台風一過
「どうした?」
「伝令です。合同演習の打ち合わせを魔界の宿舎で行うので向かって下さい、とのことです」
「分かった」
魔界の宿舎に入ったときにふと若干の緊張感が流れてくるのを感じると、直後に待機室から出て来た兵士達は、何やらただならぬ雰囲気を持ちながら颯爽と宿舎を出ていった。
会議室の扉を開ける前にその扉が開くと、そこには何かを心配しているような表情のガルーザスが立っていた。
「ああ・・・」
「騒がしくしてたみたいだが、何かあったのか?」
「たいしたことじゃない、興奮気味のエニグマが居住区に近づいてきたらしいから、暇な奴らを行かせたんだ」
悪魔の居住区にか、だがエニグマ1体なら手助けは要らないな。
「そうか」
「それより、何でお前がここに?」
「合同演習の打ち合わせだと、お前は呼ばれてないのか?」
一瞬驚きの表情をかいま見せたガルーザスは小さく頷くと、すぐに気楽そうな笑みをこぼした。
「あぁ。それに私もこれからそのエニグマ退治だ」
今さっき出て行った兵士はざっと見ても6、7人、それに加えて精鋭部隊の隊長だと?
「まさか、エニグマは1体じゃないのか?」
「いや。1体だが、見張りの話からするとどうやら老昇種らしいんだ」
「ほう」
その瞬間に更に少しだけ表情を綻ばせるガルーザスの心の内が、何となく分かったような気がした。
「まぁ、それならお前が出向くのにも納得がいくな、じゃあ、まぁ良いお土産でも持って帰ってこいよ」
「あぁ」
「お前、一体何なんだ、エニグマなのか・・・」
「ちょっと違うかな」
「喋りやがった・・・」
向かってきた女性の死神が振り下ろしてきた、先端に四角い刃が付いた鞭をかわしながら、素早く懐に飛び込みその死神の胸元に絶氷弾を撃ち込む。
「貴様ぁっ」
別方向から向かってきた男性の死神の、クワガタのように二又に分かれた剣を紋章で受け止め、直後にその死神の腹に勢いよく拳を突き当てる。
そして止めを刺そうと後ずさりしたその死神に紋章を向けた途端、ある方向から放たれた闇の球が腕に当たり、撃ち出した氷の弾はその死神から大きく弾道を外していった。
「カンバ中尉」
「お前ら、退け」
カンバ中尉と呼ばれた男性がこちらに顔を向けながら、氷の弾の直撃を免れた死神にそう告げる。
「何・・・言ってるんですかっ」
男性が口を開く前に先程の女性が声を上げると、カンバ中尉は威厳の篭った力強い眼差しをその女性に向けた。
「どう見ても、お前らじゃ手に負えない相手だ。ここはオレに任せて、お前らは怪我人を連れて戻れ」
「ですが・・・」
「考えろっ今お前らに出来ることは援軍を呼ぶことだけだろうが」
「あっ・・・お、応っ」
2人の死神が他の動けなくなった死神達を連れて去っていくと、カンバ中尉はおもむろに取り出した何やら小さい球の形をしたものを投げ捨てる。
しかしそれは地面に落ちると音もせずに割れて砕け散っていった。
何をしたんだ?
「翼、解放」
カンバ中尉が翼に包まれながら黒いオーラを纏い、直後に翼が広がると、ローブの上の胸元と両腕、両脚に分厚い外殻のような鎧が現れた。
「お前が何だか知らねぇが、邪魔をするなら容赦はしない」
するとカンバ中尉は掌に集めた闇を、細い槍のような形に作り上げて向かって来た。
絶氷槍で闇の槍を受け止めたとき、突然どこからともなくフードを被る死神が大勢集まってきた。
まさか、さっきの小さな球はこいつらを呼ぶためのものか。
闇の槍を払い退けると、後ずさりしたカンバ中尉は声を上げながらその闇の槍を投げつけてくる。
すると手から離れると同時に闇の槍は形を崩したが、その直後にその風のような闇は瞬時にまるで竜巻のように渦巻きながら襲い掛かって来た。
とっさにブースターを噴き出したが間に合わず、体をかすめていったその強い風圧に体はたやすく地面に投げ飛ばされる。
おっと、空じゃなくて直接こっちに伸びる竜巻はちょっと厄介だな。
素早く立ち上がりカンバ中尉に体を向けると、焦りが見える表情でこちらを見据えるカンバ中尉は再び掌に闇を集めて槍を作り出した。
「くそっ何でこいつら動かねぇんだよ」
苛立ちを吐き出すように呟くカンバ中尉の背後に佇む、十数体のフードを被る死神は、まるでこちらが見えていないかのように微動だにしない。
どうやら、黒いフードの死神は襲って来ないみたいだな。
絶氷弾を連射していくと同時にカンバ中尉は闇の槍を素早く振り回し、尽く氷の弾を防いでいくが、最後の1発は運よく闇の槍の妨害を免れる。
「ぐあっ」
大きくのけ反ったカンバ中尉は足を踏ん張り、ふと我に返ったような表情でフードを被る死神達を見渡すと、すぐ後にこちらに目を向けたカンバ中尉の目線は、まるで何かに捕われるように止まった。
「まさかこいつ・・・無機物なのか?」
絶氷槍を振り下ろすと闇の槍で受け止められたが、同時にがら空きになった懐に向けて絶氷弾砲を撃ち込むと、氷の弾の破裂と共に翼と鎧は消し飛び、遠くの塀際まで吹き飛ばされていったカンバ中尉はそのまま動かなくなった。
そういえばさっき逃げた死神達が、また援軍を連れてくるみたいなこと言ってたな。
でももうすぐ天魔の兵士が来るし、深追いはしなくていいか。
突如塀が崩れるような轟音が聞こえると、塀の向こうの森から、巨体の背中から長い腕のようなものを生やしたゾウのような体格をしたものが現れた。
エニグマか。
エニグマがこちらの姿を捉えると、いきなり2本の腕らしきものの先端が3方向に開き、そこから熱線が吹き出てきた。
なっ・・・。
とっさに熱線をかわしながら、エニグマの頭目掛けて絶氷弾砲を連射する。
するとエニグマは木々を薙ぎ倒す凄まじい轟音と共に森の奥に消えて行った。
びっくりしたな。
その直後にずっと動かなかった大勢のフードを被る死神達が突如動きを見せた。
絶氷弾砲を構えるが、死神達の目線はこちらではなく背後に向けられていた。
ん?・・・。
後ろを振り返ると、天魔の兵隊が砦の門をくぐってくるのが見え、そして同時に死神達がまるで空を滑空するカラスの群れのように頭上を通り過ぎていき始める。
「あとは無心兵だけみたいだな」
先頭の天魔の兵士が口を開くと、フードを被る死神達が速度を上げて天魔の兵隊に向かって行ったので、すぐにフードを被る死神の群れに絶氷弾砲を撃ち出した。
そして氷の弾の凄まじい爆風が死神の群れを襲うと、先頭に立つ兵士はその風圧に顔を背け、自らを庇うように腕を上げる。
「うわっあぶねっ」
フードを被る死神を一掃すると、天魔の兵士達は皆すぐにこちらに目を向けてきた。
「何だよあいつ、あっお前が女王様が言ってたやつか?」
「そうだよ」
「直属だか何だか知らないが、ちょっと荒らしすぎじゃないか?」
少し呆れたような表情を見せながら、周りを見渡すその人につられて周りを見渡すと、地面の所々からは小さな氷柱が空に向かって伸びていた。
「そうか。もしかしてあなたがホルス大尉?」
「あぁ、まぁな」
「これからどうするの?」
「あー・・・敵もいないみたいだし、さっさと旗を立てて占領すっか」
ホルス大尉というその男性は、一見呑気さを漂わせる気楽そうな表情を浮かべるものの、同時にその佇まいからはどこか頼りがいのありそうな雰囲気を感じさせた。
「そうか」
「まぁ、とりあえず始めてくれ」
「はっ」
兵士達が倒れている死神の息を確認したり、高台を占領していくと、中には意識を取り戻した死神達がいたが、その死神達は捕虜となり大きなテントの前に集められた。
「本当にお前1人でやったのか?」
動き回る兵士達を眺めながらホルス大尉がふとこちらに声をかけてきた。
「そうだよ」
「そういやエニグマが出たとか聞いたが、まさかエニグマもやったのか?」
「あぁ」
「ホルス大尉」
そんな時、小さく眉をすくめながら頷くホルス大尉に、1人の女性兵士が近づいて来る。
「何だ?」
「先行したという人間の姿が見えませんが・・・」
「・・・こいつだろ?」
ホルス大尉が女性兵士を見ながらこちらを顎で差すと、2人は黙ってこちらに顔を向けてきたので鎧を解いて見せた。
「あっと、これは失礼いたしました」
「僕に何か用?」
「いえ、てっきり食べられてしまったものと」
人間が1人で行ったなんて聞いたら、そりゃ普通は驚くだろうな。
「女王様の試練を受けたところは見てないみたいだね」
「あぁ、ちょっと別の任務でな。傭兵の話もさっき聞いたんだ」
ふと集められた死神達に目を向けてみると、死神達は酷く疲労しているものの、その表情は常に反撃の隙を伺っているようだった。
「そうか。ちょっと聞いて良いかな?」
「俺にか?まぁ良いぜ」
「兵士って普段どこにいればいいの?」
しかしホルス大尉は、そんな死神達にたいした警戒心は向けずに目線を空に向けていく。
「あー・・・任務を受けるまでは宿舎にいるかな。すぐ隣にバーがあるし、飯もそこだしな」
「そうか」
「なら宿舎を案内した方が良いのでは?」
女性兵士が見上げるようにホルス大尉の顔を覗くと、すぐにホルス大尉がこちらに顔を向ける。
「でもお前、女王様直属だろ?」
「そうだね」
「なら女王様の傍にいないとな」
「そうか」
まぁアゲハが頼んでくれるって言ってたし、気にすることないか。
「退屈ならあなたもバーに来ると良いと思います」
「そうだね。何か分からないことがあったら行ってみるよ」
しばらくすると死神達は無事に砦から出て行かされ、作業を終えた兵士達はホルス大尉の前に整列した。
やっぱり、三国の人達は無用に命は取らないってことかな。
「よし、それじゃあ城へ戻るぞ」
「あの人達は置いて行くの?」
高台にいる人達を指差すと、ホルス大尉は高台に居る人を見ながらおもむろに頭を掻き出した。
「あそこにいるから見張りなんだよ。女王様に報告したら、随時交代の兵士を送ることになる」
「そうか」
しばらく城へ歩いていると、ふと日が落ちて来て少し空が赤く染まり始めたのに気が付いた。
ん?・・・階層は違っても見える太陽は同じなんだろうか。
「もうすぐ日が暮れるなぁ・・・腹減ったなぁ」
ただでさえあまり緊張感のない沈黙を、ホルス大尉が怠そうな口調で破るが、兵士達は誰ひとりとしてそんなホルス大尉に対して突っ込みを入れることはなかった。
「報告が済んだらバーへ直行ですね」
この女性兵士とホルス大尉はよく話すみたいだ。
「そうだな。ラフーナサワーが恋しいねぇ」
ラフーナサワー?
ラフーナっていうのは色々な用途があるみたいだ。
「ホルス大尉、聞いて良いかな?」
「何だ?」
「あの黒い布で全身を覆った死神は、普通の死神とは違うの?」
「あれは正確には死神じゃない。死神が造った心の無い兵だ。天魔が誕生する前から、常に死神が駒として使ってる」
心の無い兵・・・駒か・・・。
「なるほど、だから言葉もたどたどしくて顔も見えなかったのか」
「あぁ」
天魔界に戻り、城に入るときに何となくすっかり日が落ち漆黒に染まっていた空を見上げる。
のんびりし過ぎじゃないかな。
「ホルス大尉、氷牙少佐、並びに天魔兵の諸君、よく戻ったわ。戦果はどうだったの?」
「万事上手く行きました」
ホルス大尉は先程までの気楽そうな態度を正すように、背筋を伸ばしながらはきはきと応える。
「分かったわ。後はホルス大尉に任せて良いわね?」
「はいっ問題ありませんっ」
「なら戻って良いわ」
「はっ」
そして天魔の兵士達は行進するように丁寧に列びながら、エントランスを去って行った。
「氷牙、アゲハがあなたと夕食を食べたいって言ってたわ。ご一緒して貰えるかしら?」
「はい、光栄です」
左側の階段を上がったときにログが出迎えてくると、ログは迫り出した2階のちょうど後ろにある少し大きめな豪華な扉を開けて見せた。
真っ先に目の前の長方形テーブルが目に入るその部屋に足を踏み入れたとき、こちらの方に顔を向けたアゲハが笑顔で手招きした。
「氷牙、こっち」
女王は胸と肩の鎧を脱いでログに鎧を渡すと長方形のテーブルの奥にある豪華な椅子に座り、ログは鎧を後ろのハンガーに掛けると素早くとも静かに女王の斜め後ろに立った。
普通ならアゲハの向かいに座るのが自然なのだろうが、アゲハは自分の隣に座るように指示をしていて、隣の椅子に座ると天使のウェイトレスが料理を運んできた。
やっぱりああいうことは天使の天職ということなのかな。
ヨーデル・カンバ(21)
階級は中尉。
死神の闇の力よりも武術を信用している為、翼を解放してもその力は完全ではない。
リーダーとしての素質は認められている。
ありがとうございました。




