ストーリー・オブ・ドリーム・アンド・ギガンティック・クリーチャー
「これからマークしてる巨大動物の様子を見に行く。邪魔しねぇなら、ついて来ても良いが」
ん、何で急にそんなこと・・・。
ふとその瞬間、タツヒロを見るホンマのその眼差しには、テロリストの顔と呼ぶにはあまりにも似合わない穏やかさが伺えた。
「え・・・」
「お前がその悔しさをぶつける相手は俺じゃない。まぁ、自分だけで勝手にその能力者を捜すってんなら、それはそれで良いがな」
そう言って歩き出したホンマの背中を見るタツヒロの横顔からは、はっきりとしたやる気が満ちていくのが見てとれた。
「氷牙、今は帰ろう」
「あぁ」
しばらくして組織のホールに戻ったタツヒロは、近くのテーブルにある椅子に座りながら携帯を取り出した。
「僕、捜すよ。マルを操った犯人」
「そうか」
「あの、まだ時間ある?出来ればもうちょっと手伝って欲しいんだけど」
まぁこのイヤホンがあれば、どこに居ても問題は無いけど。
「おじさんから通信があったらすぐに戻るけど、それまでなら良いよ」
小さく頷いたタツヒロは再び携帯の画面に目を向けると、何やら真剣な顔で携帯の画面を凝視し始める。
「じゃあ、台場公園に行こう。マルの他に出るっていう巨大な動物を見に」
「あぁ」
再びホール後方にある扉にタツヒロがシールキーを貼り、そして扉を抜けると、真っ先に湿ったような風に乗る潮の匂いが鼻についた。
草原と疎らに立つ木が印象的な、広場を囲むように迫り出す土手に立ち、とりあえず辺りを見渡す。
人気が、無い・・・。
そりゃそうか、こんな小さな小島に巨大生物が出ちゃ、人も寄り付かなくなるか。
「どうしてここを選んだの?」
「マルのように、いきなり暴れ出した動物の書き込みを探したら、ここにそういう動物が居るって書いてあったから」
「そうか」
それにしても、有力な手掛かりは無いよな。
でも本当にここに居るとしたら周りは海だし、簡単に見つかるだろうけど。
中央の広場を歩きながら、広場を囲む土手を歩くタツヒロに目を向ける。
潮風に乗った鳥の鳴き声や波の音だけが広場を満たしているのを感じながら、ふと地面に目線を落とす。
あ・・・。
踏まれた草が物語る、いかにも巨大生物と思われるその足跡を見たとき、ふとある疑問が頭を過ぎった。
「タツヒロ」
海を眺めるタツヒロに声をかけると、振り返ったタツヒロの表情はどこか落胆したようなものだった。
「考えたんだけどさ、ここじゃ食べ物が無いし、巨大な動物じゃ生きられないんじゃないかな?」
「・・・いや、そうとも言い切れないよ」
タツヒロが小さく眉を竦めたときに、突如波が強く打ち付けられるような音が聞こえたので、何となくその方に目を向ける。
するとそこには今まさに海から岸に上がったかのように全身を濡らした、得体の知れない生物が居た。
「あ、出た」
「さっき足跡を見つけたんだけど、その足跡、指と指の間が何か薄い膜みたいなものに繋がれてるように見えたんだ」
滑らかな質感の皮に覆われた、長い尻尾を持つその生物の手には、暴れることさえも出来ずに締め付けられている1匹の魚が握られていた。
「それって、もしかして水掻き?」
「あぁ」
そしてどことなく恐竜を思わせるような顔をしたその生物は、握りしめた魚をゆっくりと口元へ持っていく。
「トカゲ、かな?」
「多分ね」
それにしても、巨大生物と呼ぶにはあまりにも小さい。
あれじゃ、まるでゴールデンレトリバーだな。
いや、トカゲの中じゃ、十分巨大だけど。
魚を食べ終えたそのトカゲと思われる生物はこちらの存在に気が付くが、すぐに目線を逸らしたその態度から、全くと言っていいほど警戒心を感じなかった。
確かに、傍から見れば大人しそうに見える。
「ここを縄張りにして、ここから海に食糧を取りに行ってるのかな?」
「あぁ、多分」
するとそのトカゲはゆっくりとこちらの方に歩み寄ってきた。
「うわ、来るよ?」
歩き方はゴリラに似ていて、こちらとタツヒロに鋭い眼光を向けながらこちらの目の前まで歩み寄ってくると、そのトカゲは真っ直ぐこちらの顔を見上げる。
沈黙が流れ始めるとそのトカゲはタツヒロに目線を変え、同様に目の前まで歩み寄ってからタツヒロの顔を見上げた。
小さく上半身を反らして固まっているタツヒロの目の前で、そのトカゲは強い鼻息を吐くと、ゆっくりとタツヒロに背を向けた。
「ふぅ・・・息、出来なかった」
終始殺気を感じさせずに去っていくそのトカゲの背中は、まるで期待が外れて落胆するような寂しさを感じさせた気がした。
「巨大生物の聞き込みなら、海浜の方に行った方が良いんじゃない?」
「そうだね、とりあえず書き込みにあった動物は見つけたし、次は動物を操る能力者を捜そう」
海浜公園とを繋ぐ一本道で、海浜公園の方から2人の男性がやって来ると同時に、ふと1人の男性が持つ紙袋に目が留まる。
「あいつ、まだ居るんだろ?ほんとしぶといよな」
「まぁ魚を丸ごと食ってっからな。内臓も丈夫なんだろ?」
あの紙袋、何だろう。
「んで、今日は何混ぜたんだ?それ」
「とりあえず家にあった洗剤を一通りな。これくらい混ぜりゃ、いくら何でも死ぬだろ」
擦れ違い様に2人の男性が笑い声を上げ、タツヒロが2人の男性に顔を向けると、すぐに何かを訴えるような眼差しをこちらに向けてきた。
「もしかして、あいつら・・・」
どうやら、巨大でもない生物に対しては畏れは優越感へと変わるみたいだな。
「でもちょっかい出して襲われるんだから、自業自得じゃないかな」
すると男性達に目線を戻したタツヒロの眼差しに、次第に力強さが宿っていくのがはっきりと分かった。
走っていくタツヒロの背中が語る小さな勇気を、まるで讃えるかのように湿った潮風が優しく小島に吹きさらす。
「おいっ」
男性達が振り返ると同時に、木陰に佇むそのトカゲがゆっくりと顔を上げる。
「その紙袋・・・あのトカゲをどうするつもりだ」
タツヒロに顔を向ける男性達はふてぶてしい笑みを浮かべ出しながらも、タツヒロが何故話し掛けてきたのかを理解するように、その態度に威圧感を感じさせていく。
「どうするって、ああいうのを野放しに出来ないだろ。さっさと殺さないから前みたいに負傷者が出るんだよ」
「あのトカゲ、見るからに大人しそうじゃないか。そんな・・・殺す理由なんて・・・」
「・・・うるせぇよ、さっさと失せろ。じゃねぇと・・・」
その直後、紙袋を持つ男性の背中から2本の何かが生え始める。
お・・・。
少しだけ歩く速度を上げ、タツヒロに追いついたときには、その男性の背中からは筋肉隆々の太い腕が2本生えていた。
「能力者・・・」
後ずさりながらタツヒロがメルヘンチックな拳銃を出現させると、背中から人間のものを遥かに越える大きさの腕を生やした男性は、その笑みを少しだけ深くして見せた。
「お前ら馬鹿だな、コウジはもう何体もの巨大な動物を殺してんだ。2人掛かりでも敵うかよ」
「下がってろ」
紙袋をもう1人の男性に手渡しながら、コウジと呼ばれた男性は腕を組み、背中から生やした大きな腕を力強く広げて見せる。
「今消えるなら許してやっても良いが・・・じゃ」
「うわああっ」
もう1人の男性の悲鳴にすべての目線がその方に向けられると、もう1人の男性の上には歯を剥き出しにしたそのトカゲがのしかかっていた。
「おいっ」
コウジと呼ばれた男性が大きな腕を振り上げるその一瞬の間に、そのトカゲの体格は人間を裕に越えるものへと変化を遂げる。
「な・・・」
そして大きく捻れた2本の立派な角を携えたそのトカゲは、コウジの腕にも劣らない、そのはち切れんばかりに膨れ上がった腕をゆっくりと振り上げた。
豪快に突き出されたそのトカゲの手を、負けじと突き出した大きな拳で受け止めながら、コウジは怒りに表情を歪ませる。
「上等じゃねぇかっ毒殺なんてめんどくせぇ」
そう言ってコウジがそのトカゲの顎に向けて大きな拳を突き上げる。
「今すぐぶっ殺してやるよっ」
そしてよろめいたそのトカゲに向けてコウジが更に拳を叩き込むと、鈍い衝撃音と共にそのトカゲは砂埃を舞わせながら倒れ込んでいった。
「やめろぉっ」
その直後、声を上げながらタツヒロがコウジに銃口を向け、風音を鳴らす空気の塊を撃ち出した。
巻き散る風と共にコウジは宙を舞うが、背中の腕を使って難無く地面に降り立つと、再び殺気で研ぎ澄まされた鋭利な闘志をタツヒロに向けた。
タツヒロ、巨大生物を助けたって・・・。
「何の罪もない動物を殺すなんて・・・」
「うるせぇっ・・・ていうか罪だ?んなもんどうだっていいだろうが。存在自体が迷惑なんだよっ」
「迷惑なのは、お前の方だっ」
タツヒロの持つメルヘンチックな拳銃から6発の光る球が発射され、そのすべての球がコウジを守るように交差された大きな腕に降り注いでいく。
「うぜぇっ」
コウジが大きな腕を広げ、タツヒロに向かって走り出した直後、タツヒロが持つ拳銃から瞬く間に分裂していく球が発射される。
「があぁあっ」
そして虚しく響く爆竹のような音に包まれながら、すべての弾ける球を受けたコウジは勢いよく地面に倒れ込んだ。
「チッ・・・くそったれ・・・」
苦しそうに立ち上がりながらコウジは、次第に焦りを伺わせるように表情を曇らせていく。
さすがに、今の弾ける球はブースターでもない限り、避けられないよな。
少し息の荒さを見せるコウジはそのトカゲと、トカゲの近くに倒れている男性に目を向けてからゆっくりとその場を離れ始める。
逃げるみたいだけど、あの人は放っておくのか?
「氷牙、あの人どうする?救急車呼ぶ?」
「そう、だね」
救急車や警察を呼べば、世間はあのトカゲを危険性のある生物と見なすだろうな。
・・・まさか、そうさせるためにこの人をここに置いたのか・・・。
いや、考えすぎか。
救急車と警察を呼んだ後にタツヒロと海浜公園に入ると、間もなくしてパトカーと救急車のサイレンが街に漂う潮風を緊張感で尖らせ始めた。
「ねぇ、能力者を捜すって、どうすれば良いかな」
「え、ああ・・・」
周りを見渡すと、近づいてくるサイレンに不安感を募らせるように辺りを伺う、3人組の若い男性達、ベビーカーを押す1組の夫婦、そしてベンチに座ったカメラを持つ1人の女性が目に留まっていった。
警察に聞いたって教えてくれる訳がないし。
ましてやあの須藤刑事だったら尚更。
「当時、現場に怪しい人が居なかったか、聞いて回るしかないと思うけど」
「そう、だよね」
するとタツヒロは辺りを伺いながら戸惑うような顔色を見せ始める。
「でも、人に聞くのって緊張するし・・・」
「じゃあ、タツヒロは待っててよ、すぐ聞いてくるから」
「うん、悪いね」
目の前にあるショッピングモールから出て来る人々の流れに目を向けていたとき、ふと先程のベンチに座る女性が目に留まった。
首に掛けたカメラのレンズ越しに、砂浜を見つめるその女性に歩み寄る。
「あの、巨大生物について話を聞いてるんだけど、今良いかな?」
カメラのレンズから目線を外し、こちらに顔を向けたその女性は真顔を見せたまま固まっている。
「台場公園に出た巨大生物の事件について調べてて、知ってたらその事件のこと教えて欲しいんだけど」
その一瞬、その女性は台場公園の方に目を向けながら目を泳がせた。
「・・・って言われても、あの時もずっとここに居たし、何も、知りません」
ここに居た?
「そうか。じゃあ、台場公園辺りで、怪しい人とか見てないかな?」
「え、あの、あ、アリサカさん・・・」
「いや、テロリスト以外で」
するとその女性は一瞬だけ驚くように目を見開いて見せた。
「アリサカさん達は、テロリストじゃないですよ」
ん?・・・。
「いや、でも」
「知らないんですか?アリサカさん達を英雄扱いするサイトがあるの」
英雄・・・。
アリサカの名前が出た途端、その女性の表情から緊張感が解けていくのがはっきりと見てとれた。
「確かにアリサカとカサオカは、元々テロ鎮圧のために動いてはいるけど」
「えっあの、アリサカさん達と知り合いなんですかっ」
するとその女性の表情は更に親近感を向けてくるようなものへと変わっていった。
ゴールデンレトリバーくらいのトカゲなら飼ってみたいですけどね。笑
ありがとうございました。




