. 恋文 .
七段器代美は少しばかり普通の人間とは違った。
他者のモノに限られはするものの、未来の事象を見通せるのだ。
幼少期はそれが原因で周囲から気味悪がられた。
しかし、七段は自重する事は無かった。
未来が見通せれば、独りでも生きていける。
それに気が付いたのは七歳の頃だった。
七段は家族を排除した。
一般より裕福な家柄だった七段家の財産は七段器代美一人に相続された。
邪魔をする親戚は排除した。
この頃より、七段は自身を先読みの魔女と呼び始める。
七段が十四歳の誕生日を迎えた頃、七段は一人の運転手を雇った。
その際に、七段は運転手の未来を見た。
そこには年老いた七段自身が居た。
それは問題無い。
少なくともその運転手は七段がその年になるまで役に立つと言う事なのだから。
しかし同時に一つの名前が散見された。
富宮富弥。
その名前の主は見えなかった。
名前自体も、文字であれば霞んで見え、声であれば歪んで聞こえた。
明らかに七段の先読みに抵抗していた。
同時に。
年老いた七段自身が富宮富弥を深く愛している事は見て取れた。
その瞬間から、七段は富宮に恋していたと言っても過言では無い。
その一方で、今の自分では富宮と対面する事すら叶わない事を理解していた。
格が違う。
恐らく、一般的な人間なら兎も角、力を持った人間では富宮に食い殺される。
強くならなくては。
そう思った。
その日から七年間。七段は恋する乙女だった。
趣味の辻占いで他人の人生を覗いて楽しむ時も、富宮の所在を探っていた。
そして、七年振りの邂逅は唐突に訪れた。
趣味の一環として向山雛と言う人物と話している時である。
向山の後輩である南那洋々と言う男の人生に、突如それは現れた。
富宮富弥である。
この瞬間から、目の前に居る人間限定だった先読みが、その場に居ないその人間の知人まで拡大したのだが、そんな事は些細な事だった。
こうして濃密な恋は深い愛へと移ろい行く。
同時に間接的にであれば富宮に関われる実力が付いたと確信を得た七段は、断片的な情報から突き止めていた富宮の家に足繁く通い始める。
富宮とは顔を合わせる事無く、朝昼晩の料理だけを作り、一枚のメモを残して去る。
メモには常に同じ言葉。
「貴方を愛する者より」
一般的にはそれをストーカーと呼ぶのだが。
そんな行為を更に七年続けた。
そして、七段は一人の女に出会う。
鮫島繭と言う女に。
その女は生霊に追い詰められていた。
生霊は木藤苗と言う女のモノだったが、それは七段にとって重要ではない。
重要ではないので頭を鷲掴みにして握り潰す。
「こんばんは鮫島繭さん。私は七段器代美。趣味で占をしている魔女よ」
優しく、優しく、その心の歪んだ媒体に話しかける。
警戒して無言の鮫島に優しく語り掛け、ある場所へと誘導する。
それが長年の顧客であり、愉快な観察対象である向山の望まない結果を生むと知りながら、何人かの人生を既定路線から外す行為だと知りながら、それでも七段は躊躇しない。
何故なら、鮫島は恋文だからだ。
今まで、富宮に繋がらない様に細心の注意を払っていた七段が、初めてその全てを晒す足掛かりとして送り込む、恋文だからだ。
優しく労わる振りをしながら自分を深く刻み込み、富宮へ自分を魅せる為に送り込む、人形の恋文。
優しく、あくまで表面上は優しく接しながら、落ち着いた所を見計らって、七段は残酷荘の住所を教える。
「ここに、貴方を救ってくれる人が居るわ。その人は、私が殺しきれなかったアレを完全に殺してくれるでしょう」
天使の様に、悪魔の様に、七段は微笑む。
「完全に…」
鮫島はまだ残る警戒心から言葉の大半を呑み込んだが、先読みの魔女の前では大した意味は無い。
鮫島が残酷荘を訪れる未来を、七段は既に見ているのだから。
「富宮富弥と言う管理人を訪ねなさい。あの方が、貴方に引き合わせて下さるわ」
実際は、鮫島が富宮と七段を引き合わせるのだが。
その間にも、鮫島の内に七段の気配が浸食して行く。
鮫島の寿命を削る行為だが、どうせ直ぐに死ぬのだから問題は無い。
「さあ、お行きなさいな」
鮫島はふらふらと身体を揺らして、おもむろに歩き始める。
完全に支配され、よろよろと残酷荘へと歩いて行く鮫島を見送りながら、七段の表情は恋する乙女のそれへと変貌していた。
先の事は見えているのだ。
何故なら先読みの魔女なのだから。
先読みの魔女にとっての未来とはもう先に用意されているモノで、人生とは全てそこに辿り着くための努力でしかないのだから。
だからこの先の物語は、不要だ。
特殊な一目惚れから始まった七段器代美の七年の恋と七年の愛は、こうして成就した。
京極夏彦風、失敗。
冗長で無駄の少ない文章は難易度が高すぎますね。
とりあえず完結です。
異形、異質を既読の方なら覚えているでしょうか?シティーコーポ七段の大家が七段器代美です。
異形、異質の方で謎の占い師的な立ち位置で登場させようとしていましたが、残酷荘の大家とキャラがもろ被りだったので登場させなかった不憫な方です。
七段鬼与美と言う異形が出て来る話をかなり昔に書いた事がありました。
その時の七段は少年サンデーで連載されていた鬼切丸と言う漫画の最後の方に出て来るキャラクターを雛型にしていました。
この鬼切丸に出て来る鬼達の愛し方が特徴的なのです。
愛した者を食い殺さずにいられないのが鬼切丸の鬼なのです。
そんな世界観を京極夏彦風にとか考えて盛大に明後日の方向に飛んで行ったのがこのこの話です。
鮫島繭と南那洋々の話と見せかけて、大家と大家の話でした。
まとまったのは最後だけですね。書かなければならない筋は書き切りましたが。
最大の敵は夏バテでした。食事が喉を通らないと書く気も起きやしない。
読者の皆様がお楽しみ頂けるかははてさて。
最後に、拙作をお読みいただきましてありがとうございます。




