インビジブル・ウォール
「良いのか?ここで話しても」
「いつもの癖でな、ミレイユにはもう話してるから、問題無い」
小さく頷いたガルーザスはどこか納得したような表情を見せたもの、ふとミレイユの傍にいるサレエス中尉が気にかかった。
「それより、お前こそここで話して良いのか?」
「あぁ、すぐに魔王様に報告に行くから、今聞いても問題は無いだろう」
魔王様に報告?どうやら、それほど重要な何かを掴んだようだな。
「そうか、じゃあまずお前の話から聞くよ」
「分かった。まぁそれほど複雑なことじゃない。新兵のエニグマとの実戦訓練中、下の階層の者と思われる3人の人間に会った」
「えぇっ」
ミレイユ達が声を上げるがガルーザスは顔色を変えず、冷静な眼差しで2人を落ち着かせる。
3人も居たのか・・・。
「そして3人の人間は、近々こっちの階層に侵略を仕掛けるというようなことを言ってすぐに立ち去っていった」
「えぇっ」
再び声を上げた2人に顔を向けると、お互いに顔を見合わせていた2人は再びガルーザスの冷静な眼差しに落ち着きを取り戻していく。
「私からはそんなとこだ。もしかして、お前も見たのか?その武器を持った人間の姿を」
武器を持った人間?
「いや、俺が見たのは、服の代わりにしてか無心兵の布を体に巻いた丸腰の人間だった」
「無心兵の・・・それは、死神じゃないのか?」
「それがな、どうも死神の気を感じなかったんだ。というより、死神とも俺達とも違う気を感じた」
するとミレイユ達は声を上げずに、2人揃って難しい顔で唸り出した。
何だ、俺の方は反応が薄いな・・・。
「どうやら、俺はお前が見たものとは違うものを見たらしいな」
「あぁそのようだな」
ガルーザスが見たのは確かに人間だろう。
だが俺が見たのは、まだ人間かどうかも疑わしい。
あれは一体・・・。
「もう訓練は終わりなの?」
「あぁ、訓練中に何かあったら体力が持たないからな、訓練は長くはやらないよ。まぁ自主的に残るやつも居るけどな」
「そうか」
新兵の訓練の見学が任務だったし、これで今日はもう暇になるってことか。
「じゃあ、とりあえずバーに行こうぜ」
カスターとクリオ、天魔の女性と共に魔界訓練所とやらを後にしたとき、ふと天魔の女性のそわそわとした素振りが気にかかった。
「ねぇ、せっかくだから自己紹介しようよ」
「ああそうだったな。オレはカスター・ステイ」
カスターの親しげな笑みに、天魔の女性はすぐにその若干の緊張感を緩めていった。
「私、アリーネ・ルカ」
「俺はクリオ・テラス」
見た目は皆アリシア達と同じくらいの歳だろうか。
だとしたら・・・まだ20はいってないか・・・。
すると3人はまるでこちらの自己紹介を待つように揃ってこちらに顔を向けてきた。
「あ、僕は氷牙だよ」
扉の無い入口が印象的な宿舎の隣にある、何となくヨーロッパ風のデザインを感じるレストランのような建物に入る。
・・・インテリアは黒と青だけか・・・。
三国の色での自己主張には感心出来るな。
まったくブレが無い。
窓が多く、日光がよく行き届いているそのバーの入口付近にある、少人数用の円いテーブルの席に座ると、すぐにカスターが手を挙げ、店員を呼び寄せた。
あ、天使だ・・・。
やっぱりどこでも接客は天使なのか。
「いらっしゃいませー」
いや、あっちでテーブルを拭いてるのは悪魔のウェイトレスだ。
「オレはやっぱりグラッジラだな」
「だよね、腹肉は1番癖が無いからな」
「でも私は、脂身の少ない前足が良いな」
無料って言ったって、レストランのための食糧はいつも確保してた方が良いし、そしたらやっぱり、いくら欲が無くてもエニグマは多く狩らないといけないよな。
「氷牙は何にする?」
「その、グラッジラって?」
「ああ、えっと、主に背中の砲腕で攻撃する、何かずんぐりむっくりな奴」
もしかして、背中から腕が生えたゾウみたいな奴のことかな。
「何となく分かった。じゃあ僕もそのグラッジラの腹肉で」
「そっか。じゃあグラッジラの腹肉を使った料理3つと、前足を使った料理1つ、飲み物はシエッドで」
「はい、かしこまりました」
ウェイトレスはメモを取った後に丁寧に頭を下げ、厨房へと去っていく。
さっき見た人間が攻めてきたら、死神との三つ巴になるな。
「そんでさぁ、オレが右から攻めようって言った矢先にあいつ左に走っていってさ、その時は相手を撹乱出来るかと思ったんだけど、オレと目が合ったときにあいつ、あからさまにしまったって顔してさ、その隙に撃たれてもう何だあいつって感じでさ」
「演習場での模擬戦争って、ちょっと異様な緊張感があるよね。私もたまに考え過ぎて動けなくなっちゃうときあるよ」
間もなくして料理がテーブルに並べられると、目の前に置かれた皿の中央にはまるで違和感のない肉片が乗せられていた。
付け合わせは見たことないけど、やっぱりステーキはどこでもこんな感じか。
あれ、そういえばここにもガスが通ってるのかな。
「なぁ、そういえばさっき見た人間が持ってた長いやつ、あれもカガクって力なのか?」
「まぁね、僕の世界のと同じなら、あれは狙撃銃だね。すごい遠くからでも、簡単に且つ確実に相手の心臓や頭を撃ち抜けるものだよ」
お皿が下げられていくときにそう応えると、コップに手を伸ばしたカスターの動きが止まり、クリオ達もうっすらと血相を変えた表情でこちらを見つめた。
「何だそりゃ・・・その遠くってどれくらい?」
「詳しくは分からないけど、プロだったら肉眼じゃ見えない距離からでも撃てると思うよ?」
「・・・そんなの、どうすることも出来ないよ」
こっちは遠距離攻撃と言ったら弓みたいだし、技術的な差は大きいな。
「でも、人間はその武器に対抗出来る術を知ってるんでしょ?」
そういえば、翼を解放したときの鎧って防弾出来るのかな?
「術って言っても、単純に盾があれば問題無いと思うよ?」
「盾・・・」
すると2人よりかは落ち着きを見せていたアリーネはどこか残念がるような表情で目線を落とした。
「私達は天力や魔力以外に武器は持たないから、それは難しいかも」
「じゃあ、その天力とかで作れば?」
「え・・・出来るかな」
「むしろ、魔法なら作り易いと思うけど」
しばらくして天魔城に戻り、階段を登り始めたときにふと2階に立つログと目が合うと、階段を登りきったと同時にログは何かを言いたそうな態度で歩み寄ってきた。
「お戻りになられましたら女王様の下にお連れするよう申し付けられてますので、どうぞこちらへ」
「分かった」
王間の向かいにある豪華な扉の部屋に連れられると、奥の席で本を読む眼鏡を掛けた女王がゆっくりとこちらに顔を向けた。
「あら氷牙、見学ご苦労だったわ」
「はい」
本と眼鏡をログに渡す女王の前に立つと、こちらに顔を向けた女王はすぐにその眼差しに真剣さを伺わせた。
「ハガン大尉から聞いたわよ?訓練中に下界の人間に会ったようね」
「はい」
「最初に言っておくけど、人間と戦争になったら天魔兵として戦うと約束して欲しいのよ」
その一瞬に、女王は気品のあるその眼差しに若干の申し訳なさそうな色を伺わせた。
「はい。僕は別に下界の人間じゃないので、下界の人間に仲間意識とかないですよ。普通に女王様直属の兵士として戦うだけです」
「あらそう?それを聞いて安心したわ?各精鋭兵同様、常に厳戒体制で気を配って貰うから、そのつもりでお願いね」
「はい」
厳戒体制か。
確かに準備が出来てるならいつ来てもおかしくないからな。
自分の部屋の窓から噴水広場を眺めていたときに扉がノックされると、扉の向こうからログの声がした。
扉を開けるとログはすぐにかかとを揃えながら、とても慣れた動きで丁寧に会釈して見せる。
「ご夕食の支度が整いました」
「あぁ」
奇襲するとしたら、いつが良いのかな?
夕食時?丑三つ時?
それとも朝一?
食事をする部屋に入ると真っ先にアゲハがこちらに顔を向け、手招きしながら自身の隣の席に座るのを促す。
「あの、聞いても良いですか?」
「えぇ」
「敵襲のときにはどんな合図が出るんですか?」
「まず見張りの兵が鐘を鳴らして、それを聞いた城の門番が城の入口にある鐘を鳴らすのよ」
そこは本当にアナログなんだな。
「そうですか」
食事を済まして部屋に戻り、正に一寸先は闇という言葉を思い出させるような景色を見下ろしていく。
さすがに真っ暗闇の中を侵略しようとは思わないだろうな。
「明日から精鋭部隊の半分は人間の動向に集中を向けることにする。半分はいつも通り死神の侵略に備えての待機だ。人間に備える部隊は各自交代しながら随時見張り台の周りで待機、良いな?」
「はっ」
兵士達が会議室を出て行き始めたときに、ふと心配そうな眼差しを向けてくるミレイユに気がついた。
「・・・ねぇハル、こんな状況でも、合同演習やるの?」
「そうだな、合同演習に行く奴は全員死神に備える部隊に入れたから、大きな問題は無いだろう」
ヒョウガが人間との戦争に加われば尚良いんだが。
女王様のことだ、その辺りはしっかりと考えておられるだろう。
「私、念のために見回りに行ってこようか?」
「今か?それは・・・」
「ディレオ大尉。俺達にも行かせて下さい」
・・・アルオード中尉に、ヘイラ少尉まで。
確かに真っ暗闇じゃ、さすがに見張りも人間を見つけるのは難しいか。
「・・・分かった。じゃあ居住区を外壁沿いに回ってきて貰おうか」
「はっ」
そういえば人間達は死神の国にも侵略の手を伸ばすのかな。
それとも三国の方が大きいからこっちを狙ってきたのかな。
ノックされた扉を開け、ログのいつもの丁寧な会釈に何となく会釈を返す。
「朝食の支度が整いました」
「あぁ」
食事をする部屋に連れられ、運ばれた料理に手をつけてから少し時間が経ったとき、ふとどこからか甲高い鐘が連続的に叩かれるような音が聞こえてきた。
何だ、火事かな。
「氷牙、敵襲よ」
やっぱそうか。
エントランスに出ると同時に何人かの兵士が城を出て行くのが見えたので、絶氷牙を纏い兵士達の後を追って城を飛び出す。
兵士達の飛んで行く方に目を向けたときに爆発音が鳴り響くと、同時に見張り台と思われる高台の先端が勢いよく吹き飛んだ。
おっと、ロケット弾でも撃ち込まれたか。
破壊された高台を通り過ぎて外壁の上から森を見下ろすと、そこにはロケットランチャーを構える軍人男性、そしてその男性を取り巻くように立つ数人の軍人が居た。
「アラガ中佐、あそこに何か居ます」
「全員構えろ」
軍人達が各々銃口をこちらに向けたときにちょうど門から数人の天魔兵が出て来て軍人達と対峙すると、すぐに何人かの軍人は天魔兵達に銃口を向けていく。
「撃てっ」
爆竹のように鳴り出した発砲音がその場のすべての空気を外側へ追いやり始めると、天魔兵達は無力にも銃弾の雨に撃たれて次々と倒れ伏していく。
いくつかの銃弾を受けながら軍人達に絶氷弾砲を撃ち、天魔兵達の下に降り立つ。
大丈夫かな・・・。
「くそ・・・何だ、今の・・・」
どうやら鎧は防弾出来るみたいだけど、まだ翼を解放出来ない新兵は・・・。
しかし倒れている新兵達は気は失っているものの、その体には弾痕らしきものはなく、見るからに無傷そのものだった。
あれ?・・・。
「あんたは、確か女王様直属の・・・」
「あぁ、それより、傷は?」
まさかエアガンってことはないよな。
僕はちゃんと何かが当たるような衝撃を感じたし。
その兵士は自身の体に目を向けた後に、他の立ち上がり始めた兵士にも目を向けていく。
皆無傷か・・・やっぱり、エアガンなのか?
人間達に目を向けると、人間達は皆一様に気を失っているかのように倒れていた。
まぁ、良いか。
その直後、話しかけてきた天魔兵が再び銃弾を胸元に受け、勢いよく後ろに倒れ込む。
あ・・・。
「サルベ中尉っ」
1人の女性兵士が声を上げ、反射的に潰れたような発砲音が聞こえた方に顔を向けた途端、突如強く鋭い衝撃が額を襲った。
・・・おっと。
立ち上がりながら目を向けた方には狙撃銃のようなものを構える2人の軍人と、間隔を開けながら横に並ぶ2つの銃口が印象的な、小さめのライフルを持つ4人の軍人が居た。
三国の家屋は基本的に二階建て。それは外壁と見張りの高台、そして木の高さを越えない為。
ありがとうございました。




