出会いと別れ
しかし足首周りから空気を噴き出した鎖国兵は、反動を打ち消した勢いのまま足を滑らせるようにして再び向かって来た。
まるで氷牙の動きにそっくりだな。
素早く剣を振り抜いて来たので紋章で受け止めると、鎖国兵はすぐさま逆方向に旋回して立て続けに剣を振り下ろしてくる。
頭上から振り下ろされた剣を紋章で受け止めたが、気がつくともう1本の剣が腹に刺さっていた。
何・・・剣で気を逸らせて隙を作ったのか。
すると一瞬首を傾げた鎖国兵は腹に刺さった剣を強く押しつけてきた。
「氷牙っ」
ミアンナの声と刀身の長さから考えて、恐らく剣が鎧を貫通したんだろう。
とっさに鎖国兵の腕を強く掴むと、鎖国兵はゆっくりともう1本の剣をこちらの首に優しく当てる。
すぐさま尻尾の先に紋章を出し、横から近距離で鎖国兵に蒼月を撃つ。
続けてもう1発蒼月を撃ち込むと、鎖国兵は腹に刺さった剣から手を離しながら勢いよく吹き飛んで行った。
腹に貫通した剣を抜き、鎧の穴を塞ぎながら剣を眺めてみる。
全く光沢が無い以外は何の変哲の無い、よく見る大きさの剣だな。
鉄じゃないのかな。
独自の技術か、それともこの世界だけの特殊な素材かな?
「大丈夫?」
声の方に目を向けるとミアンナが駆け寄って来た。
「あぁ」
目を向けると黒い鎖国兵はゆっくりと立ち上がろうとしているので、柄を握りしめて剣を構えた。
上半身の半分が少し凍りついてるみたいだけど、まだ動けるみたいだな。
「下がって」
「うん」
剣も奪えたし、圧倒的な速さっていうのを見せようかな。
5つの紋章をブースターに転換し、向かって来た黒い鎖国兵の背後に素早く回り込み、勢いよく背中を切りつける。
鎖国兵はすぐに背後に剣を振り回してきたので、少ししゃがみながら急速旋回し、続けて黒い鎖国兵の脇腹を切りつける。
「グゥッ」
黒い鎖国兵が怯むように背中を少し屈めたときに、更にブースター全開で急速旋回しながら膝を鎖国兵のこめかみに叩きつける。
するとこめかみ辺りの鎧が勢いよく砕け、同時に激しく吹き飛ばされた黒い鎖国兵が地面を転がると、遠くで止まった鎖国兵はそのまま動かなくなった。
この剣、貰えないかな?
でも鞘が無いし、危ないかな。
あとはあの白い鎖国兵だけだな。
ゆっくりと銃に手を着けた白い鎖国兵は、座りながら銃身が欠けてる銃口をこちらに向ける。
すると今にもこちらに飛びつこうとミアンナが走り出したので、軽く手を挙げミアンナを制止する。
「大丈夫だって」
そう言った直後、左胸辺りに小さい衝撃が走った。
「氷牙ぁっ」
叫び声を上げるミアンナを宥めるように手を挙げて見せ、白い鎖国兵に向かって歩き出す。
ふとミアンナに顔を向けると、ミアンナは言葉も出せずに黙ってこちらを見つめていて、白い鎖国兵に顔を向けると鎖国兵も同じように固まってこちらを見ていたが、数歩進むと鎖国兵は再びこちらに向けて細長い光線を放った。
ちゃんと狙いが定まってないのか、銃身が欠けてるからなのか、細長い光線はたまに地面に当たったり横を通り過ぎたりする。
腹や肩、足を貫通しても止まらずに歩いているのを見た白い鎖国兵は、怯えたような声を上げながら更にこちらに向けて細長い光線を連射する。
「アァッ・・・アアッ」
撃ち抜かれた瞬間に鎧の穴を塞ぎながら、白い鎖国兵の下に辿り着くと、ゆっくりと剣先を鎖国兵の顔に向ける。
すると銃を手放した白い鎖国兵は完全に怯えた状態で体を硬直させた。
戦意喪失してるけど、殺した方が良いのかな?
「ウ、ウソロク、ァコン?」
声が震えてるし、演技には見えないけど。
剣を下ろすと、白い鎖国兵は荒々しくため息をついてうつむいたので、銃を拾い上げてミアンナの所に向かった。
「殺すかどうかはそっちに任せるよ」
「う、うん」
戸惑いながら頷いたミアンナは、耳を大きく下げながら不安げにこちらの体を見る。
「ほ、ほんとに大丈夫なの?」
「あぁ」
軽く応えながら鎖国兵の銃をミアンナに渡す。
「ちょっと街を見に行くよ」
一応堕天使が出て来ないか待ってみようかな。
「あ、うん」
歩き出したときにふと倒れている人が目に入る。
ジャトウ・・・死んだ、のか・・・。
ブースターを使って空を飛びながら堕混が出た場所に戻ると、地上では軍人達と住民達による救助活動が行われていた。
ついでに手伝おうかな。
崩壊した瓦礫を取り除いている軍人の上に飛んでいく。
「あのさ」
「お、お前堕混を倒したんだろ?暇なら手伝ってくれよ」
「あ、あぁ」
軍人と共に瓦礫を取り除いていき、大きな瓦礫を建物から離れた場所に置く。
「あのさ」
「おいそこ持ってくれ」
「あぁ」
崩れないように瓦礫を支えているときに、軍人が小さな瓦礫を取り除くと、そこから中年の女性が顔を出した。
「おーい、居たぞぉっ」
軍人が建物の下に叫んだときに支えていた瓦礫を慎重に置く。
気を失ってるみたいで、火傷と切り傷が目立つ脚からは血が出ていた。
「お前、運べ」
「あぁ」
中年の女性を抱えて飛び、手を振って合図している軍人の下に置かれているストレッチャーに中年の女性を乗せる。
「母さん、母さんっ」
するとすぐに駆け寄ってきた息子と思われる人が中年の女性と共に救急車のような馬車に乗った。
崩壊した建物を見ると、共に瓦礫を取り除いた軍人が降りてきた。
「あのさ」
「じゃあ、次行くぞ」
また無視か。
「堕混の手下みたいな奴って出て来た?」
すると歩き出した軍人は足を止め、口を半開きにし、目を泳がせながらこちらに振り返った。
「あ?ああそいつらなら、もっとあっちの方で撃墜したってよ」
見たところ若めの軍人は目線と顎で遠くを差しながらそう応えると、すぐに歩き出していった。
もう倒されたのか。
どうやら、国は小さくても軍事力はそれなりにあるみたいだな。
「ミアンナ、行くぞ、すぐに回収班が来る」
レジイラの声は聞こえるけど、何となくジャトウから目が離せない。
ジャトウ・・・。
「うん」
歩き出してレジイラを見ると、レジイラは頷きながら軽く息を吐き、両手を縛った白い鎖国兵と共に歩き出した。
特攻隊も重武装隊も、結局半分以下になっちゃった。
最後に氷牙が来なかったら、やっぱりもっと減ってたのかな?
南軍営所に向かう途中、レジイラがおもむろに無線機を取り出す。
オンダ中佐に鎖国兵を捕まえたって報告しなくちゃいけないか、疲れてて忘れちゃってた。
少し落ち着いてきたら腕の痛みが気になってきたので目を向けると、布からは血が滲み出ていた。
しばらくして南軍営所に着くと、レジイラに言われたので真っ先に救護室に向かった。
救助活動を終えて南軍営所に戻る途中、最後に堕混が救急車のような馬車に乗せられていくのが見えた。
白衣のような服を着た人達は、顔を歪ませながら堕混を眺めている。
「うわぁ、心臓から胃にかけてでっかい穴が続いてるよ。こりゃ、あれか?ドリルをバズーカで撃ったりしたってのか?」
「ちょっと残酷だな」
馬車から小さい話し声が聞こえるが、他には特にやることもないので空を飛んで南軍営所に向かう。
門の前に降り立って鎧を解くと、少し驚いた表情にはなったものの門番はすぐに門を開け始めた。
戻って何しようかな。
とりあえず無線機はもういらないな。
門を抜けて南軍営所に入ると3階に上がったが、司令室の前に行っても人気が感じられないので何となく1階に降りる。
その時にふと食堂とは反対側に続いている廊下の先にある、赤十字のマークが刻まれた扉が見えた。
確かミアンナが怪我をしたんだったな。
救護室と書かれた札が掛けられた部屋に入ると、最初に目の前に広がるたくさんのベッドが目に入り、ふと右手を見ると、そこには壁で仕切られている診察室と書かれた札が掛けられた部屋があった。
「あの」
声がした方に顔を向けると、左手のカウンター越しに看護士と思われる女性が立っていた。
「ご面会ですか?」
「ミアンナ少佐居ますか?」
「ああ、ただ今手術中ですけど」
診察室とは逆の方にある奥の部屋に目を向けてから、看護士の女性は微笑みながらそう応える。
「そうですか」
無線機を返すにはオンダ中佐に会わないとだめか。
何となく食堂に入り椅子に座る。
でもどこにいるか分からないな。
勝手に置いていくか、誰かに渡しておくか・・・。
「やぁ・・・どうだったって、聞くまでもないかな、その顔じゃ」
小屋に戻って来たラットに顔を向けながら、ラビットはそう言ってコップを口に運んだ。
確かにラットは喜んでるような顔じゃないが。
「分かるのか?」
こちらに顔を向けたラビットは小さくため息をつくと、何かを思い返すように目線を上げる。
「何て言うか、あの時、見えたような気がしたんだ、死神がさ」
・・・死神?
ガルガンのことが見えたような気がしたって?
時々、変わったこと言うんだよな、こいつ。
するとラビットは急に立ち上がり、まるで気分を切り替えるように微笑んだ。
「じゃあみんな、引っ越しするから、戸締まりしよう」
「はーい」
シープは嬉しそうに応えながら奥の部屋に入って行ったので、ラビットと共に2階の窓を閉め始める。
「これからは堕天使の戦力を何とかしないとなぁ」
独り言・・・か。
「堕混が1人でも、戦力的にはあまり変わらないような気もするしなぁ」
するとゆっくりとラビットがこちらに顔を向ける。
「ハルクは、量と質、どっちを取る?」
単純な質問か?
「質、かな」
「なるほどねぇ」
ラビットは腕を組んで呟きながら下に降りて行く。
戸締まりが終わったので1階に降りると、皆もリビングに集まってきた。
「まあ、みんなはくつろいでてよ」
するとラットは静かに椅子に座り、シープは部屋の端のソファーに座ったので、何となくシープの隣に座った。
そしてラビットは片膝と右手を床に置き、何かを念じるように目を閉じた。
しばらくして目を開けたラビットは、ゆっくりと立ち上がると落ち着いた様子で静かにラットの向かいの椅子に座った。
・・・済んだのか?
するとシープが立ち上がり扉に向かったが、何となく違和感を感じたので顔を横に向けると、隣にはシープが眠っていた。
何だ、抜けたのか。
「んじゃ、ラット、ちょっと窓開けようか」
「あぁ」
ラットがそう応えるとラビットは席を立ち、ラットと共に2階に上がって行った。
しばらくすると外に出て行ったシープが嬉しそうに戻って来て、ソファーに戻ってくると自分の体の中に入って行った。
「んー」
まるで眠りから覚めたかのように腕を伸ばして息を深く吐くと、シープはゆっくりと笑みを浮かべてこちらに顔を向ける。
「海が見えたよ」
「そうか」
海か・・・どんなものか少し気になるな。
するとシープがこちらの顔を見ながら何やらからかうようにニヤついて見せてくる。
「見たいんでしょ?」
「・・・あ、あぁ」
「じゃあ行こ?」
外への扉を開けると周りには木々が生い茂っていたが、少し進むと草原だけになり、そしてやがて遠くまで街を見渡せる崖に辿り着いた。
「ほら、あれ」
シープの指の先を見ると、街の向こうはまるで青空のようにきらめいたものが広大に広がっていた。
あれが、海・・・。
あれが全部水なのか。
・・・ミレイユが見たら驚くだろうな。
街を出てレモンの修業場に向かうが、そこにはレモンの姿は無かった。
狩りにでも出たなら、井戸辺りで待ってれば良いかな?
村に入り井戸に向かうと、井戸の傍には水を飲んで休息を取る見慣れた人影があった。
「レモン」
すぐにこちらに顔を向けたレモンは一瞬驚いたように耳を立てたが、すぐに笑顔になってこちらに駆け寄って来た。
「師匠、どうしたんですか?」
そう言いながらレモンは耳を下げ、尻尾を真っ直ぐ立てる。
「まぁちょっと聞きたいことがあって」
「そうなんですか、あ、あの・・・」
すると何やらレモンは困ったように眉をすくめ出した。
「これから狩りに出るので、お急ぎじゃなかったら、家で待っててくれますか?」
「分かった」
レモンが森に向かうのを見ながら歩き出し、間もなくしてレモンの家に入ったとき、丁度キッチンから出て来たレモンの母親と目が合った。
「お邪魔します」
ハルクと一緒にいる人達のことはもうちょっと後になってからですかね。
ありがとうございました。




