セカンド・ラウズ
これまでのあらすじ
堕混という存在を知り、同時にそれが異世界に侵略していったと聞かされる氷牙。鉱石も使い、目的を果たした氷牙は知り合った三国の兵士と共に一旦自分の世界に帰ることにする。
おじさんの部屋に入ると、巨大なモニターの前に座っていたおじさんはそのまま椅子を回し、こちらに体を向けてきた。
「氷牙君、お帰りなさい・・・ん?その2人は?」
「あぁ、ちょっと事情があるんだ」
「そうですか」
すると特に驚くような表情も見せずにおじさんは立ち上がり、2人に向けて軽くお辞儀をした。
「はじめまして、私はこの組織のオーナーです」
その無表情さからいきなり出された礼儀正しさに戸惑ったのか、2人は慌ててお辞儀を返す。
「あ、どうも、あの、ミントです」
「ライムです」
2人の挨拶に、おじさんはうっすらと笑みを浮かべてから椅子に腰掛けた。
「実は2人を組織に住まわせたいんだ」
「分かりました。部屋の空きはあるので、問題無いですよ」
即答・・・。
「そうか」
おじさんがふと部屋の隅のテーブルに置いてある、ステンレス製と思われる小さな箱を開けると、そこから2枚のカードキーを取り出した。
「隣同士の部屋で良いですよね?」
おじさんがカードキーを差し出すと、2人はそれを見ながら小さく首を傾げ、再びおじさんを見た。
「これ何ですか?」
「部屋の鍵です」
「あ、あの、2人で1つの部屋で良いですよ」
「そうですか」
異世界から来た人にも全然動じないのか。
まぁ異世界同士を繋げる技術があるなら、不思議でもないんだろうけど。
「ユウジ達は帰って来てる?」
「はい、只今会議中だと思います」
おじさんはカードキーを小さな箱に戻しながら淡々とそう応える。
「そうか、2人共、この組織のリーダーに少し説明するから、それまでここで待ってて」
「うん」
「では、どうぞ」
おじさんが2人に椅子を出しているのを見ながら、会議室への扉を開ける。
ガラス張りの壁越しにホールを見渡せる会議室を馴れ親しんだような雰囲気が包む、どことなく匂いに似た感覚を感じたと同時に、目が合ったマナミが声を上げると、マナミを見たミサが真っ先にマナミの目線の先に顔を向けた。
目が合ったミサはすぐに寂しそうな眼差しを向けてきたものの、そんなミサとは対称的にマナミは何かを期待しているような微笑みを浮かべていた。
「あ、氷牙お帰りー」
同じくこちらに顔を向けていたユウジが、いつものように呑気な雰囲気を感じさせる口調でそう言ってすぐに皆の方に目線を戻したとき、異世界に行く前にミサに言った一言がふと脳裏に甦った。
「あぁ、実は皆に頼みがあるんだ」
そういえば、皆は普通に海外に行ってたって思ってるんだよな。
ユウジが再びこちらに振り向くと、3人が作り出したこの空気にまったく動じないかのように落ち着き払った態度のアキもこちらに顔を向ける。
「何かな?」
「事情があって国に帰れなくなった人を連れてきたんだ。それでその2人を組織に住まわせたいんだ。おじさんにはもう許可は貰ったよ」
「そうかぁ・・・まぁ俺は良いけど」
ユウジがアキに顔を向けると、アキは眉を少し上げながら微笑み、肯定的な態度をユウジに見せる。
「まぁ2人くらいなら良いんじゃない?」
「そうか、ミサは?」
「あ、2人が賛成ならあたしも良いわよ」
ミサの眼差しには先程の寂しさはすでに消え失せていて、今はどこか嬉しそうな笑みをこちらに向けていた。
「マナミも良い?」
「うん」
3人を見渡していたマナミも、こちらに顔を向けて笑顔で頷く。
「2人共、リーダー達も良いって。紹介するよ」
「あ、うん」
2人を連れて会議室に戻ると、ミント達が足を踏み入れた会議室はまるで新しい風を入れたかのように、優しく静寂に包まれた。
「・・・ざ、斬新な服装だね。どこの民族衣装?」
マナミの呟きを静かに飲み込む、静寂に満たされた会議室の扉を閉め、皆の視線を集めているミント達の隣に立つ。
「まず、紹介するよ。この人がユウジでこっちがアキ。この2人が組織のリーダーだよ」
ミント達が黙ってユウジ達にお辞儀すると、一枚の布を体に巻き、その上に軽そうに見える鈍い光沢を放つ鎧を着けた服装の2人に、ユウジ達も不思議そうな表情でお辞儀を返す。
「あっちがマナミで最後にミサ。この2人がリーダーの補佐役だよ」
「はじめまして、よろしくね」
マナミがそう言って2人に笑顔を見せると、2人はまったく同じタイミングで笑顔を浮かべ、小さく頷いた。
やはり双子だ。
「それでこっちがミントで、こっちがライム」
「お世話になります」
そして再度2人は揃って皆にお辞儀をする。
「日本語上手だね」
するとユウジが落ち着いた様子で口走る。
「実はこの2人はこの世界の人じゃないんだ」
「この世界?・・・どういうこと?」
ユウジが小さく眉をすくめて首を傾げたとき、視界に隅に見えるミサが若干そわそわとした素振りをしたのにふと気がついた。
「僕は海外に行ったんじゃなくて、異世界に行ってたんだ」
「え・・・」
アキの表情は固まったものの、ユウジは納得したかのように頷き出し、マナミに至っては2人の姿に感心するような声を漏らした。
「すごいね、異世界のファッションかぁ」
「じゃあ、2人は異世界の人間なの?」
「いや、人間と言うか、まあ人種で分ければ天使だよ」
「まぁ、天使?」
ミサが落ち着いた口調で驚きの声を小さく上げる中で、アキは頷きながらその強張らせた表情を緩めていった。
「そう言われればそう見えるね」
再び口を開きながら、マナミは2人の醸し出す雰囲気から服装までなめ回すように眺めていく。
「まぁ見た目は人間と変わらないから、皆よろしく。ユウジ、今夜にでも組織の皆に紹介してよ」
「あ、うん、分かった。でも何て言おうか」
ユウジが頭を掻いて考え込んだときにふと2人を見ると、ミサを見るミントの微笑みは何故かミサを見守るような優しさを感じさせた。
「あ、ユウジ、オーナーさんは軽々と異世界に行けるなんて言わないでって言ってたわよ」
ミサが思い出したように口を開くと、ユウジはますます考え込むように唸り出すものの、すぐに何かに気がついたかのような表情でミサに顔を向けた。
「あそっか、ミサさん、氷牙が異世界に行ったって知ってたんだっけ」
「えぇ」
「2人共良かったね、4人は受け入れてくれたみたいだよ」
「うん、ありがとう。氷牙のおかげだよ」
ライムが応えると2人は揃って笑顔を浮かべ、先程から伺えていた若干の緊張感も解けていったように見えた。
「組織やこの世界の事で分からない事があればリーダー達に聞いてよ」
「うん」
「氷牙、お土産は?」
唐突にそう聞いてきたマナミに顔を向けたとき、すぐにアリシアに貰った食べ物のことを思い出した。
「忘れちゃった」
「なんだぁ」
するとニヤついていたマナミは残念がるような表情は浮かべずに小さく嘆く。
ラフーナでも持ってくれば良かったな。
「でもユウジが興味湧きそうなお土産話ならあるよ」
「お?何かな?」
「断言は出来ないけど、鉱石を持ってたとき、使った力の威力が増したような気がしたんだ」
「ほー」
大きく頷きながら、ユウジは関心を示すような表情で腕を組む。
「もしかしたら、あの鉱石を持つだけでも力の威力の変動に効果があるんじゃないかな」
「それ本当かい?」
するとアキも興味を示すような凛とした眼差しで口を挟んだ。
アキも興味を持ったみたいだな。
「違和感があったのは確かなんだ」
「そっか」
「とりあえず僕はホールに戻ろうかな」
「あ、ミントさんとライムさんは少し組織での生活について説明するよ」
「あ、うん」
そう言ってユウジがおじさんの部屋から素早く椅子を持って来るのを見ながら、会議室を出た。
そういえば、何日ぶりだろうか。
そんなに経ってないとは思うけど、居ない間に大きな事件とかあったかな。
ふと窓を見ると、ガラスの向こうに見える遠い空が纏う色はどこか寂しさを感じさせた気がした。
ホットミルクを持ち、近くの椅子に座る。
「あーっ」
すると間もなくして何やら声を上げながら慌てた様子でユウコが駆け寄って来た。
「どうかした?」
「失踪してたんでしょ?誘拐されたの?」
しかしそう口を開きながら前の椅子に座るユウコの表情は、動揺しているようなものではなく、むしろ楽しんでいるようなものだった。
「何の話?」
「だって急にいなくなったから」
「旅行みたいなものだよ、ミサから聞かなかったの?」
ユウコは目線を上に向けると、直後に小さく首を縦に振る。
「私はシンジから聞いたの」
「そうか」
「そういえばね、シンジの腕がまた大きくなったんだよ」
頬杖をついたユウコは、リラックスしたような表情を見せながら、ふとそんな話をし始めた。
「そうか」
まさかもう1回覚醒したなんてことないよな。
きっとシンジも鉱石を使ったんだろう。
「ユウコはここに来て友達が増えたみたいだね」
「うんすごい増えたよ」
「そうか、それなら今日組織に新しい仲間が来るから、仲良くしてあげてよ」
「え?そうなの?うん分かった」
異世界から来たと聞いても、多分ユウコなら気にせずに2人と接してくれるだろう。
「帰ってたんだ」
「あぁ」
ユウコの隣に座るヒカルコの眼差しはユウコの楽観的なものとは違い、いつものようなまるで落ち着き払ったものだった。
そしてヒカルコもユウコ同様、リラックスした表情を浮かべながらモニターを見始めて間もなくすると、ふとヒカルコは何かを思い出したように、小さくニヤつかせた表情をこちらに向ける。
「氷牙が居ない間、ミサの元気が無かったよ」
皆、組織での生活にもだいぶ慣れたんだろうか。
「そうか」
「その間に大学でまた告られたって言ってたけど、それどころじゃなかったってさ」
「そうか」
するとヒカルコはリラックスしたような表情から、ふと何かを見定めるような鋭い眼差しをこちらに向けてきた。
「ほんとは、どこに行ってたの?」
ヒカルコならそう言うと思ってた。
「ミサから聞かなかった?」
「海外って言ってたけど、何かちょっと怪しかったから」
ヒカルコの洞察力はさすがだな。
それにしてもシンジは誰から聞いたんだろう。
「多分今夜ユウジが言うと思うよ」
「ふーん」
ヒカルコが目を細くしてこちらを見ていることに構わず、何となくモニターに目を向けてみると、モニターに映る人達が使う力に、前と比べて個性を感じるようなものになったことにふと気がついた。
「そういえばヒカルコは鉱石使ったの?」
するとヒカルコは少しだけ恥ずかしがるような微笑みを見せた。
「まぁね」
「そうか」
そういえば最初から使いたいとは言ってたしな。
「そういえばシンジがまた覚醒したんだって」
「その覚醒って鉱石を使ったの?」
「ううん、自然に」
「そうか」
自然に覚醒するのは1回だけじゃないのか。
「ユウジが第二覚醒って名付けたみたい」
「そうか」
第二覚醒なんて出来たら、更に力に個性が出るようになるってことか。
今度大阪の組織に伝えようかな。
「あっ」
急に声を上げたユウコに顔を向けると、ユウコは何故か嬉しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ん?」
「今のシンジなら、氷牙の尻尾出せるかも」
尻尾?あ、絶氷牙か。
第二覚醒したシンジか、戦ってみたいな。
「尻尾?何か隠してるの?」
「ううん、何かね、尻尾が出るんだって。カワイイでしょ?」
ユウコは楽しそうに話しているが、ヒカルコは首を傾げながら若干困惑したようにユウコとこちらを見ている。
「それってほんとの尻尾?何かの秘密ってことじゃなくて?」
普通ならそう考えるのかな。
「うーん、ただの尻尾だよ」
するとヒカルコの表情につられてか、ユウコもその表情から徐々に自信を感じさせなくなっていく。
「今出せないの?」
ヒカルコも食いついたのかな。
「簡単には出ないよ」
ヒカルコが眉を竦めながら口を小さくすぼませ、不服そうな顔を見せたとき、ふと舞台を降りるミサが目に入った。
「あらヒカルコ、タツヒロは終わったの?」
始めて聞く名前だな。
「うん、さっきね。それより良かったね、氷牙帰って来て」
ヒカルコの言葉に、ミサは照れを隠すような微笑みと共に鋭い眼差しをヒカルコに返した。
あ、そうだ、堕混の事ユウジに言わないと。
三章目です。一章の世界観がどれだけ変化するのか、そんな感じで期待して頂けたら嬉しいです。
ありがとうございました。




