みんなのために
みんな元気かな。
早く会いたいな。
目を開けるとそこは森の中で、見上げるほど高い木々のその葉っぱの密度に、すぐに頭の中に記憶が流れるように甦った。
「あぁっ」
声を上げたバクトの目線の先に反射的に振り向くと、背後には何やら手の届く距離に人と同じくらいの高さがある、粗く作られたような楕円形の石板が立っていた。
何これ。
手を伸ばしてみた時にバクトが声を上げたのでまた振り向くと、バクトは嫌な顔をする訳でもなく、ただ迷い悩むような眼差しを石板に向けていた。
「バクト、これを知っているのか?」
「うん。これ、異世界を繋ぐゲートなんだ」
ゲート?
バクトの神妙な表情に、ルケイルもつられるように石板に向ける眼差しに神妙さを伺わせる。
でもバクトなんか嬉しそうじゃないかも。
「初めてこの世界に来た時、このゲートを通って来たんだよね」
えっそっか。
「じゃあここからバクトの世界に行けるの?」
「うーん、それは分かんないよ。もしかしたら知らない世界に行っちゃうかも」
そっか、なら、触らない方がいいのかな。
「それより、ここってどこら辺かな」
みんなの気配は結構近くに感じるから、三国は近いのかな。
するとバクトはすぐに笑みを浮かべ、その笑みから嬉しさと安心感を感じさせた。
「あっちに進むと、すぐ目の前がもう三国だよ」
へぇーそうなんだぁ。
バクトに笑顔を見せながら、厳しい表情の中にも心配してくれるような優しい眼差しを見せるルケイルとも目を合わせる。
「あ、その石碑から離れた途端に無心兵出るから」
え。
「うん」
森を進むとすぐに近付いてきた無心兵から逃げていき、少しして森を抜けるとすぐに目の前に三国の外壁が見えたので、壁沿いに進み、逸る嬉しさを抑えながら見えてきた天使の門番が立つ入口に向かっていく。
あは。
「ラムリー」
「えっ、ユリ?」
驚くもすぐに笑顔を浮かべるラムリーに、脳裏には嬉しさと共にアルマーナ中尉やクレラの顔が浮かんでくる。
「今日は門番担当なの?」
「あぁ、ルケイルさんも。え、今までどこに居たんだよ。みんな心配してたんだ」
「うん。みんな、宿舎に居るの?」
「あぁ」
うーもう今すぐ走って行きたい。
「2人共行くよ」
円壁沿いの露店や噴水の風景に胸は踊り、みんなの笑顔で頭がいっぱいになりながら小走りで広場を進んで天使城の脇にある宿舎に入った時、エントランスを通りかかる人達がふとしたようにこちらに目を向ける。
「あっ・・・ああぁーっ」
わっクレラ。
書物庫の方から大声を上げながら駆け寄ってきたクレラと手を取り合った時には、すでに目頭が熱くなっていた。
「ユリ」
「クレラぁ」
うぅっ。
「グレラぁっ」
ユリが思いっきりクレラという天使の女性を抱きしめた時に、騒ぎを聞きつけて会議室から出てきた人達にふと目を向けると、その人達の中からすぐにミレイユが確認出来た。
「ああっルケイルじゃん」
驚きと共にぱっと笑顔を咲かせるミレイユがこちらの方に歩み寄ると、クレラから体を放したユリと顔を合わせたミレイユは更に驚きながらも満面の笑顔を浮かべる。
「ユリっ」
「ミレイユさん」
良かった良かった。
抱きついたユリの頭を優しく撫でながらミレイユはこちらに顔を向けると、すぐに感謝の念に溢れた穏やかな笑顔を見せた。
そうだ、ハルク達は、ディビエイトはきっと今頃戦争だろうな。
元々僕も行くはずだったし、ちょっと見に行ってみるか。
「氷牙、ありがとう、連れてきてくれて」
「あぁ」
「ほらユリ、天王様にも報告しなきゃ」
体を放し、涙を拭いながら頷くユリをまるで親戚の子を見るような優しい眼差しで見つめながら、ミレイユはそう言ってルケイルとも頷き合う。
秘書のような雰囲気のテミラが天王を呼び、少しした後にせり出た2階の王間に天王が現れると、ユリ達を見下ろしながら天王でさえもすぐに嬉しさの伝わる声を唸り下ろした。
「2人共、よく戻った。元気そうで何よりだ」
「はい。あのでも私、あっちの世界で暮らしたいんです」
案の定驚くようにミレイユがユリに顔を向け、威厳に満ちた天王も眉を上げると、その場にふとした緊張が走る。
「私、あっちの世界で貧困の人達を救う仕事がしたいんです」
「それは、人間の世界で暮らすという事か」
「はい。でも、たまに帰ってきて、三国にはない食べ物の種を持ってくることもしたいんです」
すると天王は再び唸り出すと思いきや、考え込むように目線を落とした後、すぐに小さく頷きながらその眼差しに慈愛を宿した。
「帰ってくる時には、元気な姿を見せなさい」
「はい」
さすが天使だ。
「ではアンハード大尉はどうするのだ?」
「私は何も変わらず、三国で暮らしたいと思ってますが、ユリと同じくあちらの世界から食べ物や生活に役立つ技術、魔法などを持ち帰りたいと思ってます」
「そうか、分かった」
おや、外界の物には興味がない訳じゃないのか。
ルケイルにも慈愛に満ちた眼差しを見せて頷いた後、天王様はバクトにも暖かい眼差しを下ろしていった。
「ヒョウガも元気そうで何よりだ」
「はい」
ヒョウガ?
「もしや今まで反乱軍を捜しておったのかな?」
「まぁ、色々あって、ユリ達とも偶然会ったので」
前に来たことあるって言ってたけど、何でヒョウガなんだろ。
「そうか。これからも反乱軍を捜すつもりなのか?」
「はい。それに、ハルク達の居場所には心当たりがあります」
えっ。
アルマーナ中尉の驚く声に天王様も目を見開き、その場にまた違った緊張感が漂う。
「本当か?」
「元々堕混は、戦争の為に人間が作った力だということは分かってます。つまり、今も生き残ってれば、ハルク達は皆どこかのある世界に居るってことになります。どの世界に居るかは分かりませんが、知り合いの協力で自由に色んな世界に行けるので、きっと会えます」
「天王様」
ん、アルマーナ中尉。
必死ささえ伺えるその真剣な横顔に、思わず息を飲んでまう。
「私、ヒョウガについて行きたいです」
え。
ついて行くって・・・。
さすがの天王様も顎髭をさすり唸り出すがアルマーナ中尉の眼差しは力強く、少しの沈黙の後、天王様は少し困った表情をバクトに向ける。
「ヒョウガはそれでいいのか?」
するとバクトも困り顔でアルマーナ中尉と顔を合わせる。
「もしハルクだったら」
「分かってるよ。ハルクなら戦いに巻き込みたくないって言う。でも、天王様、私、ハルクと一緒に戦いたいんです。そして一緒に帰って来たいんです」
どこか仕方なさそうな眼差しでアルマーナ中尉を見るバクトから天王様に目線を移すと、天王様はすでにその表情から困惑さを無くしていて、いつもの心まで透き通るような慈愛に満ちた眼差しをしていた。
「そこまで言うなら、行きなさい。そして必ず戻って来なさい」
「はい、ありがとうございます」
天使城を出て魔界に向かっていた時、ふと呼びかける声がした方に顔を向けると、ラフーナを置いている露店の脇からモーカがやってきた。
「ユリおねぇちゃん」
わぁ。
「モーカ」
いつものように駆け寄ってきたものの、ふとモーカが一瞬だけ何故か戸惑うように足取りを乱すのが気にかかった。
「元気してた?」
「うん。おねぇちゃん。すごいね、悪魔と死神の気が混ざってカッコイイね」
サッカーボールのようにラフーナを1つ脇に抱える、小学生くらいの天使の少年の無垢な笑顔とその言葉に、ユリの笑顔が一瞬だけ引きつった。
「そ、そう?」
「みんな心配してたんだ。でも良かった帰って来れて」
「うんありがとう」
少年が手を振って居住区の方に去っていった後、妙に大人しくなったユリは静かに泣き出した。
え。
「ユリ大丈夫?」
「ミレイユさん、私、もう天使じゃないんですね」
差し込んだ悲しさに涙が溢れる中、すぐにアルマーナ中尉が肩に手を乗せてくる。
「ユリはユリじゃん。みんな何とも思わないよ」
でも・・・私はもう、天使じゃない。
「大丈夫だよ。根界のルーニーに頼めば、力を抜き取ってくれるよ」
え?
霞む視界の中でバクトを見ると、その笑みは霞みのない安心感に満ちていて、アルマーナ中尉に顔を向けると、その笑顔もまるで雲の切れ間に光が覗くように、差し込んだ悲しさを優しさで裂いていった。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ今すぐ」
あ・・・。
「ユリ、魔王様と女王様に会ってからでしょ」
うーん、もう今すぐ戻りたい。
女王様が王間に出てくると、女王様はすぐに上品な笑顔でバクトを見下ろした。
「カンナリー少尉、アンハード大尉、ヒョウガもよく戻ったわね」
「はい」
またヒョウガだ。
何で天王様も魔王様も女王様も、ヒョウガって・・・。
「・・・そうなのね。じゃあアルマーナ大尉、ヒョウガ、必ず戻って来なさいね」
えっ。
「はい」
「でも今日はもう遅いから、発つのは明日にした方が良いわ」
ミレイユさんって、大尉になったんだ・・・。
宿舎を通ってバーに入り、ルケイル、バクト、アルマーナ大尉と共にテーブルを囲む中、座り心地や料理の匂い、賑やかな話し声にふと根界を旅した記憶が甦った。
「ミレイユさん、いつから大尉になったんですか?」
「ハルが居なくなってからは私が隊長をやってるの」
「でも、ミレイユさんが離れて大丈夫ですか?」
そう聞くと隣のテーブルのクレラ達もアルマーナ大尉の答えを聞こうと顔を向けていく。
「うん。隊長はヴィルにやって貰うから」
バウス大尉か、それなら安心。
「たまに私が掃除したんだよ?」
「えっありがとうっ」
笑顔で手を振りながら隣の部屋に入っていくクレラを見てから、何となく深呼吸してから扉を開ける。
うわぁあの時のままだぁ。
ちょっと埃っぽいけど。
テーブルと椅子に小さなタンス、そしてベッドだけ。
小さな部屋だけど、やっと、帰ってきた。
でも、またみんなで旅もしたいな。
エターナルやりながら、三国にも帰りながら、バクトとルケイルとリーチと・・・クレラとアルマーナ大尉と、ドリーム・・・。
ふと目が覚めたような感覚になり、ベッドに入っていたことを思い出したので、朝日が洩れる窓を見てから服を脱ぎ、タンスに入っていた新しい服を2枚取り出す。
それを下半身と上半身にそれぞれ巻き、胸当てと腰当て、肘当てと膝当てで服を固定する。
そして最後に布を挟みながら、爪先を守るように蔦を編み込んだ革に足の底を当て、脇から出ている紐布を足の甲、踵、足首の順で結ぶ。
・・・よし。
これから、もっともっと頑張らなくっちゃ。
久し振りのお城だなぁ。
扉がノックされたので開けるとそこにはアゲハが居て、目が合うとアゲハはすぐに笑顔を咲かせた。
「氷牙久し振り」
「うん、久し振り」
変わらないな。
あれから何ヵ月経ったかな。
「何かちょっと雰囲気変わったけど、何かあったの?」
ソファーでループルシードのジュースを飲みながら、アゲハはあの時よりもどこか人懐っこい態度で笑顔を見せてくる。
「まぁ表情が豊かになったって感じかな」
「へぇー」
しばらくして扉がノックされ、半ば予想がつきながら扉を開けるとやはりそこにはログが居た。
「朝食の準備が出来ました」
懐かしいな。
「ログも久し振り」
するとログはいつものように踵を揃え、手を前に組み下ろしながら親しげに笑って見せた。
「はい」
この世界で、というかこの国で暮らしたらすごく穏やかなんだろうな。
三国の国民全員の心がキレイで、内戦なんかない。
人間からしたら理解出来ないんだろうけど、もし全ての国民が同じレベルの教育を受けたらこうなる、ってことが起こってるってことなのかな。
「また別の世界に行っちゃうんでしょ?久し振りに会えたのに」
んー、あ。
「じゃあこれあげるよ」
パンをお皿に置き、ポケットからチェテレの種を取って見せる。
「これ、種?」
「うん、知り合いから貰ったんだ。僕はこれから戦いに行っちゃうから、アゲハが代わりに育ててよ」
種を受け取りながらアゲハは笑顔で女王の顔色を伺い、女王は優しく見守るような眼差しで微笑み返してスープを掬ったスプーンを口に入れる。
「アルマーナ大尉、ちゃんと帰って来て下さい」
「大丈夫、絶対帰って来るからね」
クレラに別れを告げるミレイユを横目に、アゲハから聞き付けたのかアリシアとエリカの見送りに応えながら、三国を後にしていく。
森を進み、無心兵を捌きながら石碑に辿り着いた時、ふとある疑問が湧き立った。
どうやって戻るのかな・・・。
「こんな所にこんなものあったなんて、知らなかったよ」
んー、どうしよう。
「そうですよね。私も最初知りませんでした」
んー・・・。
ユリ篇終了です。
ありがとうございました。