バスターの発足
「僕は20歳だよ」
「思ったより若いんだね。あたしは姫に付いてもう5年目だけど、バクトほどの手練れは初めてだよ」
「ドラゴンが魔法を使えるなんて、やはり本当だったのか」
「でも魔法は別の世界で教わったものだよ」
感心するように喉を鳴らす赤トラのヘルギーと共に、アンジェリーラも優しい眼差しで親しさを感じさせる。
「んじゃあ、そりゃオデらも出来るんかい?」
立昇、動物でも出来るのかな。
「どうかなぁ、意識するだけの魔法だし、出来るかもね」
「ほっほ、どうやんだい」
立ち上がると白ゴリラのタグンも盾の中に剣を納め背筋を伸ばし、逸るように期待を寄せてくる。
「全身に纏わせた気を、背中に想像した排気口に流す感じだよ」
説明しながらやって見せると3匹は各々唸り出し、そんな時に突如ストロベリーとエリザベス、知らない女性が姿を現すが、同時にどこからか近付いてきた気配にふと振り返る。
「姫っ」
3匹が声を上げ、エリザベスが3匹を優しく撫でる中、近付いてきたのは赤いブーツの人間で、更にその人間を追い掛けるように、アメジストのように綺麗な翼と鎧が目を引くディビエイトも見えてきた。
おや・・・初めて見る、しかもでかい・・・。
「爆凍龍、どうした」
「ほら、あそこ、ディビエイトだよ。カイザーの部下を追いかけてる」
わぁ、こっち来た。
「放っておけ。すぐにここから離れなければ」
「逃がしませんわ?」
何だ?
同時に赤いブーツの人間が、ビルの屋上に立ちこちらを見下ろす、見るからに中世の貴族を思わせる膨張したスカートのドレスを着て豪華な扇子を持った女性の下に降り立つ。
「エネルゲイアか、お前もカイザーの仲間だな?」
「あたくしはマリアンヌ。確かにカイザーは存じておりますが、あたくしと比べればカイザーなど足元にも及びませんことよ?」
エリザベスにそう応えてマリアンヌと名乗った女性は豪華な扇子を閉じ、指を差すようにそれを正面へと突き出すと、その先にはビルの上に立つディビエイトが居た。
「エネルゲイアの敵であるディビエイト共々、ここで討ち滅ぼして差し上げますわ?」
「あたしの妹をさらったカイザーが悪いんだろ」
「問答無用っ」
えー・・・。
直後にマリアンヌが浮き上がったと思った途端、スカートの中からその細身の体格とはまったく不釣り合いの、ディビエイトよりも遥かに巨大な西洋のドラゴンの脚と尻尾が現れる。
え、上が人間で、下がドラゴン・・・。
更にその背中から群青色の巨大な下半身とは不釣り合いの、人間の体格に相応しい大きさの骨だけの翼と、これまたあり得ないほど巨大な、昆虫類が持つ緑色で先の尖った腕が4本生えた。
何だか・・・あ、キメラとか言う感じかな。
直後にマリアンヌは飛び上がり、まるで高層ビルが倒れてきたと見紛うほどに巨大な足底を落としてきた。
気が付くと景色が森になっていて、一瞬の戸惑いと沈黙の後、ふと目が合ったストロベリーの安堵した表情にようやく状況が理解出来た。
「ここは」
「あたし達の拠点だよ。とりあえずこっち」
何も見えないただの平原に踏み入れた瞬間、目の前にペンションを思わせるような大きさの山小屋が突如見えると、さすがのエリザベスでさえも驚くような声を漏らす。
「おお来たか」
自分の声が聞こえた方を見るとそこには火爪と水拳が居て、再び安堵感に満たされるとエリザベスは何やら足早に歩み寄り、火爪の手を取った。
「この恩は忘れない」
「お、お、おお」
隣に歩み寄ってきたタグンにふと顔を向けると、まるで嬉しさを分け合うようにタグンはこちらの肩を叩き、良かった良かったと言わんばかりにゆっくりと頷いた。
リッショウを強く意識しながら全速力で街並みを飛んでいくと、やがて森のように生い茂るビルの上に立つ、人間の上半身姿が目を引くエニグマ、そしてフレッドが見えてきた。
ん?あのエニグマの中央の人間、先程セレナを殺した男の隣に居た・・・。
フレッドよりも大きな下半身を持っているにも拘わらず、そのエニグマは素早く尻尾を振りフレッドを軽々と吹き飛ばす。
「フレッドっ」
「・・・ハルクさんっ来てくれたんですか」
「事前に情報は確認済みですわ?あなたはハルクですわね?」
ふ、普通に喋るのか。
「あぁ。お前は、セレナを殺した時の映像に映ってた1人か」
「いかにもそうですわ?あたくしはマリアンヌ。ディビエイトを殺す為にこの世界に来ましたの。話し合う必要はありません。あなたもここで葬って差し上げますわ」
話し合う必要はないだと?
直後にマリアンヌは背中から生やした4本の鎌状の緑腕を振り出し、剣で受け止めるものの衝撃は凄まじく、緑腕に向けて鋭い水を振り出したものの斬り裂かれるどころか傷もつかずただ少し押し退かれただけだった。
ディビエイトを殺すほどのエネルゲイア・・・。
だが、ただ殺し合うなんて、無意味だ。
「戦争は、分かり合えることを知る為にあるんだっ」
するとビルを踏み締め、今にも飛び出そうとしたマリアンヌは肩の力を抜き、腕を組んだ。
「死んだら分かり合うも何もありませんこと?あたくし達は兵器、言葉は要らなくてよ」
くっ・・・。
再び飛び出したマリアンヌにフレッドが殴りかかるが、フレッドは緑腕で呆気なく叩き落とされるとそのまま踏み潰されてしまう。
フレッドっ・・・。
「雷光天貫っその名を大地に轟かせろっエクスカリバーっ」
白黒の縞模様の柄を握り締め、左右が白黒に分かれている身長ほどの光の剣を振りかざすと、マリアンヌは緑腕を大きく広げ、まるで大口を開けるように身構える。
レテークを思い出しながら、湧き上がる怒りでもって剣を振り下ろす。
瞬間的に瞬いた白黒の光はマリアンヌを吹き飛ばし、その背中をビルへとめり込ませたので、すかさず目の前まで飛び出し、マリアンヌの青い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「甘えるなぁっ。自分の頭で考えろよぉっ。戦争は人が起こすんだっ勝手に起こるもんじゃないだろうがぁっ」
するとマリアンヌの目は引きつり、直後にその眼差しは弾け出るような反発心を持った怒りを宿した。
「黙らっしゃいっ」
右手に握られた短い棒状のものが突き出されると気付いた時には胸に鋭い痛みが襲っていて、衝撃にもがく間もなく体がビルにめり込むが、衝撃が消え行くその一瞬、止めを刺しに来ないマリアンヌにふと違和感を感じた。
「ふ、不愉快な男だこと。何なの?ほんとに不愉快。もういいわっ今すぐあたくしの目の前から居なくなって頂戴」
え?・・・。
「それは、逃げろって事か?」
「あたくしは同じ事を2度言うのが嫌いなの。それとも、ここで死にたいの?」
怒りに満ちてはいるものの、何故か困惑しているマリアンヌからふと瓦礫の蠢く音がした方に目を向けると、その地面の窪みに居たフレッドは辛そうに立ち上がっていた。
「フレッドっ」
マリアンヌも見えなくなった頃にふと降りていったフレッドについていくと、堕混に戻ったフレッドはうちひしがれたような失望感を伺わせた。
「ハルクさんが来てくれなかったら、僕、きっとやられてた。あの人強すぎるよ」
「映像に映ってた3人とは1人で戦わない方が良いだろう。情報が来ても1人で行くなよ?必ず誰かと組むんだ」
「うん。この世界ではみんなより体が大きくても、僕、武術が得意じゃないし、ちょっと不安だけど」
まったく、相変わらず弱気だな。
「なら魔法を極めればいいだろ?お前だって立派なディビエイトなんだ、いくらでも強くなれるさ」
さっきの女、何故あんなに戸惑っていたんだ?
「ハオンジュー」
手を振りながら、リリーは本部の屋上に降り立ち翼を消したので、リリーとナオと共に本部に入り、エレベーターに乗る。
研究部に出ると、夜だというのに数人の白衣の研究員達は休むことなくパソコンと向き合っていて、右手の休憩室から欠伸をしながら出てきた1人を横目に、左手奥の部屋に続く短い階段を降りていく。
その先の扉を開けると前方に真っ直ぐ続く数メートルの廊下、左手にガラスの壁があり、廊下奥の扉を開けて植物園に入るとすぐに龍形態のエンジェラは手を振った。
「セレナは?」
明るい口調の問いにすぐにリリーは表情を曇らせ、そんな態度に漂い出した陰気さにエンジェラは何かに勘づき、すぐにこちらに目で訴えてくる。
「エネルゲイアにやられた」
訪れた沈黙の中、龍顔で表情が分かりづらくともエンジェラは態度から悲しさを滲ませ、座り込んだリリーに龍形態のソウスケも腰に両手を置きため息をついた。
「明日、新しいディビエイトが出来るって」
「そっか。セレナをやったの、どんな奴なの?」
「新しく出てきた3人で、自分達を本物のエネルゲイアって言ってる。映像で見たけど、セレナの攻撃、全部通じてなくて、剣でひと突きでやられた。作戦とかじゃなくて、純粋に力負けしたんだと思う」
「だったらもっと強い力を取り込めば良いだけだろ?」
ソウスケに目線が集まると龍顔で表情は分かりづらいが、その眼差しはすでに強気で、逆に落ち着きを取り戻せた気がした。
セレナの敵を討つ、それだけだ。
その為に強くなる。
「ねぇ、お腹触っていい?」
ナオのそんな言葉に場は和むと、エンジェラは照れ臭そうな声色で応えたので歩み寄り、何となくこちらまで照れ臭くなってしまいながら膨れたお腹に手を当てる。
「5ヶ月だよね?」
暖かい・・・。
ナオが聞くとエンジェラは穏やかな眼差しで頷く。
「うん」
しかも鼓動も伝わる・・・。
「お名前は?」
「ブライトだよ」
リリーにそう応えるとエンジェラはソウスケに顔を向け、表情は分かりづらいのにその素振りだけで幸せな気持ちが伝わってくる。
へぇ、ブライト。
「男の子?」
「ううん、分かんないの。エコーで見ても付いてなかったし」
「じゃあ女の子じゃん」
「それがね、これだけ体も大きいし、女の子ならそれはそれで筋も分かるはずなんだけど、しっかりとツルツルに映ってたし、分かんないの」
「ふぅ、緊張する」
「進化薬を飲むだけだ、心配ないよ」
本部の屋上で口づけを交わしてからミレイユを見送り、ふと研究部に居るであろうミレイユを想像したり、マリアンヌの戸惑った顔を思い出していたりしていた時、呼び掛ける声に我に返ると、目の前には呆れたような表情で頬杖を着くシーティーが居た。
「ほんとに寝惚けてんの?」
「いや悪い、そのエネルゲイアの事考えてた」
パソコンに映る変身した姿のマリアンヌを目で差すが、シーティーは怠そうにため息をつき、タンクが買ってきた棒状に揚げたポテトを摘まむ。
「それオレのだぞ」
「あ?ポテトは逃げないよ」
「・・・え?」
「ハルクっ」
司令官の声に振り返ると、奥のデスクに居る司令官は何やら腕をデスクに立てながら立ち上がっていた。
「南西方面から赤いブーツ装備のカイザーの部下が向かってきている。数は4だ」
「分かった」
「総助」
大人しくとも意思の籠ったようなその声はすぐに脳裏にセレナの姿を思い出させ、寂しげなその眼差しは愛しさと怒り、そして静かなる闘志を湧かせた。
「もう安定期だしさ。ちょっとくらいあたし1人でも大丈夫だからさ」
「でも・・・敵討ちはハオンジュ達に任せられるだろ?」
「・・・そう、だね」
目を細めて笑みを見せるとエンジェラは手を伸ばしてきて、抱き締めて頭を撫でてやるとエンジェラはキスの代わりに首筋に甘えるように頬擦りしてくる。
支部に帰った矢先に本部に集まる命令を思い出しながら小雨に降られている屋上に降り立ち、次第にミレイユに対する心配で頭がいっぱいになっていくのを感じながらエレベーターに乗る。
研究部に入ると何やら奥の方にディビエイトの気配があり、小さな人集りが出来ていて、並んだデスクを抜けてみるとガラス張りのその会議室には奥に立つオスカーとミレイユ、見知らぬ男女の3人、そしてテーブルを挟んだ手前にはリリー、ナオ、ハオンジュが居た。
「今来たのはハルクだ。ハルク、この4人が新しいディビエイト、バスターの面々だ」
ほう、4人か。
皆ミレイユよりも若いが・・・。
「ミレイユの隣から、アテナ、イザナギ、タウロス」
「よろしくな」
3人は新兵らしい不安と緊張がよく伺える顔色で各々頷き、少しして他のディビエイトがやってくる度オスカーは4人を紹介していく。
会議室を出ながら手を繋いできたミレイユの満足げな笑顔を見ながら、角隅にある扉、その先の廊下を抜けて植物園に出る。
「お?何だ?」
「ソウスケ、エンジェラ。新しいディビエイト、バスターの面々だ」
「お?まじか」
ソウスケが笑い声混じりに感心げな声を発する中、ふと少しお腹の大きいエンジェラの落ち着いた佇まいに目が留まる。
「オスカーさん、どういうこと?幽閉?」
アテナが口を挟む間にもリリー達は女3人で勝手に植物園を見回り始める。
バクトは龍でも動物扱いで、しかも精霊なので、能力の1つとして他の動物とも会話が出来るみたいです。
ありがとうございました。