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推定相互思慕状態

 以下に記されているのは、ある占い師と客の記録されるに値する意味も無い会話の一部である。


 ――ああ、分かった、一目で分かった。

 顔見ただけで何で分かったかって?私が先読みの魔女だからだよ?

 看板にそう書いてあるじゃないか?

 先読みの魔女の占屋って。

 向山さん何度もここに来ているのに今更?

 まあいいよ。

 件の教授とは別れられたみたいだね?

 良く言うよね、あれさえなければいい人はそれがあるから駄目な人ってね。

 もうあんたは殴られたり蹴られたりしなくて済むってのはいい事じゃないか?

 あんたが気にしている身代わりみたいに退学になった後輩ってのも、その事を気にしてはいないよ?そいつは自分の犯罪の証拠を消すために教授を半殺しにしただけだから。

 あれ?知らなかった?

 ほら、劇薬の紛失事件ってあったでしょ?あれ?それも知らない?

 掲示板に大きく貼り出されてたでしょ?

 見てない?見えてない?

 あー、それどころじゃなかったか。

 何だい?その顔は?え?ああ、それはまた、ああ。

 何にしてもそいつとの縁は出来てしまったから…まあいっか。気にしなさんな。

 でも一つだけアドバイスをするなら――



 南那洋々は鮫島繭の作った食事を食べながら、何故こうなったのかを繰り返し思い起こしていた。

 いくら思考を重ねたとしても、現状にも過去にも未来にも影響はないのだが。

 南那が週に三度は食べる焼きそば。

 いつもと違うのはインスタントでない事と、具が多彩だと言う事。

 繰り返す思考の傍らで、南那はその味を噛み締めながら、これが女子力かと考える。

「常識的な食事」

 鮫島の言葉に南那の全ての思考が中断された。

「あ、はい、何でしょうか?」

 済崩し的に始まった不可解な同棲生活だが、掃除洗濯食事の準備は全て鮫島が請負い、支出は折半である。

 鮫島にとっては安全に対する対価の扱いなのだが、南那にとっては劣等感を全身に浴びる状況である。

 それに加えて最近実入りも少ない。

 ほぼヒモだ。

「大事だと思う。インスタントや外食ばかりだと良くない」

 胸を張る鮫島。

 あんまり胸が無いなと思う南那。

「うん…」

 取り敢えず曖昧に頷いた南那に、鮫島は表情を変えずに誉められたと喜ぶ。

 南那は自分を射殺すかの様に向けられる真っ直ぐな視線から目を逸らす。

 南那には、視線を視線で受け止める事自体を避ける癖がある。

 経験則から目をなるべく見せない方が良い事を学んでいる。

 南那自身はその理由は知らない。

 そして普通の人間に対してはその対応が正解なのだが。

 普通でない鮫島は南那の眼を観察しようと覗き込む。

 アーモンド形のくりくりした目に見つめられると、南那は落ち着かなかった。

「どうして目を逸らすのですか?もっと貴方の瞳を見ていたい」

 その心は、違和感の正体を探りたいと言う意味なのだが。

「何故かは知らないが、お前と視線を合わすと落ち着かない」

 実際は、人生の中で殆ど経験したことが無い視線を合わせると言う行為に、不快感を伴う違和感を得ているのだけなのだが。

 但し、不快感と言うものを正確に理解していない南那にとって、その感覚は未知なる感覚である。

「あら、それはきっと恋ね」

 鮫島はそう嘯く。

「鯉?」

 結局話は噛み合わない。

「少なくとも、私は貴方に恋しているのですから」

 きっと私を殺してくれる人、と心の中で付け加える。

 鮫島にとっての恋とは、殺されるに足る相手に対する感情であるのだから。

「鯉してる?ああ、恋か」

 そう言えば、恋多き女と呼ばれる人が昔居たなと、南那はそんな事を考えていた。

 恋とは何か。南那にとっては興味の無いその感情は、心拍数の不自然な上昇や体温の上昇を伴う肉体的現象を引き起こす事があると理解していた。

 南那は自らの視線をそれぞれ外側にずらしながら、鮫島を見る。

 体温も心拍数も異常は見られないなとか、そんな感想を抱いて、また視線は逸らされる。

 どちらにせよ、自分がする事は揺るがないと感じながら。

 殺すと、鮫島を殺すと、そう約束したのだ。

 報酬もある。

 殺さずに報酬を奪うよりも、殺して報酬を受け取る方が遥かに楽なのだ。

 それは言い訳で、実際自分は鮫島に恋しているのではないかと、南那はそう思わなくも無かった。

 鮫島の特殊な感覚、自分を殺して欲しいと言う願望。

 ただ殺されるのではなく、自分の望む相手に望む状況で殺してほしいと言う願望。

 自殺願望とはまた違う。

 強いて比較するなら、末期の病人が殺して欲しいと思う感情にも似たその感情。

 現在より未来が望ましくない方向に進むから死にたいと言う感情。

 自殺願望が消えてしまいたいと言った理屈であるのに対して、自己の保存を重視する感情。

 保存先は、自分を殺した相手の中。

 自分の存在を預ける相手を求める衝動。

 それは、恋とは全く異なる感情なのか、或いは恋と根源が同じであるのに同定出来ない感情か。

 いずれにしても、相手の中を自らで埋め尽くしたい。

 四六時中相手にも自分を想っていて欲しい。

 そう言った強固な独占欲。

 そう言った細かい理由を南那は把握していない。

 同時に鮫島も他者に説明等出来ない。

 その為、南那は根本的な勘違いをしている。

 即ち恋とは、相手か自らの生死が付随する感情であると。

 ならば、鮫島を殺したいと思ったこの感情は、恋なのかと、南那はそう考える。

 異物を排除する為に殺そうとした最初とは異なり、鮫島であるから殺したいと言うその感情は多分恋なのだと。

 根本的に色々間違っているが、恐らくこの二人は相思相愛と定義出来るのであろう。

 相思相愛で無くとも、互恵関係辺りもまた近いのであろうが。

 いずれにせよ、食事が充実するのは良い事だと、南那はそう納得する。

 それは自分の感情を認められない、好きな相手を好きだと認められない、そんな感情に類似しているのだが、それは南那の知る所では無い。


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