二重の暗雲
あの狙撃銃、この前見たときに持ってたやつだな。
「つぅ・・・くそ」
サルベ中尉と呼ばれた男性がゆっくりと立ち上がり始めると、軍人達は明らかに動揺したような顔色を見せた。
「ふっ・・・なかなかやってくれるな」
え、生きてる?
確かに撃たれたのに、鎧に弾痕が無い・・・。
おかしいな。
「何故だ・・・EMライフリングシステムが効かないだと?」
「エンガオ少将、やはり・・・」
「言うなっ今更・・・今更神に科学兵器が効かないなどと・・・そんなことは絶対に認めないっ」
なるほど、そういう考え方なら納得出来る。
幽霊に銃が効かないのと同じか・・・いや、ちょっと違うか。
「全弾撃ち込めっ死ぬまで撃ち続けろっ」
「散れっ」
サルベ中尉の一言に兵士達は一斉に散り散りに展開するが、小さめのライフルのようなものを持つ軍人達が銃を乱射しながら兵士達に銃口を向けていく。
なるほど、あれは銃口が2つあるマシンガンみたいな感じか。
銃弾の雨から逃れながら、1人の兵士が1人の軍人に向けて光の球を放つと、その軍人は光の球の直撃を受けて勢いよく倒れ込む。
続けて女性兵士が別の軍人に鋭く尖った闇の矢を放つと、その黒く澄んだ矢は真っ直ぐ軍人の左胸を貫いていった。
するとその様を見た周りの軍人が思わず発砲を止め、倒れ込んだその軍人に目を向けながら悔しさと怒りをあらわするように表情を歪ませる。
やったか・・・。
しかし倒れた軍人はまるで何事も無かったかのようにすぐさま立ち上がり始めた。
あれ・・・。
確かに心臓を貫いたように見えたのに。
「おい、どうした」
「いえ・・・」
その軍人が自身の左胸を撫で回しながら小さく首を傾げると、軍人達同様兵士達も何が起きたのか分からないかのように皆その軍人を見つめている。
人間なんだし、鎧は着てないよな・・・いや、防弾チョッキのようなものを着てるなら・・・。
「なるほど」
小さく呟いたエンガオ少将と呼ばれた男性が再び狙撃銃を素早く構え、突如こちらに向けて銃弾を撃ち出す。
おっ・・・と。
左胸に衝撃を受けた直後にブースターを噴き出し、反動を相殺すると、銃の構えを解いたエンガオ少将は同時に何かを理解したかのように小さく頷いた。
「どうやら、兵器が効かないのは事実のようだ」
僕はこの世界の住人じゃないんだけどな。
「だが、貴様らも感づいているんじゃないか?」
軍人達から徐々に殺気が薄れていくのを感じると、兵士達も各々構えを解いていく。
「貴様らのその魔法も、我々には効果がないということが」
「・・・そうだな」
お互いに武器が効かないのか・・・。
人間と天使達の世界の間には、やっぱり次元を隔てるだけの見えない何かがあるってことか。
「エンガオ少将、どうしましょう」
「異空間を繋ぐことが出来たんだ。研究を進めれば、いずれ異空間同士を完全に同化させることも可能になるはず。それまでは、休戦だ」
異空間同士を、完全に同化か・・・。
「撤退命令を出せ」
「はい。ではアラガ中佐達を起こします」
どうやら逃げるみたいだな。
まぁ仕方ないか、武器が効かないんじゃ。
倒れている軍人に手を当てた1人の軍人が、何やら緊迫感のある表情を浮かべると、その軍人はすぐに倒れている軍人の首筋に指を当てた。
「エンガオ少将っアラガ中佐が、死んでます」
「何だと?」
するとエンガオ少将は怒りに顔を歪ませながら、再び銃口を兵士達に向けたものの、すぐに銃を下ろすと強い憎しみを感じるほどの眼差しで兵士達を睨みつけた。
「行くぞ」
「あ、はい」
別に良いか、誤解させたままでも。
軍人達が去って行くとサルベ中尉は新兵達を起こし、続いて息の絶えている軍人達に歩み寄っていった。
「祠に運ぶぞ」
・・・祠?
「何するの?」
「・・・この階層の者が死ねば、その魂は再び下の階層に降り、下の階層の者として命を授かる。その時に、魂が未練を遺さないように肉体を焼いて葬ってやるんだ」
なるほど、でも天使や悪魔が死んだら魂が下界に行くなんて、天使達にとっては下が死後の世界みたいな感じだな。
軍人達の遺体を天魔界の噴水広場にある小さなカウンターの下まで運んでいくと、そのカウンターを構える小屋から、若干慌てたような表情を浮かべる受付嬢が出てきた。
「え、もしかして、人間ですか?」
「あぁ、下界から攻めてきた人間だ」
「え・・・っと、えっと・・・」
兵士以外は人間が攻めてきたことは知らないのか?
「肉体を持ったままこっちに来たんだが、さっきの戦いで命を落とした、だから焼いてやってくれ」
「え・・・っと、はい、じゃあ・・・祠へお願いします」
兵士達が軍人達の遺体をカウンターの右隣にある扉の向こうへ運び始めたとき、ふとサルベ中尉がこちらに顔を向けた。
「なぁ、1つ頼んで良いか?」
「・・・あぁ」
「さっき逃げた人間達、もしかしたらまだこっちにいるかも知れない。というより、もしかしたら死神のように簡易的な拠点を作ってるかも知れない。もしそうなら早めに確認して置いた方が良いから、悪いが軽くで良いから周りの様子を見てきてくれないか?」
・・・ああ言われて結構経つけど、手がかりなんて何も無いしな。
木々の隙間からかろうじて天魔城が見えるようになった頃、ふとエニグマと思われる巨大な生物の後ろ姿が見えた。
そういえば、軍人達はここに来たのは昨日が初めてじゃないって言ってたな。
拠点がある可能性は十分あるか。
天魔界の宿舎に戻ると何やら騒がしく感じるような空気が流れていて、その時にちょうど開いた扉に目が留まると、その部屋からサルベ中尉が出てきた。
「おぉ戻ったか。実は天使と悪魔にもあんたと同じ調査をさせてたみたいでさ。あんたの方はどうだったんだ?」
「それらしいものは無かったよ」
すると小さく頷いたサルベ中尉からは残念がるような表情は伺えず、むしろ何となく安堵と期待感のようなものが伺えた。
「そうか、まぁでも、天使の兵士が三国から南々西に位置する方に見知らぬ建物を見つけたって、さっき報告があったんだ」
南々西?
「そうか」
天魔界は三国のどの方角にあるのかな。
「じゃあ、すぐにでも潰しにかかった方が良いんじゃない?」
「そのことに関しては改めて三国で協議するからな、まだ行動は起こさなくてもいいだろう」
「そうか」
お互いに武器が効かないんじゃ、攻め入ったって砦は落とせないか。
だとしたら、人間は攻めるためじゃなくて移住の準備のために行き来することになるのかな。
「あ、氷牙お帰り」
部屋に戻るとすぐにソファーに座るアゲハと目が合い、そう言ってアゲハはまるでくつろいでいるような笑みを見せてきた。
「あぁ・・・」
席を立ったアゲハがシードジューサーからジュースをコップに注ぐと、すぐにもう1つのコップをジューサーの中に置きながら手に持ったそのジュースをこちらに差し出してきた。
「あぁ、ありがとう」
「聞いたよ、人間が攻めてきたって」
何気なく話を切り出したアゲハだが、その表情は悲しそうなものではなく、むしろどこか楽しげなものだった。
「下の人間ってどんなだったの?氷牙みたいな人間だった?」
「いや、普通の人間だったよ。気になってたんだけど、ここの学校じゃ下の階層のことは学ばないの?」
「うん、人間のことは学ばないよ。学校じゃこの階層のことと力のこと、農業のことを少し学ぶの」
確かに死後の世界なんて学ぼうとしたって出来ることじゃないけど。
「でも下に行く職業があるって聞いたけど。その人から話とか聞けるんじゃないの?」
するとジュースを一口飲んだアゲハは笑顔を浮かべたまま、少し遠い眼差しで小さく首を傾げる。
「そうだけど、学校じゃ下のことは学ばないの。でもあたしはちょっと興味あったから書館に行って自分で調べたけど」
「そうか」
なるほど、図書館みたいなものがあるのか。
しばらくしてログの迎えが来たのでエントランスに出たとき、ちょうど食事する部屋からホルス大尉が出てくるのが見えたが、ホルス大尉は何やら少し慌てた様子で階段を駆け下りていった。
また人間でも攻めてきたかな?
でも鐘は鳴ってないか。
「氷牙少佐、防衛ご苦労だったわ」
「はい」
料理に目線を戻しながらお肉にナイフを入れる女王の表情にふと小さな陰りが伺えたが、アゲハと世間話を始めるとすぐにその表情を緩ませていった。
しばらくしてアゲハと共に自分の部屋に戻り、ふと窓から噴水広場を見下ろしたとき、ちょうど門から広場に入ってくる数人の兵士がかろうじて見えた。
「ねぇ、氷牙の世界にもラフーナってあるの?」
「無いよ。似たような味のものならあるけど」
するとアゲハは嬉しがるような笑顔を見せながら、期待を感じさせるように目を輝かせる。
「どんな?」
「種の周りの黄色い部分が、僕の世界にある蜜柑っていう果物の味に似てるかな」
「ミカン?へぇー何か可愛い名前」
見た目はボロボロだし、やっぱりあの兵士達、人間と戦ってきたのかな。
それにしても人数が少ない気がするけど。
「氷牙少佐、昨日の夜から、ホルス大尉の隊に行方不明者がいるのよ。それで、ホルス大尉と共に行方不明者を捜して欲しいのよ」
いつものように朝食を取っていると、ふと女王が少し真剣な眼差しを見せながらそんな話をし始めた。
昨日?
「分かりました」
「食事が済んだら宿舎に行って、ホルス大尉がいるわ」
確かにホルス大尉、昨日の夜何か慌ててたな。
「はい」
行方不明か、人数によっては大事になるのかな。
「ログ、食事が済んだら宿舎まで案内しなさい」
「かしこまりました」
「今日のピクニック、お母様のふた付きバスケット持ってって良い?」
すると顔色を伺うように、アゲハは不安げな表情で女王を見つめる。
「えぇ、良いわよ。リビングのタンスの1番下にあるわ」
アゲハに顔を向けた女王が優しく微笑んでそう応えると、アゲハは安心した顔で頷きながら料理に目線を戻していった。
食事を済ませて王間脇の階段を下りると、そこからでも見えていた中庭への道の目の前で立ち止まったログは、その場でその先に続く長い渡り廊下に手を差し出した。
「廊下を渡ると宿舎のエントランスがありますので、恐らくそこにホルス大尉がいらっしゃいます」
「分かりました」
両脇に草花が飾られた中庭を思わせる渡り廊下を抜けると、エントランスの中央にある天井まで伸びた柱の周りにある椅子に、ホルス大尉が座っていた。
肩を落とし、うつむいて動かないのを見ると、部下が行方不明なのが相当ショックを受けていることが見受けられた。
「ホルス大尉」
呼びかけたが動かないので肩を掴み揺らす。
「ホルス大尉っ」
「あっ悪ぃ、寝てた・・・はぁーーあ」
何だ、寝てたのか。
「俺、朝弱いんだよ」
「そうか。行方不明って何人ぐらい?」
「んー・・・そう・・いえ、ば・・・確か全体で、10人ぐらいだって聞いたな」
ホルス大尉は眠気を覚ますように伸びをしながら、まるで緊張感のない表情でそう応える。
ショックを受けなさ過ぎも逆にちょっと問題だな。
「全体って?」
「三国全体だ。天使と悪魔にもいるんだよ、行方不明者が」
「そうか。じゃあどこを捜すの?」
「待ってくれ、あと1人来るんだよ」
そう言いながらホルス大尉は後ろを振り向き、誰かを待つような素振りを見せている。
「そうか」
この前、ホルス大尉とよく話していた女性の兵士かな?
「あいつ遅いな、どんだけトイレ長いんだよ」
不満げに呟きながらホルス大尉が前を向いたとき、ホルス大尉の下に1人の女性がやって来た。
「ホルス大尉っ」
「うわっ何だよ」
「私のトイレが長い訳では無いんです。トイレの行列が長いんです。しかも私がトイレに着いたら、詰まってたんです」
「分かったから、手洗ったか?」
軽くあしらうように応えながらホルス大尉が立ち上がると、驚くような表情を浮かべたその女性の耳が少しだけ赤くなったように見えた。
「と、当然ですっ」
「そういや、紹介して無かったな。エナだ」
「エナ・ルカです。階級は少尉です」
しっかりとした大人っぽい雰囲気を感じさせる微笑みを見せながら、こちらの顔を見上げたエナは手を差し延べてきたので、手を握るとエナの微笑みに若干の深みが増した。
「どうも氷牙です。一応少佐です」
ルカ?
聞いたことあるような。
エナ・ルカ(22)
階級は少尉。
新兵のアリーネ・ルカの姉。人の世話を焼くのが好きで、特にお酒の席では自ら世話役を買って出ることが多い。
身長147cm体重42kg
ありがとうございました。




