以心疎通
以下に記されているのは、先読みの魔女の記録されるに値する意味も無い独り言である。
…。
ようやく出会えたか。
…。
愛しい人への道標。
…。
私からの恋文。
…。
くけけけ。
南那洋々。
ななひろびろと読む。
歪んだ完璧主義者である本人は、この名前を気に入っていない。
大抵の人間から正しく読まれないからだ。
明らかに人間から外れてしまっている完璧でない身体もまた、南那は気に入っていない。
南那の視野角は約220℃あり、紫外線や赤外線に近い可視光線でない波長も僅かではあるが知覚する。
しかし、便利であるとか、性能が高いとか、特別であるとか、それは完璧でない事に対してはさしたる価値を見出せない。
南那の求める異質な完璧は、時として、いや、大抵の場合、倫理的視点を無視する。
では南那の考える鮫島繭に対する完璧な対応とはなんであるかと言うと、完璧に殺してあげる事だ。
世間から、死んだことすら隠蔽する事だ。
齟齬だらけの邂逅であった。
話は繋がらない。意思は結ばれない。視線は向き合わない。
何を相手が欲しているのか、何を自分が欲しているか。
それすらも分からない。
それでも、それでいながらも、きっとそれは一目惚れの同位体だったのだろう。
恋と呼ぶには余りに異質なそれは、ただ単に自分に興味を持った人間に対しての興味だったのかも知れない。
そして南那は短い期間で鮫島繭と呼ばれる人格を学んだ。
独学で学んだ。
鮫島と南那の両者に生まれた連携は、大半が南那の学習に由来して構築された。
“怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ”
どちらが怪物なのか、或いはどちらも怪物なのかは兎も角。
どちらが深淵なのか、或いはどちらも深淵なのかは兎も角。
二人は互いに感化され、互いに相手に近い思考回路を構築した。
だから、既に分かるのだ。
相手が何を考えているのかが、おぼろげに。
二人は今、穴を掘り終えた所だ。
残酷荘の裏手の山に、穴を掘り終えた所だ。
持ち込んだおにぎりを並んで座って食べ、同じ水稲からお茶を楽しみ、会話は無い。
それでも鮫島は満足そうである。
今の鮫島は知っているのだ。
南那が自分を殺す練習として、何人もの無関係な人間を殺した事を。
正確には、そんな事は知らない。
ただ雰囲気として、理解しているのだ。
これが最後の晩餐である事も。
食べ終えた後、南那が自分を殺す事も。
穴は自分の死体が納まる場所である事を。
さて、最期の言葉は何にしようかなと、そんな事を考えながら、しかしそれはもう決まっている。
自分を殺してくれる相手に対して、何を言うかは決まっている。
だから。
「愛してるわ」
鮫島はその意識が途絶える間際、そう言った。
南那の感情が変化するのは、まだ少し後の話であったが。




