皇帝軍
「あれだよな?」
「あぁ、とりあえず手前のビルに上がるぞ」
路地に入ってから業火爪を纏い、シドウと共に適当な商業ビルの屋上に跳び上がると、ふとその先に別のビルに立つカイザー達3人が居た。
お、くそカイザー。
しかしカイザー達は生物に乗る女とは十数メートルほど離れていて、更にその佇まいは先日見たムカつかせるものではなく、少し優越感が湧くほどまるで恐れるように身構えているものだった。
「さて、どうすんだ?くそカイザー」
期待を寄せるように、そして見下すような口調でシドウが呟いて少しした頃、カイザーは滑稽に思えるほど弱腰で恐る恐る女に近付き始める。
同時にカイザーは何やら叫ぶように女に話しかけていくが、猿とトカゲが合わさったような骨格にコーカサスオオカブトのような角を持つその生物は、何か指示を受けているようにその場から動かず、女は少しして弓を引くような素振りを見せながら光の矢を作りだした。
ナンパ、下手くそかよ。
光の矢が放たれ、前に出た側近の1人が漆黒のバリアもろとも弾け飛んでいくと、すぐにもう1人の側近が体格を倍加させ、背中から4本の腕を生やす。
その時にどこからか飛んできたツーフェイスドラゴンがふと視界に入り、女はカイザー達とツーフェイスドラゴンに前後を取られる。
あのタイプは風電か。
女が後ろを振り返り、左右に敵を位置付けようとするかのように体だけはこちらに向けた生物と女に、カイザーの側近が摺り足で近付いていく。
何なんだよあの女は、敵なのか、味方なのか。
前にディビエイトは攻撃したが・・・。
ふと前方のビルに立つ、全身が燃え上がった見覚えのある人物に目が留まる。
あれ、まさか、カソウさん?
それに隣に居るの、この前呼びかけてきてた人だ。
カソウさんの知り合いなら、味方になってくれるかな?
「カイル達そっちの2人ね、あたしディビエイトやるから」
あの人間、大きくなって手が6本になるなんて、人間じゃなかったのか。
でも、相当怖がってるし、危険じゃなさそう。
「それ、サモンでしょ?」
え?
女性の声を発したディビエイトに顔を向けると、白と黒、そして黄色の鎧に身を包み、羽毛の無い滑らかな4枚の白い翼を生やしたディビエイトは、特に恐れるようなこともなく少し近付いてきた。
「もしかして、フュージョンサモン?」
何で知ってるんだろ。
「悪いけど、ディビエイトは敵なの」
そう応えてクラスタシアが光の矢を作り出すが、ディビエイトは恐れではなく立ち向かおうとするように素早く身構える。
「カイル、隙見て帰るよ」
うん。
クラスタシアが光の矢を放つもディビエイトはそれを片手で受け流し、更にその手にクラスタシアのものよりも大きな光の矢を作り出した。
うわ、えっと、クウカクだっけ。
魔力で作った壁で光の矢を受け止めるが、ディビエイトはほとばしる黄色い光を残し、目にも留まらぬ速さで視界から外れる。
振り向いた時にはディビエイトは光の矢を放っていたが、漆黒の翼光から魔力を感じた時にはすでに目の前にクウカクが出来ていた。
テリーゴだ。
しかしすでにそこにはディビエイトの姿はなく、瞬く間に頭上、後方、側面と、クウカクと光の矢の衝撃音が鳴っていく。
速すぎて、逃げれない。
ディビエイトに遅れ取りやがって、くそカイザー。
それにしても、ディビエイトでもバリアを崩せないのかよ。
「なぁシドウ、ディビエイトの敵なら、こっちに引き込もうぜ」
「あー、そう、だな、くそカイザーに付くよりマシか」
じゃ、加勢だな。
「先頼む」
「おう」
炎帝爪、炎上。
「万華、繚乱」
シドウが上空からディビエイトに雷を放っていくと同時に、両翼手から輝く白炎を連射していく。
「1つ借しだからな」
横目で女にそう告げるが、その一瞬、女は歓迎するよりも仕方なく受け入れるような嫌悪感を見せた。
直後にディビエイトから発する気迫が一気に膨れ上がると、シドウの放つ雷、炎、吹雪はディビエイトの体に当たる前に弾け飛び、輝く白炎でさえも焼け石に水が如く消えていく。
「炎帝剣」
手を組み、鉤爪を等間隔で広げると同時にディビエイトは鍔の無い黄色い剣身の剣を出し、シドウの吹雪を振り払う。
「皇輪・爆彩光」
「ファイヤービートっ」
くそぉっ。
しかし視界を白く染める閃光を飛び抜け、白黒の鎧の中にある黄色い部分を赤く染めたディビエイトは拳に炎を灯し、瞬時にこちらの顔を殴りつける。
ぐっ・・・。
衝撃は視界を揺らし、雑音を掻き消し、何か柔らかいものに押し付けられた感覚に気が付くと、視界のほとんどは黒く淀んだ濁流に呑まれていた。
シドウか。
「さすがにディビエイトは手強かったね。それにサモンの事知ってたし」
「きっとあのディビエイトは俺の世界の出身だろう。気魔法と弓魔法もしていた」
「あー正体が分かってるから大してビビらなかったのかー」
それでもどこか楽しそうに微笑みながらクラスタシアは飲み物を口にしていく。
「カイル、あの炎の人間、覚えてるか?」
「うん。カソウさん」
僕達を正気に戻してくれた人。
「え?オイラ知らないぞ」
「テリーゴが来る前の時だよ。僕を正気に戻してくれた人」
軽く相槌を打ちながらテリーゴはお肉にかぶりつき、そんなテリーゴを見ながらクラスタシアは赤くて丸い野菜を口に運び、ロードも特に緊張感のない表情でお肉を口に運んでいく。
ディビエイトは強かったけど、4人の力を合わせればきっと大丈夫。
「クラスタシア、ディビエイトと戦うなら、仲間になってくれるよ」
「んー」
「それにカソウさんは顔見知りだしさ、誘って良いでしょ?」
「あ、カイル、ディビエイトってのは、エネルゲイアと戦争してるみたいだぞ?」
ふと真剣な声色でそう言ったテリーゴに顔を向けるが、テリーゴはこちらに目を向けながらもお肉を口に入れる手を止めない。
「んー、じゃあそもそも、ディビエイトはエネルゲイアと戦争する為に作られたってことだし、ディビエイトだけワルもんて訳じゃないじゃん」
戦争、か・・・。
「元々エネルゲイアと戦う為に堕混にされたのに、エネルゲイアと協力するのはちょっとなぁ」
日は落ち、空がすっかり漆黒に染まった頃、自分の部屋のソファーに座っていると、突如キッチン奥の何もない壁に扉が現れる。
そして直後に扉が開くと、そこから雷眼が姿を現した。
「よぉ」
「あぁ」
更に雷眼がソファーに座り間もなくしてテレビの横の壁に扉が現れると、そこからは水拳が姿を現した。
「よっ」
「うん」
「で、話とは何だ」
「何か食べたい」
え?
嫌悪感をぶつける訳でもなく雷眼が顔を向けるが、それでも水拳はこちらの考えている事が分かった上でそれに応えるように眉をすくめ、ふて腐れるように口を小さく尖らせる。
「必要無くても、食べるの好きなの」
「出来りゃまだ誰にも聞かれたくねんだが」
「えっただ3人でご飯食べたりするだけじゃないの?」
いやぁ・・・。
「まぁ、わりと大事な話だ」
すると水拳は目を見開きながら、柔軟に表情を動かし、お猪口を作ったり、またにたっと笑ったりする。
「えーじゃあバーでこそこそ話すればいーじゃん」
こそこそ・・・。
ったくしょうがねぇな。
まばらに人が居るバーのテーブル席でチャーハンを頬張り、半分がバーとなっているホールを見渡す。
「俺さぁ、第三勢力になろうと思ってさ」
すると口いっぱいに海鮮丼を頬張っていた水拳はもぐもぐしながら眉をすくめ、雷眼はうな重を箸で掬っていたその手を止める。
「俺達は不死身だ。元々の力に限界はあっても鉱石でもう1つ力を持てばディビエイトにだって太刀打ち出来るだろ」
「あたし達だけ?」
「俺らほど都合の良い力持ってんの他に居ねぇだろ?」
「せめてグループ全員の方が良くないかな?人は多い方が良いよ」
そりゃあそうだが。
「だが、そうなれば私達の目的が異なる。ディビエイトの撃墜ではなく、政治を相手に、言うなれば和平協定を結ばせることになる」
あの女神とか言われてる女、味方に出来ねぇかな。
「あれはサモンだよ、魔力も高いしクウカクも厚いし、反応も尋常じゃない。しかも、それに乗ってた子も人間なのに気迫がサモン並みだし、私の知ってる限り、あんな技術は知らないよ」
「何か凄そうね。で、実際はどうなの?倒せそう?」
セレナがそう聞くと、ナオは頼りがいを感じさせるような笑みを浮かべる。
「サモン状態だと気魔法だけは使えないから、一気に攻めればきっと崩せる。あの子は未知数だけど、フュージョンサモンから離れればそれほど脅威じゃないと思う。見たところ俊敏性は低いみたいだし」
ナオの洞察はいつもすごいな。
「なら次出たら、あたし達3人で行く?」
しばらくしてパソコンの電源を落とし、見晴らしのいい夜空をカーテンで隠し、1人では少し広いとさえ感じるベッドに入っていく。
女神、か。
ただ戦う為に来たのかな、それとも、戦争を止める為に来たのかな。
「ねぇ、女神が出たら、私達も行きたいの」
「達?2人同時は・・・」
「課長さん。女神は今や危険要因ですよ?敵と分かった今、ここは早めに一気に動くべきです」
日頃から信頼を寄せているナオの言葉に、課長は悩み顔をすんなりと晴らしていく。
「それとセレナも一緒で、3人で行きますので、恐らく手こずることはないかと」
「そうか、分かった。ではそれまで近くの支部の警護課から一時的に応援に来て貰い、人数調整して置こう」
「よぉくそカイザー」
自分に向けられた言葉でないにも拘わらず、数十人のその場の全員がこちらに振り向き、組織として嫌悪感と敵意を注いでくる。
「火爪、逆撫でしないの」
斜め後ろから囁いてきたストロベリーにニヤついて見せてから、取り巻きの中から姿を現したカイザーと対峙する。
「物にしたんだろ?女神ちゃん。呼んでこいよ」
挑発口調でシドウが口を開いても、カイザーはまるでぶつけるべき苛立ちを押さえ込むようにただシドウを睨みつける。
「黙れ、見てたんだろ?」
「言っとくが、俺らも女神を引き入れることに決めたんだ」
「そうかよ、だったら雑草は早めに摘んどかなきゃなぁ」
ゆっくりと歯を溢し出し、その眼差しに狂気を見せ始め、更にそんなカイザーに取り巻きの奴らも敵意を尖らせてきた時、一瞬の小さな振動の後、すでにそこは自分達のホールとなっていた。
「おいストロベリー」
「何言ってんのシドウ、たった3人で勝てる訳ないでしょ」
さすがに追いかけては来ねぇよな。
しかしデレースラとカラサラが居るテーブルと、雷眼や水拳が居るテーブルの間に人を1人呑み込めるほどの渦巻く紫色をした光が出現すると、そこから1人の男が出てきた。
こいつ。
カイザーのグループ、皇帝軍のナンバーツー。
「ゴンス」
な、何だよ、来やがった。
デレースラやカラサラは素早く立ち上がり、雷眼などは知らない相手に敵意を向けることなくただゴンスを見る中、ゴンスは膨れ上がった上腕と真っ直ぐに伸ばした背筋に威圧感を乗せながらこちらに体を向ける。
「まじでやんのか?コラ」
するとゴンスはその筋肉に似合わない知的で冷静な笑みを浮かべ、カイザーとはまた違った狂気を見せてくる。
「オレがここでお前らに殺られれば、カイザーさんはすぐに全軍でもってお前らを潰しにかかるだろうな」
は?そんな事で犠牲になる気か、狂ってるな。
「お前バカだろ、エネルゲイアを殺したら、国に潰されんだろ。カイザーだってまじで動かねぇよ」
「ふっ国に潰されるほど弱くはない。むしろ、カイザーさんが国を取る」
は、おいおい。
「まさか、まじでその為の200人なのか?」
直後にゴンスの体は倍加し、背中から4本の腕が生える。
「オレ達が潰し合えばお前らも国に目を付けられる。そうなればお前らは国を潰され、カイザーさんが国を取る」
ちっ仕方ねぇ。
6つの拳を握り締め、その剛腕から血管を浮かび上がらせるものの、その表情は殺気ではなく、嘲笑うような歪みを見せた。
「だがチャンスをやろう」
あ?
「ストロベリーを渡せ」
・・・くそったれが。
まじでくそカイザーだな。
「国に潰されない戦力があるって言ったらどうする?」
ゴンスから笑みが消え失せ、怒りなのか焦りなのか肩に力を入れながらゴンスが周りを見始めると、すぐに立って真っ直ぐゴンスを見上げる水拳と雷眼の2人に目線を留めた。
「同じ顔は見せかけじゃねぇぞ。俺と同じ戦力がもう2人いる事がどんな事か、お前なら分かるだろ?」
「フフ、フハハハッお前こそ、皇帝軍を甘くみるな」
お分かりかと思いますが、ツーフェイスドラゴンはナオですね。一応ディビエイト達の別名のプロットはありますが、出るかどうかは・・・。笑
ありがとうございました。