サジタル
ここが、サジタルの住み処か。
エレベーターが止まり、綺麗に固められた岩肌の地面に足を踏み入れた時、真っ先に1つの家の庭先で畑を耕す、黄色い肌で長髪のサジタルが目に留まる。
その直後にそのサジタルの下に、長髪と体格は同じだが、肌が赤色がかった者が近付いてきた。
な、何だあれは。
「バズール、まさか、あれが、もう1つの力なのか?」
「あぁ。筋力増強は同じだが、光を司るクラゥファとは違い、ウヌゥファは炎を司る」
光、炎・・・月の光と太陽の光、か。
その時にその2人のサジタルがこちらに顔を向けると、すぐに黄色いサジタルが親しげに手を挙げた。
「バズールじゃねぇか。どうした?観光案内か?」
「まぁそんなとこだ」
家々を抜ける中で楽しそうに駆け回る子供達や、ベランダで服を干している女、そんな情景が一様に静寂に包まれていることに、真っ先に死神界を思い出した。
「ベイガス、何かオレらの国みてぇだな」
「あぁ」
「あんたらの国?似てるのか?」
「静かでよ、畑があって、まぁオレらの国はもっと緑があったけどな」
「そうか」
全ての家の屋根が平らだということにふと気が付いたとき、同時に日の光が注がれるように明るいその状況にようやく疑問が湧いた。
「何故こんなに明るいんだ?洞窟だろ?」
「ウヌゥファの加護だ。力の源である石碑が有る限り、サジタルはどこに住もうと太陽と月の光に護られる」
「そうか」
「そりゃすげぇな」
まるで本当に日の光を浴びていると勘違いしていたほどだ。
つまり、本物の太陽の光と言ってもいいということか。
壁際に着けるように建てられた、立派な三角屋根の大きな家が見えると、バズールはその家に向かおうと道を曲がった。
「あそこか?」
「あぁ。何にしても長老には挨拶しないとな」
なるほど。
木製で、特に装飾もない扉をバズールが叩くと、間もなくして浅く開かれた扉からは若い女が顔を出した。
「・・・誰?」
「バズール・クナン」
すると花の髪留めで斜めに前髪を留めた、うねりの無い艶やかな茶髪の女はすぐに眼差しから警戒心を沈ませた。
「何の用?」
「長老に挨拶を」
扉を大きく開けたものの、その女はそこから動かずすぐにこちらに顔を向けてくる。
「そっちは?」
「仕事仲間だ、ベイガスにガルガン」
「まさか長老に頼まれてお見合い相手連れてきたとか?」
「い」
しかし女の大きく怠さを吐き出すようなため息にバズールの言葉は押し潰される。
「いや」
「もうまたなのぉ?」
しかし再びバズールの言葉を掻き消すと女は背を向け、家の中へと去っていった。
おいおい・・・。
「お爺ちゃーん?もう、お見合い相手なんてもういいって言ったでしょー?」
どうしたものか。
「おーい、メーラ」
バズールが声を掛けるとすぐにメーラと呼ばれたその女が戻ってくるが、そのそわそわした表情はすぐに勘違いしていたことを自覚し、そしてその事を申し訳なさそうに思うようなものだった。
「・・・早とちりでした」
「お見合い、させられてるのか?」
「うん。お姉ちゃんが2人目産んで、そろそろお前もって。あの、バズー、ルって、あのカナジおじさんとこの?」
「あぁ。あんたとは確か、子供の頃はよく話してたよな?」
目線を上げたものの、メーラはすぐに心当たりを見つけたように微笑んで頷いた。
「そうだね。それで、何の用?」
「ガルガンに、儀式をさせたいんだ」
「えっ」
一瞬家の中へと顔を向けたメーラは、すぐに何やらこちらの方へと歩み寄った。
「サジタルじゃない人が儀式したら、名前も貰って一生人間には戻れないけど、いいの?」
ん・・・。
「い」
「ちょっとでも迷ってるなら、止めた方が」
「ちょっと待てメーラっ・・・ガルガンは、そっちだ」
バズールの言葉にメーラが振り返り、一瞬の沈黙が流れると、すぐにハッとしたような顔で目線を戻してきて再び申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「またやってしまいました」
「いや、まぁ初めて会うからな、間違えても仕方ないだろう」
「なぁ、名前を貰うって何だ?」
「あ、えっと、儀式をした人は力の名前を新しく付けるのが決まりなの。そうすれば儀式をしたことも分かるし、どっちの力を持ってるかも分かるから」
「ふーん」
なるほどな。
「クラゥファに選ばれればクナン。ウヌゥファに選ばれれば、ウラン」
クナン?ならさっきバズールが名乗ったのは本当の名前じゃなく力の名前か。
「あのー、さっきも言ったけど、儀式したら、もう人間には戻れないよ?それでも良いの?」
どこかわざと不安を煽るような口調で歩み寄るが、そんなメーラにもガルガンはすでに持ち前の気さくさ溢れる表情を返していた。
「いやぁ、オレら、元々人間じゃないから」
「えっ」
「そうだったのか」
「だが元に戻れないという点では、少し考えるべきだろう」
それでもガルガンは特に顔色を曇らせることなく、むしろすぐにある事を思い出させ、そしてその事を責めるような眼差しを返してくる。
「そういうベイガスこそ、あの姿のどこにも死神っぽさがねぇじゃねぇか」
「それは、そうだが」
「シニ、ガミ?それがあんたらの種族の名か」
「まぁな」
ふと家の中から床を小さく軋ませる足音が聞こえてくると、間もなくして扉の前に小柄の老人が姿を見せ、そしてそのまま老人はこちらと目を合わせた。
「儀式がしたいじゃて?」
ん?
「お爺ちゃん」
「ひとつ約束せい」
口を開くと同時に、特に嫌悪感などは見せないものの老人は何やらこちらの下へと歩み寄ってきた。
「儀式をした後で、外でサジタルの品位を下げるような真似はせんと」
「い」
「力は神聖なもんじゃて、サジタルとしての覚悟を」
「お爺ちゃんっ儀式したいのは、こっちじゃて」
まったく、メーラは完全に血を引いてるな。
「早く言わんかいまったく。で、どうなんじゃ?前にも、よそもんが儀式しての、そいつが事件起こして、ガーディアンズが来たことがあっての、そういうのはもう御免じゃて」
ユートピアと戦う為に儀式するなんて言ったら、許されないか。
「・・・で、何の為に儀式したいんじゃ」
「そりゃあ、ユートピアと戦う為だ」
残念だと言わんばかりの重々しいため息がその場に下ろされると、さすがのガルガンでも顔をしかめ頭を掻き出す。
「長老、オレ達はエターナルだから、オレ達の事でユートピアがここまで来ることはないと思う」
「えっ」
メーラが声を小さく上げると同時に、老人は驚きと若干の怒りを宿した眼差しをバズールに向ける。
「バズール、お前、エターナルじゃて?そんなとこおったんかい、鉱夫や漁師にでもなるって言ってたじゃろ」
「んまぁ、最初はな。けどエターナルってのは元々貧困地域に道を作る組織だ。悪かないだろ」
それでも再び老人は重々しいため息を吐くが、メーラに目配せしたその態度は、まるで仕方なくともバズールの言葉に納得したようなものだった。
「サミガーでも出そう」
ん、招かれてるのか?
「うん。じゃあ皆さん、とりあえず上がって下さい」
扉を抜けるとその小さな四角いエントランスには正面と左手から部屋に繋がっていて、その間の角には2階への階段があった。
枠はあるが扉は無いか。
それもどこか死神界に似ている。
老人に続き正面の部屋に入ると、そこは長テーブルと多数の椅子がまるで客間を思わせるような場所で、椅子に座り少し経った後、奥に見えるキッチンから、メーラが何やら透き通るような水色をした液体が入ったコップを運んできた。
「どうぞ」
「あぁ」
それを飲んでみると、まるで水を飲んだような口当たりの後に、ほんのりとループルシードを思わせる香りが鼻を抜けた。
んんっ。
「これが、サミガーなのか?」
「そうじゃが、サミガーっちゅう葉を煎じたもんじゃて。口に合わんか?」
「いやむしろ逆だ。この香りによく似た飲み物が、俺達の国にもあるんだ」
「へー、どういうの?」
するとすぐに興味を湧かせるように笑みを浮かべ、メーラが問いかけてくる。
「味はもう少し甘いが、この鼻に抜ける香りがよく似ている。ループルという木の実の種をすり潰して作るジュースだ」
「へぇー」
まさか似た飲み物まであるとは。
「いやぁくつろがせてくれんのは良いけどよ、くつろいでる暇もそんなにないっつうかさ」
「慌てるな。お主はこれからサジタルになるんじゃて。それに儀式には手順があるでの」
「その場じゃ言えないのか?」
ガルガンの問いかけに、老人は次第にその表情を神妙さに引き締めていく。
「その場には、お主が1人で行かんといけんのじゃて」
「遠いのか?」
「いや、数メートルもない、浅い洞窟の奥に石碑がある。石碑は2つじゃが、2つの石碑は1本の木に繋がれての、先ず幹に空いてる穴に手を入れる。そしたら石碑が力を選び、木に果実を実らせる。それをその場で食う、それが儀式じゃて」
果実が、実る?・・・。
「黄色い果実ならクラゥファ、赤ならウヌゥファじゃて」
一瞬で、実るのか?
ふとエレベーターへの入口を思い出させる岩穴を、特に緊張する訳でもない老人、メーラ、バズールと共にただ眺めていく。
「お主は儀式はしないのか?」
「俺はもう、戦える力を身に付けたからな」
そんな話の後、やがてすぐ先も見せない岩穴からガルガンが出てきたが、すぐにどこか腑に落ちないその表情に目を捕らわれた。
「どっちじゃ」
しかしガルガンはまるで困ったようにゆっくりと頭を掻き出す。
「いやぁ・・・それが、白だった」
ん・・・。
「よく見たのか?」
「いや石碑と木が光ってて明るくてさ、間違いねぇよ」
白?どういうことだ。
老人を見るとその表情は真剣さに満ちていて、メーラとバズールはそんな老人に心当たりを疑うような眼差しを揃って向ける。
「お爺ちゃん」
「お主、本当に白だったのか?」
「あぁ。味は無かったけどな。なぁ、早速変身して良いか?」
「そう、じゃの。お前らもよく見てろ」
何やら真剣な表情でメーラとバズールにそう告げた老人に、2人は更に理解に苦しむように顔を見合わせる。
「あ、変身するコツは?」
「変身をイメージすればいい」
「おし、いくぜ・・・ふっ」
バズールに応えて力んだ直後、ガルガンの体が大きくなり始め、髪が伸び、そして肌が白色がかると、上半身を覆う布が成長に耐えきれずに破れ、筋肉質に膨れ上がった上半身があらわになった。
白い・・・。
「えぇっ白いっ何で?」
「長老、オレ、サジタルが3種類なんて、聞いてないぞ」
「あぁ、ワシも、実際に見たのは初めてじゃて」
そんな3人の会話など気にも留めず、ガルガンは自身の腕や足を嬉しそうに声を洩らしながら眺めていく。
「これに、名前はあるのか?」
「あぁ、このサジタルは、エネラゥファじゃて」
「爺さん、鏡ねぇのか?」
「家にある。戻るぞ」
家に戻り、老人の後について2階に上がったが、すぐに感じた違和感に思わず足を止める。
外から見た限りでは、この奥行きはおかしい・・・。
「まさか、岩壁を掘ってるのか?」
「うん。壁沿いの家はみんなそうだよ。ほら早く」
なるほど。
真っ直ぐ伸びた短くはない廊下の右奥の部屋に入ると、そこは敷き詰められた赤い絨毯が岩床の硬さを忘れさせ、丸みを帯びた家具や薄赤色の布団が掛かったベッドが、いかにも女の部屋を思わせる空間だった。
「まぁガルガン、とりあえずそのタンスの服をやる」
「おお、悪いなぁ」
するとガルガンは胸元まで高さはあるが、幅の広くはない木製タンスの、5つの内の1番下の引き出しに手をかけた。
「あ、だめっ」
何故かガルガンを制止するような声を出したメーラだが、ガルガンはそんなメーラに気付くことなく引き出しを開ける。
すると引き出しにはいっぱいに敷き詰められたフリルやレースの付いた服、3角形の布が2つ繋がったもの、そして服としてはとても使えそうにない、くの字に曲がったものが入っていた。
「それあたしの、見ちゃやだ」
「あぁ悪い。けどどこに何入ってるか分かんねぇしよぉ」
「お父さんのがこっちにあるから」
ふと老人に目を向けてみると、老人は何やら足元までの高さの両開き棚から、1冊の古びた大きな薄い本を取り出していた。
「サジタルの服は変身した後でも伸びて、千切れないようになってるからね」
「そうなのかぁ」
上半身に沿うような形をした深緑色の服を被るようにガルガンが着た時、老人は全員に呼びかけるような声を出した。
「これじゃ」
開かれた本には鮮明すぎるほどの大きな絵が貼られていて、絵には数人の黄色い肌と赤い肌のサジタルと、真ん中に1人だけ、ガルガンのような白いサジタルが立っている情景が描かれていた。
お分かりかと思いますが、ベイガス達が見てるのは絵ではなく写真です。笑
ありがとうございました。