いつか来るその時のために
「まあな。これはシャンパンをベースにウイスキーとフルーツビネガーを少しな」
自慢げに微笑みを浮かべながらそう言うと、ノブはすぐに照れを隠すようにそれを一口飲む。
「まぁ・・・たまたまあの部屋に連れて来られたとしても、今思えばありがたい話だ」
ノブはミサに向かって喋りながらお酒をグラスに注ぎ、テーブルの真ん中のベルを鳴らす。
「そう思う人がほとんどでしょうね」
ノブに応えながらミサがお酒を一口飲むと、ふとこちらに顔を向けたミサは黙って微笑みかけてきた。
「お待たせ致しました」
「ああ、ドライソーセージ・・・あんたは?」
ウェイトレスに注文を告げたノブがミサに顔を向けると、ミサは落ち着いた笑みをウェイトレスに向けていく。
「ブルーチーズとキャビアとラスク頂けますか?」
「かしこまりました」
冷める前にお酒が入ったホットミルクを飲み干し、再びホットミルクを注いで戻ると、すぐにノブが特製のお酒をホットミルクに加えた。
「あらノブ、そんなことして・・・氷牙、美味しいの?」
改めて味わってみると、なかなかイケるかも知れない。
「あぁ、いけるよ」
するとミサは戸惑った表情から何かを訴えるような微笑みを浮かべ、黙ってこちらの顔とコップを交互に見始める。
「・・・飲む?」
するとミサは更ににたっと笑ってコップを手に取り、コップを口に運んだ。
「・・・ん?、あら、お酢ってベリー系ね?」
「分かるか?今回はラズベリーだけどな」
言い当てられて嬉しそうに表情を緩ませながら、ノブは再びお酒を一口飲む。
「お酢の感じとミルクが良い具合に合うわね」
笑顔でノブに目を向けたままミサがコップをこちらの目の前に戻してきたときに、ふと何となくコップが回されずにいたことが気にかかった。
そしてコップを持ち口に運んだときに、ミサが鋭い眼差しでこちらを見たことにもふと気がついた。
しかしコップを口から放すと、すぐにミサはこちらからノブに何気なく目線を変えていった。
「ノブって、仕事は何かしているの?」
「今はバイトかな」
すると目線を落としたノブの表情に、少しだけ真剣さが伺えた。
「前は何かやっていたのかしら?」
「自衛隊に居たな」
意外と戦いに関してはエキスパートなのか?
「あら、そうなの?ちょっと分かるかも」
「そうか?・・・でもここに居りゃ、働かなくても食いもんがあるんだよな」
「それはダメよ。お金は必要よ?」
目が据わったようにも見える落ち着いた表情のノブにミサが言い聞かせるが、ミサの喋る速度にも少しだけ遅さを感じた。
「そらぁ分かってるさ」
そろそろ2人共酔ってきてるのかな。
しばらくしてボトルのお酒が無くなったノブは部屋に戻って行った。
「僕らも戻ろうよ」
すると何となく目が据わったように見えるミサはゆっくりと表情を緩ませていく。
「ねぇ、貴方の部屋行っていい?」
「構わないよ」
「じゃあ行きましょ?」
席を立つとミサはボトルとグラスを持って歩き出すが、すぐにミサのその足取りにおぼつかなさを感じさせられた。
「歩ける?」
「大丈夫よ」
振り向いて笑顔を見せるミサを見ながらコップを持ち、廊下を抜けて部屋の扉を開ける。
キッチンカウンターで小さめのステンレスのバケツに氷を入れてボトルを冷やすと、グラスをバケツの隣に置いたミサは近くの椅子に力が抜けるように座り込んだ。
「ちょっと休むわね」
「あぁ」
それから何十分経っただろうか。
寝ちゃったのかな。
ミサの寝顔を見たときに、ふと天魔界のアゲハを思い出した。
「ミサ、ここで寝てたら風邪引くよ?」
呼びかけながら肩を揺らすと、ミサはゆっくりと目を開ける。
「んー・・・」
そしてまるで寝起きかのようにゆっくりと両手を上に伸ばしていった。
「ふぅ、何かしら?」
「ここで寝てると風邪引いちゃうよ?」
「なら暖房を点けたら?」
するとミサは何かを気にかけるような素振りは見せずに、まるで落ち着き払った満面の笑みを見せながらそう言葉を返してきた。
「それもそうだね・・・あれ、どうする?」
ワインを指差すと、ミサもキッチンカウンターに置かれているステンレスの小さなバケツに目を向ける。
「もう良さそうね、飲みましょ?」
「あぁ」
ワインを注いだグラスとコップを持ち、ベッドの近くの低いテーブルを挟んでミサと向かい合う。
キッチンなんて初めて行ったな。
「随分と殺風景ね、何か持ち込んだら?」
「いいんだ、ベッドしか使わないから・・・ミサだって自分の家の部屋で過ごしてるんでしょ?」
「んーたまにこっちで寝たりするわ?それに服とか小物とか持って来て、雰囲気の模様替えぐらいはするわよ?」
ミサが笑顔でそう応えていると、徐々にその眼差しに眠気が伺えるようになってきたのに気がついた。
「そうか」
雰囲気だけでも模様替えしたら、確かにホテルの部屋でも過ごしやすくなりそうだな。
「前から思ってたけど、貴方って無愛想よね」
再びゆっくりと喋り出したミサは眠気を抑えるような眼差しでこちらの顔を伺う。
「そうかな」
「それにどうして、白に染めてるの?」
そう言ってミサは少しだけ目線を上に向けた。
「髪の事?これはまぁ・・・ちょっとね」
「貴方って、あんまり自分の事話さないわよね。いつも何考えてるのか分からないわ?」
何か急にちょっと愚痴っぽい口調になってきたな。
それにもう、今にも眠りに落ちそうな表情だ。
「あら、お酒無くなっちゃったわね・・・それじゃあ、そろそろ、寝ようかしら」
ミサは席を立ちふらふらと歩き出すが、そのおぼつかない足取りでは上手く歩けないのか、すぐに近くのベッドに力無く座り込んでしまった。
「大丈夫?」
「んー・・・ダメかも」
時間をかけてお酒飲んでたしな、きっと結構酔いが回ってるんだろう。
「今日はここで寝てもいい?」
そう言うと同時にミサはベッドに倒れ込み、動かなくなった。
「・・・構わないよ」
一応ミサの下まで歩み寄るが、すでにミサは膝から下をベッドから出したまま寝息を立てていた。
ってもう寝てるか。
やっぱり相当酔ってたんだな。
仕方がないのでミサを抱き上げ、とりあえずミサの頭を枕に乗せたときにふと辺りを見渡す。
暖房でも点けるか。
壁についてあるタッチパネル式のリモコンを適当に触ってみた。
すると天井にある円を描いた間接照明の辺りから、静かに風が吹く音が聞こえてきた。
こんなもんかな。
ふと目が覚めたときに最初に目に入ったのは、ベッドの近くにある低いテーブルに置いてあるグラスとコップ、そして空のボトルだった。
グラスとコップ、空きボトルをシンクに置き、正面の壁一面のガラスから洩れる、ぼやけた朝日に照らされた部屋を見渡したとき、ふと天井から微かな振動音が耳に入った。
暖房、点けっぱなしだったな。
そういえばここは高層ホテルの最上階だから、朝なら少なからず気温は低いはずだ。
でも壁一面のガラスに結露が無いってことは、あのガラスは保温性が高いのかな。
椅子に座り、外を眺めていると、ベッドのサイドテーブルのデジタル時計に念のために設定していたタイマーが鳴る。
すると小さく唸り声を上げながらミサがゆっくりと動き出した。
「・・・氷牙?」
聞き取りづらいほど掠れた声を出しながら乱れた髪を掻くミサに顔を向ける。
「水飲む?」
ミサは髪を撫で下ろしながら黙って頷いたので、キッチンにある棚からコップを取り、水を入れて持って行くと、ベッドの淵に座るミサの表情全体には若干のくすみが伺えた。
水を渡すとミサはその場で一気に飲み干した。
「ありがと」
「あぁ」
ミサが笑顔でコップを差し出してきたので受け取り、コップをシンクに置く。
洗おうにも洗剤が見当たらないな。
「ああもう、お化粧落とさずに寝ちゃったぁ」
こういうことってウェイトレスに頼めるのかな?
キッチンから出ると、ミサは何やらバッグの中から化粧品の類のものを取り出していた。
「今何時?」
小さなコットンにその化粧品の口を押し当てながらミサがそう聞いてきたので、ベッドのサイドテーブルに目を向ける。
「6時半過ぎだね」
ふとミサに目を向けてみると、ミサは軽く湿ったコットンを顔に優しく押し当てていた。
ちょうどミサの向かいに当たる、L字に曲がったソファーの短い方に座ると、顔のトーンが明るくなったミサは化粧品をしまいながらふと微笑みを浮かべた。
「氷牙」
「ん?」
「シールキー、今持ってる?」
「あぁ」
お尻のポケットからシールキーを取り出して見せると、こちらに顔を向けたミサは更に嬉しがるようにその微笑みを深くした。
「あたし、ひらめいたんだけど、シールキーを使えば、いちいち廊下に出ないでもあたしの部屋に行けるのよね」
「まぁ、そうだね」
「ちょっと貸して?」
「あぁ」
シールキーを受け取ったミサは再びバッグに手を入れてペンケースを取り出し、シールキーに素早く行き先を書き始めた。
シールキーか、この前の氷にも張り付いたところをみると、素材もこの世界のものじゃないのかな?
そしてミサは何も無い壁にシールキーを貼ると、現れた扉を開けて自身の部屋に入って行った。
開きっぱなしの扉に歩み寄り、ふとミサの部屋を覗いてみると、そこはこの部屋と変わらない内装の部屋だった。
あれ、ミサ、自分の部屋じゃなくて、ホテルの部屋に繋げたのか。
更に扉から顔を出し、部屋を見渡すが、仕切りのないスイートルームの部屋にはミサの姿はなく、ただキッチンの向こうにはこの部屋と同じように半開きの扉があるだけだった。
勝手に入るのは失礼だし、少し待ってみようかな。
間もなくして半開きの扉から新しい服を持ったミサがやって来る。
「氷牙、何してるのよそんなところで、早く入ってよ」
「あ、いや、僕も朝の支度があるし」
「じゃ、じゃあ終わったらこっちで待っててよ」
するとミサはすぐに慌てるような素振りを見せながらも、そう言って慌てた様子を隠すように微笑んでソファーを指差した。
「分かった」
しばらくしてミサの部屋に入るが、朝日ではなく天井からの間接照明に照らされた明るいその部屋は、まるで留守の部屋に人を招き入れたかのように再び人の気配を感じさせなくなっていた。
家の部屋で支度をしてるのかな。
ソファーに座って部屋を見渡すと、散らかっている訳ではないものの、何となく使い慣らされた空気が漂っている気がした。
しばらくして部屋の隅に置かれた観葉植物の隣にある、高級ホテルには似合わない質感の扉が大きく開かれると、こちらに気づいたミサは扉も閉めずにすぐに笑顔で手を振り出した。
「酔いは醒めた?」
「えぇ、それじゃあ行きましょ?」
「あぁ」
別の部屋から廊下に出るのは初めてだな。
ホールに出て朝食を食べていると、朝食を持ったユウコとヒカルコが揃ってやって来た。
「皆、朝食は家族と一緒じゃないの?」
「んーこっちの方が豪華だし、意外とお父さんは許してくれたよ?」
お椀を持ちながらユウコは笑顔で応える。
「そうか」
「最初はお母さんはダメって言ってたけど、別に学校に行かなくなる訳じゃないし、たまに家で食べるからいいの」
「そうか、ヒカルコは?」
「まぁ私は元々寮に住んでるから」
ヒカルコは落ち着き払った口調で応えてトーストを皿に置き、マグカップを口に運んだ。
「そうか」
いつでも行き来が出来ると説明したら、大抵の人は許すのかな。
「一緒に食事する人は多い方が良いのよ」
ミサはフォークでサラダをつつきながら、気品のある微笑みでそう囁く。
「そうだね」
しばらくするとユウジがマイクの前に立った。
「皆さん、どうも。えー、昨日言った実験の事ですが、鉱石を持って闘技場で力を使うという、簡単なものです。人数は7人受け付けようと思います。以上です」
「そういえば、イギリスでまたテロが起こったらしいよ」
ユウコは見た目から反してよくニュースを見ているみたいだ。
「そうか、この世界じゃ、もう頻繁に起こる事みたいだね」
「何かね、翼の生えた3人組らしいよ」
そんな話をしながら、ユウコは何やら小さく首を傾げ斜め上を見ている。
「そうか」
今日は2人共、制服じゃないんだな。
まぁ休日なんだろう。
ノブのお酒は果たしてどんな味がするんでしょうかね。笑
ありがとうございました。




