ルーキーズ・アンド・ミリタリー
これまでのあらすじ
力を求め異世界に来た氷牙。その世界に対して数々の疑問を持っていく中、氷牙は3人の王の試練に耐え無事に傭兵として迎え入れられる。
指を差した方に2人が顔を向けると、2人は何かの存在に気がついたような眼差しを見せると同時に、緊張感を感じさせるような引き締まった表情へとその顔色を変えた。
「はい。というか三国の周りにはエニグマと無心兵しか居ませんよ」
エニグマが、こっちで言う動物なのか。
「おっいたいた」
別の方から聞こえた声に反射的に目を向けたときに、そのグループの1人もこちらの方に顔を向けた。
「あ」
そして1人の天魔の声に、2つのグループはお互いに顔を見合わせた。
「カスター」
「先客・・・いや、見つけたのは同時ってことで良いよな」
・・・まぁいいか。
緊張感よりも自信が勝っているように見える態度の悪魔がこちらに歩み寄ってくると同時に、エニグマの足音と強い存在感がこちらの方に近づいてきたのが分かった。
「おークリオ、どうする?とりあえずどっちか待機してるか?」
カスターと呼ばれた悪魔の男性は、天使の男性をそう呼びながら親しげな笑みを浮かべる。
「いや、相手はキュッサスだし、ここは全員で一気にいった方が、撹乱させることも、出来る、かも」
「ギュオオォ」
狐のような体格をしたエニグマの雄叫びがこだましたその瞬間、エニグマに顔を向けたその悪魔の表情は一変し、先程まであらわになっていた自信はすでに消え失せていた。
「だ、だよな、よし、全員でたたみ掛けよう」
5人がそれぞれ武器を取り出し、蹄の付いた前足で地面を軽く払いながらこちらの方を見据えるエニグマと対峙したとき、天魔の女性がふとこちらに顔を向けた。
「あなたは戦わないんですか?」
「僕が戦ったら君達の訓練にならないから、僕は見てるよ」
天魔の女性が頷き弓を構えるとエニグマは狐色の翼を広げ、威圧感を醸し出しながら5人に向かって勢いよく飛び掛かったので、その瞬間に絶氷牙を纏う。
エニグマが蹄を地面に叩きつけると同時に強い風圧と砂埃が舞い上がるが、そこにはすでに5人の新兵の姿はなかった。
そして目と鼻の先に飛び込んできたエニグマは臭いを嗅ぐようにこちらの体に鼻を近づけてくるが、その瞬間に光の塊が弾丸の如くエニグマの脇腹に叩き込まれる。
痛みに小さく声を上げたエニグマはすぐさま天魔の女性に向かって飛び掛かるが、その女性は華麗に横に飛び込んでそれをかわし、直後に黒い鎧で拳を覆ったカスターと呼ばれた悪魔がエニグマの喉元にその拳を叩き込む。
何だ、最初は不安がってたのに、皆ちゃんと動けるじゃん。
新兵って言っても、戦いに慣れてない訳じゃないみたいだな。
剣を持つクリオと呼ばれた天使に続き、別の悪魔の男性が槍を振り上げながらエニグマに向かっていくが、エニグマの素早く振り回された日本刀のように鋭い尻尾に勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「ターラントっ」
クリオが吹き飛ばされた悪魔に目を向けたその一瞬、エニグマの研ぎ澄まされた殺気がクリオに向けられた。
「クリオっ」
カスターの声の直後にクリオは羽毛の無い筋肉質なその大きな翼に叩かれ、激しく地面を転がった。
すぐさま天魔の女性が連続的に光を撃ち出すがそれでもエニグマは怯まず、後から向かっていった剣を持つ天魔の男性も足首までを覆う鎧のような蹄に勢いよく蹴り飛ばされる。
「はぁっ」
カスターの拳がエニグマの頬に直撃しエニグマが少しよろめくと、すかさずカスターは追い撃ちをかけエニグマの首筋にもう一発パンチを打ち込む。
しかしカスターが翼で反撃を受け、天魔の女性の横を勢いよく通り過ぎていくと、エニグマはゆっくりと天魔の女性に目を向け、その一瞬に緊迫感という名の沈黙が流れる。
「ふぅっ」
天魔の女性が弓を構え弦を引いたその瞬間、突如光がその女性を優しく包むように吹き上がる。
そして弓から放たれた光は風を切って沈黙を破ると同時に、巨体を有するそのエニグマを勢いよく地面に倒していった。
「みんなっまだ行けるでしょ?」
「あ、あぁ、当たり前だろ」
エニグマが立ち上がると同時にカスターが天魔の女性の前に出ると、クリオや別の悪魔の男性、そして天魔の男性も屈強な闘志をあらわにするようにエニグマと対峙する。
「うおおお」
突如カスターが気合いを込めるように雄叫びを上げると、すぐに他の3人もつられるように声を上げ始める。
すると先程の天魔の女性と同じように、カスターの足元から闇のオーラが優しく吹き上がると、続けてクリオは光、悪魔と天魔の男性は共に闇のオーラに包まれていった。
翼の解放とやらまではいかないけど、新兵でもそれなりに力はあるみたいだ。
先陣を切ったカスターが拳をエニグマの脇腹に叩き込むと、その瞬間に拳から衝撃波のように闇が溢れ、その強い衝撃にエニグマは大きくよろめく。
続けてターラントと呼ばれた悪魔の男性が、矛先に闇を纏った槍をエニグマの首筋に突き刺し、天魔の男性が同じく闇を纏った剣でエニグマの肩を切り付ける。
そして跳び上がったクリオが光を纏った剣をエニグマの頭に突き立てると、殺気が消え失せたエニグマは間もなくしてゆっくりと倒れ込み、そのまま動かなくなった。
さすがに5人も居れば問題無かったか。
「ふぅ、やったね」
弓を光と消しながら天魔の女性が安堵感を感じさせる笑みを浮かべ、クリオ達がエニグマから離れ始めたそのとき、ふとどこからか草を踏む足音のようなものが聞こえた気がしたが、何となくその方に目を向けてもそこには怪しい人影らしきものは見えなかった。
「ハガン大尉、ただ今戻りました」
「あぁ、6人に合流したのか。相手はどのタイプだったんだ?」
「はい。キュッサスでした」
天魔の女性がはきはきと応えているときに再び何かの気配を感じたが、同時にガルーザスもその気配を感じた方に素早く顔を向ける。
ん・・・何だあれ。
すぐにガルーザスが警戒心を向けるようにその木陰に体を向けると、はっきりと見えているその人影は、素早くライフルのようなものを構えながらゆっくりと姿を現した。
「・・・やはり潜んでいたか」
まさか・・・。
「人間よ」
すると迷彩服に身を包む、いかにもアメリカの軍人といったような出で立ちのその男性がゆっくりとライフルを下ろし手を軽く挙げ、もう2人の人間を草陰から呼び寄せると、3人の人間は殺気と威圧的な眼差しをガルーザスに向けた。
何で人間が・・・。
「は、ハガン大尉、どうして人間がここに」
「分からない、だが武器を持って祠以外の場所に現れるということは、死なずにここに来たか、あるいは氷牙のような人間のどちらかということになるが、この前、下の階層の国の国旗がこっちの階層の木にくくりつけられているのを見つけた」
「じゃあ、本当に死なずに・・・ここに?」
僕がここに来れたなら、能力者と繋がる軍人がオーナーと話をつけて異世界にくることは、出来るか。
「そんなこと有り得るんでしょうか」
天魔の女性の言葉にその人間は口元を緩ませ、ゆっくりと不気味な笑みを浮かべていった。
「恐らく、ここに来たのはこれが初めてじゃないだろう」
「よく分かったな、と言いたいところだが、今更そんな手がかりを見つけても手遅れだ。我々はもう、我々の世界とこの世界に掛け橋を掛け終えている」
「何だと?まさか、ロードスター連合王国か」
我々の世界とこの世界?・・・まるで異世界みたいな言い方だ。
ここは人間の死後の世界じゃないのか?
「今に見てろ、まるで自分達が人間よりも優れているかのように、そうやって上からただ傍観する時代を終わらし、すぐにでもここも我々人間の領土にしてやる」
ライフルを持つ人間の後ろに立つ1人が、おもむろに何かをこちらの方に投げた瞬間、すぐにそれが手榴弾だと分かるが、兵士達はまるでそれが何か分からないかのように立ち尽くしている。
とっさにブースターを噴き出して手榴弾を掴み取り、人間達の方に投げ返そうとした瞬間、気がつくとすでに強い衝撃と爆音の中にいた。
「氷牙っ」
「大丈夫だよ」
立ち上がる頃にはすでに人間達の姿はなく、兵士達はただ動揺するように呆然としていた。
異世界に行く技術がある世界が他にもあったのか、でも上と下は異世界同士になるのかな。
「ハガン大尉、これは、どういう」
「先日、たまたま木にくくりつけられた国旗を見つけ、キューピッドをやっている知り合いに話を聞いたら、それがどうやらロードスター連合王国の国旗だということになってな、もしかしたらと思って調査してたんだ」
他のグループが戻ってきたのに気がついたガルーザスは程なくして兵士達を整列させ、特に深刻そうな表情は見せずに三国への帰還を兵士達に命じた。
ここに来たのが初めてじゃないってことは、あの人間達は前からこっちの階層に来てたのか。
それなのに、三国は少しも気付かなかったのか?
「あの、さっきの人間達、本当に死なずに来たんでしょうか」
「まだ分かんないけど、多分そうじゃないかな」
どこか神妙な面持ちの天魔の女性に、カスターやクリオ達も何となく不安そうな顔色を見せている。
「でもあれだろ?魔力も何もない人間が、オレ達に敵う訳ないだろ」
「いや、それは分からないよ」
カスターがこちらに顔を向けると、すぐにクリオ達も話を聞こうとこちらに目を向けてくる。
「人間には科学力があるからね」
「カガク?それは、あれか?さっきの爆発したあれのことか?」
学校があるくせに下の階層と人間のことは学ばないのか。
「あぁ」
それにしても異次元を越える技術があるみたいだしな。
「それに、まだあれよりも何倍も強力な兵器を、数え切れないほど持ってると思うよ?」
死神がどういうものかは分からないけど、果たして三国が欲望を持つ人間に太刀打ち出来るんだろうか。
それにしたってどうも三国は人間や下の階層、いや、外界というものに関心がなさ過ぎる。
「ねぇハル、本当にまだ報告しなくても良いの?」
「あぁ、まだ信憑性が薄いからな」
ガルーザスの話を聞いてからでも、まだ遅くはないだろう。
「でもビックリだよね、砦の解体の帰りに人間に会っちゃうなんて」
「ミルだって、軽々しく人に話すなよ?」
すると頬杖を着きながらミレイユはどこか怪しげなニヤつきを見せた。
「しないよ。だって私にだけ話してくれたんだし」
いやいや、解体作業隊も全員見たんだがな。
それにしてもあの人間、遠くだったからよく分からなかったが、何となく違和感があった・・・。
「ディレオ大尉、ハガン大尉が帰ってきましたよ」
書物庫に入って来た兵士に目を向けると、すぐにその兵士は若干驚くような表情でこちらの手元にある書物に目を向けた。
「分かった」
「どうしたんですか?下界に関する書物なんて」
「まぁちょっとな、それじゃすぐ向かうから、お前も戻ってくれ」
「はい」
書物庫を出て宿舎のエントランスに向かうときにミレイユはすぐ後ろにつき、裏庭に出たときもミレイユは何食わぬ顔で隣を歩いていた。
「お前も来るのか?」
「えっ」
「えって、何でお前が驚いてんだよ。一応隊長同士の話なんだがな」
「だってもう事情知ってるし、私も精鋭部隊なんだから問題無いでしょ?」
何故か責めるような口調でそう言いながら笑顔を見せたミレイユは、すぐに強く訴えかけるような上目遣いで見つめてくる。
「・・・分かったよ」
魔界の宿舎に入り会議室に向かうが、会議室にはガルーザスではなくサレエス中尉の姿があった。
「あれ、ディレオ大尉どうしたんですか?」
「ガルーザスは?」
「もうすぐ戻ると思いますけど・・・」
少しだけ早く来過ぎたか・・・。
「そういえば、今回はミナレスが合同演習に呼ばれたんでしょ?」
親しげに笑顔を向けながらサレエス中尉に歩み寄るミレイユを見ながら、近くの椅子に軽く寄り掛かる。
「うん、でもこの演習、結局はいつも新兵のための親睦会みたいな感じになっちゃうよね」
「そうなんだよねぇ」
「お、来てたのか」
会議室に入ると同時にこちらに気付いたガルーザスがそう口を開くと、ミレイユ達もすぐにガルーザスに顔を向けた。
「そんなに待ちきれなかったのか」
「いやまぁ、それもあるがな、砦の解体作業の帰りに、見たんだ」
ガルーザスはうっすらと顔色を変えたが、すぐにミレイユを気にする素振りを見せる。
三国の家庭では、子どもは2人までというのが暗黙のルールとして根づいている。
ありがとうございました。




