愛しい天使2
少しして8階ほどに揃って建ち並んだ内の1つの屋上の縁に、1つの人影が見えてきた。
誰だろ。
確かに目の前に満月があるみたいな、凄まじい威圧感だけど。
「ハルク、あれが女神?」
「あぁ」
ふーん。
「リーチ、あそこ行くよ?」
「そうか。テンテイ、チヨク、飛翔刀だ」
「翼解放・・・っと」
飛翔刀に乗ったリーチと、同じように翼を解放したミレイユ、ハルクと共にそのビルに向かっていくと、やがて屋上の縁に立ちながら、天女の羽衣のようなものを体に纏わせ、天使のような純白の鎧を身に纏ったその女性の顔が分かってきた。
うわぁ、クラスタシアじゃん。
こちらに背を向け、屋上の中央に立っていたカイルに向かっていくクラスタシアを見ながら屋上に降り立つ。
ハルクさん・・・。
バクト達と共にやってきたハルクにただ目が留まる中、ハルクもこちらに真っ直ぐ顔を向けながら歩み寄ってくる。
「カイル、まさかお前達が女神だったなんてな」
「仲間の出身の世界の、魔法です」
小さく頷くハルクからは敵意などは伺えず、その眼差しはどこか心配そうだった。
「ミレイユから聞いた。第三勢力だって?」
「はい。あの、もし良ければ、手伝ってくれませんか?」
笑顔のアルマーナ大尉と顔を見合わせるものの、ハルクは心配そうな眼差しから思い悩むようなものへとその顔色を変える。
「もちろんお前の事は手伝いたいさ。だが俺が離れればそれだけディビエイトの戦力も減る。それにディビエイト側だけが第三勢力に加わっても、2つの国は納得しないんじゃないか?」
「それなら大丈夫です。僕エネルゲイアにも知り合いが居るんです。その人達も誘います」
エネルゲイアにも知り合い?
カイルの眼差しは真っ直ぐで、ヒョウガもミレイユも、その眼差しを後押しするように黙ってこちらを見る。
「こっちにはリリーとソルディも居る。先ずはカイルの事、2人にも話すよ。結論はそれからだ」
「そうなんですかっ分かりました。じゃあ」
突然の爆発に思わず身を屈め、飛び散ってきた建物の破片を翼で防ぐ間にも間髪入れずに爆音が屋上を砕き上げる中、とっさに上を見上げるとそこには黒い翼を広げながら滞空する、全身真っ黒で細長い手足のエニグマと、それに乗る6本の腕を持つ人間が居た。
白黒の水流を纏い龍形態になると同時にエニグマが黒い火の玉を吐いたので、手をかざしクウカクを張って頭上で火の玉を防ぐ。
「ハルクさん、ここは任せて下さい」
カイル・・・。
「また今度街に出た時に来て下さい」
「カイルっ」
「ミル行くぞ」
「でも」
「カイルは強い」
堕混に戻りながら、その眼差しに力強さを宿したミレイユの腕を持って飛び立つ中、ふとドラゴンからカイルを逃がした時の事を思い出した。
まさかエネルゲイアの敵になるなんてなぁ。
「ここは僕が行くよ」
カイルに顔を向けると驚くもののすぐ頷いたので、全身に力を込め、体を大きくする。
火爪とも戦うのかな。
「バクトさんっディビエイトだったの?」
んー。
「説明は後でね。翼解放」
飛び上がりながら、カラスみたいなものが吐いた黒い火の玉を黒氷で受け流し、尖らせた白炎を飛ばすものの、カラスみたいなものは素早くそれをかわす。
「見たことないディビエイトだな」
おや、6本腕の人、喋るのか。
「ディビエイトじゃなくて、ただの純粋な龍だよ」
「女神は龍も従えてる訳か、面白い。だがお前らは我が皇帝軍が潰してくれる」
皇帝軍・・・。
エネルゲイアじゃないのかな。
吐き出された火の玉を消し飛ばし、立昇をしながら腕を交差させて力を溜める。
「うりゃあっ」
そして手を広げ、前面に向けて白炎を激しく爆発させると、見えた頃にはカラスと6本腕の人は所々が焼かれていた。
ありゃ?手加減したつもりはなかったのに。
直後にカラスは火の玉ではなく光線を吐き、爆音と共に胸元に衝撃が走るとそのまま屋上に落ちてしまう。
いっててて。
結構やるなぁ。
「大丈夫?」
起き上がりながら胸元を撫でるが、特に傷などはなかった。
「うん」
立昇があれば問題なさそうだ。
見上げるとすでに6本腕の人とカラスは吹き飛ばされていて、更にそのダメージは酷いらしく、その人とカラスは緑色に瞬きながら消えていった。
ワープかな。
「クラスタシア、帰ろっか」
「うん」
カイルに応えながら翼を消したクラスタシアはふとこちらに顔を向け、どこか神妙な面持ちを見せてきた。
「またよろしくねクラスタシア」
素っ気なく頷くとクラスタシアは特に何も言わずにポケットから何かを取り出す。
またあの小屋かな。
カイルとリーチと共に銀色の筒から吹き出す光に包まれ、瞬時に森林に運ばれると、その静けさは真っ先に心地よさを感じさせた。
わぁ、やっぱり緑はいいなぁ。
「どういう事だ、ここはどこだ?」
「僕達の家なんです」
リーチの問いにカイルが笑顔で応えた時、リーチの腰や背中に挿されていた刀達が勝手に鞘ごと飛び出し、人の姿に変わっていく。
「ええっサキノエさん」
「私の刀には、魂が宿っているのだ」
「た、魂・・・」
「カイル、透明な状態だと見えないよね?小屋」
「大丈夫です。今解除するので」
おもむろにうずくまったカイルが何かをした直後、カイルのすぐ傍に2階建ての山小屋が現れる。
解除していいのかな。
「な、なんと、これは、どういう事だ」
「敵に見つからないように隠してたんですよ、さぁどうぞ?」
ぞろぞろとリーチ達が入っていった後に小屋に入るとダイニングテーブルにはロードとテリーゴが居て、2人は驚くように固まりリーチ達を眺めていた。
「テリーゴ、久しぶり」
「うお?」
「この人達は僕の仲間だよ。僕達もカイル達の仲間になるからね」
「おーそうかぁ。クラスタシア、もう一軒小屋建てられたりするのか?」
「出来るよ」
そう応えるとクラスタシアはそそくさと奥の部屋へ向かい、そんな中クロザクラが屈託のない笑顔を浮かべながら2人に近付く。
「あたしクロザクラだよ」
「オイラテリーゴだ」
「何でみんな同じ気配感じるのかな?」
「カイルの世界の力を持ってるからだと思うよ?」
「へぇー」
気さくに応えるテリーゴと明るいクロザクラに微笑ましく思える中、カイルは大人しく椅子に座り、リーチ達も気まずそうにリビングに固まっている。
「クロザクラは翼を解放するとどんな感じになるんだ?」
「翼、何?それ」
ん、刀でも出来るのかな。
「えっ力を持ってるのに、翼を解放したことないのか?」
「う、うん、それどんなの?」
「じゃあちょっと外に出てくれよ」
何となく2人についていくとリーチ達も皆出てきたので、小屋先の平原で翼を解放していくテリーゴを見ながら声を上げていく刀達に思わず振り向いていく。
「ほら、底から力を引き上げながら翼解放って言ってみなよ」
「う、うん・・・翼解放」
すると黒と桜色の光に包まれたクロザクラから桜色の小さな翼が生え、更にゴスロリ調の服を飾り付けるようなフリルやリボンの付いた鎧が現れた。
あれ?服が・・・。
「おおぉー」
・・・消えない?いやむしろ華やかになってる。
「うわー可愛い翼ぁー」
「あれみんなは?」
クラスタシアが奥から戻ってきたので玄関に指を差す。
「翼の解放を知らなかったから、テリーゴが教えてるんだ」
「へー」
「新しい小屋はもう出来たのか?」
「まあね」
速いな。
「まあ外に居た方が手っ取り早いか」
そう言ってクラスタシアは玄関に向かったので一緒に外に出ていくと、クロザクラには淡紅色の小さな翼が生え、黒い服には黒い関節当ての鎧、淡紅色の腰当てには更に華やかな飾りやひらひらした短いマントがついていた。
「皆さーん、皆さん用の家出来たから、裏に回ってよ」
いつものように3人とダイニングテーブルを囲む中、ふとした沈黙にただおせんべいとやらを噛み砕く音が湧き立っていく。
「リーチっ陣形考えよっ」
リビングに集まっているリーチと刀達を、ダイニングチェアから缶を片手に何となく眺めていく。
クロザクラも、専用の武器と魔法を使えるのかな。
「オレはいいよ。オレ達は飛翔刀でいい、な?チヨ」
「えー」
「んっならば私も刀で居よう」
黙って頷くチヨクにクロザクラが小さく嘆く中、何か良いことを思い付いたようにカゼトジャクが口を開く。
「ガンエイも翼を生やし人として立ち回るのだ。私はガンエイの刀となる」
「私も」
「えーアヤちゃんも?ちょっと待ってよ、ならアヤちゃん、あたしの刀になってよ、あたし丸腰じゃん」
「いや、リーチでも2刀流だ、ならガンエイもその方が良いだろ。それに翼を生やせば妖術が使えるのだ。サクラは妖術を使ったらどうだ」
「あ、ならサク姉、ビャク兄刀にすれば?」
「おいテン、バカなこと言うな、どちらかと言えばこいつが俺の刀だろ」
「はあ?何でよ。ビャッ君の刀になんかならないし。ビャッ君があたしの刀になれば?」
するとビャッカはすぐに吹き出すように笑い出す。
「何言ってんだ。俺だって翼を生やすんだ。いざって時はお前が刀役だろ」
しかしクロザクラも負けじとすぐにバカにするように笑い出す。
「そんなにあたしに傍に居て欲しいの?」
「あ?」
「止めぬか。前線の2人が妖術を使うということでも良いだろう」
「何を言っている。私達は、ヒョウヨウだぞ?1人で立ち回るものがあるか」
カゼトジャクの言葉に場は静まり、リーチやビャッカ、クロザクラでさえも大人しくなる。
「トジャ君、たまには良いこと言うよね」
「な・・・たまに、は余計だ」
「でも、あたし翼生やしたいなぁ」
「サクラ、よく考えろ、陣形は1つではないだろ?それぞれが刀になる2つの陣形を作れば良いだけだ」
リーチがそう言うとクロザクラは表情をぱっと明るくし、訴えるような眼差しでビャッカと顔を見合わせる。
「仕方ないな、分かったよ」
夜空の下でただ1つ、カイル達の小屋の屋根から照明が照らす中、肉が焼ける音が胸を踊らせ、その香ばしい薫りは無条件に笑顔を浮かべさせていく。
焼けたかな。
金網の上で炭焼きにされている1枚のお肉を取り上げ、紙のお椀に浅く注いだタレにくぐらせてから口に入れる。
んーっ、バーベキュー最高。
「カイル美味しいね」
満面の笑みで頷きながらカイルもお肉を頬張り、同じように満面の笑みを咲かせるクロザクラ達や唸り声を下ろして頷くリーチ達に心は嬉しさ、心地よさに満たされていく。
ユリは今頃どうしてるかなぁ。
「お帰り」
「あぁ」
扉を閉めながらそう応えると、ミレイユは何やら嬉しそうに吹き出した。
「何か新婚みたい」
はは。
「そうだな」
しかしふとした沈黙が訪れた瞬間、ミレイユは急に涙ぐみ出した。
「ハルぅ」
え。
甘えるように抱きついてきたミレイユを抱きしめると、ミレイユはまた甘えるように小さく声を上げて泣き出した。
「寂しかったよぉ」
「ごめんな、待たせて」
目を瞑り、首筋にかかる息、頬に当たる髪、ただミレイユの温もりだけを感じながら三国に居た頃を思い出す。
戦うことに迷いはなかった、だが、またヒョウガに借りが出来たな。
「ふぅ」
顔を上げたミレイユの目尻に親指を当てて涙跡を吹いてから、愛しさに身を任せ、満足げに笑顔を見せたミレイユと唇を重ねていく。
パソコン前の椅子にミレイユを座らせ、ソルディとリリーのパソコンにテレビ電話をかける。
そして少しの静寂の後、画面が2分割されて2人が映し出されると3人はお互いに驚きの声を上げた。
「ミレイユさんっど、どうして」
「うんあの、ハルを追いかけてきたん、だけど。これ、どうなってるの?」
「これで遠くの仲間とも連絡が取れるんだ」
振り返ったものの、ミレイユはすぐにパソコンに目線を戻す。
「へぇーーっすごい・・・」
「いや追いかけてきたって、一体どうやってだよ」
「えっと、異世界を渡れる知り合いが居てね。その人がハル達を捜しに行くって言うから、ついてきたの。天王様達にはちゃんと言っておいたから、大丈夫だよ?その人、異世界から来て天魔女王様直属の兵士になったりして、たまに三国に来たりしてるの」
2人が頷くとすぐにリリーは嬉しそうに何かを訴える眼差しを見せる。
「あのっディレオ大尉、みんなで会いたいです」
「あぁ、なら明日、落ち合おう」
「でもアルマーナ、来たのは良いが、どうすんだよこれから」
「私ね、みんなと同じ、ディビエイトになって一緒に戦うよ」
「えぇっ」
予想通りリリーは驚き、ソルディはすぐに心配そうな眼差しをこちらに向けてくる。
「おいハルク」
「2人共、悪いが、ミルのやりたいようにさせてやりたいんだ」
「ははっ・・・まぁそう言うなら、分かったよ」
リーチ達の新たな戦闘スタイルには、まぁ乞うご期待ということで。ハードルは今より1つ下げて頂ければ。笑
ありがとうございました。




