道は永遠なり
お昼ご飯の山菜採りだし、すぐ帰ってくるはずだよな。
あ、でも困ってる人に会ったら寄り道しちゃうか。
道場を出た先の左右に延びる、閑静な空気が少し流れる広い道の先にちょうど居るユリがすぐに分かると、こちらよりも先にユリが大きく手を振った。
ふぅ、良かった。
「ユリ」
「レンレンっていうキノコ、いっぱいあったよ」
「そっか。途中でガーディアンズに会わなかった?」
「あ、見たよ?すれ違ったけど」
えっ。
すれ違っただけ?
「話し掛けられたりしなかった?」
「うん」
んー、気付かなかったのかな。
「何かあったの?」
「え、ほら、僕達ユートピアの軍人と戦ったし、会ったらまずいかなって」
すると今その事を考えたように、ユリは驚くように目を見開き、小さく声を上げる。
「だから見たらあんまり近付かない方が良いと思うよ?」
「うんそうだね」
「お帰りなさいませー」
「はーい」
あら、さっきユリの返事移ってたかも。
冷蔵庫から生肉を取り出し、ユリが採った山菜と一緒に食堂のカウンターに持っていくと、いつものように親戚の子を見るような穏やかな微笑みを見せながらおばさんがやってくる。
「ああユリちゃん、おばちゃんが言った場所いっぱいあったでしょ」
「うんっいっぱいあったよ」
「うんうん大きいの採れたねぇ。これはメイローかい?」
「うん。あとヨウチョウおまけして貰った」
「あらっ良かったねぇ、じゃあちょっと待っててねすぐ作るから」
「うん」
嬉しそうだな、ユリ。
あのおばちゃんも、何か天界にいそうだし。
ああゆう人に会えるのも、縁があるからかなぁ。
昼食を終えトレイをカウンターに戻し、どこかの旅館にあるような、宴会が開かれそうな広い畳部屋に入り、並べられた1畳分のマットの1つに座り込む。
「さっき見かけたガーディアンズ、やっぱりゲンコウのあれかな」
「だろうなぁ」
ゲンコウ?
ユリ達が座ると同時に、別の場所で立ち上がりながらそんな話をしている2人の男性にふと目を向ける。
「今回も何も起きなきゃいいけどなぁ」
「ねぇ」
「え?」
「ゲンコウって?」
敵意無く、ただこちらの存在が人間ではないと勘づくようなふとした表情を見せると、そのまま男性達はまるで警戒心のない態度で顔を見合わせる。
「ユートピアがこの国を傘下に置いてっからも、ずっとユートピアに反感を持ってる、ゲンコウっつう侍がいてな、定期的にユートピアがそいつの様子を見に来んだよ」
「へぇ」
「そんでまぁそん時に、たまにだがやり合うんだよ」
前の街でもユートピアと戦う民間人がいたな。
「1人で?」
じゃあさっきのガーディアンズは僕達のこと捜してる訳じゃないのか。
「基本はな、だがあいつ、それでこの前ガーディアンズの1人を殺しちまったからな。今回はどうなるか」
まぁやっぱり、どの国でもレジスタンスの人がいるもんなんだな。
あぐらをかき、足の上に力を抜いて組んだ手を置き、呼吸を整えたときにふとどこか決意のある眼差しを見せるユリと目が合う。
「私、強くなったらユートピアと戦うよ」
「ほんとに?」
「やっぱり、ユートピアに苦しんでる人、助けたいよ」
んー、ユートピアにも、そりゃ裏の顔くらいあるだろうけど・・・。
ふぅ・・・・・・。
体の底に滞留する光と闇を、翼を解放せずに限界まで湧き上がらせながら、溢れるように洩れ出した力を背中にイメージした排気口に流す意識をしていく。
・・・来た来た。
瞑想に立昇を混ぜたときに感じる、大空に漂うようで、大海に佇むようで、ものすごく力に包まれる感じ。
ふぅ。
ちょっとずつ、立昇を強めて・・・。
「とりあえず4つだ」
「かたじけない」
「だがさすがに砥石の分は金を貰うよ」
「相分かった」
火中から刀を成す鋼を抜き取り、濡らした鎚で打ち叩いていくと、梶山はふと目を留めるように4本の刀を成す鋼を見通し始める。
「侍にしては、中々なもんだ。オラの知ってるもんでも、ここまで出来んのはそういない」
そうか、そもそも剣という形に固定観念を持っていただけだったんだ。
要は空殻の派生だと思えばいい。
「雷光天貫」
エクスカリバーの魔力を網目状に意識し全身に纏わせながら、網目を流れる魔力を太く、速く、尖らせていく。
ふぅ、こんなものか。
とりあえずは全身の鎧として意識したけど、あれ、動けない。
う、何だ、まるで鉄の塊を着てるみたい。
まさか、ありったけの魔力を固めたから?
いやでも魔力の固め方の問題か?
空殻として扱うというのが単純過ぎたか。
「セディアフさん、行ってきます」
「あぁ、2人も頼んだぞ?」
「おう」
エターナルの長に軽い返事をしてみせるガルガンに一瞬だけ目を向ける皆の眼差しに、こっちまで少しの焦りを感じながら、勝手に開く大きな扉を抜け、更に土で出来た緩い上り坂の洞窟を抜ける。
「今日で道繋げりゃ、次はやっとユートピアにケンカ吹っ掛けられるんだよな?」
土を砕くものや、初めて見る機械が乗せられた台に乗り、その乗り物が唸りを上げて人と機械を運び始めると、その揺れにすっかり慣れたようにガルガンはそう言って余裕のある笑みを浮かべる。
「道ってのは繋げればいいってものじゃない。場所によってはその道が廃れないように舗装しなきゃならない」
「舗装?何すんだ?」
「砂利なら踏み固めたり、まぁ地盤が揺るけりゃ鉄を敷いたりだな。それに、実際に1度はちゃんと隔離された村に食糧が運べるか確かめないと」
「ふーん」
背も低く、まばらにしか木が生えていない荒野にそびえる大きな山へ向かう景色を、自分で質問したにも拘わらずガルガンはどこか退屈そうにアンザーにそう相槌を打ちながら見渡していく。
「そもそも、何で道作ってんだ?」
「いや、そもそもそれがエターナルの仕事なんだよ。領土を広げるだけで、小さな田舎や地形に恵まれない村には目もくれないユートピアの代わりに、道を作り、貧困な村を救う。それがエターナル創設のきっかけだ」
なるほど。
領土にした国を細部まで面倒を見ないのは、よろしくないな。
「じゃあ何で戦ってんだ?」
「ある時、道を作ってる最中にユートピアの奴らと出くわした。そらやっぱり、エターナルとして不満をぶつけずには居られないだろ。これっていうきっかけは無いが、ずるずると会えば戦うっつう間柄になったって感じだな」
因縁、ってやつか。
「世界は広いからな。きっとエターナルみたいなもん、少なくないだろうな」
一本道の谷底の果てで止まった乗り物から降りながら、5人のエターナルの人間と共に短く太い鉄の針が付いた機械を持ち出す。
「さーて、今日で終わらせんぞ?」
「うぃーす」
2つの岩肌の山を繋ぐかのように、谷底を塞ぐ巨大な岩壁の根元に鉄の針を当て、スイッチを押す。
轟音を立てながら連続的に岩壁を突き続ける機械を体で支え、激しくとも浅く砕かれていく壁にただ集中していく。
見る限りは深く亀裂が入った辺りで機械を止め、ユートピアの人間が差し出してきた黒光りする小さな筒を亀裂に押し込む。
「発破っ」
乗り物の背後から、激しく粉塵を吐き出す岩壁を眺める中、ふと死神界の閑静な街並みと、ユートピアと戦った街の静けさを重ねていく。
まだまだ、壁は厚いか・・・。
「なぁアンザー、オレ、ちょっとミサイル撃って良いか?」
ライトの付いた黄色い帽子を被るアンザーは、当然の如くそんな言葉を発した妙に落ち着いているガルガンに、理解に苦しむような眼差しを向ける。
「そんなものどこにもないが」
「いや、オレ作れるんだよ、ミサイル」
するとアンザーはまるでその言葉の信憑性を確かめるように、真っ先に戸惑いに満ちた表情をこちらに向けてきた。
「ガルガンはそういう力を持ってる」
「あ、そうだアンザーさん、ガルガン、確かにテレビでミサイル出してましたよ。いやぁもっと早く気付けば良かった」
メリザンがそう言うとアンザーの表情にも納得が移り、掘削チームのリーダーであるアンザーのそんな表情に、この場の空気にも少しずつ納得が広がっていく。
「そうなのか、分かった。なら頼む」
「翼解放」
「ダイナマイトは余るほどあるんだが、まぁ節約出来るに越したことないか」
少し浮き上がったガルガンが翼を広げると、直後に6つの鉄管から同時に6発のミサイルが発射された。
まるでダイナマイトで発破をかけたような爆音が響き渡るが、粉塵が消えるとその傷跡は特段目を見張るものではなかった。
そしてそんな状況を予測していたように、アンザーは安堵すると共にまるで態度で慰めるようなため息をつく。
「ま、地道に行こうぜ」
「もう1回だ。次は全力でやる・・・はあぁぁ」
大の字に手足を広げるガルガンは背中から前方に向く、6つの鉄管にそれぞれ白黒に渦巻く球を生み出し、そしてその大きさを次第に肥大させていく。
「ぁあらぁっ」
大きさは変わらないものの、その6つのミサイルが生み出した爆風と粉塵は離れたこちらにまで手を伸ばしそうなほどで、やがて粉塵が収まると目に映った岩壁には、思わず声を洩らしてしまうほどの破砕跡や亀裂が広がっていた。
「上出来だ、上出来。まぁ後は地道に」
「くそ、もう1回だっ」
「いいよガルガン、あれだ、次ダイナマイトでやれなかったら、もう1回頼む、それで良いだろ?」
「・・・分かったよ」
降り始めたガルガンからすぐに目線を外し、アンザーは皆にダイナマイトを配っていく。
「ガルガン、退屈なのは分かるが、自棄になるなよ」
「はぁーあ。ユートピアの奴ら来てくんねぇかな」
「お前ら、空飛んで壁の上部にも刺してくれ、なるべくまんべんなくだ」
なら、俺も翼を解放するか。
亀裂という亀裂にダイナマイトを挿し込み、それでもまだ乗り物にダイナマイトがあることに少しの驚きと呆れを感じながら、乗り物の背後に集まり、岩壁を眺める。
「行くぞ?・・・発破っ」
全面から爆音と粉塵を吐き出した直後、岩壁はそのまま壁という形を失うように崩れ、更に小さな岩石を溢し、轟音を鳴らしていく。
やったか?・・・。
ああ・・・。
「んだよ、もっとこう、バーンってなるかと思った」
「そんな軽い壁ならこんな苦労しねぇよ。まぁ、壁じゃなくなっただけ、上出来だろ」
「なぁ、ダイナマイトでやれなかったら、オレだろ?石ころの山なんて、全部ぶっ飛ばしてやるよ」
「まぁ・・・じゃ、頼む」
飛び上がり、連続的にミサイルを撃ち出していくガルガンに注目が集まる中、アンザーはただ1人、まだ誰も使っていない機械を乗り物から降ろし、何かの準備を進めていく。
「それ取ってくれ」
指を差された黒光りする紐を持ち出し、円くまとめられた紐の留め具を外し、一端をアンザーに渡す。
「俺ぁ、何人も見てきた」
一端を乗り物の前面に、もう一端を機械に繋ぐ様子を、バラけないように紐を持ちながら眺めていく中、ふとアンザーは静かに喋り出した。
「自分を過信した結果、しっぺ返しを食らう若い衆をな。俺ぁ元々掘削作業で飯食ってたから、向こう見ずな行動がどんなに危険か分かってる。何事も、地道にやんのが1番なんだよ」
「あぁ」
岩壁が無くなり、低く積み上げられた岩石だけが谷底の道を塞ぐようになった頃、ゆっくりと降りてきたガルガンにふと目が留まった。
「力使い過ぎた、休憩だ」
「スメーラ、エンジン」
「はいっ」
乗り物と繋いだこの機械は、一体・・・。
スメーラが操縦席に乗り込み、乗り物から唸るような機械音を鳴らし始めると、アンザーは重低音を鳴らし出したその機械を持ちながら岩石の山に向かっていった。
そして持ち手から前後に伸びた箱のような形をしたその機械の、先端に付いた左右に引き伸ばされたものが岩石に近付いた途端、岩石は突如として強い振動と共に細かく砕けていった。
岩石が、まるで砂のように・・・こんなものがあるのか。
だが、この調子じゃ、時間は相当かかるだろう。
ふとガルガンの方に振り返ると、疲労感に表情を曇らせているガルガンはその岩石が変わっていく様を、まるで敗北を感じたかのように呆然と眺めていた。
「ありゃ、何だよ」
「そう落ち込むな。ガルガンのミサイルが役に立ってることは事実だ」
「ははっ・・・まぁいいか。それにしても、どういう仕組みだよ」
「あれはソニックブームっす。衝撃波で物質を砕いてるんすよ」
衝撃波で・・・なるほど。
「いやぁでもやっぱりガルガンさんがあそこまでしてくれたお陰っすよ。いくら衝撃波でも、質量がでかけりゃそれだけ時間かかるんで」
それにしても、何故アンザー1人だけなんだ?
何にしても、複数でやった方が効率が良いはず。
「あんたらはやらないのか?」
サブタイトルはエターナルの理念ですかね。
どんな世界にも道は在るし、どんな世界とも道は繋げられる。
ありがとうございました。