ザ・ジャイアント
「大丈夫よ、ちょっと休憩したらまた頑張るわ」
ミサは腕をゆっくり下ろしながら、そう言って気品のある笑みをマナミに向ける。
「ユウジ、家に居るより、ここに居る時間の方が長いんじゃない?」
「まぁ、家の部屋で1人で居るよりかは退屈しないからね」
いつもの気の抜けたような表情で応えるユウジは、まるで完全にリラックスしたような態度で、ふと視界に入るアキも、その落ち着いた表情からは全く気張ったような態度は見受けられない。
「そうか」
「氷牙、ホールに行きましょ?」
ふとそう問いかけてきたミサに顔を向けると、笑顔を見せながらミサは応える前にすぐに立ち上がり始める。
ちょうどホットミルクも無くなったしな。
「あぁ」
息抜きでもするんだろう。
共にホールに出て、飲み物が出る機械が並べられた場所に向かい、ホットミルクを注いた後にふとミサに目を向けると、同じタイミングでミサがこちらに顔を向ける。
するとミサは照れるように微笑むとすぐに目線をずらし、ティーカップを運び始めた。
「もし今すぐ来てって言われたらどうしようかしら?」
ゆっくりと歩きながらミサが困ったようなものではあるものの、若干期待感を寄せるような表情をこちらに向ける。
「忙しいなら僕1人で行くよ」
「それじゃあ話が出来ないじゃない。貴方が来てって言うなら行くわよ?」
「そうか」
今はあっちは多分夜じゃないし、行くことになる可能性の方が高いかもな。
「でもミサ、疲れてるんじゃない?」
「大丈夫よ」
満面の笑みを浮かべながら小さく首を横に振るミサを見ながら舞台に上がる。
会議室に入るとすぐにこちらに顔を向けたユウジのその表情は、すぐにある予感を脳裏に過ぎらせた。
「メール来たって」
「そうか」
おじさんの部屋に入り、おじさんに大阪とイングランドの組織から来たメールを出して貰う。
大阪のはただの了解メールか。
「それ・・・日本語に訳せる?」
「はい」
キーボードを叩く音が少しの間続い後、英文の下に翻訳された文章が映し出される。
要するに今すぐ来てくれってことか。
「すぐ行きますか?」
渋る理由も無いしな。
「あぁ、そう送って?」
「分かりました」
一応言って置くか。
会議室への扉を開けると、編み物をしているミサは何かを訴えるような眼差しだけをこちらに向けてくる。
「ちょっとイングランドの組織に行って来るよ」
「そっか」
ユウジはこちらに振り向いて真顔で返事をすると、すぐにテレビに目線を戻した。
「分かったわ、じゃああたしも・・・」
「ミサは忙しいでしょ?」
ミサが立ち上がる前に引き止めるように声を掛ける。
「大丈夫よ、大阪の時だってそんなにかからなかったじゃない」
しかし喋り終える前にはすでにミサは目の前まで歩み寄ってきていた。
「まぁ、そうだね」
「ほら早く行くのよ」
笑顔で強引に押してくるミサと共におじさんの部屋に戻ると、そのまま左手の奥にある扉に向かった。
ずっと座ったまま仕事してるから、気分転換でもしたいんだろう。
扉を開けると、そこは右手の壁一面のガラスからの日光が部屋全体を満たすように照らす、開放感がある部屋に繋がっていた。
直後に3つある内の、1番手前にある1番大きいテーブルの椅子に座っていた、1人のブロンドの女性がこちらに気がつく。
同時に左手にある、学校にある黒板を連想させるほどの大きさのモニターが視界に入る。
あの巨大なモニターはどの組織でも一緒なのかな。
ブロンドの女性が目の前まで歩み寄り、親近感と若干の色気が印象的な笑顔を見せながら一言を発する。
言葉は理解出来ないが、女性は手を差し出してきたので握手をした。
「どうも」
その時にその女性の澄んだ青い眼にふと目線を捕われる。
そして女性は次にミサと話し始めると、握手した2人はそのまま密着するように体を引き寄せ合い、お互いの左の頬を優しく合わせた。
2人が親しげに交わす英語を聞き流しみながら、案内された1番近いテーブルの椅子に座る。
やっぱりミサを連れてきて良かったな。
「彼女はテイラーよ」
ミサはその女性に手を差し出しながらそう言うと、テイラーと呼ばれた女性は再び笑顔を見せてくる。
「そうか、僕は氷牙だよ」
「もうあたし達の名前は言ったわよ?」
するとミサはそう言って微笑みながら小さく首を横に振った。
「そうか」
最初の会話の中に入ってたのかな。
再びミサがテイラーという女性と話をし始めると、テイラーは喋りながら徐々に真剣さが伺えるものへとその顔色を変えていった。
「援助にはどれくらいの人をよこしてくれるのかって言ってるわ」
「援助は僕1人だよ」
ミサがそれを伝えると、テイラーは眉間にシワを寄せながら強い口調で言葉を返し始めた。
「冗談は抜きにしてって言ってるわよ?」
「冗談じゃないよ、余計な犠牲は出したくないからね」
するとテイラーは小さく首を横に振りながら不服そうな顔で喋り出した。
「あいつを甘く見るなだって」
「僕はそいつらと戦ったこともあるし、倒したこともあるよ」
テイラーは驚くような表情を見せながらこちらを見つめると、すぐにミサに一言呟いた。
「本当かって言ってるけど、そう言って良いわよね?」
「あぁ」
テイラーは黙って目線を落としながらも、疑いの眼差しを度々こちらに向けてくる。
そんな時に遠くに見える両開きの自動ドアが開き、2人の男性が入って来るのが見えたとき、後ろを振り向いたテイラーはその2人の男性を呼び寄せた。
ガラス張りの壁から街を見渡すと、この組織はどうやら町並みがはっきりと分かる高さに位置していることが分かった。
ふと目に留まった大きなビルはすべての窓ガラスが砕けていて、しかもその向こうに見えたオフィスらしき部屋もまるで人気が無く、全体的に寂れた様子が伺えた。
男性らがテイラーの下に来るとミサが立ち上がって挨拶をし始めたので、ミサに続いて立ち上がる。
2人の男性と握手すると、テイラーは2人の男性を椅子に座らせながらこちらとミサを紹介し始めた。
どうやら白人の方がジェイク、黒人の方がゲイルというらしい。
テイラーはミサに相槌を促しながら、2人に今までのことを説明し始める。
気さくな雰囲気を感じさせるような物腰のゲイルは、驚くような表情をこちらに見せた後にミサと言葉を交わし始める。
するとそんな時にどこか厳粛さのある表情をこちらに見せているジェイクがいきなり立ち上がり、そしてすぐにジェイクは喋りながら掌を上にして、挑発するような手招きをこちらにして見せる。
「話すより戦った方がすぐに分かるからって言ってるわ?」
まぁそうか。
「そんな暇があるの?」
ミサがそう伝えると、ジェイクは一瞬だけ場の空気を引き締めるほどの強い口調で喋り出す。
「あいつが寝ているうちに終わらせてやるって」
ということは、今は出てないみたいだな。
立ち上がるこちらを見たジェイクがオーナーに指示を出すと、おじさんと同じような体型で白い顎髭が目立つオーナーはキーボードを叩き、間もなくしてジェイクに合図を返す。
ジェイクの後に続いて扉を開けると、そこは直接広々とした闘技場に繋がっていた。
なるほど、外国だけあって色使いから何までどことなく異国っぽいな。
ジェイクは足早に闘技場の中央に行くと、軽く腕や首を回した後に体全体に力を入れるように小さく身を屈める。
するとジェイクの体が徐々に大きくなると共に、皮膚の色も頑丈さを感じさせるような黒ずんだものに変化していった。
特別な鎧とか無いみたいだし、ただの物理的な肉体強化ってところか。
3、4メートルくらいに大きくなったジェイクは、ボクシングのような構えを見せながら、再び挑発するように手招きをした。
絶氷牙を纏い、ブースター全開で飛び出し、ジェイクの胸元に拳を突き出す。
しかしジェイクは少しだけ後ずさっただけで、すぐにこちらの腕を掴んできたので、ジェイクの腕に足をかけながら紋章を重ねた絶氷弾を2発撃ち出した。
するとジェイクは大きくのけ反ると共に後ずさりすると、そのままゆっくりと尻餅をついた。
単なる肉体強化でも、皮膚はそれなりに頑丈になって、それ自体が鎧の役割をするほどのものになってるのか。
ゆっくりと立ち上がろうとしたジェイクはまるで体の重さを感じたように片膝をつき、小さく深呼吸をするが、こちらを睨みつけるその眼差しには更に強い闘志が宿ったように見えた。
さすがに少しはタフみたいだな。
立ち上がりながら走り出したジェイクは、こちらを見下ろしながら大きく拳を振りかぶる。
拳を避けながらブースターで回転し、ジェイクの腹に蹴りを繰り出すが、少しの後ずさりもせずにジェイクはすぐさまこちらの足を掴み、そして高く振り上げた拳をこちら胸元に強く叩きつけた。
うっ・・・。
地面に叩きつけられた感覚を感じたときにはすで体はバウンドしていて、ちょうど視界の真ん中にジェイクを捉えたときにブースターを軽く噴き出す。
直後に絶氷弾を撃ち出すとジェイクは手を出して防ごうとするが、その前に首筋辺りに鞭が打ちつけられるような衝撃を受けたジェイクは背中を曲げながら横によろめく。
ジェイクがこちらを振り向くと同時にすかさず紋章をジェイクの顔を向け、絶氷弾を撃ち出した。
直撃を受けたジェイクはのけ反ると、体勢を立て直そうとして体を前に振り向かせるが、体の重さに耐え切れなかったのか、そのままこちらに背中を向けるようにひざまずいた。
1発のパンチの重さは感心出来るけど、覚醒してるようには見えないな。
ジェイクは激しく首を横に振り、顔に薄く張り付いた氷を振りほどいてから立ち上がる。
そしてこちらに顔を向け、何かを思い巡らすような眼差しでこちらを睨むと、ジェイクは元の姿に戻り始めた。
まだ戦えるみたいだけど、負けを認めたのかな。
闘技場から出るとジェイクは飲み物が出そうな機械が見える所に向かったので、ミサの隣に座るとテイラーがすぐに喋り出した。
「貴方が手加減してたのは分かるけど、それでも貴方があいつに敵うとは思えないって」
「覚醒っていうものは知ってる?」
ミサの通訳にテイラーは少し眉を動かしただけで、その疑念を纏う冷静な表情を崩すことはなかった。
「説明してって」
「精神的に追い詰められたりすると、無意識に能力が強化されて、それからは自由に強くなった力を使うことが出来るようになること、かな」
テイラーは少し考え込むと、ゲイルと言葉を交わしてからミサに喋りかける。
「それならテイラーがなったそうよ、でもあいつらには敵わなかったんですって」
まぁ1回じゃ足りないだろうな。
「僕は2回覚醒してるよ」
するとテイラーは再び驚きの表情を浮かべながらゲイルと顔を合わせていく。
「それと白くて大きい鉱石のことは知ってる?」
ミサが聞くとテイラーはちょうどテーブルに戻ってきたジェイクとゲイルに顔を向け、何やら首を横に振りながら喋り出した。
「見たことはあるけど、何なのかは知らないんですって」
「僕達の力はあの鉱石を使えば強制的に強化させられるんだよ」
テイラーが声を上げながら驚き、ゲイルが呆れたように肩をすくめると、ジェイクは先程までの興奮が嘘だったかのように冷静に喋り出した。
「そんな大事な情報を軽々しく言っても良いのかって」
「自分達の街くらい自分達で守んなきゃ、そのために強くなりたいでしょ?」
テイラーは納得したような顔でゆっくり頷くと、再びゲイル達と言葉を交わしてからミサに話しかける。
「どうやって使うのって」
「ミサ、新しい力の事と一緒に説明してよ」
頷いたミサがテイラー達に説明し始め、少しの間テイラー達の質問に応えながらミサが話していると、最後にテイラーは何やらこちらを見ながら何かを喋り始めた。
「貴方も一緒に戦ってくれるかって、もしかして情報だけ渡しに来た訳じゃないかって」
「一緒に戦うよ。もし堕混が来たらメールで呼んでくれれば良いから」
ミサの言葉にテイラーとゲイルは安心したような笑みを浮かべるが、同じように頷くジェイクの冷静さを崩さないその表情がふと気にかかった。
組織としての関係を築くのはまだいいか、それにはまず共闘した事実が必要だし。
「そろそろ帰ろうか」
「えぇそうね」
ゲイルはやっぱり坊主ですね。ジェイクはやっぱり無駄にマッチョですね。笑
ありがとうございました。




