巫女は崩れ去る
振動と熱を全身に這い回す翼の力を調節しながら、ドイルに斬りかかったアトムの脇腹を思い切り殴りつける。
歪んだ音が重く消え入り、脇から体を持っていかれて吹き飛んだアトムを追って間髪入れずに飛び掛かる。
その中で足を踏ん張りながらアトムはこちらに掌を向けるが、その間にドイルが飛び入り、撃ち出された光線は呆気なく空へと跳ね返される。
その背中に突き動かされるようにドイルを飛び越え、それでも瞬時に真っ直ぐこちらに向けてきたその顔を、瞬間的に増幅させた翼の力でもって思い切り殴りつける。
歪んだ音が重く消え入り、更にその首は砕け散る岩石のように弾けて胴体からもがれ、落ちていった。
よしっ・・・。
アトムなど、もう恐れるに足らないな。
「いやぁすげぇなぁ」
力無く、虚しい音を上げてアトムの胴体が倒れ込む傍で、勝利による爽快感よりもそんな空気を面白がるように、ドイルは笑い声混じりに口を開く。
まったく調子の良い奴だが、さすが隊長というだけはある。
動きに迷いもないし、判断力も良い。
そんなドイルにこちらまで力んだ心身が和んでしまいながら、ふと見上げた空にアトムが居ないことに気が付いた。
「今の内にキエーディアに向かおう。なるべくこっちの被害を抑えないとな」
「あぁ。どっちだ?」
するとドイルはこちらに顔を向け、その余裕の闘志に綻んだ顔でついてこいと訴えて見せた。
ふぅ、街を見る度、この広さも、建物の高さも圧倒される。
こっちの世界の下界もこうなのだろうか。
「ここからが本番だせ?」
幾つかの建物を飛び越えたとき、ドイルはまた何故か面白がるような表情でそう沈黙を破る。
本番?
「どういうことだ?」
そんな顔で、まったくどういう意味だか。
「キエーディアは基本、最初の攻撃はタクシスで行う、でそれがダメなら次はアトム、そんでもってそれがダメだってなったら、いよいよ人間の軍隊だ。だから、本番はここからなんだよ」
人間の軍隊、か。
「つまりアトムより人間の方が強いのか?」
「いや、アトムは基本1体で行動する。だが、どんなに強力な1体の兵器より、人間の軍隊の方が強く、厄介だからな」
なるほど、確かにそれはそうだろう。
「さて」
ドリームの亡骸の傍でうなだれるユリが、神聖な静寂に啜り泣く儚い声を響かせる中、その存在自体がどす黒い静寂をもたらすビリーヴが喋りだし、ライフを見る。
「何が目的だ」
しかしすぐにビリーヴの言葉を遮り、ライフはこちらまで緊張が伝染するほどの鋭い眼差しをビリーヴに返す。
だがそれでもビリーヴはそんな鋭い緊張を、どこか残念そうなため息で払い除けた。
「見えないのか。律儀に言ってやる義理はないが、言わなくともすぐ分かるだろう。俺達は、もう目的を達成してる」
目的?・・・。
「うぅっ・・・うっ」
ユリ・・・。
ドリームの手を握り、溢れだすままに涙を流すユリの姿に胸は締め付けられ、そしてその痛みは怒りとなって心に蒸発していく。
「待ってよ」
こんなに泣かせるなんて。
それに、命令して叩いて、躊躇なく殺すなんて。
本物の、悪だ。
振り返って見せたその表情は至って落ち着いているが、本能を刺激する言い様のない恐怖に満ちたその佇まいに、思わず息を飲み、拳を握り締める。
「ビリーヴ」
突如怒りが籠った声が響き、思わず振り返ると、小さな入口にはミライが立っていて、その怒りに満ちた眼差しはどす黒く渦巻く静寂にジリジリと緊張感を立ち込めた。
見上げるほど高い建物の脇を過ぎた辺りで、建物の上からふと幅の広い直線道路を走るガーディアンズの人間達が目につくと、ドイルはこちらに目を配ってからすぐに建物を降りていった。
相手は軍隊、こちらも2人では勝てないだろう。
「デイラーっ」
7人のその一隊が揃って振り返る中、先頭を走るその男はカシカの町で戦った見覚えのある者だった。
「班の奴らは」
「街を守らせる」
透明なアイガードが目を引くデイラーの、まるで隊長が部下に話すような厳粛さを持った問いにも、ドイルは持ち前の聡明さを見せる明るさでもって言葉を返していく。
ガルガンやエルスも、どこかで合流でもしているだろうか。
「ドイルさん、ティガロイドですか?それ」
「は?」
ん・・・。
こちらを一瞥した眼鏡をかけた女が口を開くが、ドイルを始め、その場の全員が理解という言葉が抜き取られたように表情を凍らせる。
「何だよそれ」
「ティーガーとアンドロイドを混ぜた言葉です。今作りました」
ドイルの問いに、その唯一の女はそう言って自信満々な笑みを浮かべる。
「分かるかよっ・・・ただのアンノウンだ」
吐き捨てるような口調でも、親しみに満ちた態度に2人の空気はむしろ和んでいく。
「そうですかぁ」
どうやら違う隊の人間同士でも親密のようだ。
親しさの密度は、そのまま連携の良さに比例するからな。
少しは頼りになりそうだ。
軍人ではない人間達が逃げてくるその広い直線道路を進んでいると、やがてその先にゆっくりとした歩みが存在感を引き付ける、数人の人間達が見え始める。
あれが、キエーディアの人間か。
「ドイル以外は拳銃で援護だっ」
正に隊長の号令というべき一声に皆は白い筒を取り出し、広い直線道路で向こうから見えないように物陰へと向かっていく。
「あんたは、オレ達と同じ、前線だ」
「あぁ」
ドイルとエルスよりかは年上に見える、厳粛さの染み込んだ表情のデイラーはこちらに頷き返すと、どこか気まずそうに目線を泳がせてから背中を向けた。
「そういや、名前は」
そういうことか。
「ベイガスだ」
「改めて言ってなかったな、オレはドイルでそいつがデイラーだ。ま、あん時に聞いてたかも知れねぇけど」
「いや、改めて言ってくれた方が良い」
少し親しげに笑みを溢して見せたドイルと共に前を向き、ゆっくりと進み出すと、キエーディアの軍人も展開していき、前線に立つ者は何やら両手で抱えるほど大きな黒い機械を手に持っていく。
「何も礼儀正しく向き合ってやる必要はないんだ。ベイガス、街を壊さない程度に、バーンって頼むよ」
バーン?・・・。
「分かった」
少し飛び上がるとキエーディアの軍人達は皆こちらに顔を向け、遠くではあるがその様子から戸惑いを伺わせる。
力を込め、振動を始める翼に光を集め、そしてキエーディアの軍人達に向けて赤い光の雨を撃ち放つ。
細くとも綺麗に固められた地面を突き上げるほどの赤い雨は車輪の付いた箱、街路樹をも巻き込んでキエーディアの軍人達を呑み込んでいく。
しかし突き上げられた地面を駆け抜け、キエーディアの軍人達は素早く黒い機械から黒く淀んだ球状の何かを発射し始める。
効かないだと?
中心に向かって渦巻くように淀む黒い球をかわし切れず、それが翼に当たった瞬間、手に収まるほどの小さな球は瞬時に膨張し、そしてまたその瞬間にそれはその中だけで衝撃波による爆発を起こした。
くっ・・・。
風圧は無く、中心に向かって消滅したものの片翼は原形を無くしていて、息つく暇もなく飛んできた黒い球をかわしながら、翼に力を込め、手に赤い光を集めていく。
そして目の前に手をかざし、地面から抉った無数の岩石を浮かせて障害物を作るデイラーの背後から、黒い機械を狙って鋭くまとめた赤い光線を撃ち放つ。
黒い球が障害物と共に消滅していく中、ドイルは黒い球を殴り返し、赤い光線は黒い機械を弾き飛ばす。
武器を弾かれ、無防備になった橙色の服に黄色い軽鎧と機械を併せて着るキエーディアのその軍人に更に鋭い光線を放つが、まるでアトムのように胸元で弾けるだけで傷は付かず、軍人はただ突き飛ばされたように尻もちをついただけだった。
なるほど、ならば仕方ない。
別の軍人から撃ち放たれた黒い球を光線で消滅させつつ、翼を直して全身に熱を這い回していく。
「デイラーっ」
ん・・・。
服もボロボロの上に血だらけで倒れているデイラーを横目に、膨張する黒い球を避けながら飛び出して軍人を殴り飛ばす。
デイラー、この黒い球を・・・食らったか。
くそっ。
そんな時に背後から破裂音が響いてきて、3人1組でぴったりと歩き、交互に撃ち出す絶え間ない砲撃で黒い球を迎撃しながら軍人を撃つデイラーの部下達を横目に、赤い光球を撒き散らし黒い球を防ぎながら飛び出し、軍人を殴り飛ばす。
理解出来ない言葉を発しながら、ある者は怒りで、ある者は恐怖で表情を歪ませ、こちらに向けて黒い機械を向けてくる。
こいつらは、何の為に侵略をしているのか。
ユートピアと同じ、単なる領土拡大の為か・・・。
とっさに目の前に赤い光を浮かせ、瞬時に目と鼻の先で膨張する黒い球に思わず気を取られる。
っ・・・。
素早く後退するものの、黒い球の脇に立つ軍人に目が留まった時には、すでにその軍人は黒い球を撃ち出してきていた。
しまっ・・・。
視界が黒く淀んだ瞬間にも素早く後退するが、黒い球はすでに膨張し、庇うように突き出した右腕は瞬時に激しい衝撃に襲われていた。
「があぁぁぁぁっ」
な、何だ、この衝撃は。
突き刺さった無数の剣が、更に一気に体に圧し入ってくるような。
「ぐ、ふぅ、はぁ」
くそ・・・。
前面に赤い光を撒き散らしながら後退し、力の入らないその腕を見ると、その鉄の鎧は所々形すら無くしていて、あらわになった肌からは全体から滴るほどの血に染まっていた。
く、1度でも、頭に食らえば・・・。
・・・死ぬ。
「生きていたか。刺客は役に立たなかったようだな」
恐怖そのものでもあるようなビリーヴの静寂な眼差しにも、ミライは臆することなく怒りに満ちた眼差しを返す中、ユリの泣き声にドリームを見たミライは更にその表情から殺気を伺わせた。
「何してんだよ・・・」
押し殺すような口調で喋りだし、ミライは少し前に出る。
「お前ぇぇっ仲間だろうがぁっ」
「仲間だと思ったことはない」
ビリーヴの静寂なる即答に、今にも飛び掛かりそうなほど殺気を尖らせるミライにも思わず息を飲んでしまう中、ミライはライフやユーフォリアを一瞥してから何かに納得するように小さく頷いた。
「やっぱりお前、ビリーヴじゃないな」
え?・・・。
「2年くらい前から、ビリーヴの様子がおかしい事くらいとっくに気付いていた。あいつは、第11アークを脅かすような事はしない。何故ならあいつが、キエーディア迎撃の指揮を取る張本人だからだ。お前は・・・誰だ。ビリーヴを何処にやった」
するとビリーヴは片眉を上げ、その静寂なる恐怖の中にもミライの言葉に感心するような態度を見せる。
「お前の知ってるビリーヴはもういない。俺達は、俺達こそが、エネルゲイアでありディビエイトだ」
・・・え、えっと。
再びミライがライフと顔を見合わせ、その表情から若干の戸惑いを伺わせる。
「・・・俺達?」
「エネルゲイアとディビエイトを超越した俺達は、創造神をも超越する。だがその前に、キエーディアとドリーム、その2つの荷物を棄てた、それだけの事だ」
「お前は、誰だっ」
「見て分かるだろ」
それでもビリーヴはそう言って戸惑いを嘲笑うように、挑発的な笑みをミライに返す。
「ビリーヴだよ。だが、この人格はお前の知ってるビリーヴのものではないがな」
人格が?・・・まったく分からないけど。
そんな時にふと火爪や雷眼の顔が脳裏に浮かぶ。
同じ顔に、違う人格・・・。
「それと、この荷物も棄てないとな」
ビリーヴが自身の胸に手を当てるとその手は淡く白い光を帯び、その手を前にかざすとその手からは透明なルーニーが出現した。
ああっ。
「やはりお前が」
ライフが呟くように口を開いたとき、ビリーヴの手にかざされたルーニーはまるで無数の細かいシャボン玉と化し、瞬時に消えた。
「あっルーニーっ」
「さて、そろそろ、この世界ともおさらばだ」
「待てよ。創造神には触れさせない」
歩き出したビリーヴに向かっていったミライだが、ビリーヴが軽く手を振り払っただけでミライは甲高い水しぶきのような音と共に吹き飛び、そのまま庭園とを隔てる一面のガラスに突っ込んだ。
ガラスが激しく砕ける音が響き渡り、その緊迫感でこの場が凍りつくが、それでもビリーヴは静寂なる恐怖でもってゆっくりとライフに顔を向ける。
「ライフ、お前は、俺に勝てると思うのか?」
「無理だ」
即答・・・。
そう応えながらもライフは世界龍の前に向かい、ビリーヴと真正面から対峙するように立ちはだかった。
ティーガーは、ヘリコプターと戦車の中の、実在する軍機の名前らしいですけど、まぁ怒られない事を祈ります。笑
ありがとうございました。