氷の台風
「あぁ、悪いが先に宿舎に戻っててくれ」
「うん」
どことなく心配そうな眼差しをかいま見せたミレイユを見送り、何となく目に留まった木に軽く寄り掛かる。
「・・・その顔からすると、何か掴んだか?」
「あぁ、だがまだ王に報告するほどじゃないがな」
なかなか刺激的な相手だったな。
「・・・まさかエニグマを倒すとはね」
呆気に取られていたものの、頷きながらすぐに平常心を取り戻したように微笑む女王を見上げる。
「女王様、いかがですか?」
「そうね、良くやったわ。正式にあなたを傭兵として迎えてあげるわ」
「ありがとうございます」
笑顔で頷いた女王だが、すぐに少し困ったように眉をすくめるとその眼差しは氷のオブジェへと向けられる。
「それじゃあ最初の仕事よ。これ・・・片付けて貰える?綺麗だけど・・・大きすぎるわ」
「そうですね」
鉄の柱が引っ込むとすぐに使用人と思われる人達や兵士達がエニグマの下に集まったので、共に氷のオブジェを解体しエニグマを引き出し始める。
「そういえば、この生き物はどうするの?」
まさか焼いて食べたりしないよな。
背中辺りとか、尻尾だって、これじゃ下手な鉄より硬いかも知れないし。
「このタイプのエニグマの腹や足は比較的軟らかいので、細かく解体して食糧にするんです」
食べるのか・・・。
「でもこの尻尾は無理でしょ」
「ああ、尻尾や硬い殻のある背中は兵士の防具や建物の材料になったりするので、無駄にはならないんですよ」
「そうか」
女王は試練のついでに食料や素材を確保しようと企んでいたんだな。
「何にしろ、そいつらを捕まえないことには始まらないってことか・・・」
死神だけでも手がかかるっていうのに、まったく煩わしい奴らだ。
「明日、新兵の訓練として手掛かりがあった場所に行く。そしたらまた何か掴めるだろう」
「悪いな、お前ばっかりに足使わせて」
「気にするな。これは隊長くらいにしか扱えない問題だからな」
「氷牙、あなたはそれほどの力を持っていて、何故まだ力を求めるの?」
しばらく作業が続いている中、ふと女王は少し真剣な顔でそう話しかけてきた。
「ただ強くありたいんです」
「・・・そう」
「女王様、終わりました」
凍結したエニグマを解体し、使用人達が肉片を運び始めると、女王の眼下に歩み寄った兵士が背筋を伸ばしながらはきはきと喋り出した。
「えぇ、じゃあもう下がっていいわ」
「はっ」
兵士達が下がっていくと、女王は背筋を伸ばして真剣な顔でこちらを見下ろしてきた。
「氷牙、あなたはこれより女王直属の傭兵として働きなさい。階級は、少佐で良いわね」
「はい」
「女王様、そんな属はありませんよ」
するとログが背後から女王に優しく囁いた。
「今作ったのよ・・・文句は・・・無いわよね?」
若干の威圧感を混ぜたような笑みを見せながら女王が目を光らせると、ログは畏れをなしたように軽く頭を下げる。
「・・・ございません」
「氷牙少佐、大佐になったらあなたの望み聞いてあげるわ」
「分かりました」
2階級特進狙いだな。
でも戦死以外でそんなこと出来るかな。
「それと宿が決まってないとアゲハから聞いたわ。せっかくだから、城の客間の1つをあなたの部屋にするわね。ログ、案内しなさい」
「かしこまりました」
ログに連れられて王間を挟む階段を上り、突き当たりを左折した先にある扉に入ると、そこは緩く弧を描くように左右に続く廊下になっていた。
そういえばエントランスも壁が円形になってたような。
「聞いても良いですか?」
「はいどうぞ」
前を向いて歩きながらログが応えたとき、ふとメリミアと呼ばれていた受付嬢の姿が脳裏に過ぎった。
「エニグマって皆あんなに大きいんですか?」
「そうですね、1番小さいものでも4メートルほどありますね」
「そうですか」
食料確保も大変だな。
半円状の廊下の端に着き、手前に噴水広場が見渡せる窓がある角部屋の扉の前に立ったログの横顔に、何となく天使にはない高貴さを感じた。
「この部屋をお使い下さい」
「あ、はい、鍵とかありますか?」
「ございません」
ログは落ち着いた表情ですぐに平然とそう応えた。
「そうですか」
天使は分かるが、悪魔も欲は無いのだろうか。
「では、女王様からのご命令は私が伝えに参りますので」
「分かりました」
ログが去って行くのを見ながら部屋に入ると、部屋の真ん中にある白い光を放つ照明がついた黒いシャンデリアが真っ先に目に入った。
さすが、城だ。
更に見渡してみると、ダイニングと思われる場所には白いテーブルと椅子、リビングと思われる場所には黒いソファーがあった。
決してゼブラ模様を使う気は無いみたいだ。
豪華さは組織のホテルとあんまり変わらないな。
時計があり、時間が分かるが元の世界との時差はあるのだろうか。
外を眺めて初めて夕方になっているのが分かったとき、突然扉がノックされた。
早速何か命令を伝えに来たかな。
「はい」
「あたし、アゲハ」
扉の向こうから声が聞こえたので扉を開けると、こちらを見たアゲハはすぐに微笑みを浮かべた。
「入っていい?」
「あぁ」
部屋に入ったアゲハは真っ直ぐに黒いソファーに向かい、腰を掛けるとそのまま深く背もたれた。
「何か分からないこととかある?」
そう言うとアゲハは足を組み、どこか誘うような目つきを見せながら小さくニヤつき出した。
「皆、食事はどうしてるの?」
そう言いながらとりあえず近くの椅子に座る。
「あたしはいつもお母様と食べてるけど」
兵士の生活のことは兵士に聞かないとダメだな。
「そういえば、天魔の精鋭の兵士はどんな人?」
「たまぁにお母様と話すところは見るけど、あたしは話したことは無いの」
「そうか、名前は知ってる?」
「確かホルス大尉かな」
「そうか」
その人に聞いたら色々分かるかな。
「待ってよ」
席を立つとすぐさまアゲハは呼び止め、隣のスペースを軽く叩き出した。
「こっち来て座って」
言われた通りにアゲハの隣に腰掛けてみると、笑顔になったアゲハはすぐに腕を組んできた。
「氷牙はお母様直属だから、一緒に夕食の席に座れるように頼んであげようか?」
「迷惑じゃないかな?」
「あたしは良いよ。それに2人じゃ淋しいし」
「父親は?」
「調査隊の隊長だから、今はいないの」
寂しさからか、若干薄れた笑みを見せながらも、アゲハは期待感を寄せるように顔を少し近づけてきた。
「そうか、女王様が良いって言うなら僕は何も言うことは無いよ」
「ほんと?じゃ頼んで来るね」
アゲハが部屋を出たのを見てからふと窓の方に行き、窓から広場を見渡したとき、ちょうど郊外への門から傷ついた三国の兵士が帰って来たのが見えた。
あれは、見るからに演習からの帰りじゃないな。
部屋を出てエントランスに向かうと、ちょうど兵士達もエントランスに入って来ていた。
「よく戻ったわ。戦果はどうだったの?」
女王が兵士達に話しかけると、怪我も浅く、喋れる兵士が前に出てきたので、話が聞こえるように少し近づいた。
「はい、砦の規模にしては死神の数が多く、苦戦を強いられました」
「砦は落としたの?」
「いえ、お互いの兵が消耗したところに、エニグマが・・・」
「そう分かったわ、あなた達はお休みなさい」
「はっ」
やっぱり昇進するには戦で成果を上げるしかないし、それに今行けば、砦は落とせるかもな。
「あら氷牙少佐、いいところに来たわね。これからホルス大尉の隊を向かわせるんだけど、その前に先に1人で向こうの援軍を荒らして欲しいのよ」
荒らす?
まぁここより退屈はしないか。
「分かりました。場所はどこですか?」
「そこの兵、彼を砦への道まで案内しなさい」
女王が1人の天使の兵士に指を差す。
「に、人間を・・・ですか?」
こちらに顔を向けたその兵士はすぐに女王に目線を戻し、戸惑いの表情を見せながら女王に応える。
「良いから、早くしなさい」
「はっ」
仮面を被りながら2階から飛び降り、ブースターを噴射しながらその兵士の目の前に降り立った。
「じゃあすぐに案内して貰えますか?」
「・・・あ・・・はい」
急いで城を出た天使の兵は一生懸命走って天魔界から魔界に入ると、そのまま郊外に出る門の方へと向かった。
「空飛べないんですか?」
「私は、まだ天力が、足りないので」
名もなき兵士ってところかな。
「説明で分かるところまででいいから」
「あ・・・はい」
郊外に出ると左右に続く壁沿いの道と共に、真っ直ぐ続く1本の大きな道が目の前に広がった。
「はぁ・・・この道の、向こうを右に、はぁ・・・後は道のりに行けば、砦・・・です」
「そうか」
確かエニグマが出たとか言ってたな。
絶氷牙を纏い、ブースターの出力を上げて道なりに飛んでいく。
ん、これはさっきの兵士達の足跡だな。
天界の方と比べて、こっちは木があんまり多くないみたいだな。
間もなくすると分かれ道が見えたので右に曲がりブースターの出力を上げ、そしてしばらくすると長い間戦いの中に晒されてきたかのような寂れた門が見えてきたので速度を落とす。
あれが砦かな。
閉ざされた門は4、5人の人間が横に並ぶと入れなさそうなほど小さなもので、軽く辺りを見渡しても1つしかない見張りの高台らしきものにも、人影はひとつも見えなかった。
まだ補充されていないのかな。
門の上の塀に飛び乗ると、漆黒に染められた布切れや、折れた武器のようなものがあちこちに見える寂れた雰囲気を感じさせるその場には、最初に見た黒いフードを被った死神が何体か巡回していた。
女王は荒らして来いと言ったけど、もう十分荒れてるよな。
「・・・何だあれ」
ふと黒いローブを着た人がこちらに目を向けたのに気がつくと、その人はまるで得体の知れないものを見るような表情で小さくそう呟いた。
見つかったか。
両手に1枚ずつ紋章を重ねた紋章を出しながら敷地内に降り立つ。
「お前は・・・何だ?」
死神って言ったって、人間みたいな外見は天使達と変わらないんだな。
「強いて言うなら・・・台風かな?」
「・・・は」
死神の男性に紋章を重ねた絶氷弾を撃ったのをきっかけに、次々と黒いフードの死神にも絶氷弾を発射していく。
辺りを一掃して更に奥に進むと、円柱の形をしたテントの傍には先の戦いで生き残ったと見られる、黒いローブの死神が数名待機していた。
「おい、何だあいつ」
黒いローブの死神達が次々と立ち上がりこちらに目を向けていく中、ターゲットを絞らずに全方位に紋章を重ねた絶氷弾の乱射を始める。
「がっ」
たまたま当たった黒いローブの死神が吹き飛ばされていくと、死神達の表情が一気に張り詰めていった。
「何なんだっムシンヘイは何をやってるっ」
「援軍はまだかっ」
黒いローブの死神達はすぐさま武器を出現させて展開していったので、今度は死神達に狙いを定めて絶氷弾を乱射していく。
「ぐっ」
「くそぉぉ」
そして見える範囲での死神は全て撃ち、戦場に渇いた風が吹き抜けていって少しした後、奥からフードを被る死神を数十人を引き連れた、5人の黒いローブの死神がやって来た。
「あ?何だあれ」
先頭の死神がこちらに気づき、ただならぬ雰囲気を感じたような声色で口を開くと、他の死神達は足を止めゆっくりとこちらの方に目線を向けてきた。
援軍かな?
ふと目に留まった死神に向けて紋章を2つ重ねた絶氷弾を撃つ。
「くそっ」
氷の弾の破裂と同時に死神達は素早くその場から離れるが、直撃を受けた死神は数人のフードを被る死神と共に吹き飛ぶと、そのまま動かなくなった。
「何だこいつ・・・おいシガロっ・・・ダメか、気ぃ失ってやがる」
「カンバ中尉、あいつは一体・・・」
「オレが知るか。とりあえず展開して多方面から攻撃を仕掛けろっ」
「応っ」
天魔の兵が来るまでには片付けないとな。
「あ、ハル、ハガン大尉と何話してたの?」
ふと会議用のテーブルに広げられた地図に目線を落としたとき、ガルーザスが言っていた手掛かりのあった場所に目が留まった。
「まぁ、隊長にしか出来ない世間話だ」
「ふーん」
第二演習場の近くなら死神の国ともそれほど遠くない訳だ。
無心兵が多く徘徊してるそんな所に、一体どうして・・・。
「あっディレオ大尉、ここに居たんですか」
ログ・ワールトン(53)
現天魔女王の付き人になって6年目。天魔女王よりも年は上だが、現女王が女王になるずっと前から仕えている為、頼りにされっぱなしでも女王にはむしろ愛くるしさを感じている。
ありがとうございました。




