ノット・イエット・ビジブル・ウェアー・アイ・アム3 エピローグ
え、こ、籠る・・・。
そんな事が・・・神だから、出来るのかな。
するとふと巫女はまるで労うような優しい眼差しを見せながら、言わずとも感謝の気持ちが伝わるような穏やかな笑みを浮かべた。
「2人共、ついてきてくれてありがとね。世界龍も無事みたいだから、後は私だけで大丈夫。何かね、世界龍が壁から離れた事で、高次元と低次元の隔たりが無くなったんだって」
え、てことは。
「だから普通に帰れるの。後の護衛は高次元の人に頼むからさ、2人共遠慮なく帰ってよ」
帰れる・・・帰れる・・・。
前にユーフォリアは、低次元に行ってもあっちからは見えないって。
でも、もう見える?
ミキ・・・。
「本当に良いの?」
笑顔で頷いた巫女には若くとも気品が溢れ、それは巫女という言葉に相応しい清らかさに満ちていた。
ミキ・・・帰れるんだ。
「俺は残る。元々旅をしていた身だ。低次元にも未練は無い」
ジアンは残るのか。
でも、私はやっぱり帰りたい。
あ、ミキとこっちで暮らすのも良いかな。
「そう、分かった」
そうだ、これ。
「じゃあ、これは」
右手の甲に埋め込まれている血晶を見せると、巫女は眉を上げ、まるで今思い出したかのように気の抜けた表情を見せた。
「あぁ、取りたい?」
しかしそう言うと巫女は何故かからかうようにニヤつく。
「うん。氷牙の力も、もう必要ない」
「じゃあ、氷牙の力と一緒に抜き取るからね」
ふぅ、氷牙を解いたら速陣が使えるようになったし、私にとっては荷が重かった。
右手を優しく両手で包んでくると巫女は目を閉じたので、何となく一緒に目を閉じた時、右手が優しい温もりに包まれると同時に全身から何かが右手に向かって流れていく感覚がし始めた。
抜けていく、何かが抜けていくのが分かる・・・。
いっ。
「取れたよ」
ふぅ、そういえば埋め込んだ時もこんな痛みがあった。
熱さと刺さるような痛みが混ざった感じ。
「あー・・・ハクラ、あの精霊にも、2つの次元の隔たりが無くなった事言って来てくれる?一応あの精霊も上から来てるし」
「うん」
何でそんな、バクトの事避けるような言い方なんだろう。
「そういえば2人共今まで何してたの?」
「俺達はエターナルに居た」
エターナルって。
「バクト達と最初にユートピアと戦った後、俺達は1度死神界に戻ったんだ」
戻った?確かユーフォリアが・・・。
脳裏には緊張と静寂に包まれた街並みが甦っていて、その中でふとユーフォリアの言葉を思い出す。
「でも見えないんじゃなかった?」
「あぁ見えなかった。だが俺達の方からはちゃんと見えた、死神も三国の奴らもな」
へぇ。
「しかもそん時、死神でも三国の奴らでもない奴が居たっけ」
「そうだったな」
陽気に思い出を語るようなガルガンと顔を合わせるベイガスを見ていた時、ふと感じた気配に振り返る。
「2人も来てたんだね、ひさしぶり」
「あぁ」
「おう」
怪我も無く戻ってきた、いつもの屈託の無い笑顔のユリに自然な口調で返事をする2人に、ふと微笑ましい違和感が湧いた。
「2人ってどうしてたの?」
あら。
「はは、また説明すんのかよ」
「え?」
「今さっきバクトにもどうしてたか話してたんだよ。あの、一緒にユートピアと戦った後さ、戻ったんだよ、オレ達の世界に」
記憶を振り返るように固まった後、すぐにユリは目を見開き、こちらが少し焦ってしまうほどの声を上げる。
「ほ、ほんとに?」
「そしたら死神界が2つになっててさ、まぁけどそれ以上に何かある訳でもなかったから、すぐにこっちに戻ってきたんだけどな」
「そっか。でも、話とかは出来ないんでしょ?」
「あぁ。んでこっちに戻ってきたらたまたまエターナルの奴らに会ってな、そっからずっとエターナルに居たんだ」
そうなのか・・・。
「そっかぁ。じゃあ、ずっとユートピアと戦ってたの?」
ユリが聞くと、ガルガンは気さくさ溢れる明るい表情で小さく首を横に振りながら、自慢げに笑みを見せつけた。
「いや、エターナルってのは元々貧困の村に物資を流せるように道を作る組織だからな。退屈じゃなかったよ」
「ええぇっ」
ちょっ・・・また。
ど、どうしたの、かな。
「な、何だよ」
「エターナルって、貧困の村を、助ける人達なの?」
「そうだけど?」
すると口を半開きのまま、ユリはゆっくりとこちらとベイガスに目線を流していった。
「ふ、2人は、じゃあこれからもエターナルに?」
顔を見合わせてからユリに目線を戻すと、ベイガスは特に表情を変えることなく、頼りがいのある落ち着いた態度で頷いた。
「俺はそのつもりだ」
「じゃあ私もエターナルになる」
えっ・・・。
「私も、貧困の人達助けたいよ」
「そうか。良いんじゃないか?」
「でもユリ、旅は?」
こちらに顔を向けたユリは眉をすくめ、診察室の方へと目を向けたりしながら唸り出す。
そんな時にリーチとルケイルが診察室に続く角から姿を現すと、ユリは何かを閃いたのか、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「じゃあみんなと一緒にエターナルに入ろうよ、ね?」
んーエターナルか、道を作る組織、何だか楽しそうだな。
「そうだね」
キズナ先生大丈夫かなぁ。
・・・ん、急に気配が。
誰だろ、ジアンかな。
すぐに振り返ってみると、開かれた自動ドアから姿を見せたのはハクラとユーフォリアだった。
あら、どうしたんだろ。
「どうかしたの?」
「巫女から伝言。世界龍が壁から離れた事で、高次元と低次元との隔たりが無くなったって」
んー、隔たり?高次元と低次元の・・・。
「どういうこと?」
「つまり、低次元に行っても、普通にあっちからこっちが見えるってこと」
え・・・。
「えぇーっ」
うわ、またでっかい声・・・。
さすがのハクラでさえもユリの声に辺りを見渡し、皆と共にユリを見るとユリはすぐに口を押さえた。
え、もう遅いでしょ。
「私は元の世界に帰る。さっき氷牙の力を巫女に返したから」
え、返した・・・。
「そっか。どうやって帰るの?」
するとハクラはハッとしたような表情でユーフォリアに顔を向ける。
「あー創造神ならやってくれるよ」
そんな、どうせみたいな言い方・・・。
神だからかな。
「良かったね4人共、死神界と三国に帰れるじゃん」
しかしベイガスとガルガンは再び顔を見合わせながら、悩むように唸り出す。
あれ・・・。
「ユリ、どうした」
ルケイルが聞くが、ユリでさえもベイガスに顔を向けながら唸り出し、そんなユリにルケイルも困ったように眉をしかめる。
「いや、オレはいいや。オレはもうサジタルだからこっちで暮らす」
え、何だろサジタルって。
すると最初に口を開いたガルガンに顔を向けたベイガスも、ガルガンに同調するように頷き、すぐに表情から迷いを消していった。
「俺ももう死神ではないからな、ここに残る」
死神も、ミント達と同じように考えてるのかな。
「私も残るよ」
えっ。
「お、おい、ユリ」
「でも、1度戻るよ。そして、こっちで暮らすから心配しないでねって言ってくる」
つまりエターナルを選ぶのか。
さすが天使だな。
「ルケイルはどうするの?」
「私は、三国とこの世界を行き来して、三国には無い食べ物を三国で育てられるようにしたいな」
おや、良いのかな、それ。
生態系とか。
「え、面白そう、私もやる、それ」
えっ。
「おいおいエターナルは」
笑いながらガルガンが口を挟むが、ユリはガルガン以上に楽しそうな笑顔を見せていた。
「大丈夫だよ、エターナルやりながら、たまに帰る時に、色んな種を持ってくの」
なるほど。
「ふーん」
「とりあえず今すぐ行くなら、創造神の所に連れてってあげるけど?」
僕も久し振りに三国行ってみようかな。
「後で追いかけるからね」
ベイガスとガルガンに手を振るユリを見ながらユーフォリアの光の球に包まれ、再び根芯に戻ると、庭園とを仕切っていた砕けたガラスはキレイに取り外されていて、蔦の壁には数人の研究員らしき人達が何かをしていた。
そんな研究員らしき人達を疎ましそうに眺めながら蔦に座り込むルーニーに近付いた時、ふと蔦の壁の脇に立つ、胸の高さまである小さな柱が目に留まった。
「ルーニー、それ何?」
「血晶。氷牙の力が入った」
・・・えっ。
ドーム状のガラスに囲まれて石柱に置かれた、2センチほどあるひし形の血晶を見た時、脳裏には氷牙の世界やディビエイトの姿が甦ってきた。
「ユリ、僕もついて行っていい?」
「うん」
「じゃあ行きたいとこ想像してね。ママ離れてよ」
巫女が蔦の壁から離れると、研究員もこちらの方を気にするように壁から離れていく。
「ハクラ」
こちらに振り返ったバクトは寂しげな眼差しをしていたものの、すぐにまるでこれからの未来に暖かさを感じさせるような、純粋であどけない穏やかな笑みを見せた。
「元気でね」
「うん」
うごめく音と共に一点を中心に蔦が退き始め、1人分の大きさの楕円が出来ると同時に薄茶の壁が現れると、バクト達は一様に呆気に取られるように壁を眺める。
「ほれ」
巫女の催促にバクト達が薄茶の壁に入っていったので、最後に薄茶の壁と対峙した時、ふと巫女に声をかけられ振り向くと、巫女は短い付き合いにも拘わらず純粋に信頼しきった人を見送るような笑顔を見せていた。
「元気でね」
「うん」
ふぅ。
行きたい所・・・。
ミキ・・・。
伸ばした手は薄茶の壁にまるで水面の如くめり込んでいったが、その感覚の無い現象にふと不安が過り、何となく目を閉じてしまいながら、ゆっくりと歩き出す。
どこから重力が働いているか分からないような圧力さえ遠退くほど、勝ち気なリーダーのミキ、寂しげな眼差しのミキ、ふとした表情のミキ、笑顔のミキを思い描く。
熱を含んだ涼しい風を感じたので目を開けると、そこは岩肌に囲まれた少し酸素の薄い場所だった。
えっと・・・。
見渡す限り岩肌で、しかも岩肌の向こうには街並みすら見えず、ただ雲の無い赤らめた大空が見える中、無意識に進んでみると、すぐにその眼下に小さな建物が広大に敷かれた景色が見えてきた。
この標高に、息が詰まるような熱気と低酸素の寒気、まさかここは、ハルトバニア?
はぁ、ミキのすぐ目の前に運んでくれる訳じゃないのか。
神のくせに。
まぁいいか。
通信端末を取り出し、ミキの端末に電話をかけてみる。
驚くかな。
「・・・ハクっ」
わっ2コールで出た。
「うん」
「ハクっ・・・帰ったの?」
ミキの声・・・。
「今ね。すぐに行くから、今どこ?」
「サランの軍本部。前で待ってる」
「うん」
通信端末をしまい、神器を意識する。
速陣っ。
岩山を降りる中で別れ際の最後のミキの横顔を思い出し、木々が見えてきた中でカンデナーデで倒れたミキを思い出し、街並みが見えてきた中でサモンロイド軍の中で会ったミキを思い出す。
スクファの軍人には戻れないか、軍本部にいるならミキはまだ軍人だろうし、サランで暮らすことになるのかな。
止まって見える人々、自動車を跳び抜け、サランの軍本部が見えてくると、同時に入口の前に立ち、こちらに手を振るミキが見えた。
「ミキっ」
募る愛しさに身を任せ、飛びつくように抱きしめた後、ゆっくりと目を見るとミキはすぐに涙ぐみ始めた。
「おかえり」
「うん、ただいま」
「ねぇ、一緒に暮らそうよ」
その眼差しはあの時から何も変わっていなくて、頷いて見せるとミキはあの頃のようにあどけなく、照れ臭そうに笑って見せた。
「それでさ、あの、住民登録をテショウに移したいの」
テショウって、確か北の方の。
「そこなら同性婚が出来るから」
・・・あは、結婚、か。
「うん」
「それでね、あたし、子供も欲しいの」
・・・えっ。
するとミキはまた照れ臭そうに口元を緩ませる。
なら、そしたら。
前に冗談混じりに言ってた。
「まさか、クローン?」
表情を綻ばせながらも、ミキは真っ直ぐな眼差しで頷いた。
「あたし達2人の遺伝子を組み込んだクローン。つまり、あたし達の子供」
ヒィスタのクローン技術か。
偏見はあるけど、すでに女だけから産まれた人間も実在してる。
「あたしももう30だしさ。男は無理だけど、子供は欲しいの」
子供、か。
「分かった」
「でもスピアシールドには残れるようになったから、住むのはここら辺だよ?」
「うん」
そっか。
離れて分かった。
私の居場所は、もうあったんだ・・・。
「とりあえずまずは引っ越しだね。住民登録したら、籍を入れて・・・」
ミキを抱きしめると、戸惑うもののミキはすぐに頭を撫で、背中を優しく叩いてきた。
「もう離れないからね」
そうだ・・・。
「うん」
「また旅するなら、一緒だからね」
私の居場所は、ここにある。
ハクラ篇、終了です。
ありがとうございました。