ビギニング4 ラウズ・アンド・アイスファング
「あいつ、最初に見た時とは少し変わった気がするんだよなぁ」
「そ、そんなこと言われても・・・そういえばしょっちゅう闘技場に行ってるかも」
「まぁこの環境じゃ、不思議じゃないよ」
最初はやっぱりお互いに警戒してたと思うけど、1回でも自分の力をさらけ出し合ったら少しは変わるものなのかな。
「そうね、氷牙の言う通りかも知れないわね」
「そうか、噂じゃシンジがトーナメントのバックボーンらしいぜ」
「ダークホースでしょ」
「ダークホースだわ」
するとすぐにミサとヒカルコが声を揃えて口走るが、戸惑うような表情を浮かべたノブからは何故か若干の嬉しさのようなものがかいま見えた。
「・・・お、おぉ、そうですか。さすがだな」
「何よ」
ミサが目を小さく細めて睨むようにノブを見る。
「いえ、何でも」
「あらそう」
ノブがニヤつきの抜けない顔で応えながら目を逸らすと、そんなノブを突き放すようにミサは冷たくあしらった。
「シンジがトーナメントに出るってことか」
それならやっぱり修業してるってことかな。
「あぁさっきオレ、リーグ表見たけど、6位ぐらいだったからな。出るだろ」
「貴方は出るの?」
飲み物を一口飲んだミサがついでにと言わんばかりに聞くと、ふと神妙な面持ちを見せたノブは小さく首を傾げる。
「オレは・・・多分、ないかな」
「あらそう」
「皆さんおはようございます。それではトーナメントを始めたいと思います」
おじさんの声に、会場は一気に引き締まった空気に満たされていった。
「このトーナメントで栄えあるリーダーが決まる、大事な戦いですので、1つの闘技場で1回戦ずつ行います。番号は3番です」
引き締まるような空気感に加え、戦いに向けての緊張感が徐々に会場に広がっていくのがひしひしと伝わってくる。
「それでは第1回戦、シバタセイシロウ君、キヌガワショウタ君」
おじさんが喋り終えると2人は静かに闘技場へと向かった。
そういえば2人の力ってどんなだったかな。
2人が3番の扉の向こうに行くと、会場の照明が少し暗くなり、それに伴うように自然とあちこちから聞こえていた話し声が小さくなっていった。
映画と同じ要領かな。
別に暗くなくてもいいのに。
「あ、あのキヌガワって人、私と同じような力を持ってる人だ」
照明が少し暗いせいか、ユウコも音量を少し落とした話し声でヒカルコに話し掛けるものの、屈託のないその笑顔からはトーナメントへの期待感のようなものが伺えた。
ということは炎を操るってことか。
何人か同じような種類の力を持ってるし、1回しか戦ってないから全然覚えてないや。
そもそもそんなに気にならないし、あんまりモニターも見る気がしないな。
周りを見渡していた素振りが気にかかったのか、ミサの居る方にふと顔を向けたときにミサと目が合った。
「氷牙も見ましょうよ」
仕方ないか。
「そうだね」
間もなくして金属音が鳴ると2人が動き出し、同時にホールは一瞬の静寂に落とされる。
なるほど、トーナメント出場者だけあって良い動きだな。
力の使い方にも慣れてきたんだろう。
2人共、ミサやユウジみたいに何かを自在に操れるタイプだな。
ふとミサに目を向けると、ミサも同じタイミングでこちらに目を向けた。
「何かしら?」
するとミサは少し照れるように微笑みながら喋りかけてきた。
「いや何でもないよ」
妙に静かだな。
しかしこんなに皆が注目なするんて思わなかった。
なんだか立ち上がりにくい雰囲気だな。
それにしてもあのシバタって人、少し変わった力だな。
炎とか雷とかそんなシンプルなものじゃない。
おっと、勝負がついたみたい。
「勝負がついたと判断します。勝者はシバタセイシロウ君です」
「やっぱりやるわね。あのシバタさんて方」
ミサもトーナメントに出るみたいだし、真剣にモニターを見ていたみたいだ。
「なんか戦国武将みたいな雰囲気だよねあの人」
ユウコは噂話をするように軽く微笑みながらミサに顔を近づけて応える。
2人が出て来ると、照明が明るくなったせいか会場の空気が和らぎ、更にはあちこちでまばらに拍手が起きた。
「それでは皆さん、続いての第2回戦は、ナカジマユウジ君とアリサカソウマ君です」
「アリサカって人、確かミサイルを出すのよね」
案外ミサもリーグ戦を見て相手の力の分析とかしてたのかな。
「へぇ、何か凄そうだし、それならトーナメントに残るのも納得出来るかも」
ミサと話しながらユウコは皆よりくつろぐように深く椅子に座っている。
「そうよね」
そんなユウコを見て一瞬戸惑ったミサだが、すぐに笑顔で応えるとティーカップに手を伸ばした。
ユウコは棄権したから、アリサカソウマとは戦ってないんだったな。
「それでは位置について下さい」
2人が離れて向かい合った後、闘技場に金属音が響くと共に、会場には先程のような緊張感が張り詰めていった。
アリサカソウマが手を出し合図をすると、数機の小さなミサイルがどこからともなく辺りに出現し、次々とユウジを襲っていった。
まぁ、電気を操るものにとってはそこまで驚異じゃないみたいだな。
電磁波みたいなものが機械系統を狂わせるのだろうか。
「あの感じだと、ユウジが有利みたいね」
2人の戦いを観ながらヒカルコは静かに口を開く。
このままいくと、きっとユウジが勝つのだろうか。
そう思っていると、アリサカという人が無数の更に小さなミサイルを辺り一面に撒き散らすという新たな作戦をとり始めたみたいで、ユウジは徐々に窮地に立たされていった。
「あらあら、なんか逆転だわ」
ミサはまるで肩の力を抜くように落ち着いた口調で口を開きながら、椅子の背もたれに背中をつけた。
会場のほとんどが同じ結末を予想したとき、ユウジの体が今までにないほどの雷を纏う。
あちらも新しい技でも出すのだろうか。
そして爆発するようにユウジの全身から電気が飛び散ると、髪の毛は全て逆立ち、ユウジの体全体はほんのり光を帯びていた。
「え、何?」
ユウコが口走るが、皆何が起こったのかを見極めようと、ただモニターを眺めているだけだった。
するとユウジは雄叫びと共にこれまで以上の電力でアリサカに立ち向かい、瞬時に形勢を逆転してそのまま勝利を手にした。
ほんの少しの間会場の空気が止まったが、人気者のユウジのこともあってか、会場は小さく歓喜に包まれた。
とりあえず勝ったことは喜んでいるみたいだけど。
何だろうな、ユウジの意思でああなったようには見えなかったな。
やられる寸前だったし。
「何が起きたか分からないけど、凄いわね」
こちらに顔を向けたミサからも、どことなく安心感のようなものが伝わってきた。
「そうだね」
計画的に新しい技を出したようには見えなかったから、感情が爆発したのかな。
でもそれだけじゃない、その後もあの状態が続いてたし、何かまるで新しい力に目覚めたかのようにも見えた。
あのユウジになら本気、出せるかな。
「こうなるとますます、ユウジの優勝が濃くなったみたいだね」
この場の空気に呑まれるのを拒むかのようにヒカルコは冷静にそう言い放ち、ゆっくりとコップを口に運ぶ。
さて、次は誰が出るのかな。
「さあそれでは、第3回戦に参りましょう。イズミシンジ君、シノダヒカルコさん、闘技場へどうぞ」
「ヒカルコ、頑張ってね」
「うん」
微笑みながらミサが手を振るが、緊張感の表れなのか、妙に落ち着き払った表情のヒカルコは小さく手を振るとすぐに闘技場に向かい始めた。
「ミサちゃん、てことは次は氷牙とやるんじゃない?」
まだ照明が落とされていないにも関わらずユウコは小声で喋りながらミサに顔を近づける。
「あら、そう、かもね」
「それでは位置につきましたね」
自在に操れるタイプのヒカルコの方が有利かもな。
金属音が響き、戦いが始まると、その場から動かずに質感のある光を操るヒカルコは終始隙の無い立ち回りをした。
シンジは突っ込むだけだし、あまり勝ち目は望めないな。
ヒカルコがシンジの拳を光の壁で難無く防いでいくと、急に動きを止めたシンジはヒカルコと距離を取り、おもむろに軽く屈伸を始めた。
諦めたのか?
「何?もしかして降参でもするの?」
「いや、準備運動はここまでだ」
ヒカルコに応えながらシンジが右腕を軽く上げて意識を集中するように固まると、黒い殻に覆われた右腕は更に分厚い赤黒い外殻を纏い始め、やがてその右腕は先程よりも更に倍ほどの大きさに膨れ上がった。
もしかしてシンジもユウジみたいに新しい力に覚醒したのかな?
しかもすねの半分から下の両足にも外殻を纏って、走るスピードも上がったみたいだ。
「ねぇ氷牙」
ふとミサが顔を近づけてきたのに気がつくと、そのままミサは小声で話し掛けて来た。
「ん?」
「もしかして、この為にトーナメント開いたのかしら?」
「え?何の話?」
もしかして・・・シンジやユウジのことを言ってるのかな?
「いいえ、何でもないわ、気にしないで」
答えを待つように少しの間見つめ合ったが、答えが聞けないことを感じたミサは諦めたかのように顔を引いた。
2人の事を言ってるなら、僕よりもおじさんの方が何か知ってるんじゃないかな?
「じゃあ、ミサにだけ打ち明けようかな」
「え?何かしら?」
するとすぐにミサが嬉しそうな表情を浮かべながら再び顔を寄せてきた。
「実は、僕はただ戦いたかっただけなんだ」
「そう、分かったわ」
期待が外れたような寂しげな顔で小さく頷くと、ミサはゆっくりと身を引いてモニターに目線を戻していった。
ユウジもシンジも、不可抗力とは言え、面白い。
豪快に振り出された赤黒い外殻に覆われた大きな拳によって、ヒカルコの光の壁は軽々と砕かれるが、そのまま追い撃ちをかけることはせずにシンジは拳を引き背筋を伸ばした。
「悪いが、降参してくれないか?無意味に傷つけたくないんだ」
笑みも浮かべず、厳しい口調でそう言い放つものの、シンジの佇まいからは相手を見下す気迫や殺気のようなものは伺えなかった。
「・・・優しいんだね。分かったよ」
シンジは腕と足の変化を解くとヒカルコと共にホールに向かい始めた。
随分と余裕があるんだな・・・。
「シンジってあんなに優しかったの?」
「そうかぁ?」
ユウコが驚くように口を開くが、ノブは首を傾げながらすぐにそう言葉を返す。
「ヒカルコ、お帰り。大丈夫だった?」
ミサは心配そうにヒカルコの顔を覗くが、落ち着いた表情のヒカルコはミサに応えながら静かに椅子に手をかける。
「大丈夫。手加減してくれてたみたいだから」
「そう、よかったわ」
シンジ、あれほどの力を持ったのに、よく破壊衝動を抑えられたな、考えてみればまだ高校生なのに。
「続いて参りましょう。第4回戦は、氷牙君とナガミネミサさんです」
「やっぱりあたし達みたいね」
「それじゃ行こうか」
「そうね」
そういえば、あの時確かミサは下の名前しかおじさんに言わなかった気がしたけど。
どこかでフルネームを知ったかわざわざ調べたか、それとも、前から知っていたのか・・・。
「なんかちょっとドキドキするわ?」
薄暗い通路を進んでいると唐突にミサが呟いた。
「そうか」
「あ、あれよ。戦う前だからよ?」
「分かってるよ」
闘技場で向かい合い間もなくして金属音が闘技場に響き渡ると、ミサの眼差しに真剣さが宿り、この沈黙に緊張感が重ねられていった。
「あのさ、ミサ」
「何かしら?」
「今回は、負けてくれないかな?」
「あら、どうして?」
顔つきは真剣そのものだが、ミサは話を聞こうとする姿勢からか微笑みを見せている。
「そういえば、ユウジと戦いの続きを約束してたんだ」
するとミサの笑顔が少しずつ薄れていき、その眼差しは若干の怒りが見えるほどのものになった。
「・・・なら、力づくで負かせなさい」
「そうか」
ゆっくりと掌で顔を覆うと、指の間から見えたミサは冷たい眼差しの中に強い闘志を宿していた。
「それでいいのよ」
氷牙、氷結!
体の周囲の空気が凍りつくと、その氷は瞬時に鎧となって全身を固めた。
「あ、貴方・・・もしかして・・・」
「それはご想像にお任せするよ」
するとミサは何かを理解したかのように小さく頷いた。
「・・・そう。やっと本気を出してくれたのね。ならそのアイデア、ちょっと貰おうかしら」
そう言うとミサはファーから体中に張り巡らすように糸を伸ばし、全身を鎧のように固めていった。
あー挿絵が出来るなら氷牙の姿を描きたいんですけどね。笑
ありがとうございました。