マジシャンガール
「でも、別に代々木公園じゃなくても良いと思うんだけど」
「そんなに悪い所なの?そこ」
「まあね、評判は悪いよ。音は割れるし、トイレの列は長いし、それに、中に入らなくても中の音が全部聞こえるから」
2人が何やらライブ会場についての話をしているときに、タツヒロが携帯電話をポケットにしまうと、ヒカルコが再びタツヒロに目を向けた。
「そういえばタツヒロ、さっきニュースに出てたんだけど、浜離宮恩賜庭園の池に居る巨大な動物が、陸に上がったんだって」
・・・恩賜庭園?また東京湾付近か。
「陸に上がるのか、そいつ。じゃあ人も襲ったのかな?」
「ううん、その話はしてなかったよ」
「そうなんだ」
しばらくして夕食の料理が運ばれてくると、タツヒロとユウコが離れたテーブルにはミサがやって来た。
「あら、ユウコは?」
「今日は家で食べるんだって」
「そう」
そういえば、ホンマは人に危害を加えそうな巨大生物をマークしてるって言ってたな。
なら、ヒカルコが言ってた恩賜庭園の巨大生物もマークしてるのかな?
「それでね、そのリンリンの新曲が、ドラマの主題歌になるの」
「へぇ、何のドラマかしら?」
「水曜9時のやつ」
ホットミルクを注ぎに席を立ち、飲み物が出る機械の前に立ったとき、ふと誰かの話し声が耳に入ってきた。
「そういやさ、芝公園の巨大カラス、最近見ないよな」
「ああアリサカ達がやったんじゃないの?どうせ」
「まぁそうだよな、アリサカって言えば、最近女の能力者が仲間に入ったらしいぜ?」
確か・・・ナカオカ、だったっけ。
「まじか」
「しかも結構なルックスらしい」
「まじか」
席に戻るときに一瞬ミサがこちらに顔を向けたが、何かを話す訳でもなく再びヒカルコとの世間話を続けていく。
ホールに並べられた料理が下げられ始めた頃、席を立ったヒカルコを見送ったミサはおもむろにバッグの中に手を入れ、そしてバッグの中から携帯電話を取り出した。
「ねぇ、氷牙ってライブとか行ったことある?」
「ないかな」
「あらそう」
携帯電話の画面を指でなぞりながら、ミサが何やらニヤついたりしているとき、ふとこちらに近づいてくるノブが目に入った。
「よぉお前、さっきタツヒロの話聞いたんだけど、アリサカ達のこと追ってんだって?」
闘技場の誘いじゃなさそうだな。
「まぁ、結果的にね。アリサカ達も、巨大生物を気にかけてるみたいだし」
ゆっくりと椅子に腰掛けるノブのどこか心配げな表情に、ふと前に見た、アリサカを気にかけたノブの表情を思い出した。
「アリサカなぁ、最近ネットの中じゃ相当騒がれてんだよな」
「でも、有名になるなら今やネットを使うのが1番なんじゃないかな」
「それもそうか」
でも結局、テロ組織って言うより英雄扱いされてるみたいだけど。
「まぁオレも試しにネットで調べたんだけどな、英雄扱いみてぇなサイトが作られてたり、仲間に入りたいっつう奴らが書き込みする応募サイトがあったりしてたな」
応募か・・・。
「相当人気なんだね。でもその割にはグループの人数が少ないと思うけど」
「まぁ倍率が高いんじゃねぇか?」
部屋に戻るとミサはテレビを点けてソファーに座ったので、何となくミサの向かい側に座り、赤く染まりゆく広大な空を見る。
「ねぇ、氷牙もアリサカ達のこと心配なの?」
口を開いたミサに顔を向けるが、ミサの表情は特に何かを心配するようなものではなかった。
「いや、僕はただタツヒロを手伝ってるだけだし」
「あらそう。テロ鎮圧も良いけど、無理はしないでよね」
「あぁ」
朝になるとミサと共にホールに入り、しばらくして朝食が終わった頃になると、席を立ったミサと入れ替わるようにタツヒロがテーブルにやって来た。
「僕は浜離宮恩賜庭園に行くから、氷牙は葛西臨海公園に行ってよ」
「あぁ、もし通信機とか持って行くなら、おじさんに言えば貸して貰えると思うけど」
どことなくそわそわとした雰囲気を感じさせるタツヒロは、何かを考えるように黙りながら舞台や窓へと目線を向けていく。
「そう、だね。じゃあ借りて行こう」
一旦部屋に戻ってシールキーを取り、タツヒロと共におじさんの部屋に入る。
「おじさん、広い範囲まで届く通信機、2つ貸してくれる?」
「はい」
この前のとは少し型の違うイヤホンマイクを受け取ると、タツヒロはまた少し表情に緊張感を宿らせながらイヤホンマイクを耳に着けた。
「じゃあ、ホールから出よう」
「え、せっかくこの部屋に居るんだし、行きはおじさんに頼めばいいよ」
「あ・・・うん」
タツヒロが奥の扉に去って行くと、おじさんは再びキーボードを叩き、扉の行き先を変えていく。
葛西臨海公園に出ると、すぐ左手に森林を思わせる施設が見え、同時に右手には大勢の人の視線や足取りを引く都会的な風景があった。
巨大生物を調べるならあの森だけど、テロリストが狙うのは人通りの多い方、つまりは水族館の辺りだよな・・・。
行き交う人を眺めていたときに、ふと森を眺めているある人物に目が留まると、すぐにその人物が見覚えのある人物だということが分かった。
あの人は確か、お台場に居た・・・。
カメラのレンズから目を離し、周りを見渡したその女性がふとこちらに顔を向けると、目が合ったその女性は、すぐに何かに気が付いたかのようにこちらの顔に目を留める。
するとその女性はゆっくりとこちらの下に歩み寄り始めた。
「あの」
その瞬間、声を掛けてきたその女性の表情にふと不安感が伺えた。
「どうかした?」
「あの、能力者の、方ですよね?」
「え、あぁ。何で知ってるの?」
「YouTubeで、見たことあるから」
なるほど、いつもあれだけやじ馬が居れば、誰かしら撮ってるか。
「そうか」
「あの、今あっちの広場に、テロリストが居るかも知れないんです」
え・・・。
「広場って、何で知ってるの?」
「たまたま書き込みを見たんです。何か、ここをめちゃくちゃにして欲しいっていうのを、だから」
「そうか」
まぁ、とりあえず行くしかないか。
人気が増していく方に向かうと、緊張感を漂わせた人だかりの中で、すぐに注目を浴びるその人達に目が留まった。
「噂は本当だったんだな、結構なもんじゃねぇか」
「それはそれとしてだ、こっちは依頼されて来てんだ。誰だろうと手加減するなよ?」
2人の男性と対峙するその女性に目を向けると、歩み寄ってきた人に気が付いたかのように、見覚えのあるその女性もこちらに目線を向けてきた。
やっぱり、この人。
「分かってる。いや、待てよ?・・・」
アリサカの仲間の、ナカオカだ。
「何?」
ナカオカが口を開くと、がたいが良い男性と、もう一人のどことなく知性の高そうな男性も揃ってこちらに顔を向けた。
「テロリストが居るって聞いたから、一応テロ鎮圧に」
「おい白髪、だったらお前はこっち側だ。つっても、ここは俺らで十分だから、お前はどっかで見てろ」
がたいが良い男性がそう言うと、知性の伺える男性もその言葉に同意するかのように、ただ冷たい眼差しをこちらに向けていた。
「別に、私は良いよ?雑魚が3人になろうと。まとめて来れば?」
「あぁ?」
がたいが良い男性が怒りを見せるような声を上げても、ナカオカは依然としてその表情から清楚さのある威圧感を絶やさない。
「ナカオカは、どうしてここに?」
「は?あんたに呼び捨てにされる筋合いないんだけど」
「・・・そうか」
「おい」
がたいの良い男性に顔を向けると、2人の男性はナカオカにぶつけていた敵意をこちらにも見せつけようとするような、鋭い眼差しをしていた。
「お前は何だ?アリサカの仲間か?」
「それは違うよ」
「だったらお前には用はねぇ、さっさと消えろ。こっちは依頼を受けてアリサカを」
「おい、それ以上は言うな。見ず知らずの奴に」
知性の伺える男性ががたいの良い男性を黙らせると、2人の男性の間にふと対等な関係が伺えた。
依頼?・・・。
「どういうこと?依頼って」
「あんたには関係ないだろ」
そう言うと知性の伺えるその男性は立てた親指を水平に傾け、まるでこの場から離れるのを促すような合図を見せた。
さっきのカメラを持ってた人の言ってたことが本当なら。
「テロリストって、もしかして君達のこと?」
その瞬間、知性の伺える男性は眉間にシワを寄せ、がたいの良い男性は一瞬だけ驚いたような顔色を見せた。
「おいおい、何言ってんだ?こ、この状況見て、一体誰がこの女以外をテロリストだって思うんだ。適当なこと、ほざいてんじゃねぇよ」
確かに、ナカオカはどうか知らないけど、アリサカは有名だから、ん?
「この状況って・・・ナカオカは、ついこの間アリサカの仲間に入ったばかりで、まだ悪名も何も知られてないと思うけど。そういえば、何で君達はナカオカをアリサカの仲間だって知ってるの?」
するとがたいの良い男性は呆れたような顔色を見せたものの、同時にその表情はどこかそわそわとしたような素振りにも見えた気がした。
「そらぁ、敵を調べるのは、当たり前、だろ」
それはそうか。
「てか、お前だってテロリストが居るって聞いたから来たんだろ?」
「あぁ、だけど、テロリストが居るって言ってたその人は、アリサカ達のファンなんだ。だから、その人にとってこの場に居るテロリストはナカオカじゃないということになる」
「は?」
がたいの良い男性が言葉に詰まったとき、ふと知性の伺える男性の眼差しがより鋭くなったのが見えた。
「ナカオカ以外に別のテロリストが居るかも知れないんだけど、君達知らないかな?」
「し、知らねぇな」
「そうか」
どことなく安堵したような表情を見せる2人の男性から離れ、3人を囲むやじ馬に加わったとき、がたいの良い男性は一歩下がり、走り出すような体勢を構えた知性の伺える男性とナカオカが対峙した。
そして知性の伺える男性が息を吸い、手を挙げ、勢いよく手を振り下ろしたその直後、空気が勢いよく水の中に落とされたような轟音と共に、ナカオカの足元から激しく砂埃が舞う。
小さな地響きがやじ馬をざわめかせた直後、一瞬にしてナカオカを覆い隠した砂埃が、まるで突風に乗るように辺りのやじ馬に降り注いだ。
外に向かって吹き付けた風ですぐに視界が晴れると、ナカオカの周りの地面はドーナツのようにきれいにえぐられていたが、中心に立つナカオカの足元やナカオカ本人がまるで無傷な状況に、2人の男性は強張らせるように身構えた。
やっぱり、ナカオカも僕と同じようなバリアを使えるのか。
「くそ、何だよあの女」
「何?それだけなの?」
見下すような笑みを見せつけるナカオカを前に、顔を見合わせた2人の男性が揃って走り出すような体勢を取ると、知性の伺える男性の後に、その男性の後ろに隠れるようにがたいの良い男性も走り出した。
知性の伺える男性がナカオカに向けて掌をかざすと同時に、ナカオカは手に燃え上がらせた炎を球状にしてその炎を投げ飛ばす。
すると投げ飛ばされた炎の球は知性の伺える男性の目の前で、まるで何かに吹き消されるようにその形を失っていった。
なるほど、さっきの衝撃波みたいなやつを、ああいう風にも使えるのか。
知性の伺える男性は地面に向けて手を振り下ろし、勢いよく砂埃を巻き上がらせるが、ナカオカはそんな目くらましをものともせずに砂埃を素早く吹き飛ばし、殴り掛かった知性の伺える男性よりも早く鋭い蹴りを繰り出した。
同時にナカオカの足から噴き出すような風音が鳴ると、知性の伺える男性は強い突風に吹かれたかのように大きく突き飛ばされた。
「・・・っそぉ、手強いな」
「何やってんだ、俺があいつに触る隙さえ作ってくれりゃ良いだけだろ」
「分かってる。だがあいつのバリア、俺の力が効かない」
どうやら何か作戦があるみたいだけど、ナカオカの方が一枚上手みたいだな。
「だったら、アレだな」
「あぁ、そうだな」
何だ、万策尽きたって訳じゃないのか。
「まだ来る気?無駄だと思うけど」
「調子に乗ってるのも今のうちだ」
ナカオカにそう応えた知性の伺える男性は体勢を低くし、正に全身に力を入れるような構えを見せた。
不自然さを無くそうとすると個性が薄れてしまう。でもマンガに出てくるような個性的なキャラを作ると、面白いだけでリアル感が薄れてしまう気がして、難しいですね。
ありがとうございました。




