その眼差しは寂しげで3
「これで、カサオカさんは・・・ふふ」
何となく表情に悪意のようなものが伺えるウミと呼ばれた女性とふと目が合うと、写真をしまい始めたその女性の表情は、今まで見た中で一番すっきりしているように見えた。
「もう嬉し過ぎるから、ひとつ教えてあげる」
「え?」
「ほんとは秘密なんだけど、私、さっきの鷲の感情を操ってたの。カサオカさんが活躍出来るように。でももうカサオカさんとの写真も撮れたし、もうしないから」
・・・え?
感情を操ってたって、まさか。
「それって、今まで何の前触れもなく暴れ出した巨大生物は、君がやってたってこと?」
するとウミと呼ばれた女性は罪悪感を感じさせたり、反省の色を伺わせたりするような表情を見せず、ただ何かを思い巡らすようにゆっくりと目を泳がせただけだった。
「私、どうしてもカサオカさんと写真撮りたかったから」
どうやら、タツヒロが捜してる能力者は本当にこの人らしい。
「そうか」
ただ満足げな表情をしていたウミと呼ばれた女性は目線を落とすと、そのままゆっくりとこちらに背中を向け始める。
もうしないなんて言ってるけど、本当かな?
「あのさ、ひとつだけ聞きたいんだけど」
「・・・何ですか?」
「感情を操ってたって、どうやって?」
するとウミと呼ばれた女性は、おもむろに首から掛けているカメラを手に持った。
「私、写真に写ってる生き物の感情を操れるの」
「そうか」
なるほど、感情を操る、か、それならいきなり怒り狂ったように暴れさせることも出来るのか。
まぁ、根は悪そうには見えないし、執拗に責める必要はなさそうだな。
「もしもしタツヒロ?ちょっと分かったことがあるから、一旦組織に戻ろう・・・あぁ」
ん?写真に収めた動物の感情を操れるなら、一緒に写ったカサオカはどうなるんだろう。
シールキーで組織に戻るとすぐ近くのテーブルにはタツヒロが居て、こちらに気が付いたタツヒロはすぐに不安と期待が入り混じったような顔色でこちらを見つめた。
「それで分かったことって?」
「タツヒロが捜してる巨大生物を操ってた能力者が誰か、分かったよ」
「マジでっ?え、だ、誰だよ、そいつ」
「大学生くらいの女の人で、カサオカの活躍が見たくて生物の感情を操ってたんだって」
目線を落としたタツヒロは小さく眉間にシワを寄せるが、その表情は怒りというよりか疑問を感じているようなものだった。
「でもカサオカとの写真を撮って満足したから、もうしないって」
タツヒロが難しい顔でうつむいたまま少しだけ沈黙が流れた後、顔を上げたタツヒロの表情にあった疑問は見るからに怒りへと変わった。
「許されないよ、そんな、勝手な理由で動物を操って、人を襲わせるなんて」
まぁ、そうだろうな。
「そいつの名前は、分からないの?」
「アリサカの仲間の、ナカオカが知り合いみたいだから、そっちに聞いた方が良いかもね」
「そっか。僕、そいつに会うよ、謝って貰わなきゃ気が済まないし」
タツヒロのその信念を帯びた眼差しを見たとき、ふと少しずつ気迫や自信を備えていくアリサカやシンジの姿が脳裏を過ぎった。
さてと、そろそろ別の異世界にも行ってみようか。
窓から見える夕焼けを眺めながらホットミルクを飲んでいたとき、ふと廊下から入ってくる人達の多さが気に掛かった。
雰囲気からして、学校とかから帰ってきた人達だろう。
今異世界に行ったら、やっぱり異世界も同じ時間帯なのかな。
やっぱり夜より朝行く方が良いだろうけど、今ならまだ夜じゃないみたいだし、行こうかな。
コップをシンクに置いて歩き出したとき、レベッカに声を掛けられた。
「ねぇ、これ何て読むの?」
テーブルに近づくと、すぐさまレベッカは雑誌に載せられている写真に指を差した。
どうやら男性アイドルグループの名前みたいだが・・・。
「マナミは?」
「分からないからっておトイレ行っちゃったよ」
「そうか・・・僕も分からないよ」
「なんだぁ」
肩を落としながら小さく嘆くものの、微かな笑みを浮かべているレベッカのその表情は、まるで自分の家でくつろいでいるかのようなリラックスしきったものだった。
「レベッカは歌に興味があるの?」
「うん、カズマに聴かせて貰ったりしてたら、好きになったよ」
「なるほど」
レベッカの世界にも歌とかあるのかな?
「ヒカルコに聞いたら分かるかもね」
「そっかぁ」
レベッカの微笑みを見ながら歩き出すがすぐにまた声を掛けられたので向かうと、そのテーブルにはミントとライムの2人が居た。
「知ってる?私達と同じ名前の食べ物があるんだって」
喋り出したミントが笑顔を見せると、こちらに顔を向けるライムも同じような笑顔を浮かべる。
「そうだね、ミントが葉っぱでライムが果物かな。どっちも香りが特徴だよ」
「へぇー」
2人は笑顔で同時に声を上げながら嬉しそうにお互いに顔を見合わせる。
「味はどんなの?」
「んー、ライムは酸味があって、ミントは、すーすー、かな」
「すーすー?」
すると2人は揃って首を傾げながら、おうむ返しするように呟く。
「ミント味のアイスクリームなら美味しいかもね」
「アイクス?・・・」
「アイスクリームだよ」
しかしミントはゆっくり頷きながらも、小さく眉間にシワを寄せる。
「実際にオーダーしてみたら?」
「あ、そうだね」
納得するような笑顔になったミントが、ライムと顔を見合わせのを見てから舞台へと向かう。
その時にふと舞台脇の扉が開いたのが目に入ると、そこから出て来たミサとすぐに目が合った。
「ちょうど良いところに来たわね、ちょっと良いかしら?」
「・・・んー」
「いいから、ほら」
ミサに腕を掴まれるとテーブルに連れられて椅子に座らされ、色々と話し込まれていると気が付けばホールに料理が運ばれる時間になっていた。
「ライブ?」
「えぇ、夏フェスのチケット取れたから、一緒に行きましょうよ」
笑顔でそう応えながら、ミサはお肉にナイフを入れていく。
「ミサも行くの?」
するとヒカルコが少し嬉しそうな笑みを見せながら話に入ってきた。
「えぇ」
「どこの席にしたの?」
しかも身を乗り出しそうな勢いでヒカルコはすぐにそう問い掛ける。
「前から3列目よ」
「うわ良いなぁ、アリーナなんて高い席、私取れないもん」
どうやら前に行くほど値段が変わるものらしいな。
「そういえば、中止にならなかったの?」
「えぇ、ニュースでやってたわよ。警察が能力者を配備させるんですって」
もし嘘だとしても、会場に能力者が居ると知れば、テロが出なくなる可能性は高まるな。
「そうか。いつ?」
「来月の28日よ、予定空けて置いてね」
笑顔でそう応えると、ミサは一口大に切ったお肉を口に入れる。
1ヶ月もあるなら十分異世界に行って帰って来れるかな。
「分かった」
窓に目を向けると、空はもうすでに青空という皮を剥いだかのように漆黒に染まっていた。
異世界は明日になったらで良いや。
「そういえば氷牙、昨日テロリストのアジトに乗り込んだって、シンジが話してたのを聞いたよ」
ヒカルコが何気なく話すようにそんな話題を切り出すと、ミサは驚くようにこちらに顔を向けた。
「え、ちょっと、大丈夫なの?怪我は?」
「僕は大丈夫だよ。セイシロウは怪我したけど、マナミが来たから何でもなくなったよ」
「・・・そう」
ミサが険しい顔で頷いていると、セイシロウという言葉に反応してかヒカルコも小さく眉間にシワを寄せながらコップを口に運んだ。
「でも貴方、自警団は名乗らないって言ってたじゃない」
「まぁ頼まれたからね。別に断る理由は無いし」
「あらそうなの」
どことなく心配するような眼差しを見せながら、ミサは相槌を打ってグラスを手に取る。
「皆さんどうも。実はミントさんとライムさんの他にも、異世界から来ている仲間がいます。気づいてる人も居るかも知れませんが、カズマが召喚したレベッカです」
いつかは紹介されると思っていたけど、ユウジはどうやって知ったのかな。
「とりあえず一言挨拶して貰います」
すると少しそわそわとした足取りで、レベッカがカズマ連れて舞台に上って行く。
「あのぅ」
レベッカがマイクの下に行くと、少し緊張した様子でカズマの顔を伺う。
「うん・・・皆さん、よろしくどうもぉ」
少し首を傾げながら満面の笑みで一言告げると、レベッカ達は足早にテーブルに戻っていった。
「んじゃ、そういうことなんで。それから、1段階目の覚醒については、ブレスレットを2つ着けた方がより早く覚醒出来るみたいなので、試してみるのも良いと思います。以上です」
ふとミサに目を向けると、ミサは何かを考えているような表情で会議室に戻るユウジを目で追っていた。
やっぱりミサも1回くらいは覚醒したいのかな。
「じゃああたし会議室に行くから、先に部屋に行っててね」
「あぁ」
今日は誰からも闘技場に誘われないみたいだし、部屋でニュースでも見てようかな。
ホットミルクを持って部屋に戻り、テレビを点けてしばらく過ごしていると、ブレスレットを持ったミサがミサの部屋に繋がる扉から入って来た。
ブレスレットでも編んでたのかな。
「一応持って置いた方が良いと思って、作ってきたのよ」
そう言ってミサはテーブルにブレスレットを置きながら、向かいのソファーに座る。
「そうか、3つあるけど・・・」
「1つは貴方のよ」
そう言ってミサは微笑みながらブレスレットを1つこちらの前に置いた。
氷の防壁も強化されるなら、持っていって損は無いかな。
「そうか、ありがとう」
「えぇ」
「続いてのニュースです。人気アーティストらが多数出演する、夏のライブフェスタの会場を襲撃するという文章が、インターネットの掲示板に載せられていた件で、犯人と思われる東京都墨田区在住の男が、今朝、警察によって身柄を拘束されました」
「今の世の中、ネットに書き込んだら身元なんてすぐバレちゃうのね」
感心するように喋り出したミサは頬杖をつきながらこちらに顔を向ける。
「そうだね」
「まぁ、でもこれで少しは安心出来そうだわ」
そう呟きながらミサはおもむろに洗面所に歩いて行った。
きっとすぐに別の誰かが同じようなことを始めるだろうな。
戻ってきたミサはソファーに深く座ると、少し嬉しそうな表情で腕を上に伸ばした。
「んー・・・明日は午後から授業だし、ちょっとゆっくり出来るわ」
また異世界に行く時にミサを説得しないといけないのか。
だからと言って嘘をついてこちらから目を離させるのは面倒臭いな。
いや午後になれば学校に行くんだし、それまで黙ってればいいか。
でも誰かには異世界に行くと言って置いた方が良いしな。
ユウジに言うにしてもミサがついて来たら意味無いし、それならマナミにしてみたら・・・。
「ちょっとっ、何ぼーっとしてんのよ」
「え?」
顔を向けると、ミサは小さく眉間にシワを寄せる。
「聞いてる?」
でも逆にミサさえ説得出来れば問題無いか。
「・・・あぁ」
「まあ良いわ」
そう言うとおもむろに立ち上がったミサは暖房を点け、そのまま脱衣所に向かい始めた。
「ちょっとシャワー浴びるわね」
「あぁ」
テレビを見ながらホットミルクを飲み干し、コップをシンクに置いてからベッドに横たわる。
「もう寝ちゃうの?」
起き上がって声がした方を見ると、ソファーの近くにはタオルで髪を縛っているミサが立っていた。
「横になってただけだよ」
「あらそう」
そう言うとすぐにミサはイヤホンを耳につけてストレッチを始めた。
体が温まってた方が効果あるのかな。
しばらくしてストレッチを終えたミサはテレビを消してベッドに横たわると、真顔で黙ってこちらを見つめ始めた。
「ねぇ、貴方、最初に氷牙は本名じゃないって、言ってたわよね?」
「そうだね」
壁に背中をつけて応えていると、ミサは枕に頭をつけたまま照れるように少し微笑んだ。
「・・・あたしにだけ、教えちゃうのは、どうかしら?」
「レイティンだよ」
「え?」
すると少し驚いたように声を上げながら、ミサは素早く起き上がった。
「レイティン・J・アシッドマン」
「・・・何よ、それさっきやってたドラマの主人公じゃない」
その後のウミの動向は、ご想像にお任せします。笑
ありがとうございました。




