そして天使は旅立った
「女王様、まだ反乱軍は大勢います。またいつ攻めて来るか分かりませんので、気は抜けません」
「そうね、分かったわ」
真剣な顔で頷くと女王は話題を変えようとするかのように優しく微笑み出す。
「・・・今回あなた達の活躍で、死者が出ることもなく精鋭部隊の皆が戻って来れたことを天魔女王として祝福するわ。ならびに指揮官のホルス大尉、あなたのことは我が天魔軍の兵士として誇りに思うわ」
「有難うございます」
一礼したホルス大尉に笑顔で頷くと、女王はそのままその笑顔をこちらに向けた。
「そして前回に引き続き今回もよく働いてくれたお礼に、氷牙の階級を上げてあげるわね」
お、昇格だ。
「あ、ありがとうございます」
「あまり長居をさせてしまっては失礼だから、イリミティ姉妹を引き取って貰うと同時に傭兵としての関係も解消することにするわ。2人のこと、よろしく頼むわね」
「はい」
ちょうど良い、反乱軍は色んな所に行ったって言うし、この際捜してみるか。
「それじゃ氷牙、約束通りあなたの願いを叶えてあげるわね」
笑顔でそう言うと女王はログを連れて王間を去っていった。
こっちの世界の能力者なら、堕混が攻めてきても大丈夫だろう。
間もなくして王間に戻ってきた女王の手には、女王の背丈ほどある、何やら先端に大きな飾りがついた豪華な杖が握られていた。
「それじゃあ今から天魔の力を与えてあげるわ。準備は良いかしら?」
女王が王間から杖の先端を伸ばしてきたので、一応ポケットから鉱石を取り出しておく。
「はい」
「それじゃああなた達は離れなさい」
ホルス大尉達が円を描くようにこちらから離れていくと、杖の先端をこちらに向けながら、女王は目を閉じて念じ始める。
すると鉱石を胸元に当て待ち構えると同時に、杖の先端に向かって霧のような光と闇がそよ風のように吹き込み始めた。
そして光と闇が球のように形作られた直後、杖の先端に浮かぶ光と闇の球からこちらに向かって光と闇が優しく、まるで日光のように降り注いできた。
天魔の力が欲しい。
そう念じながら、光と闇を浴びる。
ほんのりと体全体が暖かくなるような感覚を感じ始めると同時に、その暖かさが体の内側にまで優しく浸食していくのも何となく分かった。
「ふぅ・・・上手くいったみたいだわ」
「ありがとうございます」
「えぇ」
満面の笑みで応える女王を見ながら手を広げてみると、掌には先程まであった鉱石が跡形もなく消えていた。
本当に上手くいったみたいだな。
「それじゃあ・・・今はゆっくり休みなさい。ホルス大尉達も戻っていいわ」
「はい、失礼します」
そして隊が解散し、女王が王間を去ると、エントランスには満たされた緊張感を解いていくように一時の安堵感が優しく降りかかっていった。
「あっホルス大尉、お帰りなさい」
ホルス大尉達と共にバーに入ると、ホルス大尉を出迎えたリコリスは、ホルス大尉を心配していたかのように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「おう」
2人の仲には、進展はあったのかな。
左隣のテーブルにホルス大尉、エナ、ミレイユが座ると、同じテーブルの向かいにはミント達が座った。
少しして頼んだ飲み物が運ばれてくると、ホルス大尉は嬉しそうにラフーナサワーを持ち、まるで1杯目の生ビールを飲むサラリーマンのように豪快に喉に流し込む。
「だはぁー。今日も無事に任務が終わったなぁ、いやぁほんと良くやったよ。そういやお前ら、あっちでどうやって暮らすんだ?」
ホルス大尉に顔を向けたミント達はすぐに目線を上げていったが、その顔はまるで何も考えていないような表情そのものだった。
「そういえば考えてなかったね」
「そうだね」
まったく不安がらないのか、さすが天使だな。
まぁ戸籍は無くても、組織の中で暮らせば問題無いんだろうけど。
「本当に大丈夫なの?」
ミレイユが不安げにミント達の顔を覗くと、ミレイユの気持ちが伝染するように2人も少しずつ表情を曇らせていく。
「氷牙、どうしよう」
「僕の世界は基本的にはお金が無いと生きていけないけど、今は組織の中に居れば大丈夫だよ」
「組織って?」
するとすぐにライムがそう聞いてくる。
「僕みたいに力を持つ人間が居る所だよ。そこならお金が無くても、ちょうどこの世界みたいに食べ物とか自由に食べれるから」
「ふーん」
「他の人は私達を受け入れてくれるかな?」
ライムが頷き出すと同時に、今度はミントが不安げな表情を見せながらそう聞いてきた。
「どうかな。でも組織の中に居る人間なら平気だと思うよ」
「どういうこと?」
「人間ていうのは、自分の脅威となるものはつい恐れるんだ。だけど最近になって力を手に入れたから、多少は何かしらの力を持った人間以外の何かでも、受け入れられる人がいるってことかな」
ミント達が黙ってゆっくりと大きく頷くのを見ながらお皿を持ち、ピラフのような料理をスプーンで掬って口に運ぶ。
リコリスは色々な種類のシードを混ぜて炒めたって言ってたけど、お米と言うよりは豆の食感に近いな。
種の使い道はジュースだけじゃないんだな。
「氷牙、そっちの世界は広いの?」
ふと口を開いたライムに目を向けると、ライムは興味を示すようなニヤついた表情をしていた。
「広いと思うよ。そういえば下の階層にはどんな国があるの?」
ライムがミントの顔を見ると、ミントは笑顔でこちらに顔を向ける。
「下は世界の果てが無くて、球体みたいになってるんだよ。ちなみに私が行ってた国はヒンガンレテオって言う都会の国だよ」
それならこっちと同じだな。
「そうか、球体になっているのはこっちも同じだよ」
「そうなの?なんか親近感湧くね」
下はって、ここは違うのか?
ミントがライムに顔を向けると2人は微笑み合うが、こちらに顔を向けたライムはふとどこか不安げな表情を見せた。
「言葉とか大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うよ。僕もここに来て普通に話してるし」
「あ、それもそうだよね、考えてみたら不思議だよね」
ライムがミントに顔を向けると、2人はその若さからはあまり想像出来ないほど落ち着き払った微笑みを向けあった。
「うん。でも大丈夫なら気にしなくても良いね」
「氷牙、この後はすぐに帰るのか?」
食事も終盤になると、お酒を飲んで酔っていると思いきや、話しかけてきたホルス大尉はどこか頼りがいを感じるような、落ち着いた表情をしていた。
「そうだね、ちょうど自分の世界の様子も見たいと思ってたし」
「そうか、だが挨拶くらいはしないとな」
「そうだね」
「あら、だいぶ疲れも癒えたようね、どうかしたの?」
しばらくして天魔城に戻ると、王間からこちらを見下ろす女王も、まるで一休みしたかのようなリラックスした表情だった。
「はい、別れの挨拶をしようと思いまして」
「そう、もう行くのね」
女王は別れを惜しむような表情も見せず、かと言って明るく送り出そうとする笑みも見せず、その眼差しにはただ優しく包み込むような女王たる気品さに溢れていた。
「はい。お世話になりました。2人の王にもそうお伝えください」
「分かったわ。イリミティ姉妹も元気でね」
「はい」
「あっさりし過ぎたんじゃないか?」
城を出るとすぐにホルス大尉は神妙な面持ちでそう口を開く。
「そうかな」
「氷牙っ」
声の方に振り返ると、そこにはこちらに駆け寄って来るアゲハの姿があった。
「アゲハ、どうかし」
言葉を遮るように突如後頭部を小突かれたので、ホルス大尉に顔を向ける。
「おい、呼び捨ては失礼だろ」
「そうか」
そういえば姫だったな。
「いいの、どうせみんなあたしの事名前で呼んでくれないでしょ?」
アゲハのからかうような目線に、ホルス大尉は困ったような表情で頭を掻き始める。
「いやぁそれは・・・」
「もう友達みたいに話してくれるの、アリシア達以外で氷牙とレイだけだよ」
ホルス大尉がアゲハに顔を向けると同時に、アゲハは慌てたように口を押さえた。
「姫様、レイって、まさか死神のですか?」
ホルス大尉の問いに、アゲハは黙って口を押さえながらホルス大尉を見上げている。
「姫様」
再びホルス大尉が優しく呼びかけると、アゲハは観念したかのように手を下ろした。
「実はね、あたし達3人は、前からレイと知り合いなの」
ホルス大尉は腕を組み考え込むように目線を落とすが、すぐに何かをひらめいたかのような表情を見せた。
「そうか、あの手紙はレイが渡したんだな。それならつじつまが合う」
「出来ればお母様達には内緒にして欲しいの」
するとそう言ってアゲハは手を合わせながら、甘えるような上目遣いでホルス大尉を見つめると、ホルス大尉の表情は再び困惑の色に染まった。
「あー、まぁそうおっしゃるなら、分かりました」
「アゲハ、見送りに来てくれたの?」
「うん」
「それじゃ氷牙、俺はそろそろ宿舎に戻るわ」
「そうか」
頭を下げたミント達に軽く手を挙げながらホルス大尉が去っていったので、アゲハと共に天界に向かうと、噴水の前にはアリシアとエリカの姿があった。
「アゲハから聞いたよ、帰るんだってね」
「あぁ、アリシア達にも世話になったね」
「全然良いよ」
「それじゃ元気でね」
「あぁ」
満面の笑みで手を振るアリシアに軽く手を挙げて応え、天界を後にする。
石碑はどこだっけ、目印とかつけて置けばよかったな。
「氷牙の世界ってどうやって行くの?」
口を開いたミントに顔を向けると、若干ワクワクしているような表情を見せるミントの後ろにいるライムの、どこか不安げな表情がふと気にかかった。
「ゲートをくぐればすぐだよ」
「ゲートって?」
するとすぐにライムが問いかけてくる。
「石碑みたいなものだよ」
「ふーん」
確かここら辺の茂みから出てきたはずだけど、何日も経ってるし、もう覚えてないな。
「ちょっと待ってて」
「うん」
仮面を被って上に飛び、森を見下ろす。
葉っぱの密度が多く、地面が見えない森の不自然な穴を確認してから、2人の下に降り立った。
「あった?」
仮面を外すと再びライムがすぐに聞いてきた。
「あぁ」
森に入ると、あまり時間の経たないうちに遠くから地を這うように響く低い声が聞こえてきた。
「む、無心兵っ」
2人と共に周りに警戒しながら進んでいくと、石碑が見える頃には多数の無心兵に囲まれていた。
「あれがゲートだよ」
「え?・・・もう邪魔っ・・・どれ?」
無心兵と格闘しているミントに目を向けたとき、大鎌を掲げる1体の無心兵がちょうど目の前に飛び込んできた。
「氷牙、後ろっ」
ライムに言われて振り返ると、直後に前後の防壁に大鎌が勢いよく刺さったが、構わずに石碑に向かって歩き出す。
「石碑に近づけば襲われなくなるよ」
「そうなの?」
2人が無心兵の大鎌を避けながら、石碑に向かって走り出すが、無心兵達は当然の如く2人を追いかけてくる。
しかし2人が草木の生えていない所まで来た途端、無心兵は動きを止めると、そのまま周りを見渡しながらうろうろし始めた。
そんな無心兵達を見ながら、2人は安心した様子でため息をついてこちらの方に顔を向けると、揃って首を傾げながら得体の知れないものを見るような眼差しで石碑を見つめた。
「これがゲートなの?」
「あぁ」
三国からこんな近くにあるのに、誰も気が付かなかったのか?
石碑に手を伸ばすと、指は表面に着かずにそのまま石碑の中に入っていき、その様を見た2人は口元を押さえながら小さく声を上げた。
「じゃあついて来て」
「う、うん」
ゲートをくぐり、間接照明に照らされた、薄暗く何メートルもない道のりの先にある扉のドアノブに手を掛けたときにふと後ろを見ると、霧の壁のようなゲートを不思議そうに眺める2人が居た。
問題無さそうだな。
「こっちだよ」
「うん」
2人が歩き出すのを見ながら扉を開けた。
今回は異世界からの帰還ということなので区切りはつけやすいですかね。ここで第二章、終わります。
ありがとうございました。




