拳は常に空を切る
「勘違いしないでね、私は糸を自由に操れるだけなのよ」
「分かってるよ」
糸の強度にも寄るけど、考えてみるとミサの力はちょっと厄介なものなのかも知れない。
「行くよ?」
「えぇ」
地面を蹴りだそうと足を踏ん張るとすぐにミサも身構える。
ブースターの出力を全開に引き上げるように意識し、そして直後に空気が噴射される音に乗り、まるでロケット花火のような勢いで一気にミサのみぞおち目掛けて膝を突き出した。
やはり手慣れた人間でも、ここまでの速さは反応出来ないみたいだ。
鈍い衝撃音が虚しく消えていくと共に、ミサは激しく飛ばされて地面を転がっていく。
やり過ぎたかな。
倒れたまま少しの間動かなかったが、ゆっくり動き出したミサはお腹を押さえて座り込んだ姿勢でまた動かなくなった。
やっぱりやり過ぎたのかな。
どうしようかな。
「・・・大丈夫?」
「大丈夫よ」
掠れた声でそう応えるとミサはゆっくりと立ち上がり始めるが、足どりがおぼつかないのでとっさに駆け寄り、肩を支えた。
「ありがとう」
「あぁ」
お互いに鎧を解いてホールに戻り、すぐにミサを椅子に座らせるが、座るときにミサは痛みからか少し顔を歪ませる。
1人の医療班らしき人が駆け寄ってきたのに気がついたとき、その女性はすでにミサの肩に優しく触れていた。
「君は医療班だったのか?」
「そうだよ、言ってなかったっけ?」
ナカガワマナミが微笑みながら応えていると、ミサの青ざめた顔がすぐに良くなっていったのが目に見えて分かった。
「良かったぁ」
ユウコがため息混じりに口を開き、安心したように深く背もたれると、ユウコの態度につられるようにこの場の空気にも安堵感が広がっていった。
「何かお互いを一撃で倒すのって笑えるな」
ノブが呑気な口調でそう言うとミサはすぐにノブに顔を向けた。
「違うわ。あの時の氷牙は本気じゃなかったのよ」
「そうか?だけど氷牙、あそこまでやるか?」
するとノブはこちらに目を向けながら呆れたような言い方で責めてくる。
「だって、本気で来いって・・・」
「だけどさぁ・・・」
「ノブ、いいのよ」
「・・・あ、あぁ」
ミサが強く言い放ちノブを黙らせると、ノブは大人しく目線を落としながらコップを手に取った。
「ありがとう」
「うん」
ミサがナカガワマナミに礼を言うと、笑顔で応えたナカガワマナミは満足げな顔でテーブルを離れていった。
「氷牙、まさか貴方があんなになるなんて」
ふとミサが冷静な表情を見せてくると、ミサはそのまま考え込むように目を逸らしていく。
「え?こいつもシンジみたいにパワーアップしたんじゃねぇのか?」
「ノブ、言ったでしょ、あれが氷牙の本気なのよ」
「まじかよ」
言うふらすつもりはないけど、バレたのなら別に良いかな。
会場の照明が少し落とされているのに気がつき、モニターに目を向けてみると、モニターにはすでに準決勝の戦いが繰り広げられている様子が映し出されていた。
「あ、何だもう始まってるのかよ」
こちらを見たノブがそれに気がついて慌ててモニターに体を向ける。
ユウジとシバタセイシロウじゃ、もう勝負は見えてるだろうな。
「なんか置いてきぼりにされてる気分かな」
テーブルに目線を置いているヒカルコが静かに呟いたので、何となくヒカルコに顔を向けると、ちょうど目が合ったヒカルコはどこか寂しげな眼差しをしていた。
「ヒカルコも強くなりたいの?」
「そうだね、ここまで来たら」
強くなりたいって言っても、それは何のためになんだろうか。
普通の女子高生に、戦う理由なんてあるのかな?
それにしても、シバタって人、あのユウジを相手によくやってるな。
徐々に追い詰められてはいくみたいだけど、根気強く立ち向かってる。
もしかして、シバタセイシロウも追い詰められたユウジみたいに、覚醒したりして。
だとしたら・・・追い詰められると覚醒するのか?
あ、勝負がついたみたいだ。
さすがに準決勝だな、すぐに医療班が駆け寄って行ってる。
・・・次は、僕とシンジの番か。
「氷牙、頑張ってね」
ミサが微笑みながら軽く手を振ると、ユウコもミサと同じように笑顔で手を振り出した。
「あぁ」
「それでは準決勝第2回戦、氷牙君、イズミシンジ君、闘技場へどうぞ」
シンジは覚醒してる。
氷牙を使わないと、前には進めないか。
扉の前には妙に顔つきが変わったように見えるシンジが待ち兼ねるようにこちらを見ていた。
「よう氷牙」
「あぁ」
闘技場の真ん中で向かい合うと、シンジは肩を回したり、屈伸をしたりするにつれて佇まいから醸し出す雰囲気のようなものを次第に尖らせていく。
「ユウジばっかり見てると、オレには勝てないよ」
「分かってる。本気で行くよ」
金属音が闘技場に響くとすぐにシンジは走り出すような構えを取り、右腕を赤黒く染め、両足を同じような外殻で固めた。
「どうした?」
「あぁ」
軽く両手を広げ、氷牙を身に纏った。
「手、つけなくてもいいのかよ」
構えを解き、ふと素の表情に戻ったシンジがすぐにそう口走る。
「あれは仮面を被る時だけだよ」
「あっそ」
再び構えたシンジはすぐに飛び出すと、片足で地面を蹴っただけにも拘わらず驚くほどの跳躍を見せ、瞬く間に距離を詰めて殴り掛かってきた。
そのスピードでその拳は驚異だな。
かろうじてその巨大な拳をかわしてシンジから離れたとき、素早くこちらの方に振り返るシンジの眼差しの鋭さに、何となく狩りをする獣を前にしたような感覚に見舞われた。
「それでも胴体ががら空きだよ?」
「そう思うなら撃ち込んでみろよ」
すぐに言葉を返したシンジは再び突っ込んで来て拳を振り回してきたので、シンジの拳をかわすと同時にブースターを噴き出し、シンジの頭上へと跳び上がった。
するとシンジも肘辺りにあるブースターから空気を噴き出しながら回転し、追いかけるように下から拳を突き上げてきた。
なるほど・・・。
とっさにブースターを横に噴き出すと同時に氷弾を撃つ。
「くそっ」
氷の弾はシンジの胸元に当たったものの、シンジは怯むことなく足を踏ん張り、体勢を崩さずに立ち留まった。
「また少し威力上がったんじゃねぇか?」
戦いの時のシンジの目つきが、前よりもっと鋭くなってる気がする。
「まあそうだね」
素早く飛び出したシンジが拳を振り下ろしてきたので再び横に向けてブースターを噴き出すが、シンジは地面に叩きつけられた拳を支えの軸にして、その勢いを使ってそのまま回し蹴りを繰り出して来た。
少しは考えてるみたいだな。
掌の前に出した紋章で蹴りを防ぐと素早く背後へと回り込んで氷弾を撃つが、シンジは氷の弾をものともせずに豪快に手の甲を振り回してきて、かわす間もなく直撃を受けるとそのまま勢いよく吹き飛ばされた。
く・・・これは、予想以上に衝撃が強いな。
ブースターを噴き出して風圧や反動を押さえ込み、飛ばされながらもシンジに体を向けるが、その時にはすでにシンジは目の前まで突っ込んで来ていて、しかも拳を突き出す体勢になっていた。
速いな。
正面からシンジのその拳の直撃を受けて再び強く吹き飛ばされた後、少しして壁に背中を叩きつけられるような衝撃を感じると共に身動きの取れないほどの風圧が和らぐが、着地する余裕もなく壁から跳ね返った勢いのまま地面に倒れ込んでしまった。
今のは効いたな。
それにここまで飛ばされるとは、さすがだな。
「すごいね」
「はぁ?」
何だ、遠くて聞こえてないみたいだ。
そういえば、ここは広いな、何となく東京ドームみたいだけど、まさかおじさん、ドームもコピーしたとか言うのかな。
「何か言ったか?」
ふとそんなことを考えながら近づいて行くと、シンジが耳に左手を当てながらそう聞いてきた。
「そろそろ決着つけようか?」
その言葉に、若干の表情の緩みを見せていたシンジの目つきが変わると、その佇まいから再び静かな闘志の火が燃え立ったのが伺えた。
「・・・あぁ」
シンジが動き出す前に氷弾を撃って牽制したものの、氷の弾は巨大な右腕で軽々と払いのけられた。
「その腕、重くないの?」
「全然」
すぐに応えながらシンジが右腕を上げ、走り出す体勢を構える。
「そうか」
走って来たシンジに氷弾を撃つが、シンジは右腕を盾にして氷の弾を受けながら、弾の破裂の衝撃などものともせずにそのまま走って来る。
「食らうかよっ」
シンジが拳を振り上げたその隙を狙い、紋章を1つ、紋章の前に列べるように出して氷弾を撃つと、氷の弾の破裂とその衝撃に、シンジはそのまま激しく吹き飛ばされた。
「・・・何だ、今の」
すぐに立ち上がり始めたものの、シンジは片膝をつきながら少し辛そうに表情を歪ませる。
これならシンジにも効くみたいだ。
「氷弾を紋章に通すと、威力が倍になるんだ」
「・・・そ、うか」
体には結構応えているように見えるが、それでもシンジは力むように顔を歪ませて走り出す。
再び紋章を通しながら氷弾を撃つと、シンジも先程と同様に右腕を盾にしながら走るが、威力を増した氷弾に当たると勢いが無くなり、更に弾の破裂の衝撃に力負けするかのように少しだけ後ずさりした。
・・・終わりだな。
ブースターの出力を全開にして突っ込むと、同時にシンジはそれに反応してとっさに拳を上げる。
しかしすでにシンジの胸元に蹴りを入れていて、勢いよく転がっていった後にシンジは地面にうつぶせになると、シンジの右腕と両足はゆっくりと元に大きさに戻り始める。
直後におじさんからの戦いの終了の合図が闘技場に響いた。
「・・・くそ・・・またか」
シンジが重たそうに体を起こし始めたので、鎧を解きながら歩み寄る。
「手、貸そうか?」
「・・・悪いな」
あら、今回は素直だな。
シンジに肩を貸しホールへと向かい始めたとき、ふと目を向けたシンジの張り詰めた緊張感に満ちた横顔の中には、どことなく優しさを感じるような穏やかさを感じた。
「シンジって、強くなったら優しくなったね」
「・・・うるさい」
シンジの照れ臭そうに微笑む姿を見ながらホールに戻りシンジを椅子に座らせると、すぐに医療班が来たので、ミサ達の居るテーブルに戻った。
「お帰り、ホットミルクよ」
「あ、ありがとう」
ミサが笑顔で迎えながら椅子の前に置いたホットミルクを飲み、ふと穏やかさを纏っていたシンジの横顔を何となく思い出す。
自分で大会を開いておいて何だけど、元々ここに居るすべての人に戦う理由なんて無かったはずだ。
単に戦える力を手に入れたから?
「すごいね、氷牙。決勝戦だよ?」
口を開いたユウコに顔を向けると、ユウコはお菓子を食べながらかなりくつろいでいる様子でこちらに笑みを見せていた。
いつの間にお菓子なんて持ち込んだんだ?
「あぁ」
でもそれにしたって力を手に入れたのなんて、ついこの前の話だし。
シンジは一体、何のために戦ってたのかな。
「皆さん、決勝戦の前に少し長めの休憩を取ります。朝食同様の料理を用意しますので、お食事の際はご自由にどうぞ」
しばらくしておじさんのそんな声が響くと、後方の扉から料理を乗せた台車を押すウェイトレス達がホールに入ってきた。
「あら、もうそんな時間なのね」
ふと右の椅子を見ると、ノブの姿がないのが何となく気にかかった。
「ノブは?」
「居ないよ?でもそれでいいじゃん」
そう応えたヒカルコはすぐに席を立ち、ユウコと共に料理を取りにテーブルを離れて行った。
「そうか」
「行きましょうよ」
ミサに連れられて料理を取りに行き、テーブルに戻りながらふと舞台を見ると、舞台にはおじさんの姿は無かった。
そういえば、おじさんが食事しているところを見たことがないな。
「やぁ、氷牙」
料理を持ったユウジが声をかけてくると、ユウジはそのまま隣の椅子に腰掛けた。
「あぁ」
「あら、ユウジ。変わってるのね」
「そうかなぁ」
ミサが少し驚くような表情で目を向けるが、ユウジは小さく首を傾げて応えると笑顔でチャーハンを頬張った。
「そうだよ、K-1だって控室は別なんだし」
「ミナミモトさん、俺はK-1選手じゃないよ」
「そうだけど」
これから戦う相手と気軽に話そうとするのは、どうやら不思議なことみたいだな。
「そういえば氷牙、リーダーになったら誰を指名するの?」
ユウジの何気ない質問に、何故かミサが反応するようにこちらに顔を向けた。
泉 真士(イズミ シンジ)(17)
クラスメイトはミナミモト ユウコ
好きなものはバイキング
165cm55kg
本編で漢字は出しませんが、漢字にするならこんな感じかなと。
ありがとうございました。




