればあるだけ、魔法は防御されやすくなる。


敵の魔法使いが狙ったのは、近くに連なる民家だった。


火に包まれ、あるいは倒壊していく。


野次馬となっている村人たちから、悲鳴が上がった。


多くが外へ出ているようだが、もしかしたら家に残っている者がいるかもしれない。


消火活動が始まっているが、今のところ負傷者や死傷者がいるという会話は聞こえない。


村人を傷付けたら、軍が黙っていないらしい。


だが、敵の魔法使いが危めた分までは、デリフィスたちの責任にできないだろう。


もっとも、巻き込んだ形になるかもしれないので、こちらとしては気分が良くない。


「どういうことだと思う、シーパル?」


民家の中にいる魔法使いは、大きな魔法を使った影響か、息を乱しているようだった。

時々なにかを喚いている。


「難しいところですね……」


被害者がいないか気になるのか、ティアと炎上する民家を見つめていたシーパルが、周囲へと視線を移す。


やけになって魔法を放っただけにも思える。


仲間を呼ぶ意味があるのかもしれない。


軍を呼ぶことにもなるような気がするが。


考えが足りない男なのだろうか。

それとも、仲間が近くにいるという確信があるのか、やけくそになっているのか。


シーパルが、宿を見やった。


「どうした?」


「長距離転移の魔法……ユファレートですね。戻ってきたみたいです」


宿から、この騒ぎは見えるはずだ。


男の魔法を、ユファレートは感知したのだろう。


これで『コミュニティ』の者が現れなければ、男の行為は愚かといえる。


辺りを探っていたデリフィスは、それに気付いた。


坂道の先で、集団がこちらを見下ろしている。


七、八人だろう。

十人はいない。

一人を残し、坂を駆け降り始めた。


野次馬の村人たちを避け、こちらに突進してくる。


デリフィスは、鞘に収めていた剣を抜いた。


「兵士よ!」


ティアの声に、シーパルが反応する。


村人がいるため、迂闊に魔法は放てない。


「引き付けてからでいい」


言って、デリフィスは前に出た。

黒装束の兵士たちを見ながらも、向かってこないもう一人が気になってしまう。


月の光の下の、黒ずくめの男。

同じ黒い衣装だが、兵士とは明らかに違う。


危険な匂いがするが、どうにも変な感じだった。


これまでに、多くの危険な相手、強い者たちと会ってきた。

そのどれとも、なにか異なる。

ふらふらと坂道を降っていた。


一旦、デリフィスは兵士たちに意識を向けた。


黒ずくめの男がどれだけ危険だとしても、距離が離れすぎている。

互いに、簡単には仕掛けられない間合いだった。


先頭に出ている兵士を、剣で斬り上げる。

夜空に、赤い血が舞った。


「バン・フレイム!」


背後で、シーパルが叫んだ。

その手から伸びた炎が、まるで鞭のようにしなり二人の兵士に絡み付く。


シーパルの側面に回り込もうとしている兵士には、ティアが対応していた。


槍を小剣で斬り払い、手首を翻し兵士の首筋に叩き込む。


「逃げようとしています!」


シーパルに言われ、デリフィスは民家に眼を向けた。


人質を捨てて、初老の魔法使いが外に飛び出す。


デリフィスは、接近を試みた。


魔法使いの手から、光球が放たれる。


問題なくかわせる。

後ろにはシーパルがいるが、簡単に防いでくれるだろう。


だが、敢えてデリフィスは踏み止まった。


試し斬りである。


高速で向かってくる光球を、剣で斬り付けた。


ミスリル銀と合わせ鍛え直した剣であり、光球は火花を散らしながら霧消した。


実験にシーパルを付き合わせ、その魔法を斬ったことはあるが、実戦の中で試してみたくなったのだ。


魔法使いとの間に、兵士が二人割り込んでくる。


右。一振りで斬り伏せる。


もう一人は、デリフィスが剣を振る前に光で弾き飛ばされた。


魔法を放ったのは、宿から駆けてきたのだろう、肩で息をしているユファレート。


ドラウが死亡した衝撃は当然残っているだろうが、狙いに狂いはないようだ。


続けて放った光線が、敵の魔法使いを襲う。


防御魔法で直撃は避けたようだが、足が止まっていた。


追い付ける。

剣を携え、デリフィスは魔法使いを目指した。


肩越しに、シーパルたちの方を一瞥だけする。


残った最後の兵士が、村人を襲う素振りを見せていた。


シーパルが、掌を向けて牽制している。


村人たちへと向かえば、兵士は背中に魔法を撃ち込まれることになるだろう。


シーパルの側には、ティアもいる。


問題はないだろう。


魔法使いに集中しようとして、だがデリフィスははたと立ち止まった。

今見たものを、反芻していく。


シーパルとティア。

二人と対峙する兵士。

遠巻きに眺める村人たち。


そして、誰もいない坂道の上。

あの黒ずくめの男は、どこへ行った。


はっと振り返る。


眼を放したのは、短い時間だった。


それなのに、黒ずくめの男は村人の輪の内側にいた。


左手に、剣。

月の光と炎に照らされ、刃は不気味に輝いていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


黒ずくめの男が、ゆっくりと向かってくる。


初老の魔法使いを追い掛けていたデリフィスが、引き返してきた。


ティアたちと黒ずくめの男の間に、割り込んでくる。


背中から、警戒していることが伝わってきた。


剣と注意を、黒ずくめの男に向けている。


(強い人なんだ……)


逃亡する魔法使いを放置しても構わない、とデリフィスが判断するくらいに。


「ユファ! こっち来て!」


魔法使いに追撃しようとしていたユファレートに、ティアは呼び掛けた。

纏まっていた方がいい。


シーパルもデリフィスの後方で、黒ずくめの剣士に対して構えていた。


いつでも魔法を放てるように備えているようだ。


村人を人質にしようとしていた兵士は、ティアとシーパルが無視するように意識を外すと、そのまま逃げていった。


あの魔法使いも、逃げてしまっただろう。


構わず、ティアは黒ずくめの男だけを注視した。


デリフィスが警戒している。

幼さを残した顔付きだが、危険な相手だということだ。


黒ずくめの男の歩速は変わらない。

無造作に近付いてくる。


デリフィスが踏み出す。

それをティアが知覚した時には、すでにデリフィスの剣は振り切られていた。


離れて見ていたティアにも、まともに眼で追えなかった。


それでも、黒ずくめの男は左手の剣で受けていた。


下から掬い上げるような斬撃に、大きく後方に弾かれる。


黒ずくめの男の口が動く。

感嘆の声を漏らしたようだ。


ティアの前ではシーパルが掌を、隣ではユファレートが杖を黒ずくめの男に向けている。


抜き身の剣を手に向かってきたのだ。


黒ずくめの男の目的は、ティアたちを倒すことだろう。


だが、デリフィスと正面から剣を斬り結べる者など、そうはいない。


避けるように回り込んでくると、ティアは予想した。


そこをユファレートやシーパルが魔法で狙い撃てば、倒せる。


少なくとも、動きは制限される。

そうなれば、デリフィスの剣を受けることはできなくなるだろう。


ただ、魔法を無闇に放てば村人を巻き込むことになる。


ユファレートもシーパルも、慎重にタイミングを計っているようだった。


黒ずくめの男が動く。

やはりデリフィスを避け、左へと駆け出す。


デリフィスが、体の向きを変える。


ユファレートとシーパルも、黒ずくめの男の動きに合わせ構えを変える。


ティアも、視線で追った。


そして、見失った。


「えっ?」


いや、見失ってはいない。

視界の中に収めているのに、余りに意表を衝かれ、見失ったと錯覚した。


黒ずくめの男は左に重心を傾け、左に踏み出し、左に走り出し、だが右に跳躍していた。


逆向きに反応したデリフィスの背後を、あっさりと取っている。


端から眺めている村人たちには、デリフィスが自分から背中を向けたように見えたかもしれない。


黒ずくめの男の瞳には、デリフィスは映っていない。


ティアたちの方に、その眼は向いていた。


デリフィスが体を半転させ、剣を振る。


簡単に、ひょいという感じで黒ずくめの男は斬撃をかわした。


デリフィスの方を、見ないままで。


黒ずくめの男が、弾かれたように突進してくる。


デリフィスが追うが、剣を振った分遅れている。


ユファレートの杖とシーパルの掌の先で、光が煌めく。


黒ずくめの男は、身を沈めた。

地面を蹴り、跳躍する。


「フォトン・ブレイザー!」


ユファレートとシーパルが、同時に魔法を放った。


空中では、かわせないはずだ。

だが光線は、黒ずくめの男の頭上の夜陰を裂くだけだった。


跳躍した。

それなのに、跳躍していない。


訳がわからない。

錯覚やフェイントとは、なにか違う。

動きを、理解できない。


黒ずくめの男が向かってくる。

速いことは速いが、どうしようもないほどではない。

それなのに、見失った。


眼を見開いているデリフィスの顔が見えた。


背後から追っているデリフィスも、見失っている。


ぬっと現れた。

ティアとユファレートとシーパル、三人の間に。

いつの間にか、懐を取られた。


悲鳴を上げたかもしれない。

三人ともそれぞれ跳び退き距離を取る。


黒ずくめの男は、ティアを見ていた。

間には、誰もいない。


ぞっとする。


咄嗟に、ティアは小剣の形をした魔法道具『フラガラック』を振った。

斬撃が光となって、飛ぶ。


黒ずくめの男は、かわそうとしなかった。


その体に届く前に、飛ぶ斬撃が霧消する。


「なっ!?」


黒ずくめの男の右手首で、腕輪が炎に照らされ映えている。


「まさか、『ブラウン家の盾』!?」


ユファレートの叫びのような悲鳴。


準絶対魔法防御壁を装備者の周囲に展開させる、魔法道具である。


黒ずくめの男は、にやりと笑った。


その姿を、また見失う。


頭のどこかで無駄だと悟りながら、小剣を構え直す。


「なにさ、今の技?」


からかうような声。

すぐ間近から聞こえた。


左。息が掛かるくらいの距離に、黒ずくめの男がいる。


姿を認めた直後、腹に衝撃を感じた。


黒ずくめの男の膝が、腹に突き刺さっている。


「はっ……!?」


呼吸が止まる。


次いで、首の後ろに打撃による痛みを感じて。

そのまま、ティアは意識を失った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


小剣がティアの手から離れ、地面で跳ねる。


失神したらしいティアを、黒ずくめの男が支えた。


「ティア!」


ユファレートが、杖を振り上げる。

それを、シーパルが制していた。


黒ずくめの男の右手にあるのは、魔法道具『ブラウン家の盾』のようだ。


ユファレートの判定なので、ほぼ間違いないだろう。


準絶対魔法防御壁で使用者を守る魔法道具である。


強力な防御であり、ユファレートやシーパルでも魔法を届かせるのは不可能に近い。


かつて、魔法使いとして二人より劣るルーアが破ったことがあるが、今とは状況がまったく異なる。


当時装着していたランディ・ウェルズは、敢えてルーアの全力の魔法を受けたらしい。


黒ずくめの男は、そこまで優しくないだろう。


そして、強力な魔法はそれだけ制御が困難になる。


黒ずくめの男に抱き抱えられているティアも、無事ではすまない。


デリフィスは、シーパルとユファレートの前に出た。


黒ずくめの男が、ティアを担ぐ。

隙ができているが、デリフィスは仕掛けられなかった。


この男は、不可解な歩法を使う。

惑わされてしまうのは、それが理由だろう。


見失い、あっさりと背中を取られた。


デリフィスにとって初めての経験だった。


シーパルやユファレートも、懐に飛び込まれた。


斬られなかったのは、ティアを捕らえることが目的だったからだろう。


この男の気まぐれ一つで、皆斬られていた。


迂闊に攻撃できない。


おかしな動きをするのはわかった。

よく見極めることだ。


黒ずくめの男の重心が、前に傾く。


筋肉の膨張、関節の曲がり方。

飛び掛かってくる。


デリフィスは、剣を少し引いた。

攻撃よりも、防御を意識した構えである。


黒ずくめの男が、跳躍した。

人体の構造を無視して、後方に跳ぶ。


また、読み間違えた。

反応が遅れる。


ティアを右肩に担ぎ、村人たちの間を縫って走り抜けていく。


轟音がした。

炎上する家屋の屋根が、崩れ落ちたようだ。


ユファレートが、黒ずくめの男を追おうとする。

デリフィスは、その肩を掴んだ。


「俺が追う。怪我人がいるかもしれん。お前たちは、治療と鎮火を」


「でも……」


「わかりました」


反論しかけたユファレートを遮り、シーパルが頷く。


「シーパル!?」


「ユファレート、僕たちは、あの男との相性が悪い。足手纏いになってしまいます。ここは、デリフィスに任せましょう」


『ブラウン家の盾』を装着している。

実質、魔法は通用しない。


そして、あの動き。

シーパルとユファレートでは、対応できないだろう。


近接されてしまえば、あとは斬られるだけである。


デリフィスも、黒ずくめの男の動きすべてを理解した訳ではなかった。

二人を庇うだけの余裕はない。


「……わかったわよ」


不承不承という感じで、ユファレートも頷く。


「絶対、ティアを助けてよね」


「ああ」


敵があの男だけなら、助けられる。

これまでに、実戦に於ける剣の勝負で負けたことはない。


黒ずくめの男が去った方へ、デリフィスは足を向けた。


ざわめきながら、村人たちが道を開ける。


デリフィスの持つ抜き身の剣と、刃に付いた血に怯えているようだ。


遠く、月明かりの下を走っている黒ずくめの男の姿が、微かに見えた。


かなりの脚力である。

だが、人を一人担いでいるのだ。

追い付ける。


デリフィスは、黒ずくめの男を目指して駆け出した。


見失わないこと、そして、なにか乗り物を利用される前に、誰かと合流される前に距離を詰めること。


おかしな動きをするが、今度は見切ってみせる。


これまで、どんな速さにも、どんなフェイントにも対応してきたのだ。


黒ずくめの男を倒し、ティアを奪還する。


少しずつ迫る黒ずくめの男。

ふと、デリフィスは立ち止まりたくなった。


ティアとは、一年以上旅をしている仲である。


大切な仲間かと問われたら、否定はできないだろう。


だが、ティアを守るのも助けるのも、別の人物の仕事ではないのかと思う。


ルーアは、軍の基地へ向かったまま戻ってこない。

なにをぐずぐずしているのか。


(貸し、二つ目だ)


胸中で呟き、黒ずくめの男を見失うまいとデリフィスは眼を細めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ウェインは、片腕を使えない。

接近すれば勝機は増すとルーアは踏んだ。


だがウェインは、林という障害物が多い状況と魔法を巧みに利用し、ルーアを近付かせない。


互いに放った魔法の爆発に、木々が倒れる。


(面倒臭い奴だな、ほんとに……!)


昨日対戦した時よりも、魔法の威力が上がっている。


武器の使用と近接格闘を攻撃の選択から捨てた結果だろう。


魔法だけに集中すれば、ユファレートやシーパルと比べても、魔法使いとしてそこまで劣っていない。


ウェインは、木の陰から陰へ移動しながら魔法を使う。

なかなか捉えられない。


対してルーアは、余り障害物を活用できていなかった。


剣に宿した魔力が、どこに身を隠そうともウェインに位置を教えてしまう。


剣に掛けた魔力付与の魔法を解除するのも、抵抗があった。


接近戦となった時に、ウェインの拳に剣を折られてしまう。


「ル・ク・ウィスプ!」


木々の隙間から、光弾が向かってくる。


魔力障壁で逸らしながら、ルーアはウェインの姿を捜した。

枯れ枝を踏む音だけがする。


舌打ちして、ルーアは低木が茂る所へと潜り込んだ。


見通しが悪い。

いっそ、林を全部消し飛ばしてやろうか。


短気を起こしたくなるが、我慢した。


ウェインほど障害物を利用できていないが、木々を盾にすることくらいはできている。


意味はないかもしれないが、息を殺した。

ウェインの攻撃を待つ。


最小の動きでかわすか、最小の魔法で防ぎ、反撃する。


そのためにまず必要なことは、集中して意識を研ぎ澄ませることだ。


待つ。だが、攻撃がこない。

五分は経過したか。


(……逃げた?)


茂みを掻き分け、移動する。

その途端、ウェインの声が響いた。


光が輝き、跳び退いたルーアの足下を貫いていく。


喚きながら、ルーアは今度は木の後ろへと隠れた。


(うぜえ、畜生!)


ウェインは、持久戦も辞さない姿勢であるようだ。


こちらとしては、さっさと決着をつけたい。


軍の基地へ向かっている途中なのだ。


こうしている間にも、ティアたちに危険が迫っているかもしれない。


剣を、地面に突き立てた。

夜の林であるが、可能な限り音を立てないように注意して、移動する。

剣を捨てて。


別の木の陰に、身を潜ませる。


魔法使いであるウェインは、魔力が視える。


魔力を帯びた剣がある位置に、ルーアがいると思うはずだ。


再度待つ。

持久戦というよりも、我慢比べをしている気分だった。


昨日から、風が無い。

梢に掛かる月は、雲で少し隠されていた。

雲がゆっくりと流されている。

上空では、風が吹き始めているのか。


五分が過ぎ、十分が過ぎた。


(おい、まさか……)


とうとうルーアは立ち上がり、わざと音を立てながら、剣を刺した場所まで戻った。


引き抜き、ウェインが隠れたと思われる大体の位置へと向かう。

魔法は飛んでこない。


ウェインの姿は見付からず、そのまま林を抜けて道へと出た。

攻撃は、やはりこない。


「くそっ……!」


呻いて、ルーアは髪を掻き上げた。


時間稼ぎはもう充分だと判断したのだろう。


いつの間にか、ウェインはこの場を去っていた。


いいようにあしらわれた気分である。


「あー、ムカつく。ちくしょ」


苛立ち紛れに呟きながら、ルーアは移動を再開した。

目的を、忘れた訳ではない。


だが、複数の馬蹄の音が響いた。

それが軍の基地がある方からだと、ルーアは気付いた。


馬群が、木々の隙間から見えた。

林の向こうに、別の道があるのだろう。


アズスライの地理全てを把握した訳ではないため断言はできないが、ルーアたちが利用している宿の方へ向かっているようだ。


腰に手を当て、なんとなく溜息をつく。


軍の基地を目指し始めてから、随分と経つ。


大方、足止めを喰らっているルーアを追い抜き、村人の誰かが人質立て篭もり事件のことを基地へ連絡したのだろう。


「超無駄足じゃねえか……」


今から基地へ行ったところで、意味はない。


基地にいるユファレートやテラントは、安全であると言える。


再度、深々と溜息をついてから、宿への道をルーアは引き返し始めた。

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