そして歯車は動き出す2
「メギドラグっつったら、やっぱりあの腕だな。あの見た目通りのはち切れんばかりの筋肉は、どのエニグマの肉よりも歯ごたえと脂が段違いだ。しかもその肉がロウショウ種のものとなると、まぁ、俺もメギドラグのロウショウ種は初めて見たから分からないが、想像を超えるだろうな」
「そうなのか、全体の見た目からはそんな美味しそうには見えないけど」
「はっどのエニグマだってそんなもんだ」
・・・確かに。
エナ達の居る場所に一旦戻るが、辺りを見渡してもミレイユの姿がないことに気がついた。
「ミレイユは?」
「ハルクを捜しに行った」
重々しい空気を感じさせる表情でそう応えながら、ヴィルはゆっくりと瓦礫に座り込む。
「そうか」
「エナ、怪我人は?」
ホルス大尉が気を失っている兵士を見ながら喋り出すと、エナは負傷者を数えながら傷の具合を確認していく。
「はい、皆怪我は浅いので問題無いです」
エナも体力は回復したみたいだな。
遠くを見つめていたヴィルが何かを見つけたかのように立ち上がり、歩き出すと、ヴィルの目線の先にはミレイユが居た。
「ミレイユ、ハルクは居たか?」
ヴィルの問いに、落胆しきった表情のミレイユは黙って首を横に振った。
「そうか」
「おい氷牙」
振り返るとホルス大尉が手招きしていて、近づくとホルス大尉はすでにいつものような気楽そうな表情をしていた。
「ライムミントを説得したのか?」
「いや、2人は勝手に呪縛が解けたんだ」
「呪縛?」
「あぁ、死神の術にかかって操られていたみたいなんだ」
ホルス大尉が考え込み始めると、ミレイユが話を聞いていたのか、こちらを気にする素振りを見せながら近寄ってきたのがふと視界に入った。
「なら、あいつらは反乱しようとした訳じゃないのか」
「あぁ、恐らく三国の兵士は皆その可能性が高いかもね」
「ならハルも操られてるの?」
ミレイユの期待を寄せる寂しげな表情に、ふとこちらに剣先を向けるハルクの虚ろな眼差しが脳裏に甦った。
「多分ね」
するとミレイユは小さくため息をつき、どこか安心したような表情を見せながら瓦礫に腰を掛けた。
そんなミレイユを見ながらホルス大尉も表情から安心感を伺わせると、ふとホルス大尉はミント達をこちらの方に呼び寄せた。
「それなら女王様に話せば分かって貰えるだろ。国に戻れるように俺からも頼んでやろうか?」
しかし2人は少し思い詰めたような顔でホルス大尉を見つめていた。
「ホルス大尉、私達・・・国には帰れません」
「大丈夫だって、皆お前らを責めたりしないよ」
ホルス大尉の慰めるような口調に、首を横に振る2人はむしろその表情により深刻さを感じさせた。
「天王様や女王様が許して下さっても、何事も無かった様にはいられません。もう天使ではなくなってしまったんですから」
ミントの言葉に、ホルス大尉は難しい顔で空を見上げながら、ゆっくりと頭を掻き始めた。
「それ忘れてたな・・・じゃあ、これからどうするんだ?2人だけじゃさすがに生きづらいだろ」
「この人について行こうと思います」
「こいつにって・・・異世界にか?」
こちらを見たホルス大尉は驚きの表情を浮かべるとまたすぐにミント達に目を向けていく。
驚くのは当然だよな。
「・・・まぁ、お前らがそう決めたんなら、無理に反対はしないが・・・でも良いのか?本当に。森で暮らすならまだしも、異世界となると家族が心配するんじゃないのか?」
「フレバス叔父さんは、悪魔や天魔とは少し距離を置く昔ながらの気質を持った性格なので、もう一緒には住めませんよ。だから、アルマーナ中尉には私達が異世界に行ったことを叔父さんに伝えて欲しいんですけど・・・」
するとそんな2人の気持ちを一滴残らず汲み取るかのように、2人に歩み寄ったミレイユは優しく穏やかな眼差しを2人に返した。
「うん、分かった。必ず伝えるね」
「・・・とりあえず戻るか。ミレイユ、あいつもいつか正気に戻るだろ、そしたらすぐにでも国に戻ってくるさ」
「そうですね」
旧魔界の入口に倒れているエニグマに目を向け、ゆっくりと頭を掻き出すホルス大尉の背中は、いつものような気楽さではなく、まるで若き兵士達に見せつけるかのような責任感に溢れていた。
「なぁレイ、とりあえずロウショウ種の腕は3本ずつだな」
「そうだな」
もっと向こうに倒れているエニグマは同じタイプみたいだけど、大きさが全然違うな。
「このロウショウ種ってのが親玉みたいなものなのかな」
「そうだな、ロウショウ種が普通の奴を引き連れていたところを見かけたっていう記録があるし。今回も近くに巣でもあったんだろう」
ホルス大尉は瓦礫に覆いかぶさったメギドラグの太い腕の下を、まるで狭い洞窟の中を進むようにくぐり抜けていく。
「ホルス大尉、後で別の小さいメギドラグをお城に持って帰りましょう」
「ああ・・・そうだ、な、いや、それは、別の奴にやらせようぜ。俺達はロウショウ種だ」
「そうですね」
エナとホルス大尉の話を聞き流しながら、改めてメギドラグと呼ばれる巨大な生物を見上げるように眺めてみる。
この腕なんか、放射状に伸びた指が根っこに見えて、本当に樹齢何百年の大木みたいだ。
最後に道を塞いでいたメギドラグの尻尾をホルス大尉が切り落とし、旧魔界を後にした。
ふと目を覚まし、頭の中に意識が戻ったことに気がついたと同時に最初に感じた感覚は、不自然なほどの体の重たさだった。
すぐに体を動かそうとしたものの、直後に関節という関節のすべてに何かが張り付いているような感覚に見舞われる。
凍って、いるのか?
遠くからほんの少しの地響きを感じさせる音が聞こえてきたので、出来る範囲で顔を上げると、ふと視界の隅に映った城のような建物に目線を捕われた。
ここは、そうか、旧魔界の、居住区か。
その瞬間、瞬く間に戦いの記憶が頭の中を駆け巡るように甦ってきた。
ヒョウガの奴、本気でやってくれたな、まったく。
体の感覚も戻ってきたし、とりあえずあいつらのところに・・・。
「起きたみたいだね」
立ち上がると同時に地響きを鳴らす音とは別に、まるですぐ近くで囁かれたような声が聞こえた。
反射的にその方に顔を向けると、目の前には1人の人間が立っていた。
「あんたは確か、ラビットとか言ったか」
よく見れば結構若いようだが。
15、いや16か。
「うん、ところで心操術は解けたのかい?」
「何だって?」
シンソウ?
「死神が使える、相手の心を惑わせる術だよ。君は操られてたんだ」
操られていた?
そうか、どうりで頭が浮いているような感じがしていたと思った。
「あぁ、その変な術は解けたみたいだ。頭がすっきりしてる」
「そっかぁ・・・それで、勝てたの?」
期待を寄せるような眼差しでそう問いかけながら、ラビットは木に寄り掛かった。
「いや・・・」
操られていたとは言え、力を手にしても負けるなんてな。
「やっぱ悔しい?」
「・・・そうだな」
そう応えながら何となく目に留まった瓦礫に腰掛けると、ふとヒョウガが女王様の試練を受けている情景を思い出した。
だけど今感じている悔しさが、ヒョウガがエニグマを倒したときに芽生えた悔しさとは、また違う悔しさだということだけは分かる。
「じゃあさ、もっと強くなる?」
ふとした沈黙を破ったラビットに顔を向けると、ラビットのその無邪気さを伺わせる眼差しと微笑みに、何故か心の底に小さな恐怖を感じた。
強くなったって・・・。
けど、どっちみちもう戻れないか。
「どうやって?」
するとラビットはまるで嬉しがるようにその微笑みの深さを増した。
「それを使えばまだ強くなれるよ」
そう言ってラビットはこちらの胸元に指を差した。
この胸に埋め込まれた石の事か。
「じゃあついて来て」
あの地響き・・・どうやらジン達はまだ何かと戦ってるようだが、仕方ない。
戻れないなら、行くところまで行くか。
「それじゃあ、今回のことが両国を繋ぐきっかけになればいいな」
最初の合流地点に着くとレイがそう口を開き、ホルス大尉に手を差し出した。
「あぁそうだな」
ホルス大尉がレイの手を掴むと、レイの未来に期待する澄んだ眼差しが、何となく雲ひとつ無い澄みきった青空と重なって見えた。
「何か腹減ったな」
そう言えば、もう昼時なのかな?
「ホルス大尉、報告が済んだらバーに直行ですね」
「そうだなぁ」
天魔城に戻り、兵士達の帰還を知らせに2階に上がって行く門番を見ながら、エントランスを見下ろす王間の下に並ぶと、間もなくして女王が廊下と小さな王間とを区切るカーテンから姿を現した。
「よく戻ったわ、兵士諸君。あら?少し増えたみたいだけど、先ずは戦果から聞くわ?」
「はい、死神と共に拠点兵長と思われる者を討伐致しました」
若干の疲労感が伺えるホルス大尉の声に、女王は気品溢れる労いの眼差しを向ける。
「そう、拠点兵。相手はやはり死神と人間だったのかしら?」
「いえ、氷牙の話によれば、三国と死神の力を融合させた、堕混という者が現れたようです」
女王の眼差しが鋭くなると同時に、目線を落としながら小さく首を傾げたその態度に、ふと小さな疑問が湧いた。
「・・・それは、本当なの?」
「はい、私も、ディレオ大尉が見たことの無い姿になるのをこの目で確かに見ましたし、ディレオ大尉と共に居た死神も、似たようなものになっていました」
「・・・そう」
何かを知ってるような顔に、見えなくも、ない。
いや気のせいか。
「ですが、三国の兵に関しては、死神に操られている可能性が高いと思われます」
すると女王は顔を上げ、驚くような表情と共に小さな希望の光が灯ったような眼差しを見せた。
「恐らく、首謀者と思われるのは、死神と異世界から来たと思われる人間の2種族でしょう」
「・・・そう、もしかしてそこのイリミティ少尉姉妹も、ダコンに?」
「そうなると思いますが、堕混の中には胸元に赤い石のような物を埋め込んでいる者とそうでない者が居て、赤い石を埋め込まれた者の方がより強力な力を扱うものと見られます」
「・・・そうなのね」
ホルス大尉の淡々とした説明に、さすがの女王もまるでリアクションがついていけてないかのように表情を落ち着かせている。
そういえば、ミント達が言ってた、他の反乱軍が色んな所に行ったって話が気になるな。
「恐らく、死神が三国の兵士の力を手に入れるために、人間と共謀して三国の兵士を襲撃、誘拐したものと思われます」
「なるほど、それなら納得出来るわね」
そういえば、肝心の火の玉の謎がまだ分かってないな・・・。
ハルクが簡単にやられたのを見る限りじゃ、死神より人間の仕業ってことになるんだろうけど。
「今後、赤い石を身に着けた者だけを堕混と呼び、イリミティ少尉達のような者、及び三国の力を手にした死神は堕天使と呼ぶのはいかがでしょうか?」
「そうね・・・種類が複数あるなら、名前はつけた方が良いわね」
堕天使か・・・。
ふとミント達に目を向けると、女王に目を向けている2人の横顔はどこか寂しげだった。
「・・・それで女王様、1つ聞いていただきたいお願いがあります」
ふと緊張感を持ったような口調で喋り出したホルス大尉に、女王はすぐに穏やかな優しい眼差しを甦らせた。
「何かしら?」
「イリミティ少尉の2人は、自ら反乱を望んだ訳ではないんです」
すると女王はすべてを理解したかのように頷き、安心感を感じさせる優しい微笑みを見せた。
「分かってるわ、罪には問わないわ」
「ありがとうございます。しかし2人は、自責の思いから国を出て行くと言ってます」
しかしホルス大尉がそう言うとすぐに女王は困ったような表情を浮かべながらミント達に目を向けた。
「まさか死神の国にでも行くのかしら?」
「いえ、私達、氷牙の世界に行きます」
「氷牙はそれで良いの?」
「はい、異世界の人間が来たことがこの事件の原因になるなら、同じように異世界から来た僕も少なからず責任を取った方が良いと思いまして、2人を引き取ることにしました」
ゆっくりと頷いた女王は、その表情に若干の安心感と共に寂しがるような神妙さも伺わせた。
「あなたがそう言うなら、あなたに任せるわ」
「はい」
ミント・イリミティ(21)
ライム・イリミティ(21)
双子の姉妹。階級は共に少尉。
見分ける術は妹のライムにある右目の泣きぼくろだけ。
女性の中では数少ない格闘派。
顔は、何となく、女優の武井咲さん。
ありがとうございました。




