ビギニング2
再びユウジが念じるように表情を引き締めると、直後に立て続けに落雷が襲ってきたので、ブースターを噴き出しながら、まるでスケートをしているかのようなしなやかな動きで落雷をかろうじてかわしていく。
その中で氷弾を撃つが、落雷によって氷の弾はユウジに届く前に打ち消されてしまう。
「落雷を避けるなんて、人間業じゃないね」
手を降ろしたユウジは少し疲労感のかいま見えるため息をついたが、その微笑みはまるで楽しんでいるかのようだった。
「ユウジだって、落雷を自在に起こすなんて人間業じゃないよ」
「そうだよね」
そう言いながらユウジは再び掌を上に向けると、先程よりも二回りほど大きな電気球を作り出した。
それに加えて先程よりも速く電気球を飛ばしてきたが、ブースターを噴き出してとっさにかわすとユウジはすぐさま立て続けに同様の電気球を何発も撃ってきたので、滑るようにそれをかわしながら氷弾を撃って応戦していく。
最後の一発の氷弾がユウジまで届いたと思った瞬間、ユウジがとっさに電気を帯びた手で氷の弾を叩くと、氷の弾は叩かれた衝撃で破裂し、そしてその小さな爆風はユウジを少しのけ反るように後ずさりさせた。
「っと・・・なかなかやるね。まるで今まで遊んでたみたいだ」
何も考えてないように見えて、鋭い洞察力だな。
ある意味ヒカルコ同様侮れないかもな。
「そんなことないよ」
「そうかい?」
そう言ってニヤついたユウジは素早く掌を地面にかざすと、こちらに向けて地面を這うように電気の波を走らせたので、上に飛んでそれを回避したが、直後に地面を這う電気の波からは電気の柱が天井に向かって飛び出してきた。
落雷ならぬ昇る雷といったところだろうか。
シンジのように突っ込むだけじゃなくて、ミサ同様に作戦重視のタイプだな。
雷の柱を避けている隙を狙ってか、ユウジはその間に両手を上げ、これまでにないほどの大きな電気球を作りあげていた。
なるほど、電気の柱は囮か。
気がつくとユウジが投げつけた特大の電気球がすぐ目の前まで迫っていたので、両手に氷の紋章を出し、ブースターを全開にし、自分の身長より大きな特大の電気球を受け止める。
しかしあまりの衝撃に少しずつ押されていき、遂には壁と電気球に挟まれてしまった。
これはまずいな。
完全に力負けしてる。
まぁ、これはこれでいいか。
少しの間押されていると特大の電気球は凄まじく膨張しながら消えていったが、その衝撃で吹き飛ばされて体は勢いよく壁に叩きつけられた。
衝撃のダメージはたいしたことないが、この姿じゃ、これまでかな。
「すごいね、ユウジ」
片膝をついて地面に着地して、立ち上がりながらそう言うと、ユウジは戸惑うような表情でこちらを見ている。
「普通に立ってる君の方がすごいよ。結構本気出したんだけどな」
「そうかな。あのさ・・・」
「もう降参すんの?」
「え?」
「まだ切り札出してないんじゃない?」
ニヤついてはいるが、ユウジの目は笑ってないように見える。
「どうかな。じゃあ続きはトーナメントってことで、どうかな?」
するとユウジは黙ってうつむく。
「・・・いいよ」
ホールに戻ったとき、すぐにモニターの下に集まっている人達が目に入った。
それほど注目されていたのかな。
空いている席に座って間もなくするとミサが隣に座ってくる。
「大丈夫?あんな大きな電気の球初めて見たわ?」
そしてそう言いながらミサは小さく首を傾げて顔を覗いてくる。
「大丈夫だよ。でもあれは完全に力負けしてたよ」
「・・・そう」
「それにミサにもちょっと勝てないと思ったよ?」
「え?そう?あたしなんて全然よ」
ミサは何故か照れているみたいだ。
「そういえばユウジってどう思う?」
「え?」
目線を落としていたミサは不意を突かれたように、少し驚いた顔をこちらに向ける。
「リーダーに向いてると思うんだけど」
人気もあるみたいだし。
「そうねぇ。確かに戦い方を見る限りでも賢いと思うところがあるわね」
離れたテーブルにいるユウジを見てみると、ユウジは人に囲まれ、賑やかに話をしていた。
「あと何戦かでリーグ戦も終わるわね」
「そうか、もうそんな時期か」
おもむろに席を立つと、ミサがこちらの顔色を伺うように覗いてきたのがふと視界に入った。
「あらどこに行くの?」
「ちょっとね」
リーグ表を眺めているおじさんに話しかけた。
氷牙ったらオーナーさんと何話してるのかしら。
「ミサ、またじっと氷牙見てるね」
声がした方には微笑みながらこちらの顔を伺うヒカルコがいて、ヒカルコはそのまま隣の椅子に座った。
「ちょっとヒカルコ」
「氷牙が本気出したとこ、まだ見てないよね」
すると急に神妙な面持ちになったヒカルコは氷牙を見ながら唐突にそう呟く。
「そうね、あたしのときも急にやめちゃったし」
本人はああ言っているけど、何か隠してる気がするのよね。
それにいつも無愛想だし、氷牙って読めないわ。
「氷牙、ユウジのこと気にしてたわ」
「どんな風に?」
ヒカルコは遠くを見ながらすぐに言葉を返す。
「え?何か、リーダーに向いてるとか」
「ふーん、なるほどね」
何か心当たりでもあるのかしら。
「ヒカルコ、何か知っているの?」
「ううん」
すると氷牙が戻ってきて隣に座ったが、ヒカルコやこちらに顔を向けても相変わらず表情を変える素振りを見せない。
「氷牙、何の話をしていたの?」
「ん?まぁリーダーの仕事についてかな」
「あらそう」
氷牙って、表に感情が出ないタイプなんだわ。
何か視線を感じると思ったときにミサに顔を向けると、その視線の正体はこちらに真っ直ぐな眼差しを向けているミサだった。
「どうかした?」
しかし声をかけるとミサは照れながらすぐに目を逸らした。
「何でもないわ」
「そうか」
そろそろ次の組が決まる頃かな。
「そういえば、組織ってここの他にも沢山あるらしいね」
ヒカルコはオレンジジュースの入ったコップを口から放しながらさりげなくそんな話を切り出した。
「そうか」
・・・沢山?
特殊能力を持つ人間が集められたのはここだけじゃないのか?
この組織にこれだけの能力者がいて、しかもその組織が幾つもある?
なら、今日本にはどれだけの能力者が居るんだろう・・・。
「それでも、さすがにまだテロは起こってないと思うけど」
「テロ?」
2人が声を揃えながらこちらに顔を向ける。
「これだけ力のある人間がいるんだ。しかもその組織がいくつもあるなら、良心が力に負ける人間がいたっておかしくない」
「そうだね」
「そんな・・・」
ヒカルコは落ち着いた表情を崩さずに小さく頷いたが、それとは対照的にミサは不安感を募らせるように表情を曇らせる。
そういえばおじさんから名前は呼ばれなかったな。
「どうしよう。心配になってきたわ」
「大丈夫だよ。ミサは戦える力があるんだから」
「そうよね」
不安げなミサの顔が何となく少し和らいだように見えた。
「ところで2人とも成績はどうなの?トーナメントに出る感じはある?」
「あたしそんなに負けてない気がするのよね。もしかしたら出るかもね」
「ミサは今のところ2敗だよ。私はどうかな、ぎりぎりかな」
どっちも頭を使って戦うタイプだし、やはりその方が勝ち星が多いのかな。
「氷牙もまだ2敗よね?」
「そうだね」
・・・ん?なんか1番の辺りが騒がしいな。
「あら、何かしら」
「怪我人みたいだね、気失ってるみたい」
徐々に1番モニターの下にやじ馬が集まっていくと同時に、医療班らしき人達が駆け寄って行くと、医療班の1人は倒れている怪我人に触れただけでみるみる傷を消していき、怪我人の意識もすぐに回復させた。
「すごいわ」
「さすがだね」
2人はその様子に釘付けになってるみたいだ。
怪我を治す人を、おじさんは必要としてここに集めたのかな。
いや、それだけじゃないだろうな。
「そういえば2人とも怪我してないよね。戦い方が上手いからかな」
「そんなことないわ?」
こちらに振り向いたミサが微笑んで応えるが、ヒカルコは何かを面白がるように小さくニヤつき出した。
「それより氷牙が怪我してないのが不思議だよ」
「そうよね、作戦なんて考えてなさそうだものね」
ミサが応えながらヒカルコに顔を向けると、2人は静かに笑い合う。
「確かに考えてないかもな」
自由に操れる訳じゃないしな。
「あらそう。あの見えないバリアのお陰かしらね」
「まあね」
しばらく2人と話をしていると次々と闘技場から戦い終えた人達が出て来た。
「もしトーナメントに出たら、また氷牙と戦うことになるのかしら」
そう言うとミサは小さく眉をすくめながらこちらを見る。
「そうかも知れないね」
「でも氷牙はミサには勝てないんでしょ?」
するとヒカルコがまたミサをからかうようにニヤつき出す。
「もうヒカルコったら」
そして連戦の末にリーグ戦は終わり、夕食の時間になるが、ふと周りを見渡したときに気になったのは所々に見える空席だった。
「そういえばユウジは全戦全勝らしいわよ」
「そうか」
食事も終盤になり、デザートが運ばれる頃になるとおじさんがマイクの前に立った。
「どうも皆さん、無事リーグ戦も終わり、何よりです。続いてのトーナメントは明日から行います。ですが、その前にリーダーから少し話をしてもらいます」
おじさんの指示を受けて舞台に上がり、マイクの前に立ち皆を見渡す。
「どうも、無事に予選が終わり、明日からはトーナメントですが、その前にリーダーについて話をします。実はこの組織のリーダーをあともう1人決めることになりました」
すると会場が少しざわつき始めた。
「攻撃型と支援型からリーダーを1人ずつ、そして補佐を1人ずつ、計4人でこの組織のブレインになって頂こうと思います」
会場は何となく微妙な空気を漂わせている。
ブレインに関してはおじさんの指示だしな、会場の空気が悪くても僕には責任はないな。
「補佐はそれぞれのリーダーの指名という形で決めたいと思いますが、肝心な支援型のリーダーは、自己推薦と他己推薦で決めようと思います」
お互いに顔を見合わせる人達などがあちこちで確認出来ると共に、何となく会場が少し静かになった気がした。
「立候補する人、推薦された人は後でおじさんのところまで来て下さい。僕からは以上です」
静かに席に戻り、残りのデザートに手をつけようとすると、席についたのを見るなりミサがすぐさま何か言いたそうに顔を寄せてきた。
「氷牙、リーダーになったら誰を指名するの?」
「僕だったら賢い人がいいかな」
「あらほんとに?」
するとミサは何故か嬉しそうにニヤつきながらうつむいた。
「トーナメントって人数決まったの?」
スプーンを口から放したユウコは穏やかな笑みを見せながら不意にそう聞いてきた。
「そういえばまだだな」
そして夕食が終わり、部屋に帰る人や闘技場に行く人で会場に動きが見えてきた頃。
「業務連絡、リーダーさん、来て下さい」
おじさんだ。
支援型の人が来たってことかな。
舞台に上がると、おじさんの隣には2人の男女がいて、2人は共に落ち着いた佇まいでこちらに顔を向けていた。
「あ、氷牙君、2人来てくれたみたいですよ」
「それは良かった」
ちょうど良いな。
「こちらがアキミヤソウ君、こちらがナカガワマナミさん」
おじさんの紹介の後に2人は軽く礼をしたので会釈を返した。
「それじゃ、どちらがリーダーを希望してくれるの?」
「あ、あの・・・」
少し首を下げて上目遣いになったナカガワマナミが小さく手を挙げた。
「マナは出来れば、補佐がいい・・・かな」
話し方がゆっくりでおっとりとした雰囲気だな。
「そっか、それじゃ・・・」
ゆっくりとアキミヤソウに顔を向けると、アキミヤソウもこちらに顔を向けるが、聡明さを感じさせる落ち着いた表情はすぐにどこか責任感を感じさせた。
「僕がリーダーでいいですよ」
「なら決まりだね。じゃあ自己紹介はトーナメントの後でよろしく」
「わかった」
「あ、はい」
何となく2人が舞台を降りて行ったのを見届けてからおじさんに体を向ける。
「あ、そうだおじさん、トーナメントは何人が良いかな?」
「そうですね、8人だとちょうど良いですね」
ふとした会話の中に重要なキーワードを入れてるので、無駄なシーンこそ見るべきところかも知れませんね。
僕、そういうの好きなんです、無駄なシーンとか、食事シーンとか。笑
ありがとうございました。