夢は崩れ去る
体中にへこみはあるものの、大きな破損の無いそのアトムという機体は素早く掌を突きだし、エルスに向けて光線を撃ち出す。
瞬きすれば見逃してしまうほどの光線でも、エルスはまるでその線道が分かっているかのようにかわし、そして再び拳銃をアトムに向けて連射していく。
魔法が通じないなら・・・。
儚い音を鳴らしながら銃弾が体にめり込んでも、まったく動じずにエルスに光線を返すアトムに向けて、掌の前に出した小盾から氷弾を撃ち出す。
するとアトムの肩に当たった氷の弾はロケット弾のように爆発して青白い爆風を撒き散らすが、それでもアトムは吹き飛びもせず、その場に浮き留まった。
これも、駄目?・・・。
爆風が空気に溶けて無くなった直後、瞬時に真っ直ぐこちらを見たアトムは腕を動かすが、その右腕の動きはぎこちなく、それはまるで錆びた重機のようだった。
よし効いてるっ・・・。
その直後に破裂音がその右肩を殴ると、まるで岩壁に挿したダイナマイトが爆発し、内部分裂を起こしたように、その右腕は宙を舞った。
やった・・・。
エルスを見下ろすと、まるで笑みは浮かべないものの、その素振りが逆に信頼を寄せられたと感じるほど、エルスは力強い頷きを見せた。
あれが、ユーフォリアが言っていた、アトムとやらか。
人型の機械に向けて手から赤い光線を放つが、胸元の円い窪みはただ水しぶきのように赤い光を弾き、傷を負うことはなかった。
何だ、こいつは。
するとアトムは素早くこちらに掌を向けてきて、爆発音と共に艶やかな緑色の光を理解した時には、すでに胸元に激しい痛みが走り、体は吹き飛ばされていた。
くそっ・・・油断、したか。
貫くまで突き通し続けようとする、そんな重圧に満ちた光線からようやく逃れたが、回転する視界の中で成す術もなく、直後に背中にも地面にぶつかったような激しい衝撃が走った。
はっ・・・ぐ・・・ふぅ。
「よお、まさかまた会うなんてな」
ん・・・誰だ。
体の重たさが抜けていくのを感じながら起き上がると、目の前にはカシカの町で戦ったドイルが居て、その瞬間、傷付いたドイル達の下に飛んできたアレグリアの姿が脳裏に浮かんだ。
アレグリアの部下、なるほど。
「さすがティーガーを取り込むほどの奴だ。鎧に傷ひとつ無い」
ドイルはあの時の敵意など微塵も感じられない、聡明な闘志と余裕の中で、まるで楽しむように表情を緩ませる。
今この時は、ユートピアの兵士は味方でいいのか?・・・。
「心配すんなって。連絡が回ってきた、ライフ様の使いで来たんだろ?」
「あぁ」
「なら今回は敵じゃない」
その瞬間に爆発音が響くが、緊迫感が尖る間もなく、艶やかな緑色の光線はドイルの右手によって彼方へと跳ね返される。
そしてドイルはそんな緊迫感を楽しむように、噛み締めるような笑い声を吹き出す。
「いやぁ、だがこっちは不利だ」
「不利とは」
「アトムってのは、粒子類のビームは全て弾くからなぁ。あんたの力も効かないし、オレが跳ね返したってビームが効かないんじゃ意味がねぇ」
なら・・・。
光線を跳ね返したドイルを見下ろしていたアトムの右手首の上部から、瞬時に長剣が飛び出すが、それでもドイルはその焦りをも楽しむように笑って見せる。
「困ったなぁ」
困ってるようには見えないが。
ドイルが白い筒を取りだし、その両端から長剣を飛び出させると、アトムが背面を陽炎で揺らしながら突発的に飛び降りてきたので、両手に赤い光を出し、剣と盾を作る。
こちらに向けて降り下ろされた剣を赤い盾で受け止めると同時に、ドイルが飛び掛かり剣を振るう。
しかしアトムは左手首からも剣を出し、難無くドイルの剣を受け止める。
赤い剣でアトムの剣を弾くと同時にドイルもアトムの剣を弾き、赤い剣をアトムの脚の付け根に突き刺すと同時にドイルは飛び上がり、アトムの顔目掛けて思い切り剣を振り出した。
しかし鉄同士がぶつかり合う鈍い音が鳴るだけで、その顔には傷ひとつ付かず、アトムはただ仰け反るように1歩だけ大きく後退る。
手強いな・・・。
やはり堕混の気力では駄目なのか・・・。
その直後にアトムは剣を振り出し、それをドイルは空中で難無く受け止めるが、力を押し合うその一瞬の後に力負けしたドイルはそのまま押し飛ばされてしまう。
ふっ・・・。
翼に力を込め、甲高い音と共に翼が振動し始めた時に、突き下ろされた剣をかわし、アトムの拳を受け止める。
立て続けに突き出された剣を再びかわし、アトムの両拳を掴みながら更に翼に力を込めていくと、やがて翼から生まれる振動は体中を撫で始め、そして全身を熱で浸していく。
ぐお・・・。
しかしその中で感じたのは異常なほどの筋力で、アトムの背面から吹き出る陽炎が炎のように色づき、アトムの全身から煙が湧き出ても、全身を撫で回す熱は少しの重たさも感じさせない。
何だ、この力は・・・。
「おいおい、あんた、ティーガーのエンジンで筋力増強かよ・・・異常だぜ」
ふっ。
だが、そろそろ限界か。
「おらぁっ」
アトムの左腕を引き抜き、どす黒い液体が鮮血のように飛び散る中、円く窪んでいる胸元のど真ん中に真っ直ぐ拳を突き刺す。
その衝撃は痛快感で体が痺れるほどで、右腕からも引きちぎられた胴体は耳の奥まで響く重低音を轟かせながら、石ころのように宙を飛び、落ちていった。
ドイルの口笛に緊張は解けたが、直後に疲労感が体を襲い、それは思わず力無き笑い声を上げてしまうほどだった。
「やるなぁあんた・・・おや?」
ドイルの声にふと顔を上げ、うっすらと笑みを浮かべるその目線の先に目をやると、その上空にはこちらに向かってくる1体のアトムの姿があった。
ふぅ、だが力に馴れるには良い相手だろう。
「援護なら任せてくれ」
「あぁ」
「ねぇ、どうしてそんなに言いなりなの?」
すると目線を落とし、純粋な寂しさに曇らせたその表情は、こちらの胸まで締め付けられる思いがした。
「あたし、いつもドジ踏んでばかりで、でも、ビリーヴはあたしを頼ってくれるから」
頼って、くれる?
命令して、失敗したら叩いて・・・。
「でも、いつも怖い顔してるよ?それにたまに叩いてるのに」
しかしドリームは小さく首を横に振り、寂しそうに、だけどまるで自分を責めるように笑みを見せる。
可哀想過ぎる。
叩かれてまで、どうして自分を責めるの?
「・・・ねぇ、一緒にビリーヴに叩かないように頼んであげるよ」
その眼差しを歪ませ、今にも泣き出しそうになってもドリームは気持ちを抑えるように口をきつく締め、ただ小さく首を横に振る。
「だめだよ、さっきだってあんなに怒られてたのに」
「でも」
「大丈夫だよ。私が一緒にいるから」
ドリームの手を握った時、胸の底に根付いた気配がどこからか近付いてくるのに気が付き、振り返ると、公園の平原を囲む木々の向こうからバクトとリーチが姿を現した。
あ、リーチも。
剣、作り終えたのかな。
木々を飛び越え、2人が平原に降り立った時に2人の傍に光の球が降り立つ。
しかし光の球から出てきたのは知らない女性で、そんな時に意を決するような小さいため息を吐いたドリームに顔を向けると、こちらの手を放したドリームは畏怖の上に成り立つ闘志をその眼差しに宿した。
「ユリ、ちょっと離れてて」
ビリーヴは、足止めの為にここに居ろって言ってたけど。
でも、本当は私達が戦う理由なんてないはず。
「ドリーム」
ため息混じりに、まるで迷惑しながらも心配そうに知らない女性が声を掛けると、こちらを一瞥したドリームはその表情から迷いを見せ始めた。
知らない女性が歩み寄ってきた時に再び小さくため息を吐くと、ドリームはこちらに真っ直ぐ体を向け、その透き通るような淡い水色に染まった瞳で見つめてくる。
「あなたの呪縛、解いてあげるわ」
え・・・。
呪縛?
何の話?
「あたし、ビリーヴの下に戻るわ」
「じゃあ」
言葉を遮るようにドリームは小さく首を横に振ると、その瞳はみるみる黒くなり、間もなくして遂にはただの黒い瞳になった。
「あなたが来たらあたしが怒られちゃうでしょ、だからあたしが1人で、逃げてきたって言うの」
「でも、足止めって言われてるのに、そんなことしたら逆に怒られちゃうよ」
するとドリームはまた自分を責めるように、寂しげな笑みを見せる。
「どうせ怒られちゃうなら、まだそっちの方がマシよ」
そんな・・・。
「だめっ」
まったく天使は頑固だなぁ。
「私が叩かれないように一緒に頼むよ」
何でそんなに仲良くなってるんだろ。
「ドリーム、ビリーヴは今どこ?ネシン?」
キズナを見たドリームは、少し怒ったような表情で手を握るユリを一瞥した後、何かに迷っているような顔で小さく頷いた。
「そ。ならあたしらも行くから。ライフも居るから大丈夫でしょ」
「・・・分かったわ」
「じゃ。2人共あたしの肩にでも手を乗せて」
え?肩?
まぁいいか。
「ユリ、まだ手、放さないでね」
「うん」
キズナの肩に手を乗せると、キズナとリーチを共に囲むように光が視界を埋め尽くし始める。
すぐに光の球の内側に居ることが分かるが、特に風圧や振動を感じることはなく、間もなくして光は雲が空に溶けるようにその眩さを無くしていった。
しかしそこはすでに公園を思わせる広い平原ではなく、真っ白な円い壁に囲まれた、中央に神殿の柱を思わせる石柱が2本ある、小さな空間だった。
照明もないのに、明るい・・・。
ふと見上げると、何十メートルか離れた天井と思われるその円い面だけ、何故か星空に満ちていた。
は?何あれ。
明るいのに、上だけ夜?
「キズナ先生、ここ何?」
「ネシンの入口、ネシンは根界とも違う異空間なんだよ。ほら」
急かす声にキズナを見ると、キズナ達は何やら壁に描かれた四角い金色の紋様の前に集まっていたが、キズナが紋様に手をかざした瞬間、紋様は石が擦れる音を鳴らし、シャッターのように地面へと降りていった。
うわ、遺跡を冒険する映画みたいじゃん。
通路も無く、すぐ繋がっているその向こうの空間にふと人影が見えたので、とりあえず皆に続き四角い穴を最後に抜ける。
あ、ライフ、皆も。
ビリーヴも・・・。
左手の側面だけに広がるガラス張りの壁から、広大に望める平原が神聖な静寂をもたらすこの空間の中央に立つビリーヴが、右手に居るライフ達に体を向けながらこちらの方に顔を向ける。
しかしそんなビリーヴよりも目についたのが、数十メートル先の正面奥に聳える、所々に葉も生え、うっそうと入り組んだ蔦で出来た広大な壁。
そしてその壁の中央から剥き出た、まるで体の後ろ半分が埋め込まれているような体勢で佇む、ディビエイトを思い出させる体型の龍だった。
「あれが世界龍・・・」
「あぁ」
無意識に口を開いてしまったにも拘わらず、何故か応えてくれたビリーヴに目を向けるが、その立ち姿、眼差し、醸し出すすべてに静寂なる恐怖を満たすその圧迫感に、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ドリーム、何故来た」
「あの」
「足止めも出来ないのか」
しかしビリーヴはそう言うとドリームに背を向け、静寂なる恐怖に隙を伺う気さえ失せさせる背中のまま、沈黙を流す。
すると直後、ビリーヴが素早く振り返りながら手を伸ばした時、その手からは何も出なかったが、何かが壁にぶつかる音と、誰かの消え入る掠れた声が静かなその場に響いた。
ん、あっ。
振り返ると、すでにドリームは白い壁に突き刺さる剣に左胸を貫かれていた。
「あ、ビリ・・・」
淡い水色の瞳がどこを見ているのかも分からない虚ろさがただ目に焼き付いていると、突如剣は抜かれ、ドリームはそのまま背中を擦り、真っ白い壁に血の痕を引きずった。
え・・・。
「・・・ドリームっ」
こんな・・・こんなこと・・・。
「ドリームっ」
どうして?・・・。
「ユリ・・・」
ドリームの手を握ると、ゆっくりと顔を向けてきたその口からは血が溢れ、その眼差しからは静かに力が抜けていった。
突然の事に思考が止まり、立ち上がる気力もない中、ただ胸を締め付けるそれは涙となって溢れ、頬を伝い、ドリームの手を濡らした。
「何で、ここまで」
「ドリームの力は厄介だ。先ずは最初に切り捨てる必要がある」
バクトの問いに応えたビリーヴに振り返ることすら出来ず、脳裏にはただドリームの寂しげな笑みが焼き付いていた。
「何だよそれ、意味分かんないよ」
・・・私が、一緒に行くなんて言ったから。
私のせいだ・・・。
「お前が分かる必要はない。駒をどう使おうが俺の勝手だ」
あのままあそこに居れば、ドリームは死なずに済んだのに。
ごめんねドリーム・・・。
私のせいで。
バクトの方でもいよいよ始まりましたね。
ありがとうございました。