隣人たちと小さな班
残りはハンマー男だけだな。
ハンマー男もこの戦況を把握したのか、シントやシンジ、こちらの方を見据えながら3人と距離を取り始める。
たった1人の男が放つ殺気を静かに身構え、尖った静寂を感じ始めたそんな時に、傷が癒えた自警団の人達やセイシロウ、そしてノブも敷地内に入って来たのが見えた。
しかしハンマー男は何やらニヤつき出し、つまんだ襟に向かって小声で喋り出した後、肩に乗せていた柄を両手で掴み、そしてゆっくりとハンマーを天高く振り上げた。
「おおぉっ」
直後に素早くハンマーを地面に叩きつけると、その一瞬で衝撃波に地響き、激しい砂埃が皆を襲った。
まだこんな力を・・・。
思わず顔を背けると共に、何かに押されるように軽く地面に倒される。
しかしシントが倒れながらも砂を空中に集めて砂埃を消していくと、間もなくして少し遠くに逃げていたハンマー男の姿が見えてくる。
同じくこちらの姿を確認したハンマー男は立ち止まると、すぐにハンマーを何度も地面に叩きつけ、歪んだ空間をいくつも飛ばしてきた。
やけになったのかな。
皆が各々衝撃波をかわし始めた直後、突如廃墟の建物から先程の巨大な赤いゴリラが姿を現す。
何っ・・・また出た。
「何だあいつ」
ノブがそのゴリラを見ながら口走ると、ハンマーの構えを解いたハンマー男は再び建物に向かって逃げ始めた。
出現するタイミングが良すぎる気がする。
今まで隠れていたのか?
いや、そんなことより、ハンマー男を逃がしちゃだめだよな。
ブースターに意識を向けようとした直後、廃墟の窓という窓からその巨大な赤いゴリラが次々と姿を現していく。
何だって?・・・。
そしてその十数体のゴリラ達が一斉に炎の球を吐き出し、皆がその炎の球を各々避けたり防いだりしていたとき、ふとハンマー男が建物の中に走っていったのが見えた。
絶氷牙を纏ってゴリラに絶氷弾砲を撃ち建物に走っていくが、その直後に再び建物の中から巨大な赤いゴリラが出て来た。
それにしても何で建物から出て来るんだ?
テロリスト達と共生でもしてるのか?
しかも数が多い。
何体かのゴリラに絶氷弾砲を撃ちながらセイシロウに近づいていく。
「重力で全部集められないかな?」
「あぁ、やってみるよ」
セイシロウが動き出すと、シントは砂で壁を作りながら下がっていき、他の人達も入口に向けて下がり始める。
ゴリラの吐く炎の球を絶氷弾で迎撃している中、セイシロウが掌を空に掲げて念じ始め、上空の空間が歪み始めると、やがて炎の球や石ころがその歪みに引き込まれていった。
空間の歪みが大きくなるとゴリラも宙に浮き始め、そして遂にはすべてのゴリラが衛星のように黒い歪みの周りを飛んでいるようになった。
「そのままゴリラを建物にぶつけてくれる?」
「・・・わ、分かった」
黒い歪みとゴリラ達が建物に向かって勢いよく飛んでいったので、それを追うようにブースターを全開で噴き出していき、建物にぶつかる直前に黒い歪みが消えると、ゴリラ達はそのまま一斉に壁に激突していった。
しかしすぐに動き出したゴリラ達は一斉にこちらに狙いを定めて飛びついてきたので、その瞬間に極点氷牙を氷結させて超低温衝撃波を発生させた。
ゴリラ達は凍りついて壁や地面に叩きつけられると、そのまま破裂するように溶けてなくなっていったので、超低温衝撃波で窓が崩れて大きく穴が開いた場所から建物に侵入してみると、すぐにその部屋の床に空けられた大きな穴が目に留まった。
「おい」
振り返ると、そこには崩れた窓の前に立つノブの姿があった。
「1人で行くなって、ちょっと待て」
するとノブが大きく手を挙げ、左右に振ったりしてシント達に合図を送ると、それを見たシントが何やら皆に指示を出し始め、そして数人が二手に分かれてそれぞれ建物に近づいていくと共に、1人が入口に戻っていった。
「ここはテロ組織のアジトだぞ?1人は無謀すぎるぜ?」
こちらに顔を向けたノブは少し抑えた声でそう言って、落ち着いて周りを見渡していく。
「そうだね」
「・・・ここは学校か。あの外見からは想像出来なかったな」
そう言うとノブは床に空いた大穴に近づく。
そういえば学校と言われれば納得出来る。
机は無いけど、黒板があるし、部屋の向こうには同じような広さで区切られた部屋も見える。
「梯子があるのか、行くぞ?」
「あぁ」
穴に近づいていくと、ふとノブはこちらを二度見して小さく眉間にシワを寄せた。
「お前、少し大きくなったか?」
「まあ、少しね」
「そうか」
ノブは目線を下げながら小声でそう応えるとすぐにその穴に飛び込んだ。
穴を覗くとノブが周りを見渡しながら合図したので、ブースターを出しながらゆっくり下に降りると、その階は壁がすべて壊されていて、随分と広く見渡せる場所になっていた。
見た限りはここは2階のはず。
降りたところのすぐ近くにまた別の大穴とはしごが見え、ふと周りを見渡すと、大穴と梯子によるその即席の通路はあちこちにあることに気が付いた。
「ここには・・・誰も居ないみたいだな」
ノブは少し歩きながら周りを見渡し、大穴の傍に近づく。
何だろう、何となく人気のない寂れたような空気を感じる。
「お前、先行けよ」
「あぁ」
降りた途端にいきなり集中砲火されたら、ノブじゃ防ぎ切れないからな。
大穴に飛び込み、地面に降り立つと同時に紋章を出して警戒する。
この階も壁が全部抜かれてるみたいだ。
周りを見渡すが全く人気が無い。
地下があるなら地下にでも逃げたのかな。
「どうだ?」
上からノブの声が聞こえたので、紋章を消して上を見上げた。
「誰も居ないよ」
「そうか」
そう言うとすぐにノブが降りてきて、少しの間周りを見渡していると、遠くに別のルートから来た仲間の姿が見えてきた。
「おかしい」
ノブは呟きながら歩き出したので、一応後ろに守るためについて歩きながら敵を捜す。
しばらくするとノブの下にシントが近づいてきた。
「何か見つけたか?」
「何も無いな。あるのは多少の生活感だけ」
「そうか」
シントの応えにノブは落胆したような声を漏らして再び歩き出す。
「体育館は行ったか?」
「これから行こうと思ってたんだ」
シントが少し気の緩んだ顔で周りを見渡しながらそう応えると、ノブは小さいため息と共にその表情から少し緊張を解いていった。
また少しの間敵を捜したが、見つからなかったので仲間と合流し、体育館に向かい始める。
再度二手に分かれて別の入口から体育館に入るが、そこにも誰も居なかった。
消えたのかな?
「何で誰も居ないんだ」
体育館の舞台の前に立つノブが少し苛立ったように声を上げる。
「抜け道か、ワープでもしたのか」
シントは冷静に分析しているものの、その表情は見るからに落胆しているようなものだった。
ワープか・・・。
「そういえば、前に渋谷でハンマー男と戦った時、戦闘不能になったハンマー男がその場で消えたんだ」
「まじか?」
ノブが驚いた顔でこちらに振り向くと、シントもこちらに歩み寄り始める。
「それは本当か?」
「あぁ、鎖を操る女性もそこに居たよ?」
「え、ミヤビが・・・まぁ、それならワープでもして逃げたんだろう、ノブ、とりあえず戻ろう」
「あぁそうだな」
校庭に出たときにパトカーが1台、入口付近で停まっているのが見えた。
警察が来たみたいだな。
アジトの敷地から出るとすぐにマナミが目に入り、また別の場所ではミヤビと呼ばれた女性と自警団の男性が、スーツを着た女性と話していた。
「あのっ」
声がした方を見ると、男性がパトカーから出て来たので足を止めた。
「またお会いしましたね」
そう言いながらその男性はまっすぐこちらに近づいてきた。
「北村刑事」
「はい」
「知り合いか?」
そう言って近づいてきたノブに顔を向けると、ノブは眉をすくめながら北村とこちらを交互に見ていく。
「いや、何度か会っただけだよ」
「ふーん」
「はじめまして、私は警視庁捜査一課、特殊能力及び超能力テロ対策係の北村です、お名前、伺っても良いですか?」
そう言うと北村は微笑みながら警察手帳をポケットにしまう。
ん?何か名前が変わってるような・・・。
「ああ、オレはシマザキノブカツです」
するとノブは背筋を軽く伸ばし、会釈をして見せてから名を名乗った。
意外とノブってちゃんとしてるみたい。
「ああ、あなたが応援チームのリーダーですか、組織のリーダーの、ユウジさんと言う方からメールを頂きました」
「あぁ、そうっすか」
応援チームもリーダーを作ったんだな。
「そういえば、お名前伺ってませんでしたよね?」
「僕?僕は氷牙だよ」
微笑みを深くして小さく頷いてから、北村は再び真剣な顔でノブに目線を戻した。
「テロリストはどうなりました?」
「それが、消えたよ」
軽く頭を掻きながら言いづらそうにノブがそう応えると、北村は更に深刻そうに表情を引き締める。
「消えたんですか?」
「地下が無いところを見ると、恐らくテロ組織の中にワープする能力を持つ奴がいるってことになる」
「・・・ワープですか」
「北村さん」
するとそこにスーツを着た女性が北村の下に駆け寄ってきた。
この人も特殊能力何とか係の人なのかな。
「ああ、どうしたの?」
見たところパトカーは1台だけみたいだな。
何気なく見ていたスーツの女性の、胸ポケットから手帳を取り出し、そしてそれを開くという動作にふとぎこちなさを感じた。
「ここのテロ組織に居たハンマーを持ったテロリストですけど、この前渋谷で見られたテロリストと同じ人物だそうです」
それに須藤刑事が居ないところを見ると、たった2人だけみたいだ。
「分かった。あの、テロ組織が・・・どこに行ったか、分かりませんか?」
北村は苦笑いを見せながらノブにそう問い掛けるが、ノブも困ったような表情で北村と顔を合わせる。
「いやぁ、分かる訳ないでしょうよ」
「・・・ですよね。それじゃ、また廃墟を重点に置いて探そうか」
「そうですね」
女性は落ち着いた表情で応えると、閉じた手帳をゆっくりと胸ポケットにしまい始める。
「北村刑事」
「あ、何ですか?もしかして心当たりでもあるんですか?」
するとこちらに振り向いた北村は、すぐに少しだけ期待を寄せるような微笑みを見せる。
「テロ組織に乗り込むのに、2人で来たの?」
「あ・・・いえ、テロ組織の規模や、協力して下さる自警団の方々の人数を見て、少し様子を見てからSATを呼ぼうかと思いまして」
「SAT?・・・そんなもん軽々と呼べるのか?」
驚くように口を挟んだノブに、北村は落ち着いた態度を見せ、スーツの女性はどこか嬉しそうな表情を見せた。
「私達トクテロには、直接SATを要請出来る権限があるんです」
「トクテロ?」
「はい、特殊能力及び超能力テロ対策係を、略して特テロって呼ぶんです」
「なるほど」
この穏やかそうな雰囲気の女性がテロ対策か。
「あんたもテロ対策?」
ノブも同じような疑問を持ったみたいだ。
「はい、あ、私、警視庁捜査一課、特殊能力及び超能力テロ対策係の、森阪です」
嬉しそうに警察手帳を出しながら森阪はゆっくりと自己紹介した。
「あ、どうも」
ノブが困ったような苦笑いで会釈を返すと、警察手帳をしまいながら森阪はふと冷静な表情を見せる。
「と言っても、特テロに行かされる前は交通課に居たので、刑事らしいことは何も出来ないですけど」
「でも被害者が女性なら、話し相手が女性の刑事の方が良いと言うのは、何となく分かるよ。そういえば北村刑事、前の肩書から変わったの?」
「そうなんですよ。やっと正式に認可されたので、班の名前も変えることにしたんです」
なるほど、異世界に行ってる間に警察もちょっとは変わったのか。
「それじゃシマザキさん、ご協力ありがとうございました」
「今後とも、よろしくお願いしますね」
「あぁ、はい」
少し戸惑いながらも北村と森阪に応えるノブを横目に、何となくマナミの下に向かった。
「あ、氷牙も居たの?」
こちらに気づいたマナミはそう言いながらすぐに笑顔を見せる。
シンジとセイシロウも居るみたいだな。
「あぁ、まあね、セイシロウは大丈夫?」
北村 敦史(キタムラ アツシ)(28)
元警視庁捜査一課3係。現在は臨時的に作られた班が正式に形となった、特殊能力及び超能力テロ対策係に属しているが、周りから寄せ集めと呼ばれていることには変わりがなく、北村自身も追っていた事件の犯人を逃がした責任を取られて今の係に追いやられた。
ありがとうございました。




