石ころを砕いたのは誰か
光と闇、こいつらはどっちだ。
救世主が光だと誰が言った。
侵略者が闇だと誰に判断出来る。
天使は右手の銃口からこちらに向けて光球を放ってきたが、痛みなどとうに忘れながら瞬時に空いた胸元の穴を埋める。
そして左手に光の剣を携えたその天使の姿に、指で弾いて宙を舞うコインを重ねる。
表が生で、裏が死かなんてどちらでもいい。
チャンスは1度。
突き出された光の剣が体を貫いた事など構わず、天使の胸元に右手を突き出しながら右手を瞬時に剣に変える。
しかしその瞬間に天使は滑るように上体を寝かせて剣をかわし、仮面が真っ二つになって落ちた事にも構わず顔に向けてきた銃口から光球を撃ち上げる。
頭が消し飛ばされ、視界が消滅した事など構わず瞬時に体を元に戻すが、すでにその天使の女は離れてこちらを見据えていた。
色はともかく人は人。
運命は平等だ。
「俺は一撃で敵を殺すのがモットーだ。お前は俺の剣をかわし、生き延びた、それが運命なら、もう俺はお前を殺さない」
「敵を逃がすだと?お前は何の為に戦っている」
何の為、か。
「敵を殺すという事に意味があると誰が言った。ただ敵を殺す事に意味などないと誰に判断出来る」
こいつらは光か闇か。
「そんな、難しいこと」
「自分は駒だから、一兵士だから考える必要は無いと?そんな理屈、現実というこの世の中には通用しないぞ?」
「そ、答えなんて、無い」
うわぁ、これが宇宙人の船かぁ。
近未来って感じ。
「どんな星から来たのかな」
「そういや、あいつら宇宙人じゃないって」
えっ。
「普通に異世界から来たんだと。ハルンガーナの奴が言ってた」
応えたソウスケから無意識に目線を移し、カイルの隣を歩くデミリーと呼ばれる人の後ろ姿を見る。
「そっか、ちょっとがっかり」
やがて特に装飾も無く、ただ簡易的な彫刻のように何かの紋様が彫られた肌色の自動ドアを抜けると、そこはいかにも王間で、王座に真っ直ぐ続く、レッドカーペットのような赤い照明を歩いていく。
王様って感じじゃないな。
王冠も無いし、側近の2人と同じ外套だし。
「わざわざここに来るとはな、カイザー」
王座の男性が、瞳の奥に殺気をぎらつかせながらもどこか嬉しそうで、期待を寄せるような睨みを見せると、前に出たカイザーと男性の間に、息を飲むほどの緊張が流れ出す。
何だ、トウ・ファンザの周りに天使が集まってるのに、お互い牽制し合ってるのか?
ん。
カメラのモニターを通して、数人の天使と対峙するだけのトウ・ファンザ、そして少し離れた場所から、そんなトウ・ファンザ達を見ているテトレ・テ・ペトレ公爵に目線を合わす。
何を見ている?
「あなたたちは、ただ戦う為に来たの?」
隊で動きながらも常に距離を置き、戦いの中で傍観するような態度を見せるその人達に少し苛立ちを覚えた矢先、リリーが突如その人達に話し掛ける。
「お前達が戦う理由とは何だ」
あ、喋った、覇気はあるけど、女の人っぽいな。
「私達は、ただ自分達を守ってるだけだよ?」
リリーがそう応えると、喋り出した赤い外套の人はおもむろにフードを外し、仮面を取った。
ええっ。
青い・・・でも、女の人。
「我らはこの戦争を見ていた。何故お前達は追放されるがまま、反撃に出なかった」
「だってそれは、戦争を望まないから。あのまま、大きな戦争が止まったままならその方がいいでしょ?」
「お前達は、戦争を望まないのか」
「そうだよ?だから私達だって、きっと仲良くなれるよ?」
えっ。
右腕に付けられた長い筒を水の刃で弾き飛ばし、よろめいた天使に鋭くない水の球を浴びせかけ押し倒す。
剣を下ろしゆっくり歩み寄って見せると、天使は座り込んだまま毅然とこちらを見上げた。
「何故トドメを刺さない」
「俺達にお前らを殺す理由は無い。俺達はここを守ってるだけだ」
「戦争を無くす為に人を滅ぼすなんて間違ってるよ?人間の中にはいい人いっぱい居るのに」
ミレイユの言葉に天使は立ち上がり、毅然としたその態度からは反発心を伺わせた。
「戦いは将軍の命令だ。我らはそれに従うだけだ」
「お前自身で考えろよ。戦争は人が起こすものだ、勝手に起こるものじゃない」
すると天使はうつむき、表情は見えないがその素振りからは明らかに迷いが伺えた。
ボス機から出ると、未だに傷も無く空を飛んでいるサメ型と飛行船型のすべてがそのボス機に集まり始め、更には天使達も各々飛行船型やサメ型に戻っていく。
「どうなったのだ。逃げていくぞ」
「大将の命令だ。アンスタガーナでの戦いは終わった」
エイゲンの問いにカイザーが応えると、顔を見合わせたエイゲンとハリスは喜ぶこともなく、案の定突然の停戦に戸惑いを伺わせる。
「話がついたんだ。これからブルーオーガに行く。本部で待機しててくれ」
敵対心もなく、かと言って信頼心もない気まずさを匂わせ、特に何も言わずにカイルと目を合わせた後にカイザーはすぐに飛んでいき始めたので、エンジェラ達の事が脳裏に浮かびながら、何やらビルに向かっていくカイザーについていく。
おいおい、何する気だ?
「グルメール」
カイザーが叫んだ直後、カイザーの目の前に緑色の人型のホログラムが出現すると、すぐにそれは1人の迷彩服の若そうな男となった。
「全員をブルーに飛ばせ」
飛ばす?ワープか。
自分の体が緑色の網になったと思った瞬間、何となく街並みが変わったように見え、ふと空を見上げると、その広い空のどこにもショーグンが居る1番大きな乗り物は見えなくなっていた。
ここがブルーオーガか。
カイザーとショーグンさんはちゃんと話し合えたし、最後にトウ・ファンザを納得させれば、戦いは終わる。
それにしても、ここも、街がこんなに壊れちゃって・・・。
ん、あっちに天使が集まってる。
カイザーが飛んでいき始めたのでついていくと、すぐにこちらの方に気が付いた天使達はソウスケやカソウの服装に釘付けになり、その向こうに見えたトウ・ファンザも同じように呆然とこちらに目を留めた。
「お父さん」
えっ。
カソウさんのお父さんだったの?トウ・ファンザ。
「おを付けるな。それよりお前ら、何なんだよ、その格好」
「天使にだって良心があるし、派閥もあんだ。今さっきカイザーとショーグンとやらが和解した。だからお前らブルーも戦いを止めてくれ」
デミリーに他の天使達が集まり、デミリー達の言葉でデミリーが説明し始める中、トウ・ファンザはビルを1つ越えてこちらの方へと近付き始めながら、何やら蔑むような笑い声を洩らした。
「ふざけるな。勝手に襲ってきて勝手に止めて、そのまま何事も無かったように出来るか。死んだ奴らは無駄死にだろうが」
「でもトウさんだって、戦争を止める為に戦ってるんでしょ?天使の皆さんはやり方は間違えちゃったけど、目的は同じなんだよ?」
何だこれは、まるで俺が責められているこの状況は何だ。
天使に、エネルゲイア、ディビエイト、カイザーまで。
寄ってたかりやがって。
風のように、静かに隣に立ってきたシンゴを横目に、人間に戻って前に出たカイザーが地面に両膝を着いた姿をただ眺める。
「トウ・ファンザ、お前に頼みがある。両国の政権を握ってんのは俺だ。だからこのまま、停戦協定への手伝いをしてくれないか」
そう言うとカイザーは両膝を着いたまま両拳を地面に着いた。
「逆にやめろ、それ。そんな事したらこっちが悪者みたいでみっともない。俺だって善悪の分別くらいついてる。お前の事は信用出来ないが、お前に支配の才能があるのは分かる。今回はお前に免じてやる。だから停戦、そして平和な支配、見届けてやる」
カイザーでさえも、人は皆、いや天使とやらでも光と闇、その両方を持ってる。
「シンゴ、いいか」
「あぁ、終わるならその方がいいだろ」
光と闇、どっちかじゃない、そこが、人間のろくでもなく、素晴らしいところなのだろう。
なんてこった、カイザーが、土下座なんて。
すげぇ画だ・・・。
死に物狂いで屋上に上がって良かった。
これならデスクも出張費どころかボーナスもくれる。
「ふざけるなっ」
おっ・・・テトレ・テ・ペトレ公爵。
怒鳴り声でその場の空気は緊張という名のヒビが入る中、テトレ・テ・ペトレ公爵は剣を振り払い、まるで怒りをぶつけるように衝撃音を立て瓦礫を舞い上がらせる。
「貴様ら人間の良心、可能性に振り回されるこっちの身にもなってみろっ。散々暴れまわった後で最後に認め合って落着だと?それまでの犠牲者の無念はどうなる」
「公爵、確かに人間は戦争しか出来ない生物だ、レッドブルー抗争だって、歴史の中じゃ石ころみたいなものだろう。だが物事には潮時ってものがある、闇が強くなれば光が際立つように、潮時というチャンスが回ってくる時が必ず来るものなんだ」
「黙れ。人間の都合など知ったことか。第一、それは命があってこその事だろ。もういい、戦争しか出来ないなら戦争をしていろ、私がこの世界をめちゃめちゃにしてやる」
「おい公爵、もういいだろ。もう十分妖怪の敵は取っただろ」
「雑魚は黙ってろ」
前に出始めたカソウにテトレ・テ・ペトレ公爵はそう吐き捨てる。
「んだと?コラ。妖怪は森に帰れバカヤロー」
「貴様・・・妖怪を、侮辱するか」
その直後、テトレ・テ・ペトレ公爵は一瞬で光と化し、白い動物へと変身を遂げた。
え?狐?しかも、あれはラザン国の昔話に出てくる、キュウビ、か?
ん、何だこんな時に。
「・・・もしもし」
「ファブ、ブルーの民間チャンネルでやってる、今カイザー達がエネルゲイアのトップと対峙してる」
「分かってる、今それを撮ってる」
くそ、中継出来ないのが唯一の痛手だけど。
「じゃあテレビ電話してよ。あたしの端末をこっちの中継器に繋げばさ」
「おおおっそうだな」
「公爵、本当に、ここにいる全員を敵に回す気か?」
トウ・ファンザの問いかけに、公爵は正に殺気を研ぎ澄ませるように黙ってトウ・ファンザを睨みつける。
「ねぇ公爵さん」
そんな時にバクトが前に出ると、お座りした佇まいの公爵は凛々しく、堂々とした態度で黙ってバクトに顔を向ける。
「油揚げご馳走するからさ、今日の所は抑えてよ」
・・・・・・はぁ?
ぷっ・・・。
「アハハ」
あっ。
くそ貴族の野郎、黙って腕を斬り落とすな。
何か言え。
「5枚でどう?」
「100枚、毎週10枚でだ」
ケッほんとにただの狐じゃねぇか。
「じゃあハルンガーナに来てよ。美味しい油揚げが売ってる店があるから」
「・・・・・・分かった」
まじなのか?こんな事で終わるのかよ。
「あれから3日という短い期間でこの場が設けられるのも、カイザーの人望の厚さがあったからでしょうか。人々は、カイザーこそが救世主だと声を上げています。えー現在ヴィンテルランドの中央議会堂では、カイザー、トウ・ファンザ、レッドワイバーンのセリスター大統領、ブルーオーガのティアウォレス大統領が肩を並べ、停戦宣言が行われています。あっ今両大統領が握手を交わしました」
「司令官、動きますか」
モニターに向けて手をかざして部下にモニターを消させると、司令官は椅子を回して窓に体を向け、楕円テーブルに肘を置いた。
「あぁ、雇ったエネルゲイアに盗ませたディビエイトのプロトタイプデータを基に、セーグリーンが独自改良して作った、その名もプロメテウス。いよいよお披露目といくか」
「はい、リベンジですね」
「いや、目的はその先にある」
ゆっくりと言葉を返す司令官の、笑みという名の蓋の下で煮えたぎるほどの闘志を見せる横顔に思わず息を飲む。
「と言いますと」
「カイザーはグリーンを乗っ取り、奪った。次はセーグリーンが、カイザーを乗っ取る番だ」
良かった、戦争が、やっと終わった。
「クラスタシア、これからはみんなでここに暮らそうよ、この国住みやすいしさ」
「うーん。そうだねぇ」
食べ物を育てるのも、それを届けてお金を貰うのも楽しいし。
「カイル、三国に1度は帰りなよ」
んー・・・でも。
僕はもう天使じゃないし。
ハルクさん達はどうするんだろ。
「じゃあバクトさんも、自分の世界に帰っちゃうの?」
「まぁそうだね。そこにはユリも居るから」
えっ。
「えぇっユリ、生きてるの?」
「うん。リーチ達も一緒に、エターナルっていう貧困の人達を助ける組織で働く約束してるし」
貧困の人達を助ける組織?
「へぇーすごい。そっかぁ」
「ルケイルも生きてるよ。ルケイルは三国に帰ったけど、ユリは別の世界に住むって言う為に、1度三国に帰ったし」
ルケイルと聞いて少し笑顔になるも、三国に帰るという事に迷っているのか、カイルはふとミント達を思い出させるような難しい顔色を浮かべる。
「そっか。火爪さんも、帰っちゃうの?」
「あぁ、俺の世界でも戦争してるからな、行かないと」
そういえば僕の世界にも、何とか戦争ってのがあったな。
でも、もう僕は、氷牙じゃないしな・・・んー、でも、どうしよう。
「私、ここに残ります」
リリーからこちらに目線を移してきたハルクの、寂しそうでも穏やかなその表情に自然とリリーへの信頼、そして笑みが込み上げる。
「それならそれで、そうすると天王様達に言わないとな」
「はい」
リリーの国は王制なのか。
「じゃあ、すぐに戻ってくるからね」
「うん」
部屋を出ていくリリー達を見送り、ふとナオの横顔を見る。
「ナオも、1回帰っちゃう?」
「ううん、私は元々身寄りも無かったし」
「そっか」
故郷の事は気になるけど、もうナオとリリーの方が大事だし。
ミレイユ達と共にカイル達の家に入ると、ヒョウガの隣に居てこちらに気付いたカイルはすぐに笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。
「リリーは残るが、俺とミルとソルディは三国に帰るよ」
「そうですか。僕もここに残ろうかと思うんです」
「そうか。ならその事を天王様に言わないとな」
「はい」
「それで、何故あの天使が居るんだ?」
ソファーに座ってテレビを見ている青肌の天使を見ると、天使もふとした表情でこちらに振り返る。
「デミリーです。たまたまデミリーと話して、軍隊の1番の隊長のショーグンさんに戦いを止めるよう一緒に説得しに行ったんです。それでその時、デミリーは自分達が去る代わりにこの世界の事を監視するように隊長のショーグンさんに言われたんです」
監視?そういや、最初に来たとき見ていたと言ってたか。
ん、ならあの時、いきなり戦いを止めたのは・・・。
「すごいじゃないか、カイルが戦争を止めたようなもんだ」
「えへへ、でも、ソウスケさんもカソウさんも居たし、僕だけの力じゃないですよ」
「そういや、ソウスケは?」
「うわぁ、ほんと、ディビエイトでも服が着れる」
天使の外套を纏ったエンジェラに抱きつき、外套の裾を引っ張るブライトを抱き上げる。
「ブライトもーっ」
「分かってるって」
てか、この外套は、人間でも何でも、大人でも子供でも着れんのか?
「うわぁーい」
天使の輪っかを浮かせ、外套を纏い、はしゃぎ回るブライトという名の天使を眺めていた時、ふと気配を感じた先にはハルクやバクト達が居た。
「ソウスケはここに住むのか?」
「まあな、子供も居るし、ここは自然があって住みやすい」
「そうか、俺は帰る事にしたんだ。ソウスケも元気でな」
うは、何だよその親戚みてぇな感じ。
「おう。バクトもか?」
「うん。って言っても日本じゃないよ、別の世界」
「いやぁーはっは、あーはっは。出張費もボーナスもたんまりだ、いやぁ今日は飲みまくろ」
ボーナスを今日で使う気か?
オレのボーナスだぞ。
ったく。
「すいませーん、焼酎おかわり」
「ミケエラ何杯目だよ、もうそれくらいにしなよ」
ミケエラの事など構わず、ユギタはユギタで仕事を終えたにも拘わらず何やら深刻そうなため息を吐く。
「だがまぁ、戦争が終わるとなぁ、HIは存在意義が無くなるからなぁ。このまま失業か?」
「所詮隙間産業だからね。けどレットブルー抗争の為に立ち上げたからって、戦争終わったら会社も終わるなんて事、ないでしょ、ていうかあったら困る。カナリーだって来たばっかなのに」
「じゃあ別の戦地に行けば良いんじゃないですか?戦争なんてレットブルー抗争だけじゃないし」
ミケエラを背負いながらミケエラの家に入り、靴を脱ぎ、電気を点け、ドアを開け、そろそろ腰も痛くなってきた中、時折唸りながら言葉にならない寝言を漏らすミケエラをやっとの思いでベッドに落とす。
はぁーあ、何やってんだろオレ。
「うー・・・ファブ」
「え?・・・って、寝言じゃん」
「・・・・・・生きてて、よかった」
え・・・はは。
ったく・・・。
「オレもだよ」
エネルゲイア×ディビエイト
レッドブルー抗争篇 完
長らくお付き合いして下さった皆さま、本当にありがとうございました。もし良ければ感想など書いて頂けばと思います。
シーズン2ですか?えぇ、それはまぁ、はい。笑