暗闇で襲われて
これまでのあらすじ
イングランドに現れた堕混を倒し、テロリストの動向や世間の変化を気にしつつも、氷牙は異世界に行ったとされる堕混を捜す為、再び異世界へ足を伸ばす。
狭く少し薄暗い通路の先に、まるで霧が集まったようにそこに佇む、見るからに何とも不思議な感覚を覚える壁をくぐる。
しかしその先はただ真っ暗闇が広がっていただけだった。
夜かな。
結界からは出ずに辺りを見渡していても一向に暗闇が晴れることはないものの、目が慣れてくると少しずつ平原にいるような景色が確認出来てきた。
氷の仮面を被って前に進み空気が変わると、湿ったような風を感じ始めると共に、どこからか何かがうごめくような音や、獣のうめき声らしきものが聞こえてきた。
ふと空を見上げると、真っ暗闇の中にただひとつ、太陽のように儚げに輝く細い輪っかが見えた。
何だろあれ、金環日食にしては暗すぎるし。
また少し前に進むと、明らかにこちらに向かって威嚇するようなうめき声も近づいてくるのが分かり、そして直後に目の前に同じ身長くらいの何かが迫ってきた。
何か、居る・・・。
するとすぐにその何かが氷の防壁を勢いよく引っ掻くと、その後も何度もアイスピックで氷山を突くような音が続いた。
防壁をつつかれている方向に紋章を重ねた氷弾を撃つと一瞬だけ攻撃が止んだものの、再び別の方向から防壁に鋭い何かが刺さっていく。
複数居るのは間違いないみたいだけど、これじゃ暗くて分からないな。
しばらく複数の何かに氷弾を撃っていると、少しずつ空が明るくなり始めたので、絶氷牙を纏って見える限りの何かに絶氷弾を撃ったり、絶氷槍を突き刺したりしていった。
うめき声や殺気が消えたので鎧を解き、完全に明るくなるまで待とうとしたとき、突如辺りの空気が注ぎ込まれる日光に反射するように瞬き始めた。
何だ?霧、じゃない、これは・・・。
その一瞬の煌めく陽炎のようなものに包まれた後、明るくなった辺り一面を見渡すと、どうやら知らずに大勢の生き物を殺してしまっていたようで、辺りには見たことのない生物達が倒れていた。
小さいものから大きなものまで、熊のようなものだったり、カマキリがものすごく筋肉質になったようなものだったり、しかしどれを見ても獣人としてピンと来るものはない。
平原を見渡した後にふと背後に目をやると、そこには以前に見たものと同じような石碑が、どことなく安心感を感じさせるほど寂しげに佇んでいた。
再び大勢の倒れた生物達の方に目を向けたとき、遠くに荒々しい桜並木のような広い道が見えたと同時に、ふとその脇の茂みに立つ人影に目が留まった。
どうやらその人影もこちらを見ているようなので、ゆっくりとその人に近づいてみる。
するとその人は茂みから出ると、素早くこちらの方に駆け寄ってきた。
「あのっ」
一見小麦色の肌の普通の人みたいだが、よく見ると鼻先が猫みたいに黒く、耳も横ではなく頭上に付いていて、しかも三角形のように丸く尖んがった形をしていた。
「ん?」
「こ、これ、全部、あなたがやったんですか?」
髭は無いが、瞳が真ん丸ではなく上下に細長くなっていて、若干黄色い。
これが獣人と言うのなら大いに納得出来る。
「そうみたいだね」
「ど、どうやったんですか?」
まるで猫のような顔をしたその女性は、期待を寄せるような声色ですぐにそう聞いてきた。
「暗くて分からなかったから、適当に」
「そうですか。あのっ構えは何の武道ですか?」
耳障りにならないほどの少し甲高い声で、猫のような顔をした女性はまたすぐに質問を投げ掛ける。
「強いて言うなら、我流だね」
「す、すごい」
すると猫顔の女性はまるで感心するように目を輝かせる。
「そうかな」
「あの・・・」
何かを確信したように表情を引き締めながら、猫顔の女性は喋り出すと同時におもむろに一歩下がる。
「弟子にして下さいっ」
そしてそう言うと女性は勢いよく頭を深く下げた。
いきなり過ぎるな。
「そう言われても」
するとゆっくり頭を上げた猫顔の女性の耳が少し下がると、眉をすくめながらまるで困ったような眼差しを見せてきた。
「私、強くなりたいんです」
「・・・何のために?」
「お姉ちゃんみたいになりたいんです」
憧れということなら、そのお姉ちゃんとやらは武道の達人とかかな。
「そのお姉ちゃんは、強いの?」
「はいっ、お姉ちゃんはレイドウの達人なんです」
そう応えながら満面の笑みを浮かべる猫顔の女性の眼差しから、はっきりと尊敬の念が伺えた。
「レイドーって?」
「え?知らないんですか?精霊の力を使った武道ですよぉ」
精霊の力・・・。
「僕は遠くから来たから知らないよ」
猫顔の女性は首を傾げながら眉をすくめるが、すぐに何やら照れるように目を逸らして微笑みを見せた。
「今は修業中ですけど、私も霊道をやってるんです」
「そうか」
「もし、お急ぎでなかったら・・・その・・・」
すると猫顔の女性はそわそわとした素振りを見せ始めるが、その上目遣いが訴えるものは何も言わずとも簡単に理解出来るものだった。
まぁ、暇と言えば暇だし、この世界の事も聞かないといけないしな。
「ちょっとくらいなら修業に付き合うよ」
「ほんとですか?」
「あぁ」
満面の笑みを浮かべた猫顔の女性は一歩下がり構えようとしたが、すぐに何かに気を取られたかのように周りを見渡した。
「ちょっと邪魔かも」
そう呟きながら、女性は1体の得体の知れない生物に近づく。
「そういえばこの動物達は何なの?」
「え?グリムですよ」
すぐに猫顔の女性が平然とそう応えながら、グリムとやらを引っ張って引きずり出した。
どちらかというと、猫と言ってもライオンに近い、かな?
尻尾もあるみたいだ。
「君は獣人なの?」
こちらに顔を向けた猫顔の女性の動きが止まると、女性は何故か少し困ったような顔色を見せた。
「そう、ですけど」
「そうか」
「あの・・・やっぱり、私って、醜いですか?」
すると女性は耳を少し下げ、落ち込むような上目遣いでそう問いかける。
「どうしてそう思うの?」
「・・・人間は、獣人が嫌いだから」
何となく理解は出来るけど。
「それは、人間の心の方が醜いんだよ」
「え?」
「人間は自分以外の物を受け入れられないからね」
猫顔の女性の表情から不安感が消えると、女性はゆっくりと安心感の伝わる微笑みを浮かべた。
「お父さんと同じこと言うんですね」
「そうか」
倒れたグリム達を少し遠くに運びスペースを作ると、猫顔の女性と改めて向かい合った。
「じゃあ、行きま・・・、あ、私、レモンって言います」
「僕は氷牙だよ」
背筋を伸ばして軽く礼をしたレモンと名乗った女性は、こちらが応えると拳を作り、武術家を思わせる構えをして見せた。
「行きます」
レモンが動き出したと同時に氷牙を纏い、紋章を出して構えると、レモンが突き出した拳には瞬間的に電気のようなものがほとばしった。
連続的な打ち込みが紋章に当たっていく瞬間、ブースターを突発的に吹き出していて、すべての打ち込みの衝撃を和らげていく。
なるほど、基本は武術でその上に精霊の力とやらを乗せた感じなのかな?
一発の打ち込みの後の一瞬の隙を突き、レモンの胸元に氷弾を撃ち込む。
「あぷっ」
声を上げて勢いよく尻もちをついたレモンは、すぐに自身の胸元に目を向けながら驚くような表情を見せた。
「冷たい・・・も、もしかして、師匠は氷の霊道使いなんですか?」
「いや・・・」
この世界は自然界の物を操れるのは普通のことなのかな。
「その霊道って、普通に人間も皆使えるの?」
「いえ、精霊は獣人にしか心を通わせないんです」
落ち着いた口調でそう応えながら、レモンは立ち上がり服をはたいていく。
「そうか」
「その姿は、師匠も獣人なんですか?」
「いや、僕は人間だよ」
小さく首を傾げながら耳を少し下げるが、それほど気に留めるようなこともせず、レモンは拳に電気をほとばしらせながら再び構えて見せる。
「ふぅ・・・やぁっ」
レモンの気合いを込めた一撃をブースターを出しながら紋章で受け止めると、再び連続的に打ち込みが続いた。
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・今日は、これくらいに、しようかな」
しばらくするとレモンが拳に纏った電気を消し、膝に手をついた。
それなりに実力はあるみたいだな。
「そうか」
動きも全然悪くないし、これならミサに空手を教わらなくても、代わりに武術的な動き方を学べるかも知れないな。
鎧を解くと、レモンは額の汗を拭きながら満足げに微笑み掛けてくる。
「師匠、私、これから村に帰るんですけど、寄ってって下さい」
「あぁ、それと、氷牙で良いよ」
「あ、はい」
照れるように微笑んで応えたレモンについて行くと、管理されていない荒々しい桜並木のような広い道ではなく、その道の左手にある小さな獣道に入った。
「さっきの暗闇は何だったの?」
「え?あれは、インリンですよぉ」
こっちでいう日食かな。
「そうか・・・」
「知らないんですか?別名、太陽の裏です。あの輪っかが陰の輪っかです」
陰の輪っかで陰輪か。
「そうか。でもそれにしては暗すぎなかったかな」
「それは森から来る花粉のせいですよぉ」
花粉?森?
見渡す限り一面森なんだけど、森ってあの木々のことかな。
「1ヶ月に一度の事なのに・・・そんなに遠くから来たんですね」
草を掻き分けながら呟くレモンに続いて獣道を抜けると、辿り着いた場所は自然に囲まれたと言うより、自然そのものに住んでいると言っても良いような大きい集落だった。
小さな岩に囲まれた、焚火の跡のようなものの近くに置かれている、綺麗に皮が削られただけの太い大きな丸太にレモンが座る。
何とも原始的なベンチだろう。
周りを見渡したとき、あちこちから物珍しそうにこちらを眺める獣人達がふと気に掛かった。
どうやら人間は居ないみたいだ。
「獣人も人間が嫌いなの?」
「ううん、だって私達も半分人間だもん」
「そうか」
いきなり襲われるようなことはなさそうだな。
おもむろに立ち上がったレモンが井戸に向かって歩き出したので、何となく後について行ったとき、突如太もも辺りを後ろから軽く押された。
すぐに後ろを振り返ると、そこには服を着た狐が2本足で立ってこちらを見上げていた。
「お前何でここに居るんだよ」
その狐の声を聞いたレモンが素早くその狐に顔を向ける。
「あ、ユキ」
ユキ?
「あのカズマのユキ?」
「他に誰が居んだよ、それより何で氷牙がここに居んだ?」
なるほど、考えてみたらユキも獣人か。
「まぁ、ちょっとね」
「師匠、ユキ知ってるの?」
そう言って歩み寄ってきたレモンを見たユキは、すぐに呆れたように口を半開きにした。
「師匠だ?レモン、また弟子になったのかよ」
また?
「だって強いんだもん、師匠ったら陰輪の中でグリム16匹倒したんだよ」
「何だそりゃ、まじか・・・」
どうやら2人は親しい仲みたいだ。
しかしユキに会うなんて、世間は意外と狭いな。
「2人はここに住んでるの?」
「あぁ、レモンとは幼なじみだからな」
不意に2人がこちらを見ると、ユキが胸を張りながらニヤついてそう応える。
「そうか」
レモンは井戸から汲んだ水で顔を洗ったり、その水を飲んだりし始める。
「ユキ」
後ろから声がしたのでユキと共に振り返ったとき、少し小太りな狐の女性が歩み寄ってきた。
「スマおばさん」
「山菜採りは終わったの?」
「まあな、カゴもちゃんと届けたよ」
「そうかい」
胸を張りながら自信満々に応えるユキから、ゆっくりとこちらに顔を向けた狐の女性に一応会釈をする。
「スマおばさん、異世界に行ったときに会った人間だよ。言ったろ?俺嘘なんかついてないんだ」
少し必死に訴えるユキに、落ち着いた態度の狐の女性は優しく微笑み掛けた。
「分かったから、薪を運ぶのを手伝っておくれ」
「あぁ」
「スマおばさん、私も手伝おうか?」
するとすっきりしたような顔でレモンが再び歩み寄ってきた。
「あら本当?嬉しいねぇ」
この村は人知れず住むような場所みたいだな。
「レモン、この近くに大きな街とかあるかな?」
「あ、はい、この村に来る前にあった大きな道の先にあります」
獣人と言っても、レモンとユキじゃ全然違うな。
「そうか」
するとレモンは何故か不安げな表情を見せてくる。
「レモンちゃん」
第四章ですね、文字数も増えてきたので、キーワード設定、ちょっと変えようと思います。
ありがとうございました。




