頂点に座す者達
ふと肩にかかる髪の伸び具合を気に出来る静寂の中、開いた扉に我に返りながら素早く要人の斜め後ろにつき、長い廊下を抜ける。
爆音のように一気に飛び上がる黄色い声援。
左右の柵と警備員の列の真ん中を通る狭い一本道を進みながら、大勢の若い女性達に小さく手を振る要人を横目に、雑音を掻き消すほどに叫び立てる女性達の表情を眺めていく。
要人が白く太いクルマに乗り、去っていくのを見届けてから黒いクルマに乗る。
終わったっと・・・。
「こちらショウ、ハオンジュ共に戻ります」
大勢の女性達が歓喜の余韻に浸りながら散っていくのを窓から見ながら、ふとナオを思い浮かべる。
支配者が代わっても変わらない。
ディビエイトとして戦うだけだし。
ん、通信・・・。
画面を見るとナオを示す文字が映されていて、通信を繋ぐと聞こえてきたのは涙声だった。
走ってきた事など遠い昔に思えるほど、何も考える事も出来ずに飛び抜けた扉の先にはナオが居たが、無意識にナオの先に広がる空間に駆け寄り、そのガラスに隔たれた空間の中央に横たわる龍形態のセレナにただ目を留める。
セレナ・・・。
啜り泣き出したナオの声がその場に小さく響く中、止まった思考に血が上っていく。
「誰がやったの」
「エネルゲイアだって聞いてるけど」
「2人共」
廊下の角を曲がってきたリリーに振り向くと、その表情は緊迫し、何やら急いでる様子だった。
「すぐに情報部に来て、オスカーさんも居るから」
「揃ったか。先ずはこれを見てくれ」
オスカーの目配りに頷いた事務員の女性がパソコンをなぞると、直後に壁に作られた巨大な画面にセレナと1人の男性が映し出された。
セレナ?これは衛星じゃない、記者かな。
セレナの右腕から灰色の光矢が放たれても爆炎が噴き出しても、その男性は服を焼かれるだけで傷ひとつ付かず、セレナは灰色の剣を作り出し斬りかかるが、振り下ろされた剣は男性の拳に打ち砕かれる。
何あの人、強い。
しかも初めて見る人。
灰色の光を全身に纏い、クウカクの鎧を作ったセレナが右腕で殴りかかり、男性がセレナに覆い隠される構図となった直後、セレナの背中から鉄のような光沢を見せる銀色の剣が突き抜ける。
あっ。
切っ先からは血は滴り、銀色の剣と灰色の背中を濡らす血がよく映えるのが目に焼き付けられると、力無く倒れたセレナをまたがりながら男性はカメラの方へと歩み寄ってきた。
「レッドワイバーンよ、よく見るがいいっ。俺はエネルゲイアっ、名を、トウ・ファンザっ。そしてレッドワイバーンの同盟国諸君。神の力など存在しない」
するとその男の両隣に2人の男女が、まるでテレビを見る者に見せつけるように並んだ。
「ディビエイト諸君、俺達3人が本物のエネルゲイアだと認識して頂きたい。つまり、自分達を殺す奴らの顔を覚えておけ、という事だ」
く、何を・・・。
画面が消えると真っ先に耳に入ったのはオスカーのため息で、頭に血が上る中、ふと皆の顔を見るとすぐに目に留まったのはナオの怒りに満ちた眼差しだった。
「オスカー、新しいディビエイトはすぐに出来るのか?」
するとハルクの問いにオスカーは表情を引き締め、期待を募らせる。
「あぁ、最終調整は今日中に済む予定だ」
ストロベリーの赤い光に触れて一瞬でエリザベスの下に戻ると、すぐに水拳は動物達を見ながら嬉しそうに声を上げる。
「あれ、水拳も来たんだ」
「そうなのー暇だったしねー」
バクトからエリザベスへと目線を移し、体を向けていくと、水拳はにたっと笑みを浮かべながら手を差し出した。
「あたし水拳だよ」
しかしエリザベスは水拳の笑みになのか、親しみのない堂々たる力強い眼差しを返す。
「あたしは獣王エリザベス。あたしの国では男女が手を触れ合うのは恋人になってからだ」
「え、握手もだめなの?」
「ダメだ」
獣の国はお堅いな。
「あたしストロベリーだよ」
「ん。よろしくな。それでお前は」
「火爪」
赤いトラに乗ったエリザベスが先導する中、水拳、ストロベリーと共に巨大なサイに乗りながらふと背後に目を向け、龍のまま動物達の列に加わるバクトを見る。
鞭に叩かれただけでしもべになっちまうんじゃ、鞭に何かしらの力でもあんのか・・・。
まるでパレードを見るように動物達を眺める人集りを進んでいくと、やがて現れたカイザーを前に進軍は止まり、トラから降りたエリザベスが1人カイザーと対峙する。
「それ以上の破壊と殺戮は、止めて貰おうか。お前の立場を危うくするぞ?」
「妹はどこだっ」
するとカイザーはふてぶてしく笑みを作りながら顔を上げ、こちらに目を向けてきた。
「何を企んでる」
「よおくそカイザーっ、てかおめぇらは俺達に勝てねぇんだから、大人しく返してやれよっ」
しかしカイザーは更に歯を溢し、その眼差しに狂気を見せる。
「馬鹿野郎」
んだと?
「あぁ?」
「テレビ見てねぇんだな。今さっき、我が皇帝軍がディビエイトを1人葬った」
何?
そんな事、出来る奴が、出てきたのか?
「丁寧にカメラの前で喧嘩売ったからな、そろそろ本部かどっかに届く頃じゃないか?」
くそ、まじかよ・・・。
「さて、エリザベス。俺の女になればその家畜も肉にならずに済むと思うんだがな」
「家畜じゃないっ立派な戦士だ。それに、お前は顔が好みじゃない」
ぷっ・・・タイプじゃねぇってか。
ざまぁみろ。
「よし分かった。望み通り妹を貰ってやる」
「くそカイザーっ妹ってどんな奴だ?見せてくれよ」
「あ?ああ・・・いや、その手には食わない」
直後にカイザーはホログラムとなって姿を消し、その場にはただ苛立ちと期待が混ざった緊迫と、エリザベスが鳴らした高らかな音だけが残った。
「火爪、このままでは妹が」
「心配すんな、まだ作戦は終わってねーよっ。このまま次の作戦だ」
エネルゲイアを殺し続ければ戦力も減るし、くそカイザーだって出てくる。
あいつも妹を殺したい訳じゃねぇみてぇだしな。
そんな時に再びカイザーが2人の側近と共に姿を現す。
速っもう来た?
まぁあいつも時間を空ければ犠牲が増えるって分かってるか。
「よお、トイレでも行ってきたのか?」
「このまま皇帝軍に歯向かうなら、妹は殺す」
無視かよ。
「待ってくれっ」
再びエリザベスがトラから降りていくと、カイザーの両脇に立っていた側近の2人が1歩前に出る。
2回目となれば話し合うしかないわな。
まぁ話し合える状況になった時点で、俺達が有利だけど。
「あたしが、お前の下に行ったら妹は返してくれるのか?」
「・・・いや、お前も、妹も俺が頂く」
はぁーあ、んだよ、それ。
「あたしが行けば妹は殺さないんだな?」
「勿論だ。その前に、鞭は捨てろ」
こちらを一瞬だけ見上げたエリザベスは取り乱すこともせず、静かにトラの腕のベルトに丸めた鞭をしまった。
「俺の前に来い」
エリザベスが静かにカイザーの前に歩み寄っていくのを固唾を飲んで見守る中、目の前に立ったエリザベスをカイザーは彫刻を眺めるようにいやらしく見つめていく。
そのままワープしろ・・・。
側近の2人がエリザベスの手を掴み上げるとエリザベスは当然の如く振り払おうともがくが、力は及ばず、そんな時にカイザーは素早くエリザベスの腰に手を当てる。
え・・・。
すると直後、カイザーは見えないそれを解き、そしてまるで見せつけるようにそれを掲げて見せた。
「お前らの手の内を知らないとでも思ってるのか?ウーグルっ」
くっ・・・。
直後にカイザーの手に握られたそれが色付き、そしてその手からこちらの手を通って伸びたロープと共に、巨大なサイの背に乗りロープを持つウーグルが姿を現した。
投げ捨てるようにロープを放すと、そんな様子を嘲笑いながらカイザーもロープを投げ捨てる。
「力では負けても、頭じゃこっちが上手なんだよ」
くっ・・・。
「じゃあな」
くくっ・・・。
直後、自分の体がホログラムのように透明になった瞬間、すでに景色は街並みではなく、正面奥に豪華な王座が見えるものになっていた。
「ぐふっ」
「な、んだと?何故だっ」
「ぐははっはっはっは・・・はあーあ。こうもすんなり引っ掛かるなんてな」
「姉上っ」
王座からこちらの方に真っ直ぐ赤い絨毯が伸びている内装のホールに声が響き、王座の脇から駆け寄ってきた20歳前後の女がエリザベスに抱きついた直後、背後から伸びた赤い光が2人を繋ぐと、瞬時に2人の姿が消えた。
「ストロベリーか、くそっ」
「このまま決着つけてやるよ」
炎帝爪、炎上。
「万華、繚乱」
「ヴァルディナ・バルディンっ」
水拳と共に向かってきた側近を薙ぎ倒した直後、カイザーが叫び声を上げ、体は防ぎようのない重たい風圧に襲われる。
くそっ・・・。
「はっ・・・はぁ、はぁ。公爵を呼べっ」
ふぅ、相変わらずうるせぇな。
「皇輪ノ棘」
全身から生やした棘をマシンガンのように噴射していったが直後、棘が弾ける音が近付いてくるとやがて体の前面が激しい重圧に襲われ思わず地面を転がってしまう。
すぐに顔を上げるとカイザーの全身は鉄製の鱗に覆われ、顔は蜂のようになり、伸びた髪は数本に纏まると共に蛇腹にしなる鉄棒となり、両肩はクリスタルのように光沢を持って尖った。
「ラアアァッ」
ぐおわっ・・・さっきより重圧が強くっ・・・。
翼から炎を噴き出して風圧を緩和する間に1人の男が王座の背後の扉から出てくると、羽根付きハットや片側だけのマント、見るからに中世辺りの貴族を思わせる服装を着たその男に気が付いたカイザーはすぐに下がった。
「公爵、後は頼む」
公爵?んまぁ見るからに貴族だが。
堂々とした立ち姿で頷いた公爵と呼ばれた男は腰に挿した剣を抜き、前に出てこちらと水拳を見据える。
「私はテトレテペトレ公爵である」
・・・はぁ?
何だ?・・・。
「悪ぃ、真面目に、もっかい言って?」
するとその男は拳を口元に置いて咳払いし、再び堂々たる立ち姿を見せてこちらを見据える。
「私はテトレ・テ・ペトレ公爵である」
・・・えっと。
「まぁ公爵でいいだろ」
「何だと?なら何故もう1度言わせたんだっ私はな、時間の無駄が嫌いなんだっ」
え、俺は悪くねぇよ。
怒りながらもその眼差しは気品と威厳を兼ね備えたもので、再び咳払いすると、切っ先をこちらに向けてくるその眼差しには狂気の無い堂々たる力強さを見せた。
「カイザーから聞いている。火爪、そして水拳だな。第三勢力などと息巻いている未熟者は、この私が息の根を止めてくれる」
「やってみろよ、くそ貴族が」
それでも公爵は顔色ひとつ変えず、切っ先を水拳に向けながら剣を真っ直ぐ後ろに引く。
直後、水拳が公爵の背後にバルディッシュを振り引いた体勢で瞬間移動するが、振り出されたバルディッシュを公爵は振り向かずに片手で受け止め、素早く水拳の腕を斬り落とした。
何っ。
「うわんっ」
そして更に振り上げられた剣は届いてもいないのに水拳の胸元を斜めに斬り裂いたが、3つに分断された水拳の体は水しぶきと化し、瞬時に近くに戻ってきた。
「ほう、機械の体は見せ掛け、正に水の如く、斬り裂かれても動じることなし、か」
要は剣圧が武器ってこったな。
「炎帝ノ棘」
白炎に輝く鉤爪を、1本の幹から無数に枝分かれした枯れ木のような鞭に変え、素早く振り下ろす。
「ディストゥルベッド・ペンテ」
そんな声が聞こえた直後、数メートルも伸びて無数の棘を生やした鞭は斬り裂かれ、床片は舞い上がり、立て続けに腕、翼、脚は斬り落とされた。
「うわっ」
くっ水拳まで斬られてる・・・何なんだ、この広範囲斬撃はっ。
「ほう、貴様も体は見せ掛け、か」
強すぎる・・・何だよこの差は。
「体は戻せても、闘志までは戻らないようだな、腰が引けてるぞ?」
くそ・・・どう攻めれば・・・。
そう言って公爵は切っ先を遊び、まるで演劇をしているような威厳ある立ち姿を見せた。
「無理もない。貴様らはエネルゲイアの真髄に達していないのだろう」
「は?・・・真髄?」
「エネルゲイアは皆可能性を秘めている。皆平等に、1つの力を4回まで覚醒させられるのだ。その臨界覚醒に達した者だけが、本物のエネルゲイアなのだ」
1つの力を4回・・・臨界覚醒だと?
「カイザーですら達していない領域に、私達3人だけが足を踏み入れている。これが純粋なる力の差だ」
くそっ・・・なら、俺は、俺達3人は、こいつらには勝てねぇっ。
「どうした?もはや勝てないと悟ったか、賢明過ぎるのも皮肉だな。固い頭のまま死んだ方が幾分楽だろうに、はっはっは」
「逃げるぞ」
「うん」
「逃がしはしないさ。逃がす時間が勿体ない。ディストゥルベッド・ペンテ」
火爪の口調は、ほぼ敵キャラですけどね。笑
ありがとうございました。