獣王エリザベス
「ご覧頂けますでしょうか。あれがブルーオーガの新しいリーダー、カイザーです。クーデターにより政権は渡り、この時を持って、ブルーオーガはカイザーの支配下になりました」
何だかアメリカの大統領の野外記者会見みたいだな。
表彰台と演説台が合わさったようなものの真ん中には堂々と、威厳を見せつけるように立つカイザーと呼ばれる豪華な軍服を着た男性、そしてその背後にはSPを思わせるように、赤々と魅せつける鉄のブーツを装着している軍服の数人。
「この時をもってブルーオーガはカイザーオーガとなる。この骨肉の争いを、我が皇帝軍の統率力でもって終結させる。レッドワイバーン並びにその同盟国諸君、戦争という野蛮な行為を放棄し、カイザーオーガの統率下となれ。さもなければ、大地に咲き誇る花の肥料となるだろう。燦然と咲き誇る花々を見下ろすか肥料となるかは、貴様ら次第だ」
支配下、か。
健全な独裁なら、皆だって喜ぶだろうけどな。
「ちっ、くそカイザー」
そう口走った火爪を見るとただ呆れ返っていて、その眼差しには若干の怒りさえ伺える。
「てか降伏しなかったら死ぬんじゃ、戦争のままじゃねぇか、バカかよ」
ハルク達大丈夫かなぁ。
「火爪あの赤いブーツ知ってる?」
「さあな、どっかの国の兵器だろ。エネルゲイア以外の軍隊も強化したって事だろ?」
普通の人間でも強いんじゃ、降伏する人も出るのかな?
「早くディビエイトになりたいなぁ」
まさかあいつがグリーンと繋がってたなんてな。
しかもそいつらを兵隊にするとは。
これじゃ普通の人間では歯が立たないだろう。
ん、通信か。
テーブルの上で鳴った通信機を取り上げると、画面にはガンハルバル司令官を示す文字が映された。
「念のためにすぐに出てくれ」
「分かった」
「・・・ハル、行っちゃうの?」
「あぁ。恐らく防衛の為だろうが」
寂しそうな表情のミレイユにふとある言葉が過ったが、すぐにミレイユはまるでこちらの考えを見抜くように笑顔を浮かべた。
「ちゃんと待ってるよ」
「あぁ、悪いな」
ソファーに座りながら甘えるように手を大きく広げて見せたミレイユに歩み寄り、頭を撫でながら唇に優しく口づけしてやってから部屋を出ていく。
支部の屋上で龍形態になり、ブルーオーガ方面へと体を向けながらも、どこから奇襲が来るか分からない緊張感に意識を研ぎ澄ませていく。
「暇だしちょっくらちょっかい出しに行こうぜ?くそカイザーにだけは勝たせたくねぇ」
するとバクトは何やら面白がるように笑みを吹き出す。
「そんなに因縁があるの?」
「あいつは人間性に問題があるからなぁ、あいつがトップの国なんてあり得ねぇよ」
「へぇ」
「ちょっくら行ってくるわ」
何となくそこら辺にいた奴に一言告げてから拠点を出ていき、庭ごと拠点を覆い隠した擬態光とやらの壁を抜け、人里離れた森を抜け、短い山道を降りていく。
何がカイザーオーガだよ・・・ったく。
1階に花屋や小さなスーパーなどが入っている小綺麗なマンションが並ぶ中、行き先もバラバラな通行人からは異様な緊張感などは伝わってこない。
この同盟国にはまだ影響は無ぇか。
少しばかり街を進んでいた時、何やら遠くから破裂音のようなものが聞こえてきて、ビルに上がり街を望むが、胸騒ぎは緩やかに這ったまま特に何も見当たらない。
「とりあえずくそカイザーオーガまで行ってみっか」
「あは、そこまでくそ付けるんだ」
「そりゃそうさ、んじゃ、ちょっくら飛んでくぞ」
業火爪を纏うとバクトは首から下を白黒の鎧に包み、街を飛んでいきしばらくすると前方からビルを飛び越えてくる何かが見え始める。
こちらの方に向かってくるようなので感じていた胸騒ぎも解消していったものの、そんな時に別の方から騒がしい悲鳴やら何やらが聞こえてくると、すぐに気を引かせるほどの衝撃音が響いた。
「火爪あれっ」
あ?
見下ろすと目に留まったのは、交差点の中央でそこらじゅうの車を軽々と突き上げて飛ばす、サイのような骨格とクワガタのような角を持った巨大な生物だった。
なんじゃありゃ、エネルゲイアか?
いやだがここはブルーオーガの同盟国だ。
悲鳴と衝撃音、そしてその生物の雄叫びが街に恐怖と緊張を走らせる中、巨大なサイの下に赤いブーツを履いた数人が向かっていくと、サイはその赤いブーツの人を見るなりまるで怒りをあらわにするように雄叫びを上げ、走り出した。
俺達みてぇな、カイザーに反感を持ったエネルゲイアでも居るのか?
「カイザーって人達の部下と戦うならこっちの仲間に出来るかな?」
「おう、行こうぜ?」
体型はともかくサイなんかよりも巨大なそいつがカイザーの部下の1人をその角で激しく叩き飛ばすのを見ながら、少し距離を取るように近くに降り立った時、ふとサイの背後に、原始人を思わせるようなやつれたグレーのドレスを着崩した、スタイル抜群の女が居るのに気が付いた。
この状況で逃げることもせず、高見の見物をするように佇む女に何となく近付くと、こちらを見たその女は艶やかな巻き髪をセクシーに払いながら鞭を地面に叩き、高らかな音を響かせた。
「アンジェリーラっ」
直後、その呼びかけに反応するようにサイが真っ直ぐこちらに振り向き、そしてまるで返事をするように短い雄叫びを上げた。
おいっちょっ・・・。
ゾウよりもでかいクセに俊敏に走り出したそいつに身構える間もなく、太く捩れながら突き出たその角は振り出され、豪快に脇腹に叩きつけられる。
いぃっ。
ははっ・・・速ぇっ。
何だこいつ。
転がってからすぐ立ち上がるも、すでに龍になっていたバクトとサイによる力比べが始まっていて、角を掴むバクトからディビエイトや女神が発する気迫を感じると、その存在感になのか、一般市民やカイザーの部下でさえもその力比べを静かに傍観していく。
負けんなよ?・・・。
そんな時にその女がくびれた腰を妖艶にくねりながら歩み出し、ゆっくりと腕を振り上げる。
え、おい・・・。
同時にしなやかに鞭は振られ、そして鞭はバクトの脚から高らかに音を弾けさせた。
「あいたっ」
邪魔すんのか、仕方ねぇ。
「離れなっ」
ん?
すると女の掛け声にバクトは大人しく角から手を放し、しかもサイでさえも、まるでケンカの仲裁に従うように敵意を収める。
はぁ?
「あんた、バクトウリュウっていうのか。バクトウリュウっあんたもカイザーの野郎共を叩きのめしなっ」
「うんっ」
はぁ?
直後にバクトはくるりと体の向きを変え、サイと一緒にカイザーの部下に向かっていった。
どういう、ことだ・・・。
サイとバクトが両脇を通り過ぎていき、1人女と向き合う形となると、女は再び髪を払いながらこちらを見据えた。
「あんたもエネルゲイアだろ?ならあたしの敵だ、覚悟しなっ」
ちょっ・・・。
「お前何だよっエネルゲイアが敵って、レッドワイバーンか?」
「違う。あたしは獣王エリザベス。ハルンガーナから来た。カイザーを叩きのめしにね」
ハルンガーナ?確か・・・。
「南国の?」
「あぁ」
直後にエリザベスは鞭を振り下ろし、高らかな音を響かせた。
「サマンサっ」
直後、地面が揺れるほどの間隔の狭い足音と共に、建物の間から細長い尻尾を持った巨大なダチョウのようなものが現れる。
ちょっ・・・。
「待てよ、バクトに何した」
「あたしは獣王、すべての動物を操れる」
動物て・・・。
ふと振り返るとバクトはサイと共にカイザーの部下を殴り飛ばし、更に口から白炎を吐いた。
あいつ、動物だったのかよ。
「カイザーも、エネルゲイアも同じだろ?政権が渡りたてで守りも薄い今なら国も潰せる」
「甘いな」
ん?
エリザベスが見上げた先を同じように見てみると、その3階建てビルの屋上には飾りにしか見えないほど小さな黒い翼を生やしながらも宙に浮いている、腕を組んだ軍服の男が居た。
「我が皇帝軍が、ただの野獣の群れに潰されるとでも?動物園のメス君は帰って自分の卵でも温めてろ」
「く、何だと?侮辱は許さないっ行けサマンサっ」
するとサマンサと呼ばれた巨大なダチョウはその巨体でも軽々と飛び上がり、細長い尻尾を鞭のように振り出す。
しかし宙に浮く男が手を振り上げると同時に手から黒炎が吹き上がり、サマンサの尻尾は呆気なく斬り離される。
「グワッ」
無駄の無い動きで男が手を突き出すと同時に黒炎も真っ直ぐ吹き出し、サマンサのその巨体は軽々と地面に叩きつれられ、更に吹き下ろされた黒炎はサマンサの脚から鮮血を舞い上がらせた。
「グワッ」
「ふっ実に弱い。弱者が、ましてやただの野獣が歯向かうからこうなる」
そう言うと男は手を振り下ろし、横たわっているサマンサの退化した翼を切り落とした。
「ガァッ」
「やめろぉっもう戦えないのにっ」
「ハァッハッハッハ」
ちっ。
「業火穿」
翼手から噴き出した炎を胸元に受け、壁に叩きつけられても男は服を焼かれただけですぐに飛び出してきて、炎帝爪を纏った時の熱波を黒炎のバリアで防ぐと男はすぐさま漆黒の剣を作り出し、振り下ろした。
「炎帝剣」
翼手で黒剣を受け止めながら男の胸元に白く輝く鉤爪を突き刺し、呆気なく絶命させてからふとエリザベスを見ると、動かないサマンサの首筋に手を置きながら、まるで黙祷するようにうなだれていた。
「ふぅ・・・」
死んだのか?致命傷でもないのに。
「姫様っ」
ん?
遠くから駆け寄ってきた、麻の上に毛皮を飾って作られた服の巨漢の数人と1匹のゾウに目を留めると、エリザベスもその数人に体を向ける。
「サマンサを」
「はっ」
するとエリザベスの部下はゾウが背中から引きずる、木のタイヤが付いたゴザの担架にサマンサと翼を乗せていく。
サマンサを見送るエリザベスの背中に宿る怒りに何となく目を奪われていると、こちらに体を向けたエリザベスは皇帝軍の奴の遺体を見下ろした。
「お前、エネルゲイアだろ?何故殺した」
「俺は第三勢力だ。くそカイザーは俺の敵でもある」
「くそカイザーか、確かに」
「協力しようぜ。てかあんたがすでにバクトを使ってんだから、あんたも俺達に協力してくれよ」
しかしエリザベスはキリッとして美しいエキゾチックな顔立ちに似合わず、拗ねるように眉をハの字にして口を中央に小さく結んだ。
「いやいや、勝手にバクト操っておいて何拗ねてんだ」
「す、拗ねてないっ・・・分かった」
そんな時に重たい足音が近付いてくると、振り返った先には向かってくる巨大なサイとバクトが居た。
「やっつけたよ?」
どこか嬉しそうにそう言ったバクトにエリザベスが指揮官らしく真剣な表情で頷く中、別の方からも足音が聞こえると、エリザベスの下には鎧を着けた軍馬のように武装した巨大な赤いトラ、盾の付いた手甲を着け剣を持った白いゴリラがやってきた。
まぁ俺も鳥人間だしな。
「貴様らあぁっ」
道の真ん中で叫んだ軍服の男が3階のビルほどにまで巨大化し、更にその足元には赤いブーツの人間が居たが、その人間は一瞬にして手中に、刃の幅が自身の体を覆うほど巨大な両刃の戦斧を出現させた。
「万華、繚乱」
「あんたたちっ突撃だっ」
「やー」
動物達の雄叫びの中で一足先に飛び出し、炎帝剣を数メートル伸ばしながら振り上げるが、金色のオーラを纏った戦斧に受け止められる。
転がった戦斧は消え、赤いブーツの人間は噛み殺され、巨人もその威厳と鼓動を失った頃、ふとエリザベスの眼差しに宿る怒りの中に寂しさが伺えた気がした。
「あんたは何でカイザーを?」
「最初、カイザーはあたしに言い寄った」
ぷっ・・・裏切らねぇなくそカイザー。
「あたしが断ると、カイザーは妹をさらったんだ」
「はぁ、まったく、ほんとにナンパ下手くそだな」
「ナンパ?」
「え?ああ口説くのがって事だ」
でも人質はちょっとめんどくせぇな。
「ねーねー今度はどこ?」
まじかよ、こいつ、まじで尻尾振ってんぞ。
「バクト、俺の事分かるよな?」
「何言ってんの。何かね、スーっと体が動くんだ。でもそれがまた少し楽しいんだよね。祭りって感じ」
まぁいいや。
「けど人質だろ?真っ向面から攻めたらその妹が危ねぇだろ」
「ならどうすればいい、大事な妹だ。悠長な事は言ってられない」
んー・・・。
ストロベリーの治癒とワープ、必要だよな。
「ちょっとだけ時間をくれ。必要な仲間を連れてくる」
森を抜けて炎帝爪を解きながら擬態光の壁を抜け、拠点に入るとすぐにテレビ前のソファーに座る水拳と目が合った。
「どうしたの?
ストロベリーは」
はぁ?
「え?」
「ストロベリーは」
「庭かな」
畑に出るとバナナの木の下にはアッサとキャップ帽のフランチェ、そしてストロベリーの姿があった。
「ストロベリーっ」
完結章の中盤に入りました。さて誰が希望か、ですね。
ありがとうございました。