シークレット・ミーティング
そろそろあいつらが出かける時間だな。
今日も誰にも見つからないように家を出るとすぐ裏にある茂みを抜け、静かに塀を登り郊外に出る。
ここらへんはエニグマの出ない、安全なエリアだ。
しかし念のため、見張りをあいつらにも気付かれないように配置しているから、心配はないだろう。
今日はあいつらより早く着いたな。
木漏れ日が辺りを照らすその小さな平原の片隅には、一際存在感を醸し出す一本の木が立っている。
今日もラフーナはよく実っているようだ。
早くあいつにも見せてやりたいな。
ここは時間を忘れさせてくれる、まるで別世界のようにのどかな場所だ。
「あ、早いね」
「おう」
アリシアとエリカも来たな。
「奥さん元気?」
ラフーナを1つ採りながら、アリシアはまるでラフーナの成る木に優しく降りかかる木漏れ日のような笑みを見せてくる。
「あぁ、最近は調子が良いんだ」
「良かったね」
するとエリカもラフーナに手を伸ばしながら笑顔でこちらに振り向く。
「いつかこの場所を見せてやりたいな」
「そんな日がきっと来るよ」
アリシアに言われると、本当に来る気がする。
「あ、届かない。レイ、取って?」
「あぁ・・・ほらよ」
「ありがとう」
この笑顔を見ると、何となく心が洗われるような気がする。
いや、本当に洗われてるのかも知れない。
天使の笑顔には不思議な力があるのかな。
「そういや、こっちの行方不明者がそっちの兵士と一緒にいるところを、うちの兵士が見かけたらしい」
「へぇ、どこで?」
少し驚いた顔でこちらに振り向いたアリシアは、ラフーナの入ったバスケットを地面に置きながら近くの小さな岩に座る。
「確か、南の方に向かって行ったって言ってたな」
「こっちのって、三国の行方不明者のこと?」
ラフーナ摘みを終えたエリカも岩に座り、小さなバスケットを膝に乗せながらこちらに顔を向ける。
「多分な、もしかしたら準備してるのかもな」
「準備って?」
「クーデターだろ、やっぱ」
いきなり現れて、力の欲しいやつはついて来いだなんて。
あの人間達が何を企んでいるのか知らねぇが。
「そっか、何かあっても、今はヒョウガがいるから、大丈夫だよ」
するとアリシアはそう言いながら落ち着き払った笑みを浮かべる。
この前見た人間か。
「あのいきなり出て来た奴だろ?そんなに強ぇのか?」
「すごいんだよ?」
エリカもそう言うならそうなのか。
「それじゃ私達行くね」
「あぁ」
そしていつものように、掌に収まるくらいに小さくなった2人との距離感を保ちながらついて歩き、2人を見守る。
安全なところまで来たら大きく手を振る2人に小さく手を振り、家に帰る。
家に入ると同時にダイニングテーブルの椅子に座るルリがこちらに顔を向けると、ルリはすぐに安心感に満たされたような穏やかな笑顔を見せた。
「お帰り、今日は早めに目が覚めたの」
「そうか、気分はどうだ?」
「うん、良いよ」
ルリが笑顔で応えるのを見ながら向かいの椅子に腰掛ける。
「あと一月だね、何だか楽しみ」
今日は一段と顔色が良く見えるな。
「あぁ、次の診察が最後だからな」
朝食の支度を始めるとすぐにルリが立ち上がり、こちらの隣に歩み寄りながら腕を捲った。
「手伝うよ」
「まだ安静にしておけって」
「ううん、これからは私が家事をやるんだから、今からでも慣れておかないとね」
無意識にルリの背中に手を当てているのに気がつくと、同じようにこちらの手に気がついたルリは、照れるように表情を緩ませながら体を寄せてきた。
「無理はするなよ」
「うん」
朝食の片付けを済まして玄関先に立つと、いつものようにルリは見送りのために目の前に立つ。
「それじゃ行って来る」
「うん」
そしていつものように強く抱きしめ合ってから家を出る。
前よりは安心して家を出られるようになったな。
城に入ると、すぐに気がついたのはいつもエントランスに待機及び整列している死神の数が少ないことだった。
風邪でも引いたか?
「どうした、キイゼル達が居ないようだが」
「これはグリース大尉・・・それが・・・寝返ったんです」
「・・・そうか」
またか。
「王子派は戦争することしか考えないですからね」
「でも仕方ないっちゃあ仕方ないですよね、少数派はこっちなんだし」
「おいラーカ」
二十歳を過ぎてから、王との価値観も活動方針も急激に食い違い始めたし。
まったく王子にも困ったものだ。
「ゲデル、あっちがまた動いたんだって?」
「はい、しかし砦は三国に占拠されたようです」
「そうか」
まぁいつものことだしな、それくらいじゃ懲りないだろうが。
「ですが今も別の拠点を作ってるようで」
「まぁそうだろうな」
「グリース大尉、砦のことはそれとして、このまま王子派が増えればいずれは・・・」
「分かってる、その事で王に相談するよ」
「あ、そうですか」
中央の階段を上がり扉を開け、間接的に入る日光に照らされたまっすぐ伸びる王の間を進み、奥の椅子に座る王の前に片膝をついてひざまずく。
「ゼンゲル王」
「どうした、グリース大尉」
「また王子派に寝返った者が出ました」
「そうか。時に行方不明者は見つかったか?」
寝返ることにはそれほど関心を示しておられないのか。
「我が軍の兵が三国の行方不明者と共に行動しているのを見かけたようです」
一瞬沈黙が流れた後に王は小さく唸り声を漏らす。
「・・・となると、敵が増えると言うことか」
敵が増えるか。
「やはりクーデターでしょうか」
もしそうなら、いずれ完全分裂するであろう王子派と同時に、違う勢力とも争うことになる。
「だろうな。お前なら、三国とシュレル派と新たな勢力と、どう戦う?」
もう、あまり悠長なことは言ってられないよな。
「三国と手を組むのはどうでしょう?」
再び沈黙が流れる。
「確かに、三国と戦っているのはシュレルの軍だけだが、派閥が分かれていることを三国は知らない。どう説明する?」
アリシアに言うのは無理か、俺と会っていることは秘密にしてるとか言ってたしな。
あの人間はどうだろう、確かヒョウガだったか。
いや、だがどっちみち我々が伝えてると言わなければならない。
「実は・・・三国に知り合いがいまして・・・」
「ほう・・・それで?」
一瞬顔を上げると、王は眉間にシワを寄せていたものの、その眼差しからは疑い深さや敵意は伝わってこなかった。
「まずゼンゲル王が手紙を書きまして、私がそれを知り合いに渡すというのはどうでしょうか?」
再び沈黙が流れると、王は先程よりも困惑さを増した唸り声を漏らした。
「・・・分かった。我が軍の王属精鋭部隊隊長の提案だ。確かにこのままでは私の派閥の存続にも関わるからな、その提案、受け入れよう」
「有り難きお言葉」
この際、三国との同盟なんて叶わなくてもいい。
「次にその知り合いに会えるのはいつ頃なんだ?」
「明日の朝です」
敵になるようなことにならなければ、とりあえず今はそれで良しだ。
「なら、また今夜ここに来なさい。手紙を用意して置こう」
「はい」
「手紙の事は誰にも話さない方が良いだろう」
「そうですね。では失礼します」
エントランスに戻って階段を下りたときに横から声を掛けられたので、反射的にその方に顔を向ける。
「あぁ、ネヒュラか」
相変わらず不気味な笑みだな。
「ゲデルから聞いたよ、話が弾んでたようだが、王と何の話をしてたんだ?」
「まぁ新しい勢力についての意見を聞かれてたんだよ」
「そうかいそうかい」
さっきこいつ、王子派の縄張りから出て来たな。
「・・・何か情報でも掴んだのか?」
するとネヒュラはその歪んだ笑みの中に、王子派への呆れ返るような嫌悪感をあらわにした。
「・・・また、仕掛けるらしいよ。ほんとによくやるよね」
砦のことか、それともまた別のことか。
まぁどっちにしろ同じようなことか。
「・・・全くだ」
宿舎でしばらく待機していると、突如1人の兵士が何やら慌てた様子で待機室に入って来た。
「大変ですグリース大尉っ興奮したエニグマが居住区に向かってますっ」
「何だって?方角は?」
「西南西辺りです」
・・・まさか、家があるエリア?
「くそっお前らっ行くぞっ」
「応っ」
待機していた兵士達と共に宿舎を飛び出すと、すぐにルリのことが頭から離れなくなると同時に、ふとネヒュラの言葉が頭を過ぎった。
「何故1番なんだ?森からなら2番の方が近いだろ?」
「恐らく王子派の仕業かと・・・」
また仕掛けるとは言ったが、砦のことだとは言ってなかった。
「今何人だ?」
「・・・9人です」
「4人は城を守れっ」
「応っ」
まさか陽動か?
反乱を起こす気か?
宿舎と2番街の間を抜けて来たか。
1番街を駆け抜けているときにエニグマの唸り声が聞こえてくると、直後に塀が勢いよく崩れ落ちるような轟音が響いた。
居たっ・・・。
塀をぶち壊したエニグマを視界に捉えたとき、直後にもう1体のエニグマがそのエニグマのすぐ傍の塀をぶち破った。
「2体かよ。全員、本気で行けっ翼解放っ」
「応っ」
幸いまだ1番街に入る手前だ、本気を出して一気に片付けよう。
掌に闇を急速に集めながら、闇の先端を尖らせるように意識を向ける。
「おらぁっ」
そしてこちらの姿を捉え、走り出したエニグマの首元目掛けて素早く闇の槍を投げつけた。
風を切るように高速回転しながら、闇の槍が真っ直ぐエニグマに突き刺さると、闇の槍はそのまま勢いを失わずにエニグマの体を貫通していく。
そして同時に傷口から体に侵食するように広がる闇と共にエニグマが吹き飛ばされると、砂埃と轟音を上げながら倒れたエニグマはすぐに動かなくなった。
よし、あと1体だ。
「うわぁぁ」
今にも地面が立て続けに叩きつけられる音に埋もれそうな兵士の声が聞こえると、砂埃が薄れたその場所にかろうじて身を屈める兵士が見えた。
その時にエニグマが再びその兵士に向けて巨大な触手を叩きつけようとしたので、とっさにエニグマの顔面目掛けて闇の球を撃ち込むとエニグマの動きが一瞬止まり、その隙に兵士が離れた。
「しっかりしろっ」
「はいすいません」
兵士達が一斉に闇の球をエニグマに撃ち込んでいくが、強固な甲羅を纏うそのエニグマは怯むこともなく触手を振り回す。
このタイプは首から背中にかけての外殻が硬いから、闇の槍を撃ち込むには、腹の下に潜り込むしかないか。
「お前ら上に注意を逸らしてくれっ」
「応っ」
2人が囮になり、闇の球を撃ちながら触手を使わせエニグマの気を逸らせる。
エニグマの視界から逃れるように隠れながら手に闇を集めているときに、ふと1人の兵士が高台に登っていくのが見えた。
あいつは・・・。
槍を作り出し、腹の下に飛び込む準備をすると高台に登った兵士は大鎌を取り出した。
そして高台から飛び込んだ兵士が大鎌をエニグマの脳天に突き刺すが、皮膚が硬いせいかその刃は浅めに入った。
しかしそれに驚いたエニグマは前足を上げのけ反ったので、その瞬間にエニグマの腹の下に飛び込んで闇の槍を投げ込んだ。
闇の風圧と衝撃によりそのままその巨体はひっくり返り、腹に穴が空いたエニグマは少しもがいた後に動かなくなった。
「おーい、テキオ、大丈夫か?」
砂埃が晴れると同時に歩み寄ると、エニグマの頭の下から大鎌を持ったテキオが這い出て来たので腕を掴み立たせてやった。
「ふぅ・・・大丈夫じゃ、ないっすよぉ」
「無茶しやがって、またお袋さんの寿命縮ませたんじゃねぇか?」
「はは・・・いやぁ、結果が良ければそれで良いんすよ」
大分やられたようだが、大丈夫そうだな。
「城へ戻るから、エニグマを片付けといてくれ」
「・・・はい」
縄張りに入らない限り、襲って来ることはないはずなんだがな。
やはり誰かが無心兵でも使って怒らせたのか。
城に戻ると、エントランスのあっけらかんとした静けさが、逆に兵士達の緊張感を引き立たせていた。
「グリース大尉、エニグマは」
「大丈夫だ、街に入る前に片付けたから、被害は出なかった」
どうやら戦闘した形跡は無いようだ。
「そうですか、見張っていましたが、今のところまだ王子派は来てません」
ルリアナ・グリース(27)
レイの妻。幼い頃から心臓が弱く、精神状態の変化でも息が苦しくなることがあり、常に安静が必要。だが新しく作られた薬と結婚により病状は次第によくなっていっている。
ありがとうございました。




